上 下
204 / 558
第六章 いつか絡み合う不穏な影たち

本当は気づいていたこと

しおりを挟む
 
 
『感極まるのはわからんではないが、僕の目の前で臆面もなく……』
「あ、いや、そのっ、すみませんっ」

 慌てて私から手を離したリュート様は、真っ赤になって狼狽えておりますが……なんかとても得したような気分です。
 これほど狼狽えるリュート様なんて、なかなか見られませんもの。
 可愛らしいですよね?……と誰ともなく同意をもとめてしまいます。

『とりあえず、大まかな話はした。僕の愛し子が何故狙われているかも理解したな』
「……はい。あとは、自分が置かれている状況もわかりました。ありがとうございます」

 リュート様は少しだけ沈んだ表情でそう返答し、何かを考えて唇をかみしめている様子でした。
 ……何を思いつめていらっしゃるのでしょうか。
 あまり良くない部類な気がして声をかけるために口を開くよりも早く、オーディナル様がビシッ!と音がするくらい鋭いデコピンをリュート様にお見舞いします。
 ああああぁぁぁっ!
 お、オーディナル様ああぁぁっ!?
 額を押さえて呻くように痛がっているリュート様を見下ろし、オーディナル様にしては珍しく柳眉を吊り上げて睨みつけていらっしゃいました。

『お前はそうやってまた家族に隠し事か。そうして遠ざけられた家族の気持ちも理解しようとはせず、優しさに気づきもせず、己を傷つけて悲しむ心も見なかったことにするのか』

 オーディナル様の言葉はとても厳しく、そして……確かな悲しみが含まれており、それを感じ取ってしまった私達は言葉が続きません。
 今おっしゃった言葉が事実であるなら、リュート様はご家族に何かを……いえ、きっと前世の記憶があるということを生涯隠していこうと決意されたのではないかと思います。
 オーディナル様は思考を読むことが出来ますから、それで理解してご立腹されているのでしょうか。

『このバカの考えそうなことは思考を読まずとも理解できる。そういう表情をしていたからな』
「……私の思考は読むのですね」
『僕が正確に読める相手は、僕の愛し子とその守護者だけだ』

 あ、あれ?
 そうなのですか?
 でも……オーディナル様は本当にリュート様のことを理解されているのですね。
 表情だけで考えを読むなんて、余程親しくなければ出来ない芸当ですもの……

『お前は隠し通すことで皆を守りたいと考えているのだろう。だが、それは本当に守っているのか?』

 その問いかけにリュート様は考えがまとまらず困惑したような様子を見せます。
 私はこの答えを知っているような気がしました。
 でもそれは、ラングレイの家に来たからこそ理解できたことです。
 古くからそれを見てきたようなオーディナル様の言葉は、どこから出てくるのでしょう。
 何故、そのような悲しみをたたえた瞳をされているのでしょうか。
 胸が痛くなるくらい切なく、奥にゆらめく慈愛の感情が更に苦しさを増します。

『家族がお前を思う気持ちをないがしろにしていれば、結果、一番家族を傷つけているのはお前だと何故わからない。お前はそれを知っているはずだ。己も家族も傷つけていく選択はやめることだ』
「ですが、言っても家族が傷つくのです」
『同じ傷つくならば、全てを知って承知の上で共に歩む道を選ぶ。今のお前の家族は、何も知らない庇護するべき幼子ではないのだ』

 分別ある者に対し失礼だと言わんばかりのオーディナル様の話を聞いて、リュート様は何とも言えない表情をして黙り込みました。
 そんな彼に対し、オーディナル様の言葉は続きます。

『それに、お前がこの先の未来で作り上げていく家族というものはそういうものであって欲しい。そうでなくては、僕の愛し子もいずれは傷つき疲れ果てるだろう』
「ルナ……も?」
『過去を見ることが悪いとは言わない。しかし、遠くない未来を考えているならば、考えを改めるべきだと思わないか?』

 私にはイマイチ意味が理解できない会話でしたが、リュート様にはしっかり伝わったようでハッとしたような表情でオーディナル様を見つめ、それから深々と頭を下げました。

「ご忠告、ありがとうございます」
『その考え方は根深いから、すぐに変わりはしないだろう。しかし……お前はもっと己を大事にしてくれ。そうしないと、僕の愛し子とベオルフが悲しむ』

 僕の大切な家族を悲しませないでくれと弱々しい声でそう呟いたオーディナル様は、光の粒となって消えていきます。
 その粒子に手を伸ばしたリュート様を見つめる優しくもあたたかな瞳は、確かな愛情に溢れているように感じられました。

 やはり、オーディナル様はお優しい神なのです。

「なんか……久しぶりに……すげー説教された気がする」

 俺の親父代わりの爺さんがしてくれた説教みてーだと、泣きそうな表情を無理やり笑顔に変えたような様子のリュート様の手を、私は黙って握ります。
 リュート様の心の中では様々な葛藤があり、それを私は黙って見守ることしか出来ません。

