悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第五章 意外な真実と助っ人

キレても良い頃合いです

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「何故世界が破滅する?意味がわからない」

 ベオルフ様の静かな声が響き、彼の言葉にミュリア様は笑みを深める姿は、手入れの行き届いた綺麗な花々が咲く庭に立つ儚げな美少女に見えるはずなのに、何故か酷くアンバランスに感じられ、とても不気味です。

「そうね……現状そんな気配がないもの。でも、すぐにわかるわ。世界は変わりつつある。異変が訪れ、人々が私を求めるのよ」

 ミュリア様がヒロインであり物語の中心であるなら、その崩壊を防ぐことが出来るでしょう。
 そのために必要な情報も持っているのだから、可能なはずです。
 お優しいオーディナル様であれば、世界の崩壊を防ぐために彼女に力を貸し与えるはずですもの。
 それに、自分が住む世界ではなくとも、私が住んでいた世界がそういう状況になっていると聞いたら、リュート様だって力を貸してくださるはず……
 
 そう……か……、私は……二人を出会わせるための駒だったんだ───

 考えないようにしていたのに、そんな言葉が唐突に頭の中へ浮かび上がり、心臓が嫌な音を立てました。
 あの幸せな場所は、本来ミュリア様の為に用意されていたもので、私ではない。
 頭を殴られたような衝撃を受け、言葉も出ません。
 あの優しくあたたかい場所を奪われたくないと言ったら、どちらの世界にも影響を及ぼし、破滅へ導くことになるのではないかという考えが浮かんでは消えていくと同時に、言い知れぬ絶望感に心が包まれた。

 私が我慢すれば、世界は救われる……リュート様は幸せになれますか?
 おそばにいると約束したのに、私が邪魔になる未来が来るだなんて考えもしませんでした。

 私が全てを壊す元凶になるかもしれない……

 そんな声が脳裏に響き、目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた私は、思わずベオルフ様の腕にすがりつきます。
 考えるな、今はそんなときではない、そう思うのに勝手にそちらへ思考が引きずられていくような感覚に震えが止まりません。
 そんな私の体を包み込むベオルフ様の腕の力が強くなるとともに、何かが流れ込んできます。
 それは、とてもあたたかくて優しい陽だまりのような輝きで、絶望感に覆われ淀んだ思考を、優しく包み込み癒やしていくようでした。
 冷え切った心がぬくもりを取り戻し、ホッと息をつきます。
 この件を考えるのは後にしましょう。
 正常な判断が出来ているのかと問われたら、とても怪しいのではないかと感じましたから。

「もし、抗えない強大な力を持つ物が現れたら、人々はどうするのかしら。神に祈るしかないわよね。無力なのですもの。お優しい主神オーディナル様は、人々を見捨てないわ。必ず聖杯は復活する。そして、その聖杯を満たせば、唯一その力ある者に対抗できる勇者リュート様が現れるのよ」
「力ある者とは?聖杯を満たす……とは?」

 ベオルフ様の問いかけを聞いたミュリア様は、一瞬だけ目を丸くしたあと、何かを思いついたのかニヤリと笑います。
 何か嫌な予感が……ベオルフ様に何を言うつもりなのでしょう。

「そんなに知りたい?だったら、タダってわけにはいかないわね」

 可憐な美少女の姿はどこへやら、とても品のない笑みを浮かべている目の前のミュリア様は、セルフィス殿下の寵愛を一身に受け微笑んでいた彼女と同一人物なのでしょうか。
 なんとも言えない気持ちになりながらも、彼女の次に発する言葉に意識を傾けていた私の耳に、とんでもない言葉が聞こえてきました。

「そうね……キスしてくれたら考えてあげてもいいわよ?」

 はい?
 貴女……リュート様が好きなのではないのですか?
 先程おっしゃっていた『愛』はどこへ?
 いえ、その前にセルフィス殿下はどうするのです?
 心のなかで投げかける疑問は尽きません。
 そんな私の目の前で、彼女は厚顔無恥な提案をさも正当な取引だというように主張します。
 何が「安い取引」なのでしょう。
 そんなの、情報を得ても黒歴史を残すだけですし……こんな人が、リュート様のお相手だという事自体あり得ないですよね!
 先程の絶望は怒りに変わり、私の大切な人たちを傷つける目の前のミュリア様が許せません。
 私を完全にスルーしてベオルフ様の方へ意味ありげに顔を近づけるミュリア様を見て、プツンッとなにかがキレたように感じました。
 そうですか、そうですかっ!
 貴女がそのつもりでしたら、こちらにも考えがあります。
 多少痛い目を見ても、知っていることを教えていただきましょうっ!

