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第七章 外から見た彼女と彼
とあるメイドたちの語らい(メイド視点)
しおりを挟む「ふわー! さすがに疲れたねぇ」
「人が多かったから、仕方ないよー」
「でも、リュート様がくださった洗浄石のおかげで、随分楽になったわぁ。あの汚れ落ち、他の洗浄石じゃ、ああはいかないと思う」
「必要魔力量が少ないのに、しつこい油汚れも瞬間でピッカピカだったもんねー」
先輩の二人がにぎやかに話をしているのを聞きながら、着替えを済ませ、やっとベッドの上に腰をかけた。
ラングレイ家に仕えるメイドではあるが、赤髪の先輩が20年前、茶髪の先輩が13年前に来たらしい。
獣人族の使用人を雇う称号持ちの家は少ないのに、ラングレイ家は当たり前のようにいるから不思議だ。
だって、私は他の家に面接へ行って「獣人族だから」という理由で断られたのだから……
上位称号持ちの家なのに、その辺りを全く気にしないのがラングレイの家風らしい。
なんともおおらかで、他の称号持ちの家に害されないだけの力を持つ家である。
元々、ラングレイ家は様々な場所へ赴く傾向があるため、他種族への抵抗感が少ないことも影響しているのだろう。
特に、リュート様は困っている人を連れてきては雇うことが多いみたいで、料理長たちもそういう経緯で、此方のお屋敷へ来たと聞く。
「でも、ほんと……お料理、美味しかったよねぇ」
「うんうん、ルナ様はお料理の女神様よねー」
「……おい……しい?」
聖都レイヴァリスに来て初めて聞く単語に首を傾げていると、本日よく聞いた「おいしい」「うまい」「びみ」という言葉は全て味が素晴らしいことを意味しているのだという。
私の村ではあり得ない単語に驚いてしまった。
だって、ご飯って……お腹を満たすためのものでしょう?
「美味しいって、食べたら幸せを感じて、満足だーって心が満たされるような状態だってカカオ料理長が言ってたよ。ルナ様の受け売りらしいけど」
「ルナ様考案のお料理って、本当にソレよね。食べると幸せーってなる!」
どちらかというと、見たこともない料理に対しての驚きのほうが大きかったけれど……
キャットシー族が作る料理とは全く違う味付けと彩りに驚くことも多いし、この食材がこんなことになるの? って不思議に思うことが多い。
味わうだけの余裕がないといえば、それだけかもしれないのだけれど……
確かに、何だかお腹が満たされただけの満足感ではない何かがあるのも確かかな?
「リュート様が帰ってくると、いつもにぎやかよね。今日はロンバウド様がいらっしゃらなかったから、比較的に安全だったけど」
「それよねー。弟愛が強すぎて、下手なことを言うと怖いもの」
赤毛の先輩の言葉に、茶色い髪の先輩がケタケタ笑って同意した。
あの方って、いつも優しげに微笑んでいるイメージだったけれど、リュート様が絡むと怖いんだ? 注意しようとサイドテーブルにあったメモを手にとってペンで書き込んでいく。
「弟愛じゃないけど、テオドール様のあんな笑顔は初めて見たかも……」
「え? リュート様に対して?」
「違う違う、ルナ様によ。ほら、小鳥になられたでしょう? あの時、体を小さくしてテオドール様の指にとまったの。それを見たテオドール様のとろけそうな笑顔っていったらっ!」
きゃーっと言って枕に顔を押し付け、ジタバタしている赤毛の先輩に、それでそれでっ!? と茶色い髪の先輩が話の続きを促す。
「もうね、コレ以上はないくらい目尻を下げて、柔らかく微笑んでいらっしゃって……怖いなんて言う人がいたら、あの笑顔をみせてあげたい! ギャップが凄すぎて絶対に落ちるから!」