「ちょっとごめんな」

 そう一言添えてから私を抱き寄せたリュート様は、深い呼吸を数回繰り返したあと、ぽつりぽつりと言葉をこぼしはじめました。

「オーディナルが言ったようにさ……生涯黙っている方が良いって思ったんだよな……」

 やっぱり……
 そんな言葉が私の中に浮かびます。

「でもさ、説教されて……結果、一番家族を傷つけているのは俺なんだって……知った。いや、本当は気づいていたんだ。前世でも家族が俺の無茶を止めてくれた……けど、意地になっていたんだ」

 偏見の目から妹を守るため、仕事ばかりで疲れている母を守るため、何不自由無い生活をさせたいと願い、体を気遣うこともなく突っ走るだけ突っ走ったんだというリュート様の不器用な生き方に胸が痛みました。
 生涯そうして生きて死んだリュート様を前世の家族はどう感じたのでしょう。
 自分たちのせいで……と責めたのではないでしょうか。
 オーディナル様はそれを知っているから怒っていらっしゃるのかどうかわかりませんが、ただ……家族の気持ちを思うとやるせない気持ちになります。

「本当はわかっていたのにな……こんなことをしても、母や妹は喜ばないって……」

 わかっていた。
 だけど、止められなかった。
 だって、甘えられる人がいなかったから、オーディナル様のようにお説教をしてくれる人もいなかったから───

「同じ過ちを繰り返すところだったな。俺は何も見えていなかった……いや、家族の優しさに甘えて見えていたのに気づかないフリをしていた」

 ズルイよな……と自嘲気味に笑うリュート様の言葉を否定するように首を左右に振ります。
 リュート様はただ守りたかった。
 その思いだけで走り続けてきたけど、もう良いのだとオーディナル様が止めてくださったのです。
 立ち止まって考えても良いと、機会を与えてくださったのではないでしょうか。

「俺は臆病だから……家族に全てを話すのが怖い」
「誰だって怖いです。自分の言葉で関係性が変わってしまうかもしれないことを恐ろしく思わない人はいません」
「……そっか」
「そうですよ。私だってベオルフ様にお話する時は覚悟がいりましたしドキドキしちゃいましたもの」

 あの時はすごくドキドキしましたよね……よく話せたものです。
 でも、どこかで大丈夫だという予感があったからですよね……あちらの家族に話せと言われたら、もっと難しかったはずですもの。

「ベオルフによく話せたな。ルナのほうが勇気あるよ。俺よりも精神的に強いよな」
「そのかわり、肉体的な強さは皆無です……」
「それでいいんじゃねーかな。可愛くて」
「可愛らしさはもっと違うところで発揮したいですよっ!?」
「全部可愛いから問題ない」

 リュート様?
 それはちょっと違うような……
 と……いうか……えっ?
 ぜ、全部ですか?
 全部可愛いって……ちょ、ちょっと照れちゃいますよっ!?

「このふっくらした耳たぶも可愛いし」

 ちゅっという音とともに耳たぶへ感じる柔らかな感触に「ひぁ」と変な声が漏れましたが、それが楽しかったのか低い笑い声が聞こえました。
 も、もうっ!
 真面目な話をしておいて、私をからかうとはっ!
 リュート様も油断できませんね。
 あっちでもこっちでもいじられる運命なのでしょうか……

「俺……決めた。万全の準備を整えて、家族とキュステにだけは話すようにする」
「だったら、外に情報がもれないように気をつけないといけませんね」
「そうだな。アレンの爺さんに手伝って貰って、場を設けよう。相手は狡猾だからな……油断がならねぇ」

 リュート様のおっしゃる通り、相手はオーディナル様に匹敵する力を持つ者。
 黒狼なんて目じゃありません。
 こちらの世界にも干渉できる力を持っていたことを考えれば、間違いなく1人で太刀打ち出来るようなレベルではないでしょう。

「よし、そうと決まったら、エネルギー補給が必要だよな」
「そうですね。良いレシピを覚えてきたんです。きっとリュート様が喜んでくださる物ですよ」
「そっか、それは楽しみだな」

 抱きしめられている状態からリュート様を見ようと試みたのですが、身動きが取れないくらい強い力で抱きしめられ、どうしたのかしらと内心首を傾げていると、耳たぶに再び柔らかな感触がしたと同時に低い声が響きます。

「心のエネルギーを満たすのは……料理だけじゃ足らねーな」

 背筋をぞわぞわと駆け上がる悪寒にも似た何かに体を震わせ、恐る恐るリュート様の顔がある方へ視線を向けると、それはもう言葉には言い表せないほど艷やかに微笑んでいらっしゃいました。
 見てはいけなかったやつです。
 間違いない。

「だからさ、ルナ。俺に癒やしをちょうだい?」

 とろけてしまいそうな甘い声から紡がれる言葉に胸がドキドキうるさくなり、石化されたように動きを止めてしまった私はさぞ滑稽だろうと思いながらも、彼から次に出てくる言葉をただ待つのでした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。