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第五章 意外な真実と助っ人
和んでいたら……
しおりを挟む妙に気になってベオルフ様を見上げていると、彼は私の視線に気づいて「なんでも無い」と優しく頭を撫でてくださいましたが……何だか様子が変ですね。
問いかけようと口を開こうとした私の耳に、「あっ! 」という声が聞こえ、そちらへ揃って視線を向けると、とても嬉しそうな表情をした時空神様の姿が見えました。
「俺の愛しい奥さんも居たんだね」
「うわっ、すっごい美人! こりゃ、大学でも超美人って言われていたあの人を振るわけだ」
「俺の妻以上に素晴らしい女性なんて存在しないよ」
ふふーんっと鼻高々に宣言している時空神様は、間違いなくオーディナル様の息子なのだと実感してしまいます。
でも、愛の女神様も時空神様のことを話す時は嬉しそうですから、この言葉を聞いたら大喜びかもしれません。
『ルーは明日起きてくれるの?また眠っちゃうかも……なの? 』
『大丈夫だとは思うが、そうなったら一緒に起きるのを待とうな』
『あいっ! 』
『ほら、チェリシュもまだ万全じゃねーんだし、せっかくルナが作ってくれたんだから、ベリリのパンを食べて回復しねーと』
『……リューのぶんがなくなっちゃうの』
どうやらお皿にあるパンの残りが少ないことを気にしていたようで、チェリシュは手を出そうかどうか迷っていたみたいですね。
こういう気遣いのできるいじらしいところがとても可愛いと感じる反面、私たちくらいにはそんな気遣いなどしないで、子供らしく無邪気に笑って食べてもらいたいとも思います。
リュート様もそう感じているのか、少しだけ困ったように目を細め口元に笑みを浮かべたあと、わしわしと大きな手でチェリシュの頭を撫でました。
『気にすんな。俺が食いたくなったら作る。これは俺でも美味しく作ることが出来る、唯一の飯だぞ』
『はっ! それだったら、チェリシュはおうどん作ってくるの! 』
『今はいいから、とりあえずコレでも食っていろ』
サッ! と、心得たようにキュステさんが真っ白な瓶とバターをリュート様に差し出し、中身をスプーンに掬ってパンに塗りたくってチェリシュの口へ押し付けます。
いいのかな……という顔をしていたチェリシュは、一口食べたパンの味に驚き、目を丸くしてリュート様とキュステさんを交互に見ました。
お口いっぱいに頬張ったパンをもぐもぐしながら、大きな目が宝石のようにキラキラ輝きます。
あ……あれは、とーっても美味しいという顔ですね。
こちらからはよく見えませんでしたが、リュート様が塗っていた物ってバターとなんだったのでしょう。
『旨いだろ? 』
もぐもぐしながらコクコクと必死に頷くチェリシュに満足したのか、リュート様は満面の笑みを浮かべます。
うっ、す、すごい……イケメンの笑顔が尊い。
チェリシュとリュート様の笑顔が、素敵すぎてつらいです!
『ベリリがいっぱーいだったのっ! うまうまなのっ』
どれだけ美味しかったのか表現しようと両手を広げてパタパタしているチェリシュをリュート様がそうかそうかとなだめ、キュステさんはそんな親子の風景に顔を綻ばせ声を出して笑っていました。
『そりゃ、ベリリのジャムやからねぇ。しかも、カフェ特製のジャムは甘さ控えめでたっぷりつけられるし、粒もある程度残ってるんがまたええんやわぁって、だんさんも言うてはったもんねぇ』
『まーな』
キュステさんの発言を聞いて違う驚きを覚えたようで、兄は映像に向かってツッコミを入れます。
「なんで関西弁なのっ! しかも京都寄りっ!?」
「どうやら、人間の言葉を覚えた時に、そうなっちゃったみたい」
「ゲームでは標準語なのに……」
「竜人族の言葉だと標準語だから、別に変じゃないかも? 」
兄は私がいま居る世界に様々な衝撃を受けている様子ですが、美男美女率が高いのはリュート様の周辺だけですからね?
聖都にいらっしゃる方々全員美男美女というわけではありませんし……ほら、黒騎士様の方を見たら……って、彼らも比較的に整っている顔をしておりました。
う、うーん。
どうやら兄から見てセバスさんが辛うじて普通レベルの域だと感じたのか、チラチラ見てホッとしております。
その辺りは個人差がありますし、なんとも言えません。
チラリと隣を見上げてベオルフ様の顔を客観的に見てみます。
やっぱり兄がダメージを受けるほどのイケメンですよね……でも、それを言ったら兄だって系統は違うけれどもイケメンですよ?
