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第七章 外から見た彼女と彼

普通ではない召喚獣(ランディオ視点)

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「これくらいで、だらしがないのぅ」

 ころころ笑いながらぐったりしている我らを見下ろした愛の女神様は、一同を見渡してから満足そうに微笑む。

「シグ、お主……本当にリュートが好きなのじゃなぁ、自ら首を突っ込むか」
「こればっかりは譲れないっていうか……愛の女神様ならわかるでしょう?」
「ふふ、仕方のない奴じゃ。しかし、ルナに何かをするようであれば、この妾が許さぬ」
「しませんって! そんなことしたら、今度こそリュートに『期間限定で来るな』じゃなく『未来永劫来るな』っていわれちゃいます!」

 リュートから期間限定で接近禁止令を出された王太子殿下は、律儀にソレを守っていた。
 まあ、召喚術師が最初の召喚獣を召喚する微妙な時期に王太子殿下がウロウロしていたら気になって仕方がないだろう。
 リュートにしてみたら召喚術師として目覚めた己が、どれほどマズイ立場へ追いやられたのか理解しているのだ。
 そして、召喚される召喚獣がもしも凄まじい戦闘力を持っていたとしたら、それだけで脅威だとみなされる。
 リュートだけでも人並み外れた力を有しているのだ。
 召喚獣がそれと同等、もしくはソレ以上であれば各国も黙っているわけにはいかない。
 人間とは不思議なもので、自らの理解を超越した力を持つ神は崇め奉るのに、同族には大いなる拒絶反応を示す。
 ハロルドはいまいちわかっていないのかもしれないが、リュートは人の心がどう動くのか熟知している。
 あの年齢でよくもまあ理解しているものだと感心を通り越して末恐ろしくさえ感じ、時折ではあるが同年代と対話をしているような心持ちになることもあった。

 だからこそ、周囲が見えている彼だからこそ、我ら上位称号を有する家の者はどんな召喚獣が来るのか固唾を飲んで見守っていたのである。

 そして、学園からの第一報を受けた私達は騒然とした。
 彼が召喚したのは、この世界に5人目の人型召喚獣───
 人型召喚獣は珍しいだけではない。
 この世界に様々な影響を与え、時には厄災を招く存在であった。

 しかし、リュートを担当している教員であるビルツ・アクセンから上がってきた報告書には『珍しい人型召喚獣ではあるが害意は無く、意思疎通に全く問題がない為に無害である』と記されていたのである。
 思慮深く周囲の意見を聞きこの世界に順応するほど賢く、今までの召喚獣の常識を覆すように我々との対話が可能な召喚獣であるが、召喚獣というよりはどこにでもいる単なる非力な女性というイメージだというのだ。

 意味がわからなかった。
 どこにでもいる女性が召喚獣だと言われて、誰が納得できるのか……

「まあ、そうしてくれるとありがたいヨ。万が一、ルナちゃんになにかしたらサ。うちの父上が黙っていないからネ」
「父上が怒り狂うさまは見たくないのぅ」
「下手をすれば、人類全員最初からやり直しな? って爽やかに言って文明を終わらせそうダ」
「そこまで父上が激怒されるのか」
「間違いないヨ。現状、あっちでの出来事でかなりイライラしているみたいダ。今はベオルフが制御してくれているから助かっているケド、こっちまでやらかしたら爆発しかねないヨ?」
「まあ……わからなくもないのぅ。ルナが悲しむ姿は妾も見たくはない」
「俺もダヨ。陽輝と一緒に可愛い妹を見守っている感じカナ」
「ふふ、その気持もよくわかる」

 やはり、普通の召喚獣ではないではないか!
 どこの世界に、十神や創造神に家族扱いされる『どこにでもいる非力な女性』がいるのだ!
 私はビルツ・アクセンの呑気な笑みを思い浮かべながら、心のなかで出来る限りの悪態をつく。
 しかも、何かあれば『世界そのものを滅ぼすぞ』宣言などされているのだぞっ!?
 我々の顔色が悪くなったのを見てクツクツ喉の奥を鳴らして笑う時空神様は、とても面白いというようにこちらを見つめる。

