悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第七章 外から見た彼女と彼

専門的ではなくても、こちらにはない知識(マリアベル視点)

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 難しい話はわからなかったのですが、王太子殿下は王室お抱えの工房だけでは絶対に無理だと判断したらしく、リュート兄様の助力を求めておりました。
 さすがに【真空の空間を作り出す】という術式を作るとなれば、それ相応の技術が必要になりますし、ウォーロック家かリュート兄様以外に作り出すのは難しいはずです。
 しかも、時空間魔法において……いえ、全ての術式においてリュート兄様の右に出る者はおりません。
 約束を取り付けるのに王太子殿下が必死になる気持ちが痛いほどわかります。
 これは、リュート兄様の協力無しでどうにかなる話ではありませんもの。

「この前のマール加工と一緒に缶詰工場を併設すれば、大量のマールを加工して消費することができますし、大量に水揚げされる魚を水煮やオイル漬けにしたら良いかもしれませんね」

 マールの味噌だけを缶詰にすることも可能でしょうし、スープも良いですね……と、流れるようにルナ様の口から様々な提案が出てきます。
 お料理に関しての知識は誰よりも豊富なのでしょう。
 料理長はふんふんと話を聞きながら頭の中でイメージしているのか、いくつか質問をしてイメージを補完しているようでした。

「マールだけじゃなく、大量に水揚げされる魚を加工するのも良いよな。カツオも沢山獲れるみたいだし……」
「缶詰だったらツナが作れますし、余分があるなら鰹節も大量に仕込んでおきたいですよね」
「ツナ缶か!」
「カツオブシ!」

 ルナ様の一言に反応したリュート兄様はいつものことですが、料理長の耳と尻尾が珍しくピーンッと立ちます。
 こんな反応は初めて見ました。

「よし、缶詰工場……シグ、やるぞ。絶対にやるぞ」
「え……えぇ……そのツナっていうやつで、そこまでやる気になっちゃうの?」
「ツナマヨは最強なのだよ」

 リュート兄様がおっしゃる意味はわかりませんが、どうやらかなりやる気になったみたいです。
 料理長も『カツオブシ』という物の仕込みを手伝いたいと必死にお願いしていますから、ルナ様はこれからも忙しくなりそうな予感。
 体調が万全というわけではないように感じますから、自身を大切にして欲しいです。

「缶詰は水煮のほうが良いかもしれませんね。被災地で使うとなれば食欲が落ちている方もいらっしゃるはずですもの。味付けが濃い物は避けたほうが良いでしょうし、出来るだけスープなどの胃に負担をかけないお料理が良いかもしれません」

 その言葉に私は思わず「え?」と声を上げてしまいました。
 何気ないルナ様の一言に、私の気にしていた事が含まれていたからです。

「どうかしましたか?」
「えっと……ど、どうして……食欲が落ちている……と?」

 私が震える声で質問すると、彼女は不思議そうに首を傾げてから、さも当然のことを言うように返答してくださいました。

「普段の生活からかけ離れた状況に放り出されたら、不安に感じない人はいません。精神的負担から食欲は落ちるでしょう? ストレスで胃を荒らす人は多いはずですから……」
「胃を……荒らす?」
「……え?  過剰なストレスがかかると、胃酸が過剰分泌したり、胃の粘液の分泌量が減少したりして胃酸から胃を守れなくなってしまうと思います」

 それに「ストレスから弱った胃腸は、栄養をいつものように体へ取り込むことは難しいでしょう」と言うルナ様の言葉は衝撃的で、言葉を発することも出来ません。
 被災地の人々が弱っていく様を思い出します。
 日に日に弱る人々……食料を持ってきても、なかなか食べてくれない人もいました。

「そ、その場合……どう……すれば……」
「胃が荒れているのなら、胃の粘膜を保護したほうが痛みは軽減します。人肌にあたためたミルクが良いですね。あとは刺激の少ない優しい野菜スープ。よく煮込んで柔らかくした方が良いでしょう。卵をいれると栄養も高くなりますし、胃の負担もそれほどかからないと思います」

 本当はおかゆや雑炊などが良いのですが……と微笑みながら教えてくださる料理の知識は初めて聞くものばかりです。
 料理にこんなに意味があるのかと知り、全員が言葉を失っている様子でした。

「体力が落ちている時に脂っこいものは胃に負担をかけますから、なるべくさっぱりしたものが良いと……」
「おうどんちゅるちゅるなの」
「ええ、チェリシュが作ってくれたおうどんは、本当に柔らかくて食べやすかったです」
「えっへんなのっ」

 おうどんという小麦粉と塩と水だけで作った長いパスタみたいな物で、これよりも太いのだそうです。
 パスタは歯ごたえがあるのに対し、おうどんという物は柔らかいのだということでしたが、茹でる時間でそれは変わるのだと知り、更に驚くことになりました。

「人の体は考えている以上に繊細ですし、食材や調理法に様々な意味がありますから、食べる人に合わせて作るのが一番ですね」

 そうだ、これなのだ! と思いました。
 私に必要なもの。
 そう……私にはこれが必要なのですよっ!