「それを言ったら、ロンバウド様の笑顔も素敵だったわよ? リュート様に向けるのとは違うけど、本当に可愛がっていらっしゃるのだなーってわかるくらい優しい笑顔だったものー」
「それも意外よね。リュート様に近づく女は徹底排除しているイメージだったのに」
「可愛い妹ができたって喜んでいたみたいって、ロンバウド様の部屋を担当している子が言ってたわ」
にぎやかな先輩たちの言葉を聞きながら、そういえばお二人共、ルナ様にかなり甘い表情を見せていたなと思い出す。
女神様のように綺麗な方だから、みんなに好かれても当然かもしれない。
本物の女神様にも愛されているし、そう考えるとスゴイ方なんだと思う。
十神である愛の女神様の前でも、堂々とされていらっしゃるし、神力を物ともしないというのだから、同等の力を持っているということなのかしら。
「そういえば、私、見ちゃったのよねぇ……」
「何を?」
赤毛の先輩がベッドに腰を掛けて、にんまりと笑いながら声を潜める。
何か内緒話なのかと耳を傾けていると、話し始めた内容は凄まじいものであった。
「ルナ様が高いところにある物を取ろうと背伸びしている背後に、リュート様がいらっしゃって、取ってさしあげるのかしらと見ていたら、耳元に唇を近づけて『ルナ』って、とーっても甘い声で囁いていたのっ!」
「リュート様は、罪づくりなくらい良い声だものね……」
「それなのに、腰が砕けそうなくらい甘い声で呼ぶのよっ!? 色気が……滲み出る色気が……っ!」
「あー……リュート様の色気って、本当にハンパないわよねぇ……で? ルナ様はどうしたの?」
「真っ赤になって小動物みたいにぷるぷる震えていて、もう、なんて可愛いのかしらっ!」
「くーっ! 本気で、か・わ・い・いっ!」
「リュート様もご満悦といった様子で後ろからぎゅーって抱きしめて『こういうときには、呼んで』って、もー、なんなの、あのイケメン! アレは絶対にルナ様を落としにかかっているわ」
「きゃーっ! 素敵よリュート様!」
テンションが上ってきた先輩たちの話を聞きながら、ドキドキしてしまう。
確かに、リュート様の色気は女性にとってとんでもないものだということは、ここ数日だけで理解できた。
巷の女性が声をかけることが多く、ロンバウド様が「害虫駆除」と称して裏で色々やっていると聞いていたけれど、あの様子では仕方ないと思える。
でも……ロンバウド様の害虫駆除よりも、ルナ様とのイチャイチャっぷりを見せたほうが、諦める方が多いのではないだろうかと密かに考えていた。
「リュート様が朝は気だるそうにしているところなんて、絶対に他の女性に見せられないわ。ルナ様と私達使用人だけにして欲しいわよね」
「私達は、ルナ様とリュート様を応援しているから、絶対に邪魔はしないもの!」
そうよねーと、先輩二人が笑い合っている姿を見て、私も同意だと頷いた。
あのお二人を邪魔するだなんて、絶対にあり得ない。
春の女神様も入れての親子の様子など、見ているこちらが幸福感に包まれてしまうのだ。
あの間に割って入って、それを壊すなんて絶対にできないだろう。
「でも、ルナ様は……あんなにイケメンのリュート様に迫られても真っ赤になるだけで済むのね。イケメン耐性が高くない?」
「ほら、お話によく出てくる兄代わりという人が、とんでもないイケメンだったとか……」
「有り得そう! そっかぁ……兄代わりとの禁断の恋っていうのも捨てがたいわね。世界を隔てても想い合う二人……ってことは、三角関係っ!?」
「うわ……美味しい! 実際にそうなっちゃったらリュート様が可哀想だけど、妄想の世界だけなら美味しい設定!」
先輩たちがヒートアップしている中、私は思わずペンを取ってメモに走り書きをしていく。
そ、その設定でお話を書いたら素敵かしら。
イケメンの主とイケメンの兄代わりに挟まれる麗しい女性……うわぁ……巷で人気が出そうな感じ!
