悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

ケチャップとソースとキャットシーの風習

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 カフェたちがパンを大量に焼いている中、私はリュート様に準備していただいた濾過し終わったあとの物を確認してから、髪をまとめたりエプロンを着用したりして身支度を整えます。
 チェリシュもお手伝いをする気満々で、リュート様に手伝ってもらい同じようにエプロンを身に着けてスタンバイしておりました。
 身支度を整えて気合を入れている私たちを、リュート様は少し離れた場所から眺めることにした様子で、いつもならキュステさんにお願いするようなことをしてくれる立ち位置のようです。
 さっそく必要になるトマトなどを事前に聞いて持ってきてくださいました。
 さすがはリュート様!

「では、やりますか」
「あいっ!」

 濾したあとの絞りカスと液体をそれぞれ別の鍋に入れ、液体の方は弱火にかけていきます。
 濾した絞りカスの方には湯剥きしたトマトと砂糖と塩と酢の代わりにワインビネガーを投入し、くつくつ煮込みましょう。
 水分が飛んでとろみが出るので、焦がさないようにしなければ!

 液体のほうはチェリシュが焦がさないように注意しながら混ぜてくれています。

「どちらも焦げないように注意ですね」
「あいっ!」

 くるくる木べらでまぜていると、チェリシュの口から可愛らしい歌が飛び出します。

「こげこげ~はダメなの、こげ~はだめっ、こげちゃだめ~なのっ」

 とても上機嫌に歌っていて、その音程に合わせてカフェたち4人の尻尾がゆらゆら動いておりました。
 時折、リュート様の美声が交じるのは、チェリシュがリュート様に期待の眼差しを向けているからでしょう。
 愛娘の期待に応えるリュート様の姿に、ほっこり癒やされてしまいます。

 チェリシュが頑張ってくれているので、私は横から兄に教わったようにカラメルソースと塩を鍋に入れていきます。
 真剣な表情で煮込んでいるチェリシュの様子を見守るリュート様の目の前で、最後の仕上げとばかりにワインビネガーを入れました。
 全てが合わさって立つ独特の香りに覚えがあったリュート様の瞳が大きく見開かれ、鍋の中を私の肩越しに覗き込みます。

「マジかよ、この香りって……」
「酢が穀物酢ではなく、ワインビネガーを使っていますから少し味に違いがあるかもしれませんが、兄に教わってきてどうしても作りたかった1つです」
「あんなの……実現不可能だと思っていた」
「私も驚きました。意外と簡単に出来ることを知って、どうしてもリュート様に味わっていただきたかったのです。兄が私に与えてくれた知識の恩恵はスゴイですよね」

 そうだな……と、リュート様は未だに目の前の黒っぽい液体を信じられないといった様子で見つめ、心ここにあらずと言った様子でつぶやきました。

「ケチャップとウスターソースの完成です。もう少し寝かせると美味しくなりますよ」
「そっか……パンもあるし、ソースもある……つまり、これはアレの布石ってことか」

 アレ?とチェリシュたちが首を傾げておりますが、これはまだ内緒です。
 リュート様と二人で視線を合わせてわかりあった料理は、いつか必ずみんなに味わってもらえるでしょう。

 大量に作ったソースとケチャップを瓶詰めにしていた私に満面の笑顔を向けたリュート様は、少しだけ味見させてとお願いしてきます。
 それに習うように、チェリシュやカフェたちも横に並び立ちました。
 しょうがないですね……なんて言ってみるだけで、もとからそのつもりです。

 少量を小皿にうつしてみんなに舐めてみる程度にしてほしいことを告げて味をみてもらうと、複雑なソースの味に驚いている様子でした。
 甘味と酸味と塩味とスパイスのバランスはどうでしょうと心配していたら、リュート様が思わずと言った感じで呟きます。

「うまっ!ほぼ同じ材料で出来るのがびっくりだけどさ……マジかよ……すげーな。市販のものよりフレッシュで旨い!」

 市販?とカフェたちがキョトンとするので、リュート様は慌てて何でも無いと誤魔化しておりましたが、さすがにこれは市販されておりませんものね。
 美味しいものや懐かしい料理のことになると、ちょっぴり口を滑らせちゃうリュート様のそんなところが可愛いです。
 なんて、男性に言うのは失礼でしょうか。
 でも、ベオルフ様や兄にも何か夢中になれることに対してそういうとろがあって、やっぱり可愛いと感じてしまうので仕方ないですよね?

