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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

未知なる熱

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 な、なんだか……肉食獣を目の前にした小動物の気持ちがわかるような気がします。
 生殺与奪の権利を持っていると言っても過言ではないリュート様の瞳には、あいにく肉食獣のように命を奪う喰らい方を考えている色は有りません。
 ……って、あ、当たり前ですよね。
 ほ、ほら、アレです……い、意識を他へ向けないと、いろいろと……こ、困るのです。
 心臓がバクバクしていますし、変な汗が……!
 
「なんかさ……ぷるぷるしているルナを見ていると……イジメたくなっちまうな」

 どういう風にですかっ!?
 弄り倒すおつもりでしょうか……そ、そんな余裕は現在持ち合わせておりませんので、できるだけ素早い退避を……って、抱きしめられている状態では……難しい……ですよね。
 で、できれば……その……とんでもない色気を振りまきながら魅惑的な声で甘くささやき、妖艶な笑みを浮かべないでいただけませんでしょうか。
 そろそろ私のイロイロが限界ですっ!

「真っ赤になっちゃって……マジでルナは可愛いよなぁ……本当に、俺はルナを召喚できて良かった」

 頬にかかる髪を撫で梳かした大きな手は、剣を持つために鍛えられた硬さを持っていましたが、とても優しく感じられました。
 リュート様に触れてもらえることが好き。
 安心する反面ドキドキしてしまうのは困るけど……嫌ではない。
 むしろ、もっと触れていて欲しい……わ、私の心臓がもつならば、ずっと───
 そう願うことはいけないことなのでしょうか。
 ミュリア様が心から望むリュート様は、こうして私を大切にしてくださいます。
 そこに、ちょっぴり優越感を覚えてしまうくらい、私はリュート様に誇れるほど出来た人間ではありません。
 それでも……リュート様が望む限りそばに居たいと心から願います。
 この場所を譲りたくはないと考えてしまうくらい欲深くなってしまった自分に嫌気が差しますが、私のワガママをどうかお許しください。

 黙ってリュート様の首元におでこをこすりつけると、楽しげな笑い声が聞こえてきてホッとします。
 私がこうして甘えても笑って許してくれることが嬉しい。
 同じく大きなもので優しく包んでくれるベオルフ様やオーディナル様は、春の木漏れ日のような家族に対して抱く愛情を注いでくださいます。
 そこには、優しく穏やかな想いがありました。
 しかし、リュート様からいただいているものは、春よりも夏でしょうか。
 正確に例えるなら、夏というのも少し違うかもしれません。
 時には夏の暑さでは足りないほどであり、灼熱の海を思い出すような激しく身を焦がす熱量を生み出します。
 これがどういう感情なのか考えることが難しいのは、何かの妨害……つまり、黒狼の主を操り私の死を心から望む者にとって望ましくないのでしょう。
 きっと、リュート様への想いは魂の核を闇に染めるものとは違い、光あふれる希望へと繋がっているから───

 私はこの想いを、いつか自分のものにしてみせます。
 その暁には、リュート様に包み隠さず語っても良いでしょうか。
 どんな感情であるか定かではありませんが、それが一番良いように感じるのです。

「ルナが甘えてくれると、すげー嬉しい……俺に心を許してくれている証みたいで、すげー特別って感じが好きだな」
「私にとってリュート様は特別ですよ?」
「ルナが考えているような……そういうのじゃねーんだって……」

 少しばかりの呆れを含んだ溜息が頭のてっぺんにかかり、そろりと顔をあげると、彼は苦笑を浮かべていましたが、瞳はとても優しい色を宿しておりました。
 だけど、次の瞬間に浮かんだ瞳の奥の輝きから何か良からぬモノを感じた私は、すぐさま身構えます。
 伊達にベオルフ様の弄りを体験してきたわけではありませんよっ!?

「さて、あとはどこにご褒美をあげようかなぁ……さっきの耳はノーカウントだしな」
「サラリとなかったことにしないでくださいっ! ちゃんとカウントしてくださいっ! アレもご褒美です。これ以上に回数を増やされたら、私の心臓がいろいろ無理ですうぅぅぅ」
「駄目だ。さっきのは俺へのご褒美だから、ノーカウント」
「そんなああぁぁ」

 無慈悲なことをおっしゃらないでください……わ、私の心臓にトドメをさすおつもりですかっ!?
 縋るように彼を見るのですが、優しい微笑みで「却下」と言われている気がしてなりません。
 そこをなんとかっ!

