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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

魔力の扱い方を練習中です

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「ルナちゃん、その器に魔力を流し込んでみたらどうかしら。リュートはいつまでもルナちゃんの手を握っていたら、お料理が進まないでしょう?」

 お母様の言葉を聞いたリュート様は、それもそうだと慌てて手を離し、私にしっかりしがみついているチェリシュに手を伸ばします。
 魔力を注ぐ作業をするとわかっているチェリシュはおとなしくリュート様の腕におさまり、ジーッと私と発酵石の器を見守っているようでした。
 弟子たちもどうなるのだろうと興味津々です。

「だんさん」
「わかっているから、サポートを頼む」
「了解」

 んじゃあ、さっきと同じようにしようかとキュステさんが私の片手を取り、発酵石の器に触れました。
 魔力を最小限にまで細くして、それをどんどん太くしていく。
 そこに意識を置き、自らの中にある流れを指先から出すようなイメージで放出していくと、このやり方が私には合っているのか、すんなりと魔力の流れを指先に感じました。
 キュステさんがサポートしてくれているから簡単に出来ているのかもしれませんし、これを一人で出来るようにならないとですよね。

「うん、いい感じやね。ちょっと乱れてしまうけど、最初はそんなもんやから仕方あらへんわ」
「む、難しい……ですね」
「まあ、グラスに入っている水を一定量で途切れること無く注いでって言われても、なかなかできんもんやからねぇ。こればっかりは練習あるのみやわ」

 確かに、キュステさんの言うように一定量をずっと注ぎ続けるって、意外に難しいと感じました。
 これをリュート様たちは平然とやってのけるのでしょうね……
 でも、そこに至るまでには血のにじむような努力を要したと思います。
 私も頑張らなくては!

「そうか……奥様の魔力を包み込むように守ってはる力が、ベオルフっていう人の魔力かぁ……優しゅうてあったかい大きなお人やね」

 え?
 思わずキュステさんを見ると「乱れとるよ」と注意されてしまいましたが、彼の言葉がとーっても気になります。

「なんや気づいてはれへんかったん? 奥様の力が暴走せんように、内側からずーっとサポートしてくれてはるん。初めてにしては上出来過ぎるって思うたけど、それがあるからこそやね」
「うぅ……ベオルフ様には頭が上がりません」
「ええねぇ、こんなに心配してくれはる家族がおるっていうんわ……」
「はい。自慢のお兄様です」
「そうか。僕にも自慢の兄がおるから、その気持ちようわかるわ。こんな魔力持ってはる人やったら、だんさんかて嫉妬せぇへんか。ほんまに大事にしてはるのが伝わってくるもんなぁ」

 リュート様が嫉妬?
 小首を傾げているとキュステさんからは苦笑が漏れ、リュート様からはなんとも言えない気配が漂います。
 チェリシュはそれを察して「よしよし」としていますが、何かあったのでしょうか。

「あと、奥底にあるこの黒いもんが、奥様たちを苦しめとるやつやんね。排除できんのが痛いなぁ」
「オーディナル様が対処してくださっているので、ヘタな手出しはしないほうが良いと思われます」
「せやね。こんなバランスで保たれている封印やら呪いは、僕らはもちろん他の神々でも手を出すもんやないわ」

 怖ぁて手なんて出せへんとキュステさんが肩をすくめ、リュート様もそれに同意します。
 や、やっぱり、コレ以上はオーディナル様じゃないと無理ですよね。
 改めてオーディナル様の凄さを実感します。

「じーじなら、やってくれるの!」
「そうだな。オーディナルなら何とかするだろう」
「それに、ヘタに手ぇ出しても、奥様を守ってはるこの魔力に妨害されるやろうしねぇ」

 ベオルフ様の魔力って、どういう働きをしているのでしょう。
 私が知らないところで、オーディナル様とベオルフ様が相談して対処されていることなどもあるのでしょうか。
 そういえば、裏で会話をしているような雰囲気もありましたし……

「そろそろやね」

 キュステさんの声で発酵石の器が淡く輝いていることに気づいた私は、パスタの生地がちゃんと熟成されるように願います。
 寝かすことで旨味が増すのですもの。
 リュート様には久しぶりとなるパスタは最高のものにしたいですし、チェリシュにも美味しいものを食べてもらいたいです。
 そして、今後はこれが普通になって、みんなが口に出来るようになれば良いですね。
 長いパスタはフォークで巻くという技術が必要になるので、最初はショートパスタが良いでしょうか。
 ミートソースならショートパスタでも問題ありませんが、ナポリタンは少し太めの長いパスタで作りたいです。
 フェットチーネでカルボナーラも良いですよね。
 マカロニグラタンやラザニアも捨てがたいです。

「ルナ、全部声に出ているから……腹ペコの俺の胃をこれ以上刺激しないでくれぇ」

 あ……!
 よくよく見れば、リュート様が空いているほうの手で額を抑え「食いたいものが増えるのは幸せなんだけど、タイミング的に……」とぼやいていました。
 本当に腹ペコさんなのですね。

「お腹ぺこりさんなの!」
「そりゃな……」
「はようせんと、だんさんが暴れだしそうやね」

 冗談めかしてキュステさんが言いますけど、本当にそうなったら困りますから頑張りましょう!
 セバスさんは既に他のメイドさんたちに指示を出してお料理や食器を運んでいるようですし、カカオたちも忙しそうにドリンクなどの準備に追われています。

「お前は絶対に料理を運ぶなよっ」

 遠くからカカオの鋭い声が聞こえ、メイドさんの「あわわわ、わ、わかりましたあぁぁっ」という悲鳴に近い了承の声がこちらまで響きましたが、この声の主が新人のメイドさんで発注をミスした方なのでしょう。
 その直後、がしゃーん!という何かをひっくり返した音が……金属音ですから、どうやらカトラリーを落としたようです。
 
「なにやってんだよっ!」
「ご、ごめんなさああぁぁいぃぃっ」

 カカオ……そんなに怒鳴らないの。
 萎縮してまた失敗しちゃいますよ?

