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第七章 外から見た彼女と彼
英雄と女神(シグムント視点)
しおりを挟む「私、お紅茶をいれますね」
「いいのよ、ルナちゃんはゆっくりとしていて」
「ちょっとおもしろいお紅茶を淹れようと思いまして」
うふふと笑い、彼女はモア夫人とリュートに一言断ってから席を立つ。
そして、しばらくして戻ってきたかと思うと、大きなティーポットに準備された紅茶を見事な作法でカップに注いでいく。
これには白の騎士団長であるランディオも驚いたのか、シャンと伸びた背筋から流れるように動く指先までを注視していた。
へぇ……ここまで所作が綺麗な人はそういないよね。
城勤めの者でも、ここまで出来る者はそういないと断言できるくらい洗練されている。
細すぎる手足と病的な白さは気になるが、ソレ以外はどこにでもいる育ちの良いお嬢さんといった感じだ。
上位称号持ちの家にいそうなタイプ……と言ったら良いのだろうか。
とても召喚獣だとは思えないというのが、ボクの素直な感想であった。
過去に召喚された人型召喚獣は、ほぼ人としての感情が不十分であり、そのために引き起こされた問題も多かったし犠牲となった者も多数出たと文献には記されている。
ヤマト・イノユエの功績である召喚術がもたらした恩恵は確かに大きいが、降りかかる脅威も無視できるものではなかった。
ボクが知る限り、人型召喚獣は脅威と争乱の象徴───
しかし、目の前の彼女はそんなイメージからかけ離れており、淑やかで気品ある佇まいをしている。
何よりも、リュートの視線が優しいのだ。
最近のリュートの中で一番といっていいくらい良い顔をしていた。
それがとても嬉しくて……それだけでも彼女が来てくれた価値はあるように思える。
焦らずにリュートの状況を確認しながら無難な会話を交わしていると、メイドが彼女の淹れてくれた紅茶を運んできてくれた。
王室の磁器よりも上質なんじゃないかと感じてしまう滑らかな手触りのカップを手に取ると、紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。
これでも紅茶はよく飲む方だが、こんな香りの茶葉をボクは知らない。
なんだろう、爽やかな甘い香りがする。
でも、どこかで嗅いだことのあるような匂いだ。
「いい香りだ。さすがはルナ。無駄にしねーな」
「リュート様が剥いてくださったリンゴの皮と芯を煮出して作ったアップルティーです」
「うさぎさんなのっ」
「チェリシュの正解です。うさぎさんの残りですよ」
「当たりなの」
えっへんと胸を張る春の女神様の頭を微笑みながら撫でる彼女を見ながら、会話の内容を頭の中で反芻する。
リンゴ?
しかも、皮と芯を煮出したって……変わったことを考えるなぁと考えながら、良い香りのする紅茶に口をつけると、想像していた以上に香り豊かで芳しい。
ほんのり感じる甘みがとても上品で、ホッと心を落ち着けてくれた。
「捨てるはずの芯をお使いになられたのでしょうか」
「勿体なかったもので……」
「素晴らしいお考えだと思います。食材を無駄にせず、こんなに美味しい紅茶にしてしまうなんて……とっても素敵です!」
「あ、ありがとうございます」
可愛らしい女性同士の会話は城内で聞くような棘はなく、とても微笑ましい。
マリアベルは心優しい女性であるし、目の前の彼女も同じくらい素直なのだろう。
あのリュートが可愛がっているところを見ると、間違いはないはずだ。
人の心を理解できないような毒を含んだ女が、彼の容姿や能力や資産に惹かれて群がっているけど、明らかに彼女は違う人種であった。
どちらかといえば、リュートに似ている感じかな。
基本的にお人好しで、ちょっと危なっかしい。
誰かに騙されるのではないかとハラハラするけど、リュートは器用にそんな連中をいなしていく。
