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記念小話
2020年 年始特別話 前編
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この話は、現状の設定で書かれていることであり、未来の話とは異なります。
確実に同じになると言えない設定がいくつかありますので、現状のみで楽しめるという方のみ、このままお進みください。
───────────────
「年末年始……か」
この世界においての年末年始は、日本と似たような感覚だ。
ただ大きく違うところがあるとすれば、その年の最後となる夜に、人々は一斉に空を見上げる。
寒空の中、小さな村や町でも、その時を待ちわびるように、体が冷えないよう大きな焚き火を用意したりして、今年一年あったことなどの話に花を咲かせ、俺たち上位称号持ちは登城し、それぞれの家と交流を深めるのが一般的であった。
日付が変わる30分前になると、東からは太陽が、西からは月が昇り、天空で交錯するという、日本では……いや、地球では考えられないような光景を目の当たりにする。
それは、この世界が新しい年を迎えるための儀式であった。
まあ、俺は三男坊だしジュストの件もあることから、登城せずに家で過ごすことが多い。
このときばかりは、レオやイーダたちも城へ行くので、俺はというと一人気楽に過ごすか、最近だとキュステたち商会メンバーと過ごしている事が多かった。
しかし、今年は少し様子が違う。
商会メンバーと過ごしているのは変わらないのだが、テキパキと指示を飛ばしながら、酒や料理の補充を行う天色の髪の彼女が忙しそうに動いていた。
しかも……だ、何故か俺の元同級生である黒騎士たち全員が集まり、家族や恋人を連れて店に集まっているという状況だ。
俺が寂しくないようにと考えたルナとキュステが計画し、アイツラに声をかけて、このパーティーがはじまったようである。
賑やかではあるが、これってさ……ルナ、お前が休む暇ねーだろ……
大丈夫かと心配になったが、ルナを始めとしたメンバーは忙しそうなのだが楽しそうに笑顔でパタパタ走り回っている。
昨年までは家の部屋か、寮の部屋に閉じこもったままでしたからと苦笑していたルナであったから、この状況が嬉しくて仕方ないのかもしれない。
俺としては……ルナを独り占めして、ゆっくり語り合いたかった……かな?
でも、楽しそうにしているルナを見ていたら、そんなことも言えないし、何より楽しんでいるのならば良い。
今年も世話になったギムレットたちフライハイト工房で働く者の中には、聖都では美味だと評判になっているルナの料理を心ゆくまで味わい、家族サービスも出来たようでホッとしている様子も見受けられる。
ヤベェ……もう少し休みを増やさないと、一家離散なんてことにならねーだろうな。
俺の工房に集まる連中は、職人気質のやつが多い。
そんな夫や息子に呆れ諦めている人も多いのだろうが、こういうサービスも必要だな……と、改めて感じた。
ただ、そうなるとルナやキュステたちの負担が増えるし……困ったものだ。
ゴーレムを増やすか……
酒や料理を堪能している中、太陽と月が星だけしか無かった空に昇り始める。
新しい年の始まりが、そこまできていた。
さすがにこの光景を目にすると、人々は黙って空を見上げるしか無い。
圧倒的な力を目の当たりにして、十神を畏怖する。
神は尊く、力強く、我々の近くにあり、共に歩んでいけることに感謝する瞬間でもあるのだと、国王陛下が城では語っているだろう。
アイツラ……そんなに尊ぶものではないけどな……
「うわぁ……すごい光景ですね……神秘的と言うか、圧倒的と言うか……」
初めて見るルナは、目を輝かせて俺の隣に立っていた。
こういう時には必ず俺のそばに戻ってきてくれるのが嬉しくて、彼女の冷たくなっている手を握る。
「冷てーな。冷えてんだろ」
「大丈夫です、いまからホカホカになりますから」
「しょーがねーな。あっためてやるよ」
嬉しいですと抱きついてくる彼女を抱きしめ返し、みんなと同じように空を見上げた。
年末年始だけは、神々の制約の中でも場所縛りのモノだけは解除されるらしく、山や海の神も今は神界に戻り、親兄弟と仲良くやっていることだろう。
「うにゃーっ!寒いのーっ!」
何だっ!?
聞き覚えのある声が空から降ってきたかと思うと、俺の背中にダイブする。
けっこうな衝撃だったが、声を聞いた瞬間にある程度察したアレンの爺さんがフォローしてくれたみたいだ。
なるほど、逆に地上へ降りてくるパターンもアリか。
「さむさむなの。チェリシュもぬくぬくしてほしいの」
もぞもぞと俺とルナの間に入ってくるチェリシュに、自然と笑いがこみ上げてくる。
おいおい、お前……もうちょっと着込んでこいよ。
しょーがねーな。
術式を編み上げ、火と風を使い、日本の温風ヒーターのような原理を作り出す。
まだ試作品段階だから、術式しか完成していないが……
室内がより暖かくなり、みんなが興味津々に俺の術式を見ている。
「やっぱり違うわよね……」
「リュート様の術式のほうが緻密だって言ったろ?」
「むしろ、魔力の流れを扱う系統が違うんじゃないかしら」
「いやいや、彼の術式は緻密さと簡素化を求めた合理的なものだ」
なんていう会話が聞こえてくる。
術式に詳しい家族がいるのか?
ルナとチェリシュを相手にしているので、そちらに集中することはできないが、こうして少しずつでも違いを認識していってくれたら嬉しい。
「パパ、ママ、頑張れーなのっ」
チェリシュが手を上げてきゃーっと声援を送っている。
その姿にみんながほっこりしていたら、ルナが少しだけ席を外しますねと離れていってしまった。
少し……寂しいな。
捕まえて抱きしめてしまうのは簡単だが、何か考えがあってのことなのだろうと、邪魔しないようにした。
みんながいて寂しくないはずなのに、ルナもここにいてくれというのはワガママだろう。
俺のためにルナは頑張ってくれているのだから……
ほどなくして戻ってきたルナは、チェリシュと俺にマフラーを巻いてくれた。
おそろいのマフラーに、チェリシュのテンションが一気に上る。
「一緒なの!ルーもお揃いなの!大事にするの、ありがとうなの、ルーっ!」
ぎゅーっと抱きつくチェリシュを抱きしめ返すルナの笑顔が可愛らしくて……この可愛い二人を遠慮すること無く俺の腕の中に閉じ込めてしまった。
いいよな?
すげー可愛くて仕方なかったし……
3人揃って月と太陽が交錯し、皆既月食が作るダイヤモンドリングのような光景が続き、天からルナフィルラの花びらが舞う。
これは、神々が神界から地上に向けて、今年一年良い年であるようにという願いをこめてまいているのだと聞いた。
神界での新年を迎える行事の1つであるらしい。
どこにでも新年行事ってものはあるもんだ。
暫くして、太陽と月が姿を消し、星だけの空になる。
「リュート様。新年明けましておめでとうございます」
懐かしい言葉だった。
随分と長い間聞いていなかった言葉がくれた懐かしさに、鼻の奥がツンッとして涙が滲みそうになったけれども、俺は笑顔で新年の挨拶を返す。
「チェリシュも知ってるの。あけおめことよろなの!」
「オイ、何故そっちを知っている……」
時空神ゼルディアスだろ、アイツしかいねーわ。
面白がって教えたに決まっている。
「新しい年にマナの光が満ちるよう、乾杯じゃ!」
この世界では「新しい年にマナの光が満ちますように」……というのが新年の挨拶になるが、やっぱり俺は「明けましておめでとうございます」っていう言葉のほうがしっくり来るらしい。
懐かしい挨拶が出来た喜びに、俺はゆっくりと口元を緩めた。
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