「お恥ずかしながら、私達に……ルナ様のような知識がございません」
「え?」
「ルナ様の言うような、人体に影響のある食べ物や調理法の知識が無いのです」
「それは、俺様たちキャットシーにも言えるな。俺様たち以外の種族にとって、作った料理がどう作用するかなんて考えても見なかった」

 私と料理長の言葉に驚きを隠せない様子のルナ様は、隣のリュート兄様を見上げます。

「この世界は、怪我をポーションや回復魔法で治癒する。伝染病は洗浄石のおかげで蔓延をある程度防げている状態だ。軽度の病もポーションで癒せるから、医学の進歩がルナの世界よりも遅れているだろう」

 この中で一番、ルナ様の世界とこちらの世界の違いを理解しているだろうリュート兄様の言葉は大変興味深く、全員が真剣な表情で耳を傾けました。
 異世界との違い───ルナ様がいた世界は、どれほど高い知識を持っていたのでしょう。

「栄養学もそうだ。人に必要だと思われる栄養素など、ルナが持っている知識が専門的ではなくても、この世界では考えられないものばかりなんだよ」
「では、体が不調であった時に効果的な食材や、栄養素を知らないということでしょうか」
「おそらくはそうだろう。キャットシー族は、作りたいものを作るか食べる人のリクエストに応えて作ることが多いからな」
「師匠の料理は、美味しいだけじゃねーの?」

 その言葉に衝撃を受けたのか、ルナ様は暫く瞑目してしまいました。
 そして、考えの整理がついたのか料理長に向き直りほほ笑みを浮かべ、力強い言葉で語りかけます。

「私が持っている知識は、お医者様にかないませんが……日々の暮らしで健康に気をつけていくことは可能です」

 食べる物によって体は作られていきますからね? と微笑むルナ様の慈愛に満ちた笑みは神々しく、十神の父である創造神オーディナル様が溺愛する理由も頷けますよね。
 これほど、可愛らしくも気配りが出来て知識も豊富であれば、どこに出しても恥ずかしくない娘でしょう。
 愛の女神様が気にかけていらっしゃるし、前竜帝陛下も可愛がっていらっしゃるご様子。
 わかる人にはわかる、聡明さですよね。

「カカオ。これから私が持っている知識を弟子の貴方達に一つずつ伝えていきますね。栄養は大事です。食べてくれる人のことを考えて作る料理は、基礎となる知識が大切になることも多いですから」

 まあ、美味しいからという理由だけでも作りますけどねと可愛らしく笑う様子に、料理長は嬉しそうに「わかった!」と返事をして機嫌よく尻尾を揺らしました。
 あの料理長も、ルナ様の前だと子供のように素直です。

「体が弱っている人には、体に必要な栄養たっぷりの料理。心が弱っている人には、ほっぺが落ちそうな美味しい料理ですよ」

 その言葉に、ルナ様の全てがこもっている気がしました。
 心が弱っているリュート兄様に出す美味しい料理……それは、リュート兄様を確実に癒やしておりますもの。
 ルナ様の持つあたたかい心が為せる業であり、私が必要だと感じたものでもありました。

「カカオだけズルイですにゃぁ」
「ボクたちだっていますにゃっ」
「一生懸命頑張りますにゃ!」

 いつの間にやら扉から覗き込むように見ていた他のキャットシーの方々がなだれ込んできて「ずるいずるい、一緒にやるにゃー!」と大騒ぎです。
 その場で両手を上げてクルクル回る姿は可愛らしいのですが、ルナ様は困ったように苦笑を浮かべました。

「期待されているほどスゴイことではありませんよ? お医者様には敵いませんもの」
「ボクたちには、お料理革命ですにゃ!」
「食材に意味があるなんて初めて知りましたにゃっ」
「俺様たちはいつも、そこにある食材で作ることが出来る料理を考えていた」
「食べる方々のことを考えて作ることが出来るように、頑張りたいですにゃぁ」
「チェリシュも、チェリシュもなのっ」

 だからちゃんと勉強しますにゃ! と春の女神様も一緒になり一層にぎやかになったルナ様の周囲を見つめ「これだ!」と閃くものに、ここ最近は頭に霧がかかったように鈍く感じていた物が、一気に吹き飛びクリアになっていくような感覚がしました。
 そうです、コレですよ!
 もう、コレしかありませんっ!

「は、はいっ! 私も……私もルナ様に弟子入りして、お勉強をしたいですっ!」

 そう言葉を発した瞬間、リュート兄様が「は?」と呟きて私を怪訝そうに見つめ、他の方々はあまりのことに固まります。
 言われたルナ様はというと、よほど驚いたのか深みのある綺麗な蜂蜜色の瞳をパチパチさせて私を凝視しておりました。

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