 まずは、ベオルフ様に近づかないでくださいね!
 リュート様がキュステさんや失言くんにしているように、ミュリア様を蹴ります。
 ……リュート様のように華麗でキレのある蹴りは無理ですけど、脛にクリーンヒットしたので痛かったのか、彼女は涙目でにらみつけてきました。

「痛いわね!何するのよ!貴族の令嬢がすることじゃないでしょ!」

 呆気に取られたのかベオルフ様の腕が緩みました。
 その好機を逃さず変化の指輪に魔力を流し、カーバンクルだと殺傷力が高いかもしれないので、エナガの姿に変じます。
 慌てて私を捕まえようとするベオルフ様の腕をかいくぐり、彼の逞しい腕に止まったあと、弾丸をイメージしてミュリア様の頭を目掛けて飛び出しました。
 ここはベオルフ様の夢だから、イメージすればなんとかなるはず!
 目論見通り着地に成功した私は、怒りをぶつけるようにミュリア様の脳天をくちばしで突きます。

「そういう行為は心から想い合う者同士がするものです!取引なんて卑怯な手を使って恥ずかしくないのですかっ!?ベオルフ様に貴女が近づくことを、私は絶対に許しません!えいえいっ」

 このまま脳天ハゲを作ってやろうかしらというような勢いで突き、髪の毛をくちばしで挟んで引っ張ったり、足踏みをしたりしてこれでもかという勢いで暴れまくってやりました。
 だいたい、ベオルフ様に何をさせる気ですか!
 彼女の払いのける手を避けながら攻撃を加えていたのですが、数回避けたあとに手が当たり、軽い体は簡単に転がり落ちてしまいます。
 危ないっ!と身構えた私の体をキャッチしてくれたベオルフ様に「危ないだろう」と咎められましたが、まだまだ私の怒りは治まっておりませんもの!

「アンタのせいで髪がぐちゃぐちゃになったじゃない!この乱暴女!何なのよ、その姿は!夢だからって何でもアリなのっ!?ふざけんじゃないわよ!」

 あら、とってもお似合いですよと心の中で呟きながら、ベオルフ様の手のひらの上で態勢を整えた私は、胸を張ってミュリア様を睨みつけます。

「本当は知らないから勿体ぶっているだけのくせに、よく言いますよね」
「はあぁっ!?」
「聖杯なんてデタラメですし、捏造された物でしょう」
「本当にあるわよ!知らないのはアンタでしょ!」

 わざと挑発するように言えば、彼女は意外にも簡単に引っかかってくれました。
 あ……この人、煽り耐性がありませんね。
 煽っていくスタイルで情報を聞き出すのは正解かもしれません。

「ほら、本当は実在しないから、問われてもどういうものであるか説明ができないのです」

 ふふんっと鼻で笑って見せると、怒り心頭といった様子でミュリア様は私に向かって怒鳴りました。

「知っているわよ!聖杯は、大神殿に伝わる聖物だって言っているでしょ!世界救済のアイテムの1つよ!聖杯を一万人の命で満たし、王家に伝わる王笏の力を得れば、召喚の儀式が行えるようになるの!それでリュート様が召喚されるのよっ」
「へぇ、意外とご存知だったりするのですか?力ある者について語らないということはご存知なさそうですが」