「どこがいい?」

 え……ま、まさか……じ、自分で決めろとおっしゃるのですか?
 心臓を止めるための最後をどこにするか、自ら決める……
 そ、それはある意味、慈悲だと考えたら良いのかしら。

「じゃ、じゃあ……」
「あ、首から上でおでこまでの範囲な」

 リュート様もオーディナル様と同じく私の心を読んだのでしょうか。
 手の甲と言おうとした私の提案は、口から言葉になる前にかき消されてしましました。
 ど、どこ……どこか……私的に刺激が少ない場所……どこ、どこでしょうっ!?
 リュート様の顔が接近するだけで、心臓に負担がかかりすぎますし、先程の件があるので耳なんて気軽に言えるはずも有りません。

「そんなに困ることか?……んー、じゃあ、俺にちゅーしたい場所とか考えてみる……とか?」
「あ、じゃあ、喉」
「……はい?」
「え?」

 深く考えること無く零れ落ちた願望を聞いて驚いたリュート様は目を丸くしたあと確認するように「喉?」と呟きます。

「リュート様の……喉仏あたり……かなぁ……と……」
「理由を聞いてもいいか?」
「あの……す、すごく……惹かれるものが……あ、ありまして……」
「そうなのか」

 意外なところが良いというものだと笑われてしまいましたが、妙に色っぽいなぁって感じたりするものなのですよ?
 個人差はあると思いますが……
 リュート様のように、顔や耳という選択肢もありましたが、つ、つい……
 飲み物を飲むときとか、こくりと動く喉元に色気を感じたりするものなのです。
 綾音ちゃんは同意してくれましたが会社の同僚は首を傾げていましたので、一概に全員がそうだと言い切れません。

「喉ね……この辺りか」

 すいっと指が私の喉元を滑り、思わず体がビクリと震えます。
 それだけで熱を持ったように体温が高くなってくるのですけど、ど、どうしたら良いでしょう。

「さすがにここは目立つか……この辺りでも良い?」
「何が目立つのでしょう」
「ナイショ」

 とっても良い笑顔でそう返答されてしまい反対に不穏なものを感じてしまいましたが、そこにはあえて触れず、指し示された首から鎖骨にかけてのラインで良いのかしらと疑問を持ちました。
 だって、耳よりも刺激は少ないですし、私の心臓には優しい位置ではないでしょうか。
 強いて言うなら、リュート様の髪がくすぐったいくらいです。
 とても楽しみだというように目を爛々とさせている彼を見ていると駄目とも言えず、小さく同意を告げるべく頷きました。

「よしっ」

 そんなに嬉しい場所なのでしょうか。
 あ……でも……私と同じく、そこに魅力を感じる……とか?
 なるほど、リュート様も喉元スキーの仲間ですね!

 じゃあ遠慮なく……と身を屈めて首元へ顔を近づけるリュート様の頭が見えます。
 髪は思ったほどではなかったのですが、触れる場所だと思われる首に吐息がかかり、くすぐったくて仕方有りません。
 柔らかく熱を持ったものが鎖骨上の首元へ触れ、皮膚の柔らかさを楽しむように少し移動します。
 そ、それが余計に……く、くすぐったいというか、なんというか……形容し難い何かを生み出し、体が小さく震えました。

 そして、次の瞬間……チリッとした何かを感じて驚き固まっていると、リュート様は「終わりっ」というように顔を上げて素敵な笑みを浮かべます。

「次は?」
「こ、これで終わりですーっ」

 いたずらっ子そのものの表情で「次」なんて言われたら、何をされるかわかったものではありません。
 今だって、絶対に悪戯をしたあとでしょうっ!?
 でも……なんだったのかしら……

「やっぱり……経験値不足でうまくつかねーもんだな……」
「はい?」
「なんでもねーよ」

 試してみたけど失敗か……と呟くリュート様は少しだけ残念そうです。
 悪戯失敗……ですか?
 珍しいこともあるものです。
 ただ、先程の不思議な感覚は未だ熱を持っているような未知なる気配を残し、我知らず何度もその場所を指で撫でている様子を見たリュート様が更に笑みを深めていたことを知り、いたたまれないような恥ずかしさを覚えました。

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