悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

文字の大きさ
上 下
317 / 558
第八章 海の覇者

クラーケンのカルパッチョと緑のお化け

しおりを挟む
 
 
 ボイルしたクラーケンの身をチェックしてから、粗熱を取るためにトレイの上へ置く。
 続いて、生食用にとっておいた部位を取り出し、包丁で出来るだけ薄く切り始めた私を見て、弟子たちも慌ただしく動き出しました。
 まずは、生クラーケンのカルパッチョからです。
 この料理は、家族で入った近所のイタリアンレストランで食べたことがありました。
 バジルの香りがとても良く、ワインビネガーとトマトの酸味でさっぱりとした味わいだったと記憶しております。
 他の料理が味の濃い物になりそうですから、さっぱり系は、そのお店でいただいた生ダコのカルパッチョを参考に作っていきましょう。

 準備をするものは、バジルの葉、ワインビネガー、自家製ハーブソルト、砂糖、胡椒、オリーブオイル。
 手っ取り早く行きますよ!
 ボウルにワインビネガーを入れ、そこに自家製ハーブソルトと砂糖と胡椒を加えて、よく混ぜていきます。
 乳化するくらいまで混ぜたら、今度は刻んだバジルを適量入れていきましょう。
 これだけでも、美味しいソースができあがっておりますが、一番気を遣うのはここではありません。
 クラーケンの腕を、どれだけ薄く切れるかにかかっております。
 向こうが透けて見えるくらい切れたら最高ですが、慣れないうちは大変かもしれません。

「お師匠様の包丁使いは、本当に凄いですね……」
「溜め息が出てしまいますにゃぁ」

 マリアベルとミルクが褒めてくれるのは嬉しいのですが、兄の腕前には届いていないことがわかっているので、もっと精進をしないといけません。
 しかし、弟子に褒められるというのは、とても嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまいます。

「師匠、カルパッチョならガラスの器がいいにゃ?」
「へぇ、そういう決まりでもあんの?」
「見た目が涼しげだにゃっ!」
「なるほど……見た目かぁ」

 カフェとラテの言葉を聞いて頷いているカカオは、この中で一番勉強熱心ですよね。
 こうしてみていると、この5人はとてもバランスが良いように感じられました。
 俺様口調だけれども、勉強熱心で意外と優等生なカカオ。
 穏やかで平均的に何でもこなしていく、堅実なカフェ。
 元気いっぱいで頑張り屋さんだけれど、得意不得意が顕著に表われるラテ。
 優しくて消極的なところがあるけれども、料理の盛り付けに関しては誰よりもセンスが光るミルク。
 そんな、4人の弟子たちをサポートしつつ、機転を利かせて円滑に滞ることが無いよう、配慮やカバーをしてくれるマリアベル。
 ここにチェリシュが加わると、本当に無敵なのではないでしょうか。

「彩りが、大事……なのっ」

 指をぴっと立てて注目を集めてから、自信満々に言い切ったチェリシュの言葉を聞いた他の弟子たちは、「おぉーっ」と声を上げて感心しているようで、その光景を見ているだけで和んでしまいます。
 私の弟子たちは可愛らしくて、料理に集中するのが時々辛い。
 い、いえ、ここは気を散らさずに頑張りましょう。

 気合いを入れてから、綺麗に薄切りにされたタコを円形に並べ、空いている中央には、キュステさんにお願いして探してきていただいた、ベビーリーフのような野菜を盛り付けます。
 此方では『ブッシュリーフ』と言い、エルフ族が一好んで食べる葉物野菜だと説明してくれました。
 味を確認するために数枚口に運んでみたのですが、私が知るベビーリーフと味と食感に大差はありませんでした。
 エルフの国では珍しくない野菜ですが、他の大陸ではあまり見ないということから、入手困難であったはずなのに、いとも簡単に手に入れてくるキュステさんは有能すぎませんかっ!?

 そんなことを考えながらもトマトをカッティングして彩りよく配置し、クラーケンの薄切りにソースをかけて、一皿目ができあがります。
 あとは、冷やすだけですね!

「あとは、ボクに任せて欲しいですにゃっ!」
「はい。ラテにお任せしますね。よろしくお願いします」
「任されましたにゃっ」

 尻尾をゆらゆらさせて上機嫌にカルパッチョの調理に取りかかるラテを見送り、次の料理を作ることにしましょう。
 次は、アレン様が気にしていた唐揚げです。
 タコの唐揚げを作った人はわかるのですが、このタコの唐揚げを作っている時に大変なのは、油跳ねです。
 これは、皮と身の間に空気が溜まり、加熱することで膨らんで弾けるからなのですが、今回はクラーケンの腕が大きすぎたので、そういった問題は考えなくて良いかもしれません。
 扱いやすい大きさにカッティングしたために、皮が全くついていない部位という場所も存在するので、ここは唐揚げに最適な部位だと言えます。
 つまり、油跳ねの心配も無く、お料理が出来ると言うことですね。

 まずは、一口大に切ったクラーケンの身に、塩と胡椒、生姜のすりおろし、料理酒よりも少量の焼酎を加え、軽く揉み込みます。
 焼酎はクセもありますし、アルコール度数が高いので、少量がベストですね。
 しかし、お料理を作るときに毎回考えてしまうのですが───

「醤油があれば良かったのにネ……」

 だ、ダメですよ、時空神様。
 私の心を読んだかのようなタイミングで、グサリと刺さる言葉をこぼさないでください。

「せめて、青のりがあれば良かったのですが……」
「ん? 青のり……青のり……あー、アレかー……って、アレ? 目の前の海にあるから、すぐに手に入るヨ?」

 時空神様の言葉に驚き、作業中の手を止めて凝視していると、キュステさんが真剣な表情で私の求める食材の特徴を時空神様に確認したかと思うと、すぐさま海の方へ走って行き、躊躇うこと無く飛び込んでしまいました。

 え、えええぇぇっ!?
 きゅ、キュステさん、行動が早すぎませんかっ!?