「ほぅ……調味料が増えたか」
「ひゃうっ」

 すごいなーというリュート様の周りで「トマトの味がするにゃ」「パンに合いそうだにゃっ」「スパイスすげー!」「美味しいですにゃぁ」と騒ぎながら踊っていたカフェたちが私の悲鳴に驚いて尻尾をピーンッとさせてしまいました。
 この登場の仕方に、少しだけ慣れてきたとはいえ、あの……気配もなく背後に立つのはいかがなものかと……

「朝から何の用だ、アーゼンラーナ」

 呆れ顔のリュート様を見て、一瞬だけ視線を彷徨わせた愛の女神様は唇と尖らせ「そう怒るでない」と呟くと、改めて周囲を見渡し落胆の色を見せます。

「父上の気配がしたから急ぎ来てみたが……残念じゃ」
「えっと……状況説明のためだけに力を付与してくださったようで……」
「なんじゃ、父上本人ではなかったのか……」

 確かに、状況説明にオーディナル様の力の一端がこちらへ来ていたのは事実ですし、それを察知して文字通り飛んできたのでしょうか、愛の女神様の髪が珍しくほつれています。
 しょんぼりしている愛の女神様を励ますためにも、な、何か……!

「元気だしてなの……これ、美味しいの」
「ほう?ベリリのドリンクか?この気泡はなんじゃ?」
「えっと、それは月晶石と白丸石を使ったソーダです」
「ソーダ?月晶石と白丸石は飲めるのか……ほう、これはマナがそこそこ含まれておるのぅ、良い飲み物じゃな」

 オーディナル様がいらっしゃらないことにしょんぼりしていた愛の女神様は、チェリシュの気遣いを無駄にしない素敵な女神様です。
 優しい笑みを浮かべながらよしよしとチェリシュの頭を撫でてグラスを受け取り、興味津々に口をつけたかと思うと、いい飲みっぷりを披露してくださいました。

「だからさ、炭酸の一気飲みはやめとけと……てか、一気飲み出来るとかどういう構造してんだよ」

 俺には無理だと頬を引きつらせているリュート様に激しく同意するカカオとカフェですが、ゴクゴクいけちゃいますにゃぁとミルクがのほほんと笑って答えたことに驚きが隠せません。
 そういえば、ミルクもゴクゴク飲んでいましたね。

「師匠、あのソーダに果物以外を入れてもいいですかにゃっ」
「何を入れたいのですか?」
「お魚ですにゃっ」

 ら……ラテ……お魚はちょっと……
 さすがの一言にリュート様も頬を引きつらせ、何事にもチャレンジャーなチェリシュも悩んだ末に無い無いと首を左右に振りました。

「お魚さんの踊り食いができますにゃぁ?」
「そうですにゃっ、祭事で出されるゼリーフィッシュの踊り食いですにゃっ」

 ミルクとラテのやり取りから「それか!」とカフェとカカオも納得したように頷きますが、『祭事』と『踊り食い』からキャットシーの風習なのだと理解し、人間には発想しづらいレシピなのだと感じます。

「でも、甘いのは合いませんにゃぁ」
「それなら蜂蜜を抜けば良いだろ。なんだったら、柑橘系の香りをつけたらさっぱりしていいかもな」
「良い案ですにゃっ!」
「こちらでゼリーフィッシュを手に入れるのは大変ですにゃ」
「ナナトにつてがありますにゃっ」