でも……彼女はそこまで器用な生き方は出来ないんじゃないかな。
そこは、リュートがこれからはシッカリ護っていくのだろうと簡単に予想ができた。
リュートって本当にカッコイイよねぇ……
こうして、ボクがリュートを慕うのにはわけがある。
魔物討伐訓練は王族にもあり、16歳の時に初めて遠征という物に参加した。
黒の騎士団関係者の中でも年齢の近いリュートが参戦しての討伐訓練だったし、そこには王族を護る専属の白の騎士団もいて、そうそうたる顔ぶれでの討伐だ。
誰よりも危険が少なかった遠征だっただろうと思う。
しかし、鬱蒼とした森に入り初めて見る魔物は恐ろしく、命の危機を産まれて初めて感じたボクは動くことすらできなかったけど、そんなボクを護るように騎士たちが動き、何事もなく討伐訓練は終わるかに見えたが……そう甘くは行かなかった。
魔物を引き寄せる匂い袋を持った者がボクの暗殺を狙い飛び込んできたのがすべての始まりである。
ボクが王太子として相応しくないと宣い斬りかかってきた男は傍に居た騎士に切り捨てられたが、残った匂い袋は多くの魔物を引き寄せ、恐ろしい魔物の雄叫びに森の空気が変わったのを感じた。
数多の唸り声と魔物の気配……さすがにダメかと思ったけれども、リュートが魔物の群れに立ちふさがり気合が入った声を上げて指示を飛ばし、襲いくる魔物を次々と斬り伏せていく。
これが、フォルディア王国を厄災から守りし『聖騎士』なのだと、心から震えたのを今でも鮮明に思い出せる。
尻もちをついて何もできなかったボクとは違い、リュートは鋭い視線を前へ向け、剣をふるい魔物の命を奪っていく。
それはまるで物語の英雄のようで……ただ見惚れていた。
だけど、それだけなら「強い人」という憧れだけで終わっただろう。
彼は全てが終わったあと、魔物の死体を見ながらなんとも言えない悲しげな表情をしたからこそ、ここまで惹かれたのだ。
彼は誰よりも命の重みを知っている。
そして、心に痛みを覚えていたとしても、それに立ち向かう勇気と強さを兼ね備えているのだと理解した。
何もできなかったボクは彼に謝罪したのだが、驚いたように目を丸くして「初めてなんだし仕方ないですよ」と笑ってくれただけではなく「王族であろうとも初めてのことなのですから、動けなくても恥ずかしくはありません。それに年下なのですから、遠慮なくこういうときは頼ってください」と言ってくれたのだ。
初めてだった……
王族であるボクに対し、『頼れ』なんて言う存在は───
それが嬉しくて泣いたのは内緒だ。
彼との出会いがボクを変えた。
それから、ボクはこの国のことを誰よりも考えるようになったと思う。
だからこそ、無視できない問題があったのだ……
ボクは体が弱く、国王になるのは難しいと考えている者が多い。
実際問題、それほど長くは生きられないだろう。
幸いにも妹がいるのだから、女王にならずとも相応しい相手を伴侶に選び、国王とすれば良いという意見も出ている。
それも一つの案ではあるが、妹は幼い頃に交わした約束があり、近々隣国へ嫁ぐことが決まっていた。
それが政略的なものであるのなら考えたが、熱愛中の二人を引き裂くなんてことはしたくない。
病弱な上に命短いこの身で王太子という立場にいるのは、単なる目くらまし役を買っているに過ぎない。
次期国王になるべき者は、父の中で決まっている。
その人をボクも知っているし、その人が継ぐのなら全く問題がないと感じていた。
だが、外部にその事情を漏らすことはできないので、未だ王太子殿下という地位に甘んじている。
そして、この件が片付けば……ボクは夢であった小説家になり、リュートの物語を書き綴ろうと思う。
彼は波乱万丈に満ちた人生を歩むことになるだろうし、現在は物語を盛り上げてくれそうな要素が色々と追加されているしね。
やっぱり、英雄の隣には美人さんがいないと!
十神が家族と認める美人さんと手を取り合い、リュートは数々の苦難を乗り越えていく。
ワクワクしてこない?
