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第五章 意外な真実と助っ人

兄妹だけど全く違う

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 日本に居た頃は神様をそれほど近くに感じたことはありませんでしたが「八百万の神が日本にはいるし、己の中にも神様が宿り見ているのだから、お天道様に顔向けできないようなことをしてはダメよ」と幼い頃に祖母から言われたことを思い出します。
 もしかしたら、オーディナル様や時空神様のような優しい神様は、私達が見えなくてもずっと見守っていてくださったのかもしれません。

「父上、それだったら……他の時空神も動かないといけないのですよね?」
「すぐにユグドラシルから要請が来るだろう」
「じゃあ、クロノにも協力してもらおう。そうしよう」

 知らない名前が出てきて誰かしらと考えていると、オーディナル様は苦笑して「地球の時空神か」とおっしゃったあと少しだけ思案している様子が伺えました。

「ならば、ルゥにも事情を話しておく必要があるな」
「あの方ならば、ユグドラシルの決定に逆らうことはないかと……」
「生真面目なヤツだから、そこは心配していないが……姉の件もあるからな」
「あー……確かに、母さんのことを心配していらっしゃいましたから、それが良いかもしれませんね」

 ルゥ様は、時空神様の母……つまり、創世神ルミナスラ様の弟にあたる方で、クロノ様の関係者……という考えであっているのでしょうか。
 むむむっと唸っている私の代わりに、ベオルフ様が「どういった方々ですか」と問いかけました。

「ルゥ……ルゥクアースとは地球の管理者のことだ。僕の愛しい妻である創世神ルミナスラの弟なのだが、まだ幼く心配性であるから不安にならないように配慮し、少し説明しておこう。あと、クロノは地球の時空神だな」

 地球にも例外なく管理者と呼ばれる創造神様や創世神様が存在し、時空神様も存在するのですね。
 そうなると……私やベオルフ様が生まれ育った、オーディナル様が管轄する世界にも時空神様は存在……しているように感じられません。
 もし存在されているのなら、息子とは言え別の世界を担当する時空神様にお願いなんてしないでしょう。
 もしかして、私が生まれ育った世界にオーディナル様以外の神様は存在しない……なんてことは……ありませんよね?
 そうなったら、オーディナル様の負担はとんでもなく大きな物だと思いますし、明らかに他の世界と違います。

「あ……あの……オーディナル様」
「どうしたんだい、僕の愛し子」
「オーディナル様が管轄されている私達の世界の時空神様は……」
「存在しているが、動ける状態ではないというのが正しいな」
「動けない?」
「そう……僕の世界の神族は全て、例外なく動けないのだ」

 動けない?
 どうして……問いかけようとしたのですが、いつの間にか離れていたはずのベオルフ様の手が再び握りしめてきたので、どうしたのかしらと疑問を感じて隣の彼を見上げました。
 彼の視線はオーディナル様へ向けられたままであり、まるで私の手を握っていることをわかっていない様子です。
 意識せずに動いているのでしょうか……彼の中の何かが私を止めた?
 ほんの少しだけ、懐かしさを感じる何かが手のぬくもりを通して感じられ、震えてしまうほど胸に迫るものをやり過ごすために唇を噛みしめる。
 そんな私の様子をチラリと見たオーディナル様の瞳が少しだけ悲しげに揺れ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべます。

「僕の愛し子は、この世界の神が動けないことが心配か」

 黙ってコクリと頷いた私に、オーディナル様は笑みを深め、隣のベオルフ様を見つめました。

「ベオルフもか?」
「いいえ。我々は我々の成すべきことをするだけですから、何も問題はありません」
「お前はシンプルで良いな。しかし、原因を知りたいとは思わないのか?」
「……その理由を、私は知っているような気がするのです。そして、聞いてはいけないことであると……封じられた私の記憶が訴えております」

 ベオルフ様の言葉に驚いたのは私だけではなく、オーディナル様と時空神様もであったようで、顔を見合わせた親子神は次の瞬間には弾けたように笑い出し、わけがわからない私たちは呆気に取られてしまいます。