 驚き声が出ない私に対し、時空神様は「どうやら手に入るみたいダヨ」と楽しげに笑いながらおっしゃってくださったのですが、笑い事ではないような……
 ま、まあ、確かに海にあるものですが、簡単に手に入るのでしょうか。
 日本だったら漁業権が絡んできてしまうので海から勝手に採取なんて事はできませんが、フォルディア王国では大丈夫みたいですね。

「キュステのヤツ、どこへ行ったんだ?」

 アイギスを脱いで普段着に戻ったリュート様は、眼鏡をかけたまま此方へ歩いてきて尋ねてくるのですが……め、眼鏡っ! 眼鏡姿のリュート様っ!
 どういうことですか?
 今日は、私にご褒美の眼福フルコースですかっ!?

「ああ、青のりが必要だったみたいだカラ、お願いしたんだヨ」
「あー、それはいいなっ! それで、ルナはどうしたんだ?」
「気にしなくてイイヨ。兄妹揃って似た者同士というか、なんというか……」

 そ、それはベオルフ様のことではなく、兄の方ですよね?
 あー、きっと、時空神様の前で綾音ちゃんに見とれていたりしたのでしょう。
 私の親友は美人さんですから、仕方がありません。

 かくいう私も人のことが言えないくらい、リュート様に見とれていたわけですが……

 だ、だって、騎士モードのリュート様も、お仕事モードのリュート様もカッコイイのですもの!
 鋭い雰囲気を醸し出す騎士モードは、触れたら切り裂かれそうな鋭さを内包していて、判断力の素早さや周囲の動きを把握して展開する術式の素晴らしさに息をのむほどの魅力を感じます。
 そして、お仕事モードのリュート様は、眼鏡の奥に理知的な瞳の輝きを宿し、見事な集中力を持って、素晴らしい道具を創り上げていく尊さを感じました。
 どちらも、捨てがたい魅力があります。

 まあ、そんなカッコイイリュート様ですが、個人的に一番気に入っているのは、私に甘えてくる時だなんて……みんなの前では口が裂けても言えませんね。

「ルーが、にまにましているの」
「ん? 何か楽しいことでも考えてんだろうな。幸せそうな時間を邪魔したら駄目だぞ」
「あいっ! むー、やっぱり、気になるの。リュー、それがお料理の鉄板……なの?」
「ああ。まだ加工途中なんだけどな。ルナに、これくらいのくぼみでいいか聞きに来たんだが……」

 はっ!
 い、いけません。
 慌てて気を引き締めた私は、リュート様が持ってきた鉄板のくぼみを確認します。

「少し大きめなのですね」
「大きすぎたか?」
「いいえ、それだと一口で無理矢理に頬張ろうと考える人は少なくなると思いますから、良いのでは無いでしょうか」
「それでも頬張るヤツはいると思うがな……」

 心当たりがあるのか、半眼でどこか遠くを見つめていたリュート様は、ハッと我に返り、私が調理する時に不都合は無いのかと最終確認をしてくださいました。

「この鉄板が、新しい料理に関係ありますかにゃ? 屋台でもできますかにゃ?」

 やはり、そこが気になりますか。
 私たちの会話を聞いていたらしいナナトが、耳をピクピクさせて此方へやってきます。
 爛々と目を輝かせている様子を見ていると、そのうち目がお金にでも変化しそうですよね。
 リュート様もヤレヤレといった様子でしたが、そこへタイミング良く海に飛び込んで戻ってきたキュステさんが声をかけてきました。

「奥様。これくらいでええかなぁ」
「みゃーっ! キューちゃんが、緑のお化けに食べられてるのーっ!」

 リュート様に抱き上げられていたチェリシュが悲鳴を上げ、慌てた様子と聞き慣れない「緑のお化け」をいぶかしげに思いながらも、声をした方へ振り返り見た私は、なるほど……と納得しつつも、頬が引きつるのを感じました。
 緑のお化け───それは、これでもかというほどの海藻を身に纏ったキュステさんだったのです。
 あおさらしきものと、昆布やわかめなどの海藻を沢山採ってきてくれたのは嬉しいのですが、何故全身に巻き付いているのか……

「横着して、竜形態で泳ぎ回ってきたんだろ」
「さすが、だんさんはよーわかってはるねぇ。多かったら奥様が喜ばはるやろう思うたんやけど、ちょっとやり過ぎたわぁ」

 色男が台無しなほど、緑一色に染まっているキュステさんに、お礼を言いながら、その姿をマジマジと見つめた私は、堪えきれずに吹き出します。
 その笑いに釣られたのか、みんなの我慢の限界を迎えたのか、周囲に笑いが沸き起こり、キュステさんは照れたように肩をすくめて笑い、チェリシュが心配そうに海藻を一本一本、手を伸ばして排除している心優しい姿に癒やされました。

しおりを挟む
感想 4,337

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

妻の死で思い知らされました。

あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。 急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。 「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」 ジュリアンは知らなかった。 愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。 多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。 そしてクリスティアナの本心は——。 ※全十二話。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください ※時代考証とか野暮は言わないお約束 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。