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第七章 外から見た彼女と彼

奥様のどうしてこうなった……は、予測の範囲内(キュステ視点)

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「何かあったのか?」

 どうやらお説教が終わったのか、少しげっそりとした様子のだんさんが厨房に顔を出し、続いてニコニコと笑顔の奥様が続く。
 言いたいことが言えて満足したという様子だから、だんさんの無茶な仕事量は、少しの間だが落ち着きを見せることだろう。
 その都度、奥様にはお説教をしてもらわなければならなくなるが、これはもう病気みたいな物なので、長期計画で改善していくしか無い。

「あちらのお客さんが、お弁当について調べてはるみたいなん」
「んー? あぁ、なんだ。問題児トリオの身内じゃねーか」
「そうなのですか?」
「モンドの姉と、ダイナスの妹と、ジーニアスの双子の妹だ。3人共、仕事の関係上、こちらへ出てきたと聞いていたが……わざわざ店に来てくれたんだな」

 広い聖都であるから、飲食店を探せばいくらでもあるだろうし、彼女たちが住む区画から、こちらへ来るのは遠いはずなのに……と、心配そうな表情を見せる。
 黒の騎士団関係者───しかも、元クラスメイトの家族には、とても優しいだんさんだ。
 元クラスメイトは色々と理解しているのはわかっているが、その身内だからといって勘違いをしないとも限らないので、できるだけ注意をしたいところではあるが……奥様がいるし、大丈夫か。
 今日の奥様は、小鳥姿の時に気づかなかったが、モアちゃんの趣味全開の上品で可愛らしい服装に、薄化粧を施されている。
 どこに出しても恥ずかしくない、だんさんの隣に並んでも遜色なく美しい女性といった雰囲気だ。

 まあ、もともと素材が良いので、すっぴんでも問題あらへんけど……

 モアちゃんが楽しんでいることがわかる出で立ちの奥様を見ているだけで、良かったなぁと感じてしまう。
 呪いの件や生い立ちは、だんさんからも聞いたが、あまりにも悲惨なものであった。
 特に、その元婚約者は殴ってやりたい。
 婚約者がいるのに、他の女に現を抜かすばかりか、浮気相手の言葉を信じて、あらぬ罪を着せるなど言語道断である。
 事件性がある案件を、片方のみの言葉を聞いて判断を下すなど、王族なら絶対にやってはいけないことだ。
 出来ることなら、こんこんと説教してやりたい。
 まあ……そいつが此方へやってくることがあったら、周りが敵だらけの状態になる上に、『史上最強の魔王』との直接対決が待っている。
 それだけでは終わらず、師匠大好き聖女の力で完全完治された後、各々がフルボッコして、また完治───という、エンドレス地獄ヘルが待っているだろう。
 あの聖女様なら、ニッコリ笑いながらそれくらいやりそうだし、そういうところが、だんさんの幼馴染だと感じる。

 普段は大人しい淑女らしく振る舞いながらも、本質はおてんば娘……
 あれ? どっかにもそういう人おったな。
 それも、えらい身近に……

 思わず頭に浮かんだ親友の顔を振り払いながら、僕は小さく嘆息した。
 こんなことを考えていたと知れば、「久しぶりに実験させてね」と上機嫌な声で、物騒なことを言いかねない。
 絶対に、だんさんの魔王モードはモアちゃんの遺伝子を受け継いだ結果だと思う。
 ロンバウド様の腹黒さもそうだし……テオドール様は外見が厳ついだけで、内面はまともで良かった───

 その、テオドール様は、どうやら出勤されたようで、すこーし寂しげなサラさんが個室の対応に頑張っていたけれども、本当にフロアを担当していなくてよかった。
 あんな切ない溜め息を付きながら酒が入った男たちの前に立ったら、あらぬ誤解を受けて、とんでもないことになりかねない。
 テオドール様が知ったらどうなるか……いや、その前に、だんさんが十神並の圧力をかけるだろう。
 それか、奥様が小鳥姿か神獣姿で大暴れしそうだ。