「本当にお前は何も変わらんな。安心を通り越した嬉しさに笑えてくる」

 オーディナル様がそう言って喉をクククッと鳴らすように笑いますが、ベオルフ様は真面目な話をしていたのに笑われて憮然としてしまったようで、その様子を隠そうともしません。
 そんなベオルフ様を見上げていたノエルは、耳をピクピクさせます。

「ルナもベオも理由は知っているけど、今はわかんない……時期じゃないってこと?」
「そうだな」

 治まりきらない笑いから口元をヒクリとさせたオーディナル様は頷き、ノエルはそれで納得したのか大きくしっぽを揺らしてベオルフ様の膝上に移動しました。
 ころりと転がってお腹を見せていることから、撫でてと催促されているのだと理解した彼は、わしゃわしゃ撫でて嬉しそうにノエルがきゃっきゃ笑うのですが……いきなりどうしたのでしょう。

「これが撫でての合図だってことはわかっているしー、記憶ってあやふやだよねー」
「そうだな。だが……こうして少しずつ理解し、いつの間にか戻っている物なのかもしれない」
「そしたら、絶対に教えてね!ボクのこと思い出したーって!」
「ああ、勿論だ」
「ルナもだよー?」
「はい、約束です」

 私達が指切りげんまん~と言っていたら、「それ、絶対に結月が教えたでしょ」と兄から呆れられてしまいました。
 確かに、「針千本飲ます」なんて普通いいませんよね。
 昔は「針千本じゃなくハリセンボンだと思っていたくせに……」と恥ずかしい事実を暴露され、慌てて兄に抗議しますが、その「ハリセンボン」がわからなかったらしいベオルフ様とノエルがキョトンとして同じ角度に首を傾げておりました。
 くっ……か、可愛いですね!
 こちらはこちらで、リュート様とチェリシュ父娘とは違った愛らしさを持っており、私の萌えポイントをついてきます。
 私がベオルフ様とノエル親子にキュンッとしている間に、兄はどこからともなく取り出した紙とペンで見事なハリセンボンを描いて見せました。

「こういう海の生き物だよ。普段はこっちで、敵を威嚇している時がこれ」
「ほう……面白い生物だが……いや、それよりも……とても絵が上手なのだな」
「ああ、コレが僕の本職だしね」
「画家なのか?」
「まあ、そんな感じかな。こちらでは、イラストレーターと呼ばれる職業なんだ」
「いらすと、れーたー?」

 ベオルフ様が必死に日本語を発音している様子が微笑ましくて、思わず頬が緩み和んじゃいますね。
 ノエルも一緒になって「いら……すと……れたー?」と言っていますが、レターは違いますよ。
 それは手紙という意味になってしまいますから。

「まあ、ベオルフの世界でいう画家に近いけど、実物に似せる描写よりデフォルメされた物を描くことが多いかな」
「さきほどのゲームの絵のようなものか?」
「それそれ!そういう感じのものが多いんだ」

 こう見えて兄はその手の業界では、そこそこ名のしれた絵師だったりする。
 特に料理系の描写が上手だということで、飯テロ系のイラストなどを手掛ける事が多いみたい。
 綾音ちゃんが「イラストなのに、とっても美味しそうでお腹が空くのよねー」と言っていたことを思い出します。
 兄の人柄のような優しいタッチのイラストは、ほのぼのとした画風でいておしゃれであり美味しそうというのが綾音ちゃんの総評でした。

「しかし、兄妹でもルナティエラ嬢とは全く違うのだな……」
「あー……結月の絵を見たの?……ってか、生まれ変わっても絵の才能が無かったんだね」
「え?普通でしょ?」
「アレが普通?年賀状でネズミを描いたら爺ちゃんに『今年は猫年かぁ』ってからかわれたのに?」

 そ、そんな古い話題を出さないでくださいっ!
 あれは……た、たまたま……ですよ?
 しかも、ま、まだ……高校生の頃の話ですもの、今はもう少し上達……して……

「こういう物を描かれて、畝だと言われたのだが……」

 あああああぁぁっ!
 べ、ベオルフ様なんてことをっ!
 私が畝を説明したときに使ったイラストを、ここまでしっかり覚えていなくてもいいのにっ!
 案の定、それを見た兄が大爆笑してしまい、時空神様とオーディナル様も笑いをこらえるのに必死という感じです。
 ノエルなんて笑いすぎてベオルフ様の膝から転げ落ちていますが……そこまで笑うことは無いでしょう?