「うふふ、新しいメイドの子は元気があって良いわね」
「もしかして、発注ミスした?」
「ええ。カウボアを重量ではなく頭数で発注したみたいだわ」
「……は?」

 質問したリュート様にお母様は「だから、すごい在庫があるのよね」と笑っていらっしゃいますが、普通に考えたらいくら大きな家でも消費するのは難しい量です。
 それが理由で、カカオは頭を抱えていたのですが……

「引き取ろうか?」
「そうしてくれると助かるわ」
「金額はカカオに聞けば良いかな」
「持っていってくれて良いのよ?」
「そこはキッチリしておかねーと、公私混同していると後々困るし示しがつかないから」

 リュート様のこういうところが素敵だなって思います。
 キュステさんも同じなのか、口元に柔らかな笑みが浮かんでおりましたし、カフェとラテも誇らしげに尻尾をゆらりと揺らして耳をピーンッと立てておりました。

「リュートは本当にしっかり者ね。私の息子たちはみんな出来た子で嬉しいわ」
「モアちゃんの子育てのやり方が上手やったんちゃう?」
「うふふ、そうだとしたら嬉しいわね」

 本当にキュステさんとお母様って仲が良いのですね。
 長年の親友という感じがしますし、キュステさんはリュート様ともそういう感じです。
 カフェやラテからの信頼も厚く、三姉妹からもなんだかんだ言われながらも頼りにされておりますもの。

「お、どうやら上手くいったみてーだな」
「そうやね」

 発酵石の器に流していた魔力が受け付けなくなったのを感じたのですが、どうやら満タンになったからストップがかかったようです。
 これでパスタの生地は暫く放置していれば熟成されるでしょう。
 本当はパスタマシーンを使って伸ばしてから生地を切って乾燥させたかったのですが、リュート様たちのお腹を満たすほうが先になりそうですね。
 大きな窓の向こうで復活したらしい黒騎士様とロン兄様たちが談笑しながら建物の方へ歩いていく姿が見えましたし、どうやらテオ兄様もお父様と交代で帰ってきたようです。

「さて、僕は店のほうに……」
「食っていけよ」
「いや、シロや爺様たちが待っとるから」
「シロたちも呼んである」
「いつの間にっ!?」
「突撃訪問のお前とは違って、シロはよく出来た嫁なんだよ。事前連絡があった」

 なるほど……キュステさんが来ることをシロが知らせてくれていたのですね。
 だから、リュート様はキュステさんがいることに驚いていなかったわけですか。

「そろそろ到着して案内されているはずだ」

 リュート様は三姉妹がラングレイ家の者が持つ強い魔力に気後れすることを承知しているから彼女たちが気に入っている庭の方に準備させたので、そちらに行けばいるだろうとキュステさんに伝えます。
 すると、勝手知ったる我が家ではないでしょうが、キュステさんはラングレイの家の間取りを熟知しているのか「奥様、またあとで」と言って手を振り、足早に移動してしまいました。
 シロがいると知ったらコレです。
 改めてお礼を言う暇もありませんでした。

「シロたちも来ているのですか」
「本来なら来なかっただろうが、ルナの朝食につられて来たんだよ。あとは、あっちにある庭は沢山のハーブや薬草があるから、好きなものを持って帰ってもいいと言ったら飛んできた。まあ、一番はルナが心配だったんだろう」

 そうですね……みんなにも心配をかけてしまいましたし……申し訳ない限りです。
 それに、私の朝食というより後者に惹かれて来たのではないでしょうか。
 彼女たちはハーブや薬草に詳しく、とても興味を示しますし、ラングレイの家にあるハーブや薬草はとてもハイレベルな気がしますもの。
 あとでこっそり私も行ってみたいなぁ……なんて考えていたら、リュート様が「あとで一緒にいこうな」と微笑んでくださったので、私は嬉しくなって何度も頷いてしまいました。

「そういうところが可愛いんだよなぁ」

 アイギスを解除したリュート様はそういうと、こちらの心臓が衝撃を覚えるほどの甘い笑みを浮かべます。
 口元だけしか見えなかったときとは比べ物にならない衝撃ですよっ!?
 い、いけません。
 顔に熱が集まる前に、ち、違うことを考えなければっ!

「ルー、ベリリ……」
「ま、まだですよっ!?」
「まだダメなの? ベリリのしゅわしゅわ……」

 ルーがベリリなのと言われたと勘違いしてしまいましたっ!
 ち、違いますよ、ベリリのしゅわしゅわはいいのですよっ!?

「そ、そうですね、皆様にもお出ししましょうね!」
「あいっ!」

 リュート様……そんなに肩を揺らして笑わないでください。
 体をくの字にするのもいけません!
 目尻に涙をためるくらい大笑いしているリュート様に恨みがましい視線をおくりながらも、嬉しそうに「ベリリがいっぱーい、しゅわっ、しゅわっ、しゅわしゅわ~なのっ」と歌っているチェリシュの要望に応えるべく、私はカフェたちと一緒にベリリのソーダを作るのでした。

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