「大丈夫だヨ。ルナちゃんの兄であるベオルフが制御してくれていると言ったダロウ? ルナちゃんがこの世界に絶望しない限り問題ないはずダ」
「絶望……ですか」
「ソウ。あの子が絶望を覚えタラ、この世界だけの話ではなくなるかもしれないけどネ……」

 それは創造神オーディナルが手を下すという意味には聞こえず、彼女にはなにかあるのではないかと察するのだが、そう感じたのは私だけであったようだ。
 ルナティエラ・クロイツェル……リュートの召喚獣に一度会う必要があるな。
 この目で確かめなければならない。
 ハロルドやリュートがいるから大丈夫だと考えていたが、悠長なことを言っていられないだろう。

「でも、父上はルナが帰ってきたら喜ぶのではないか?」
「あー、それもあるネ」
「妾は寂しくなるのぅ……ルナが作る料理は美味じゃからな」
「父上が羨ましがっていたヨ」
「ま……まこと……か?」

 時空神様の何気ない言葉にピクリと反応した愛の女神様は、チラチラと夫を上目遣いで見て照れ笑いを浮かべた後にそわそわと尋ねる。

「俺の可愛い奥さんはとても美味しそうに食べるカラ、チェリシュと一緒に幸せそうに笑うその姿を、ずっと見ていたいなぁってぼやいてタ」
「妾もそなたと父上の傍らにずっといたいものじゃ……」
「ゴメンネ。寂しい思いをさせテ……」
「いいのじゃ。そなたは妾の自慢の夫ゆえ、世界の理を守るため存分に働いて、たまには……帰ってきておくれ」
「ウン。必ず帰ってくるからネ」

 ぎゅっと抱きしめ合う時空神様と愛の女神様のお姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。
 しかし……甘ったるすぎて胸焼けが……
 ハロルドとモア殿で慣れていたと思ったが、この方々もなかなかのものだ。

 ようやく人心地ついたのか、ハロルドとマリアベルがふぅと息をつき姿勢を正した。
 まあ、十神との対面が少ない二人にしてみたら、これでも回復が早い方である。
 リュートの影響か神々に相対することが多いテオドールや、常日頃から愛の女神様を迎えている王族である王太子殿下はいち早く復活していた。
 魔力をあまり持たない一般人であれば、泡を吹いて倒れるのではないだろうか。
 いや……下手をすればショック死なんてこともあり得るかも知れないな。
 全くコレを感じないルナティエラ嬢は、あちら側の人間……いや、すでに人間と考えて良い存在なのかも怪しい。
 神族であると言われたほうが納得できる。

「とりあえず、リュートのことは心配いらないヨ。ルナちゃんがいるから、問題ないはずダ。彼女がいれば、きっと昔のように戻ル」
「もうすでに笑っておるからのぅ」
「……昨日、弟は涙を浮かべて笑っておりました。よき出会いに感謝いたします」

 テオドールが深々と二神に向かって頭を下げる。
 リュートのことを心配していたのはハロルドだけではない。
 この長兄も、言葉にこそ出さなかったがとても心配していただろう。
 次兄のロンバウドは言うまでもないが……

 本当に心優しい兄弟に育ったものである。
 モア殿の教育の賜物だな。

「良き出会いか……テオドール。そなたもな」
「あ……いや……その……」

 強面のテオドールの耳にサッと赤みがさす。
 どうやら、彼にも運命の相手が見つかったようである。
 そうか……これで聖騎士は安泰だ。

「良かったですね、テオドール様」
「あ、いや……その……ありがとう」
「テオにもやっと春がきたんだね~。いいかいテオ、ボクからアドバイスだ。あまりアピールをしすぎていると嫌われちゃうから、最初はそっけないくらいが良いよ。勘違いヤロウだと思われたら終わりだからね」
「そ、そうなの……ですか。か、勘違い……そうですね。あくまで今度は打ち合わせだけですから、気をつけます」
「うんうん」