 キャットシー族で盛り上がっているのですが、どうも想像がつかずに私が頭を悩ましていると、リュート様が思い出したように「あ……」と呟き、そのあとにとんでもない言葉が飛び出しました。

「生臭いタピオカティーか……」

 え、えっと……ちょ、ちょっと待ってください。
 それは色々と問題が……いえ、もしかしたら、キャットシー族ではそれがブームというか、受け入れられるレシピなのですか?
 でも、タピオカティーって透明なカップにタピオカとミルクティーなど甘めのドリンクというイメージです。
 いま出た話から考えられるゼリーフィッシュの踊り食いって、液体を注いだカップの中にお魚が泳いでいて、それを太めのストローで吸い込んでいるというものですが……合っていますか?

「キャットシー族の風習はわからない点が多いので、アドバイスが出来るかわかりませんが……」
「確かにそうですにゃっ!でも、一度出来たら師匠にも食べてもらいたいですにゃっ」
「はい、それは勿論です」

 ラテのいうゼリーフィッシュの踊り食いにはちょっぴり興味がありますし、これも立派な弟子との異文化交流ですものね。
 私の返答を聞いたリュート様が微妙な表情で何かを言いかけましたが、何か思い直したように小さく嘆息して口を開きます。

「まあ、そういう経験も必要だろうし、カフェたちが考えるヤツならマシか」
「リュート様はアレが苦手だもんな」
「生臭いのが難点だ」

 カカオに笑われて憮然とした態度で答えるリュート様に同意するように、愛の女神様とチェリシュも首を縦に振っていますから、キャットシーが好む物なのでしょう。

「しかし、これは色々と可能性がありそうじゃな」

 ベリリのソーダが入ったグラスを傾けて見つめていた愛の女神様に、リュート様は軽やかに笑いかけます。

「炭酸水は酒と割っても旨いぞ」
「ほう?それは楽しみじゃな」

 リュート様の発言を聞き、目をキラキラさせて作ってくれと言わんばかりの愛の女神様に「朝ですから」と伝えたら少しだけしょんぼりされてしまいました。
 ま、まあ、まだ朝ですから、夜にでも……

「しかし、重曹が見つかったということは、アク抜きやお肉を柔らかくする効果が期待できますし、ラーメンの麺も打てますね」

 何気ない私の一言に、ピタリと動きを止めたリュート様は、信じられない言葉を聞いたとでも言うようにこちらを見つめます。
 ギシギシ音がしそうなくらい、ぎこちない動きですね。

「……ラーメン?」
「はい。重曹はかん水の代わりになるのですよ」

 パスタを重曹で茹でると、ラーメンの麺みたいになるという裏技があると兄が言っていましたと伝えたら、リュート様は私の両手をその大きな手で包み込みます。

「ラーメン食いたい」
「そうおっしゃると思いました」

 そうなりますよね。
 あー、食いたいものが増えていくーっ!と頭を抱えるリュート様を見つめながら、私はこみ上げてくる笑いが止まりません。
 ラーメンを作るなら一緒に作りたい物がありますし、ソースが完成しましたのでラーメンよりも先に実現できそうな料理もあります。
 それに、ケチャップで作るパスタ料理も作りたいですし、他にも沢山っ!
 食べたいものが沢山なリュート様に対し、作りたいものが沢山になっている私が居て……やっぱり私たちは良い主従なのだと思いました。
 だって、リュート様が美味しいといってくださるのがとても嬉しいのですもの。
 ついつい頑張っちゃいますよね。
 頭を抱えているリュート様の背中によじ登ったチェリシュが「ラーメン美味しいの?」と興味津々の様子で尋ね、それを笑顔で見ていた愛の女神様が、次の瞬間に天空を見上げて呆れた表情を一瞬見せ「うるさい奴らが増えそうじゃ……」と呟いたことが気になりました。

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