 まあ、サラさんとテオドール様の様子を見ていたら、こちらが何かをしなくても上手くいきそうである。
 テオドール様が、あの様子ってことは、間違いなくサラさんが『運命の相手』ってことだろうから……
 絶対に、レシピギルドや店の客でも泣く奴が出てくるだろうが、知ったことではない。
 テオドール様は不器用だが、さすがはモアちゃんの息子と褒め称えたいくらい、心優しい良い方だし、聖騎士の家を継ぐ者としての資質も十分だ。
 だんさんと比べたら劣るところは確かにあるが、実力主義の竜人社会とは違うのだから、問題はない。
 それに、だんさんの力は規格外過ぎるので、比べるのは可哀想である。

 僕が思うに、だんさんほどの力を持った者が下手に家を継ぐと、上位称号持ちの家のバランスが崩れるかもしれない。
 万が一にも、力を合わせて行くはずの上位称号持ちが、聖騎士の家に頼るだけになってしまえば、負担が大きいなんてレベルの話では無く、今後に関わってくる。
 それでなくても、聖騎士の家は魔物討伐を一手に引き受けているのだ。
 いくら加護の力があるとはいえ、魔物からの国を守るだけで精一杯のはずなのに、ソレ以上の働きを求められたら、明らかにオーバーワークである。

 仮に上位称号持ちの家に頼られたとして、だんさんがいる間は、それでも何とかなるかもしれない。
 だが、その後は?
 答えは聞くまでもない。
 だんさん程の力を持つ者は、そうそう現れないのだ。
 彼に頼りっぱなしになれば、力や権力を持ちすぎた聖騎士を神格化したバカが暴走するか、頼ることが当たり前になった上位称号持ちが身を持ち崩し、いずれ国が滅ぶだろう。
 それを理解しているからこそ、この国の王はだんさんに聖騎士を継げとは言わない。
 むしろ、自由にさせ、自らの判断で動く方が国益につながると信じているのである。

 まあ、その判断は間違いやあらへんな。
 現状、国の問題を意図せず解決へ向かわせてはるもんなぁ……

 汚染を減らした技術開発や、画期的な発明、食料自給率の向上、神族との良好な関係……上げたらきりがない。
 だが、その中で何よりも頭を悩ましていただろう、被災地への救済支援に必要な食糧問題は、今後、国の活動を大きく変えるに違いない。

 それだけではなく、今回、だんさんが提案した、国主体で行われるだろう缶詰工場は、大口の雇用口になる。
 治安が良くなって人が更に集まり始めていると聞く聖都において、大口雇用は喉から手が出るほど欲しかったものだ。
 仕事がなく、低所得者が多く集まる区画ができ、治安が悪化しているという噂を聞くほど、聖都の事情は変わってきた。
 働きたいのに仕事がなくて冷遇されてきた彼らにとって、この計画を提案してくれただんさんは、『ジュストの再来』ではなく『希望』になるだろう。
 マール加工工場の件でも、雇用口は増えたと言うから、良い傾向である。

 商会長として考えたら不合格かもしれない。
 しかし、自分が管理できないところまで手を広げるよりも、信用ができるところに相談して人脈を作ることを優先しているだんさんの考えは、長期的に見て間違いではないと思う。
 一時の利益よりも得難いものがある。
 それを、だんさんはよく知っているのだ。

 今回の件を、自分の息子から聞いた国王は、だんさんを自由にしておいて正解だったと確信するだろう。
 だんさんと奥様の二人が、下手に縛られること無く自由に考え、試してみるからこそ、多大なる恩恵を享受することが出来るのだ。

 だんさんのことを『ジュストの生まれ変わり』だと言って蔑む者たちは、これから変わる国の状況や、日常生活へ今まで以上に食い込んでくる影響力を、どこまで無視することが出来るのだろう。
 見なかったことにして悪し様に言っていれば、いずれは巡り巡って自らに返ってくる。
 いつまで、それを見なかったことにできるか見ものだなと、僕は内心ほくそ笑む。

 お前たちが持つ常識を、奥様が片っ端から潰してくれるから、見ていると良い。
 得難い存在である奥様を求めても、彼女が持つ全ては、だんさんにしか注がれないのだ。
 それを目の当たりにして歯噛みする姿を、今からでも想像することは容易い。
 奥様の力や影響力を知ったバカが、どんな手段を使ってでも、何とか手中に収めようとするだろうと考え、爺様が既に奥様を守るために専属の護衛をつけたようだから、今のところ問題はないだろう。
 さすがは、一つの国を治めていただけある。