普段は、どちらにもそんなことを考えたことはありませんが、日本に居た友人たちが見たら確実に言葉を失うレベルだということは理解しております。
『ルー、ベリリのジャム美味しいのっ』
『こらこら、ルナは寝ているから起こ……ああ、口周りも手もジャムでベタベタ……チェリシュ、その手でルナを撫でようとするんじゃないっ』
つけすぎたか……と、ぼやきながらもチェリシュの口と手を甲斐甲斐しく拭いているリュート様は、優しい世話焼きのお父さんにしか見えません。
口や手を拭ってもらってぷはーっと息をついたチェリシュは「ありがとうなの」と言ってから手をぱっと開いて見せて「ルーをなでなでしていい? ちょっとだけなの 」と言ってリュート様に許可を取っております。
念のために洗浄石を出して綺麗にしたリュート様は、チェリシュの小さな手をふにふに触ってから、ふわりと揺れるベリリブロンド色の髪が乱れている部分を直し、柔らかく微笑みかけてゆっくりと頭を撫でました。
『よし、その手ならいいぞ』
『あいっ! そーっとなの、そーっとなでなで……なのっ』
ああ……もう……本当にこの可愛い父娘は私をどうしたいのでしょうっ!
可愛らしい二人の姿に、あちらの方々だけではなくこちらの面々もほっこりしている中、突然声が割り込んできました。
『リュート様、俺もナデナデしたいっす!』
あ……あー……失言くんの声です……よね。
今まで和やかな雰囲気に全員がほっこりしていたというのに、あの方は……
黒騎士様たちの数名が、慌てて失言くんの口を塞ぎ後方へ引きずりながら、必死に首を左右へと振ります。
『りゅ、リュート様、コイツの発言は気にしないでくださいっ!』
『俺らはこっちで訓練していますんでっ!』
『どうぞ、お気になさらず!』
全員が必死ですけど、リュート様の纏う空気が変化しておりました。
あ……こ、これはっ!
「お兄ちゃん、リュート様の魔王と呼ばれる所以が見られるかも……」
「えっと……いま……から? 彼の空気を読めない発言もアレだけどさ、どう考えても起因は結月だよねっ!?」
え? 私?
キョトンとしていると、兄が「うそん、この子わかってない!」とか言い出しましたけど、何のことでしょう。
チェリシュの邪魔をしたことに怒っているのですよ?
そう説明したのですが、何故かベオルフ様からも呆れたため息が漏れます。
どうしてそういう反応に……いえ、今はそのことを問い詰めている暇はありません。
ちゃんとリュート様を見ていないとっ!
この辺り、ちゃんと理解しているのはキュステさんですよね。
リュート様に抱っこされていたはずのチェリシュを軽々と抱き上げて避難させております。
……ポッケINの私は放置ですか。そうですか。
「あの男。見事にサポートをしているな」
「キュステさんはリュート様の右腕で、とっても優秀なのです。シロさえ絡まなければ……」
ベオルフ様にそう伝えたら「妻子がいると駄目になるパターンはよくあることだ」と、ため息交じりに呟かれました。
何か心当たりでもあるのでしょうか。
そ、それよりも、ちゃんと見ていないとリュート様の放つ魔王の気を見逃しますよ?
とーってもカッコイイのですからっ!
「うわぁ……すっごーい魔力! ぞわぞわしちゃうくらいすごいねーっ」
「彼は少し特殊だからな」
オーディナル様の言葉に「そうなんだーっ」と言ってノエルが尻尾をピーンッと立て、大きな黒い瞳をキラキラさせながらリュート様から視線をそらすこと無くぴょんぴょん跳ねます。
器用ですね……
「ベオ、すごいねーっ」
「跳ねるな。おとなしくしていろ」
そう言ってノエルをわしっと片手で押さえつけたベオルフ様は、そのままにするわけではなく、ひっくり返してお腹の辺りをワシワシ撫でておりました。
あ、それ私もやりたいです!
それが嬉しかったのか、ノエルはケタケタ笑いながら「もっともっとー!」とおねだりしておりました。
わ、私がやっても……いいですかっ!?
「見ていなくて良いのか?」
「良くないですっ!」
ベオルフ様の言葉にハッとして視線を戻すと、いつの間にか椅子から立ち上がり、長い足を前へ進めて優雅に黒騎士様たちの方へ移動しているリュート様の麗しい姿が映し出されておりました。
か、カッコイイ……ただ歩く姿だけでも様になるリュート様は素敵すぎますっ!
しかも、不敵に笑う姿の妖艶さを兼ね備えた色気というか……筆舌し難い素晴らしさがっ!
私の語彙力では語り尽くせない魅力にあふれているリュート様のお姿に、体温が上がってクラクラしてしまいます。
『お前ら、今から訓練を再開するんだよな? 俺が特別訓練を用意してやろう。大地母神の神殿に仕える高位職の連中が放つ魔法にも反応できるようにな……』
不敵な笑みから言い放たれた言葉に黒騎士様たちの表情がみるみる青ざめていきますけれども、こ、これも訓練だと思って……頑張ってください。
心の中でひっそりと声援を送っていると、リュート様の周辺に術式が幾重にも重なり出現します。
あ……コレは……と、誰かが呟いた気がしました。
『全員、土魔法のストーンアローに備え、魔法防御系展開っ!』
リュート様の術式を見ただけで判断できた人が大きな声を張り上げ、黒騎士様たちが慌てて態勢を整えたのが見えました。
でも、皆さんわかっているのでしょうか……リュート様が、準備を整え終わるまで待ってくれていることを───
そして、淡い輝きに黒騎士様たちが覆われたと同時に爆音が響き渡りました。
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