絶対に大作となる予感がするんだ。
そんなことを考えながら紅茶を楽しみ、みんなの会話に耳を傾ける。
だって、ここにいる人達は今後、この国を動かしていくだろうから……これからボクは、何年この輪の中に居られるのだろう。
まあ、安静にしていれば、あと10年くらいは生きられるだろうから、英雄の物語を完結させることも出来るはずだ。
ボクの英雄───リュート・ラングレイ。
君はどんな物語をボクに見せてくれるのだろう。
そんなことを考えながらジッと彼を見つめていたら、隣に座っていた彼女がこちらをジーッと見ていることに気がついた。
なんだろう……見つめすぎたかな。
気に入らなかったとか?
どうしようか考えていると、彼女は隣のリュートに耳打ちをした。
すると、ふんふんと聞いていた彼は嬉しそうに頬を緩めて立ち上がり、椅子の位置を微調整して近づき座り直す。
「これでいい? 近くなった?」
あ、これは……嫉妬させちゃった……とか?
マズイなぁ……彼の物語を書くためにも、彼女とは仲良くしておきたかったんだけど……警戒させちゃったかな。
彼女は嬉しそうに頷いたあとにこちらを見てニッコリ笑う。
え、えっと……どういう意味だろう。
彼女の視線がリュートに動き、ジーッと見ているので「彼をあまり見ないで」のサインだったのかなぁと考えるのだが、それは間違いだとすぐにわかった。
彼女の視線に釣られるようにリュートへ視線を戻したボクは、その神々しさに意識を失うかと思ったよ!
な、なにこの神角度!
か、カッコイイなんて言葉はすでに陳腐にすら感じて、言葉で言い表せない魅力に体が震えた。
まず感じたのは「脚が長すぎぃっ!」というところだ。
いやいやいやいや、同じ男でもここまで違うのっ!?
しかも、なに……そ、その……色気を纏う表情っ!
女性も真っ青な色気が漂っているよっ!?
彼女がたじろいでいるところから見て、愛でも囁いているのかな……
いやいや、公衆の面前で……ま、まさかねぇ?
こそこそ話しているから内容は聞こえないけど、その様子から彼女が追い詰められているのは理解できた。
真っ赤になってオロオロしているし、彼女の膝の上にいる春の女神様はジーッと二人の様子を観察中である。
そっか……ボクの為にリュートがとっても格好良く見える角度に調整してくれたんだ……女神かっ!
彼女の真意に気づいた時には、ボクの体は認識するよりも早く動き出していた。
「スゴイよ、よくわかったね。なに、あの神角度!」
「あ、やっぱり気づかれましたか。良いですよね、あの角度っ」
「いいねっ! あの脚の長さと全体的にリュートの逞しさを堪能できる感じと、色気漂うあの表情!」
「そうですよね! ご理解いただけてとても嬉しいですっ!」
この子、ボクに通じるものがある。
そうか、同志だ……この子はボクの同志なんだ!
これは……ボクのもう一つの夢を叶えられるかも知れないっ!
「ねえ、ボクとリュートについて語り合う仲間にならない?」
「そういう仲間を待っておりました。 リュート様の良さをずーっと語り合うのですよね?」
「そう、それっ」
「もちろん、お受けいたします!」
「じゃあ、今日から君はボクの同志だ!」
「とても嬉しいですっ! 今後ともどうぞよろしくお願いいたしますっ! 一緒にたくさんリュート様を語り合いましょうね!」
「連絡先を交換しておこうか、いつでもメッセージを送ってね!」
手を取り合って喜びの声をあげるボクたちのテンションを呆然と見ていたリュートは、「は?……え?……えっと?」と戸惑いの言葉を漏らす。
いつもだったら鋭い目つきでボクを怒ったのだろうけど、隣の彼女の様子に言葉も出ないとはこのことだろう。
でも仕方ないよ。
君のことを大好きな二人が揃って、様々な君を語り合いたいのだから!
この喜びをどう伝えれば良いだろう。
彼のことについて、心ゆくまで気兼ねなく語り合えるなんて夢のようだよ。
ボクの英雄。
そして、ボクの同志にして彼の女神。
それほど長く一緒にいられないかもしれないけれども、出来る限り長生きするから、どうぞよろしくねっ!
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