 それは貴方とリュートの関係を言っているのであって、男女の仲とは少し違う気がするのだが……
 ハロルドに目配せをして、どちらが王太子殿下にツッコミを入れるのかと視線でバトルを繰り広げているうちに話が終わってしまった。
 テオドールは……だ、大丈夫だろうか。
 失敗しないことを祈るばかりだ。
 マリアベルも首を傾げながら「そういうものなのですか? 恋愛って奥が深いのですね」と呟いている。
 純粋培養のテオドールとマリアベルに余計な知恵をつけた気がしないでもない。
 むしろ、この二人は思うがままに動いたほうが成功しそうな気がするし、王太子殿下より弟のロンバウドの方が彼らのためになるアドバイスをしてくれそうだ。

「しかし、マーテル様の件……何故我々守護騎士ではなく、リュートの召喚獣である彼女に依頼されたのでしょう」

 私は気になっていたことを尋ねるよいタイミングだと思い口にすると、それを待っていたかのように時空神様が意味深に微笑む。

「マーテルとルナちゃんは、以前に会っているからネ。そして、そこからつながる縁があるんダ。マーテルの心の傷を癒せるのはルナちゃん以外に存在しないんだヨ」

 つながる縁───
 そういう話であるなら、我々が介入できる次元を超えている。
 神々との縁だというのなら、それは人知を超えた何かでしかない。
 だから私は「そうですか」としか言えず、もともと彼らの敵に回ることはないし、フォローをしつつ見守ることを決めていたので大した問題ではなかったのだが……
 先程のパンといい、大地母神マーテル様との縁といい、何故かとても気になる。
 いや……それだけではない何かに引き寄せられるような感覚がするのは、単なる気のせいだろうか。

「気になるんでショ?会ってみるといいヨ。君の疑問も、ルナちゃんに会えば解決するハズ」

 先程王太子殿下を交えて行った話し合いにて、黒騎士が動けないだろう案件である内部調査は私が受け持つことにしたが、それだけでは彼女に会う機会を得られない。
 願い出るのは簡単だが、リュートは警戒するだろう。
 あの子に変な負担をかけたくない。
 だが……

「ルナちゃんのレシピは、とっても良いヨ。保存にも携帯にも良いし黒騎士だけではなく白騎士も必要じゃナイ?」

 時空神様の言葉で「確かにそうだ」と納得する。
 保存や携帯に良い料理がレシピとして得られるなら、自然災害の救助に向かう白騎士には必要不可欠ではないだろうか。
 いや、私だけではなく……聖女の方も……
 チラリとマリアベルを見ると、彼女の目がキラキラと輝きを増している。
 言いたいことはわかるが……どうする?

「そういう話であれば、黒騎士で配布されたレシピを白騎士にも提供できないかルナちゃんに直接聞いてみたら良いだろう。腕前が心配ならば一度飯を食べに来れば良い。とはいっても、ルナちゃんはずっとうちにいるわけではないから、急がんといかんぞ」

 珍しくハロルドがフォローしてくれていることに驚きはするが、彼の言う通りだ。
 このタイミングを逃せば会うことが難しくなりそうである。
 お言葉に甘えてお邪魔することにしようと心に決めた私は口を開く。

「では、白騎士もそのレシピを検討したいので、ルナティエラ嬢が作る料理の確認と相談をさせてほしい。携帯に便利で保存が利くようなものが実現するのなら、それに越したことはないしな」
「は、はいはい! わ、私もご一緒させていただきたいですっ!」
「いいなー、じゃあ、ボクもかな~」

 え? 王太子殿下は城でおとなしくしておいてください。
 絶対にリュートが嫌がります。
 全員からそんな視線で訴えられているのに『久しぶりのリュートだ~、嬉しいな~っ!』という感じで話を全く聞いていない。
 語尾にハートがつきそうな勢いの王太子殿下に頭痛を覚えた私達は顔を見合わせ、魔王降臨とでも言うべき静かな怒りに満ちたリュートの膨大な魔力と冷たい表情を思い浮かべ、揃って首をすくめた。
 まだ年若い彼ではあるが、怒るととんでもなく恐ろしい。
 しかし、彼の怒りを正面から受けてもケロッとしている王太子殿下は、ある意味大物なのかも知れないな。
 怒られても『遊んでもらった』という認識しか持たないのだから……
 だが、巻き添えを受けて氷漬けだけは勘弁してほしいものだ……と心のなかで呟いたのは、私だけではなかったに違いない。

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