「リュート、先程いっておった焼酎の炭酸割りの話じゃが……」

 どうやら、注文が入ったらしく、爺様に問われてだんさんが質問に答えている間に、奥様は小鳥姿へと変じ、ヨウコに頼んで件のテーブルへと移動を開始してしまった。
 爺様たちに気を取られている間に、移動してしまった奥様は、テーブルの上へちょこんと乗り、丁寧に挨拶をしているようで、挨拶が終わるまでの間、3人の女性は訝しげに小鳥を見守っていた。
 しかし、爺様と一緒にカウンターへ移動しただんさんと、心配そうなヨウコの様子から本物だと察したのだろう。
 小鳥に向い、慌てて頭を下げている姿に苦笑が浮かぶ。
 軽い談笑のあと、お弁当についての話をしているのか、女性たちは驚きながらも、メニュー表を見て質問を繰り返している様子であった。
 こういうときに、小鳥の姿は目立たなくて良い。

 しかし、1人にはしておけず、奥様のフォローに入ろうと移動している間に、慣れない焼酎で酔っ払ったのか、1人の客がふらついた足で椅子から立ち上がり、バランスを崩して近くにあったテーブルに手を付き、大きな音を立てた。

 あ……アカンっ!

 運の悪いことに、手をついたテーブルは奥様がいた場所で、大きな衝撃に耐えきれず、テーブルの上から転がる小さな体に向かって手を伸ばすが、それよりも早く風の魔法が奥様の体を包み込み、狙ったように差し出された小さな手が、ものの見事に受け止めたのである。

「きゃっちなのっ!」

 ちぇ、チェリちゃん……いつの間にっ!?
 カウンターを見るとホッとした様子のだんさんがいたので、先程の風魔法は、だんさんの仕業らしい。
 魔王降臨にならなくてよかった……

「チェリシュ、ありがとうございます」

 気を遣わせないように小さな体で移動したのがマズかったですねと、奥様は心配してくれた人々に詫びる。
 ふらついたお客さんも、みんなに詫びながら、小さいのに凄いなぁとチェリちゃんに声をかけて───見事に固まった。

「え、は……春の……女神……様?」

 見事に酔いが醒めたようで、男は顔から血の気が引いて白くなっていく。
 それはそうだ。
 こんなところに、春の女神であるチェリちゃんがいるなんて、誰も思わなかっただろう。

「こけたらあぶないの。大丈夫……なの?」
「は、はいっ! ほ、本当にすみませんっ」

 平謝りをしている男に対し、チェリちゃんは「なら良いの」と可愛らしい笑顔を振りまくのだが、周囲の客は固まっている。
 やっぱり、一般人にとって太陽と月の夫婦神の娘であるチェリちゃんがいるという状況は、驚き以外の何物でもないらしい。
 まあ、だんさんと一緒にいると、その辺りの感覚がおかしくなるのだが……
 奥様が来てからは、更に拍車がかかったようである。

「すみません、チェリシュ。リュート様も魔法で助けてくださってありがとうございました。小さな体であれば目立つことはないと思ったのですが、余計に心配をかけてしまいました」
「だいじょーぶなの、ちゃんと、チェリシュがきゃっちするのっ」
「ありがとう、チェリシュ」

 ふわりと光輝いた小鳥の体が、人の姿へと戻っていく。
 流れる天色の長い髪に神秘的な蜂蜜色の瞳、きめ細かい白い肌、まるで女神のような風貌の女性が現れ、その神々しさに、誰もが息を呑み言葉も出ない様子であったが、次の瞬間、店の従業員と奥様の正体を知っている女性3人以外、店内にいた全員がひれ伏してしまった。

「え……ええっ!? な、何故っ!?」
「ぺこー……なのっ!」

 狼狽える奥様に、こういう状況に少しだけ耐性があるチェリちゃん。
 やっぱりこうなったか……とカウンターで、だんさんと爺様が片手で目元を覆い、天を仰いだり溜息を付いたりと忙しい。

 何故こうなったのですかっ!?
 説明を求むっ!
 奥様の必死なヘルプ要請がこめられた視線を受け、僕も溢れ出てくる溜め息を止めることができなかった。

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