「み、ミミズが……のたうちまわっているっ」
「お兄ちゃん!」
「ヤバイ、変わってない、全然変わってないっ」

 え、絵心だけは兄に全て奪われたのですから仕方がないのですよ。
 その分、お兄ちゃんが上手でしょう?
 私は絵の仕事をしないので、大丈夫なのです。
 絵といえば、リュート様もお上手でしたよねぇ……
 すらすらーっと描いたのに誰が見てもわかる絵でしたし、別段趣味というわけでもなく描けるなんてスゴイです。
 さすがはリュート様っ!

「でも、これでよく理解できたね……ベオルフの理解力もスゴイものがあるよ」
「まあ……一応付き合いは長いので言いたいことはわかる」
「そっか、助かるよ。ありがとうね」

 むぅ……仲が良さそうで微笑ましい限りですが、私の絵で理解を深めたという点はいただけません。
 唇を尖らせていた私をチラリと見たベオルフ様は、苦笑を浮かべたあと何気なく思い出したことを問いかけます。

「そういえば、ルナティエラ嬢はハルキに何か話があったのではないのか?さきほど、そんな素振りがあったような気がしたのだが……」
「お兄ちゃんにお話?」

 何かしらと数回瞬きした私は、リュート様の笑顔と共に関連する記憶が脳裏に浮かび上がり、重大なことを忘れていたことに気づきました。
 ま、まずは、ベオルフ様に伝言があったのです!

「そうでした!まずは、ベオルフ様に伝言が!」
「伝言?」
「はい!リュート様から……『俺の代わりに、あのバカ王子を一発ぶん殴ってくれ』だそうです」
「了承したと伝えておいてくれ」

 間髪入れず返ってきた言葉に私のほうが唖然としてしまいます。
 ベオルフ様?
 それはおかしいでしょうっ!? 

「立場的に危険なので断るところではありませんかっ!?」
「問題ない。それに……少し考えがある」

 ベオルフ様が誰の目からもわかるくらい黒い笑みを浮かべます。
 あ、あの、貴重な笑みをそんな邪悪な色に染めるのはいかがなものかと思いますよ?
 それを見たオーディナル様が「任せておけば良い」と無責任なことを言い出し、「そうなったら止まらないよねー」とノエルまで止める気配がありません。

「罰せられること無く殴るから安心しろ」
「どこをどう聞いたら安心できるというのでしょう……」

 頭痛しかしませんが……とぼやいている私を見るベオルフ様は、どこか楽しげで……
 全く考えなしに返答したわけではないということですよね?
 お父様やご家族の立場が悪くなるようなことはなさらないでしょうし……妙案でもあるのでしょうか。

「少し時間はかかるが、約束は守ろう。そう伝えてくれるとありがたい」
「わ……わかりました」

 まあ、オーディナル様の加護を持つベオルフ様の影響がどれほど大きいかもわかりませんし、もしかしたら心配することもないかもしれません。
 私よりも頭がキレる方ですもの。
 いざという時は、オーディナル様とノエルが何とかしてくれるでしょう。

「それから、お兄ちゃんにお願いが!」
「え?僕?」

 優雅にどこからともなく出されていた紅茶を楽しんでいたお兄ちゃんの方を見て、両手を合わせて頭を下げます。

「カレースパイスのレシピを教えて欲しいの!お願いしますっ」

 そう、これです!
 これをお願いしたかったのです!
 カレースパイスのレシピ……リュート様に食べていただきたい懐かしい食べ物。
 これが無くては話になりませんもの!
 スパイスは揃っているけれども、配合がわからないし、本当に今手元にある物で出来るのかどうか知りたいのです。
 以前に作ったことがあったけれども、配合は兄に任せっきりだったから詳細を覚えていない。
 作った経験のある兄にしか頼れない……のですが、返答がないので恐る恐る顔を上げると、兄はポカーンとした顔をしたまま私を見てパチパチと瞬きを繰り返しておりました。

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