「でも、リュート様は意外と、その兄代わりの方を警戒していないというか……」
「それよね。他の方々には随分……アレな反応をされるのに……ね」
「まあ、キュステさんは仕方ないわよ。あの方は、ああいう扱いというか……スタンスというか……」
「まあ、最初は衝撃を受けるけど、そのうち微笑ましくなっちゃう不思議だものね」
リュート様とキュステさんの過激なスキンシップは、この屋敷でも有名だったから見た時はビックリしたけど、ケロッとしているキュステさんがスゴイのか、どんな場合でも手加減が出来るリュート様がスゴイのかわからない。
でも、とても仲が良くて、いつも何か相談をしつつも笑い合っている感じだということは、暫く見ていたらわかる。
本当に信頼しあっているんだなーっていう感じ。
「ルナ様は早めにお休みになったみたいだけど、リュート様はまだお仕事をされているのでしょう? 大丈夫なのかしら」
「どうやら、ルナ様のお料理を見ていて気になったものがあったらしいわ」
「本当に、息をするように仕事を増やされるわよね」
「根っからの職人って、あんな感じかも。私の父もそうだったから」
「そういうものなんだ? でも、リュート様って、騎士なのに職人であり経営者であり魔術師……いろんな顔をお持ちよね」
「奥様でも理解ができない術式を使われるのだもの。スゴイ才能よね」
「ウォーロック家は、跡取りにほしかったでしょうね」
「でも、リュート様のアイギスを纏われている姿を見ると、やっぱり黒の騎士団に入る方なんだなって思うし……」
「凛々しかったわよね……」
「素敵だったわ……」
ほぅ……と吐息を漏らす先輩方の意見に、激しく同意させてもらいたい。
だって、あの姿は素敵以外の何物でもなかった。
ラングレイ家の方々が身にまとうアイギスは、どれも素晴らしく精巧な鎧であり、デザインだけ見ても芸術品の域にある。
だけど、今日のリュート様のお姿は……ずば抜けているとしか言いようがない。
鍛えられた体躯がそう見せるのだろうか、それとも核となった魔物が美しかったのだろうかという疑問は残るが、あの美しさの前では些細なことのように感じられる。
「リュート様がアイギスを纏ったお姿を、巷のバカ女たちが見たら、また身の程をわきまえずに騒ぐのでしょうね」
私がそう呟くと、先輩方は驚いたようにコチラを見て顔を顰めた。
「そうよね。それだけはイヤだわ」
「アンタの毒舌が久しぶりに出たわね。でも、わかるわー……きっと、そういうヤツほど騒ぐのよねー」
「学園の寮はチェックが厳しいから、お屋敷やお店へ移動するのを待ち伏せる人が、また出てくるかも……」
それだけは断固阻止っ!
言葉に出さなくても、私達は顔を見合わせて力強く頷いた。
ルナ様の悲しむ顔など見たくはないし、リュート様の邪魔をするなんて言語道断である。
「で? アンタは、そのお話を書くの?」
ナゼバレタ!
ネタを書き込んだメモ帳をシッカリ胸に抱いて、頬を引きつらせながら、ニヤニヤ笑う先輩方を見た。
「な、名前を変えて……なら……だ、大丈夫……かなぁと……」
「ほうほう。下手な情報を出さないことには気をつけなさいよ? それで、いつ出来上がりそうなの」
「……じ、時間をください。もっと設定を練り込みたいので」
「OKっ! 出来たら教えてねっ!」
「楽しみにしてるからねー」
どうやら先輩たちには、私が書いていたメモの内容は筒抜けだったらしい。
すみません、リュート様。
お名前は変えて、わからないようにしておきますから、こんなに美味しい設定を無視できない私を、どうぞお許しください。
その半年後、出来上がった本を先輩たちと楽しんでいたら、何故かロンバウド様に見つかり、とても素敵な笑顔で「出版してみる?」と問われ、逆らえずに引きつった笑顔で頷くしかなく……
更に二ヶ月後には、巷で話題のじれっじれで甘酸っぱい恋愛小説として人気を博し、年齢を問わない乙女たちの間で『主派』と『兄派』に別れた論争が繰り広げられたのであった。
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