 知らないことは言えませんよねぇと言わんばかりの態度で挑発すると、彼女は顔を真っ赤にして怒鳴り散らします。

「魔王のことよ、普通に考えたらわかるでしょ!勇者が倒すのは魔王に決まっているじゃない!」
「誰が魔王なんです?」
「魔王は魔王よ!それ以外の何者でもないわっ」

 ミュリア様……
 チョロイです、チョロすぎますよ。
 チラリとベオルフ様を見てみると、彼は呆れたような顔をしてからため息をつきました。
 べ、別に、キレて暴れただけではありません。
 ほんの少しスッキリしたのは事実ですけどね。

 しかし、ミュリア様……私を相手にこの調子では先が思いやられますよ。
 ベオルフ様やリュート様は私よりも頭がキレるのですから……
 でも、もしかしたら『悪役令嬢』といわれる私が相手だから余計にヒートアップしている可能性もあるのでしょうか。
 とりあえず、欲しい情報はある程度聞き出せましたが、大神殿が関わる召喚の儀式に必要な【聖杯を満たす一万人の命】というキーワードが気になります。
 そこそこ大きな領地民でも足りるか足りないかというくらいの人命を捧げなければならない状況になると考えれば、魔王がどれほど危険であるかわかりますけど、そんなことを国王陛下が命じるでしょうか。
 いいえ、あのお方はそんなことをしない。
 それならばと、自らの命を捧げてしまいかねないお方です。

「このイベントだけはやり込んだから絶対に間違いじゃないわ!リュート様の召喚シーンはとってもキレイな映像が流れるから、何度も見たんだもの!」
「一万人もの命をどこから……」
「知らないわよ。そこは血なまぐさい話だから、省かれて描写されてなかったんだもん。ああ、そうだ!国外追放だったアンタは、その時に殺されるシーンがあったわ。だから、アンタは死ぬんじゃない?」

 まさか、ここに来てまで私の死亡フラグが立っているとは予想外でした。
 一応、国外追放扱いになるのでしょうか。
 異世界にいますけど、国外は国外ですものね。
 つまり、聖杯を満たすのに必要な命に、私も含まれている……
 どこか納得している自分がいる……けれども、やっぱり怖いですね。
 殺されると聞いて怖くない人はいないでしょうし、自然な反応だと思います。
 だけど、彼女の前でできるだけ怯えた姿は見せたくありません。
 気丈に振る舞い、彼女を睨みつけた私の体を、ベオルフ様が優しく大きな手で包み込んでくれました。
 その直後に、ベオルフ様から溢れんばかりの殺気がほとばしります。

「怖い怖い。まあ、アンタたちはこのことを忘れちゃうから、関係ないけどね」

 この殺気をまともに受けて軽口を叩ける貴女の神経はどうなっているのですか?
 心底呆れて言葉が出ない私を見て小馬鹿にしたように笑った彼女は、ポケットから黒い結晶を取り出します。
 艶のない黒一色のソレが、空間をどんどん染め上げていくのが見えました。
 これは危険、触れたら危ないと本能で察しましたが、すぐにベオルフ様がソレから私を守るように覆い隠します。
 だ、ダメです、ベオルフ様!
 これでは貴方が危険です!

「じゃあね、痛い思いしたし散々だったけど……記憶が残らないように闇が侵食するのって苦しいみたいだからいい気味だわ。せいぜい苦しんでね」

 そういって気配が消えたミュリア様を追うことも出来ず、ただ黒い物が広がっていく感覚だけが強くなり、気ばかりが焦ってしまう中、その嫌な感覚を切り裂くように、小さな男の子の声が響きました。

「ボクのルナとベオになにすんのおぉぉっ!消えちゃえええぇっ!」

 その声を懐かしく感じながらも、近づくもう1つの気配に安堵を覚え、私はベオルフ様の手に包まれながら微笑みを浮かべます。

『全く……後先考えずに飛び出していく無謀さは誰に影響されたのだろうね。僕の愛し子とその守護者に手を出そうという愚か者たちは、焼き尽くされるがいい』

 圧倒的な光が闇を引き裂いていく様は、言葉に表すことが出来ないほど力強いものでした。
 さすがはオーディナル様です。
 漆黒の髪をゆらめかせ地に立ったオーディナル様は、私たちを見て「待たせて悪かったね」と優しく微笑みました。

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