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第四章 心を満たす魔法の手
パン生地を作りましょう
しおりを挟むまずは、シッカリ材料を計っていきましょう。
ここを大雑把にしてはいけません。
型が必要なく、チェリシュでも簡単にできるものを……と考え、シンプルなまるパンを作ることにしました。
強力粉、ベリリ酵母液、バター、牛乳、砂糖、塩。
材料を全て準備して、計測していきますが、慣れていない方が多く、少しばかり手間取っている様子が見受けられます。
やはり、慣れ……ですよね。
材料の準備が終わり、大きめなボウルに強力粉、砂糖、塩、ベリリ酵母液を入れました。
そこに、人肌に温めた牛乳を流し入れ、粉っぽさがなくなるまで混ぜましょう。
牛乳は入れすぎてもいけないので、ギリギリまとまるくらいが目安ですね。
「はじめはベトベトしますけど、そのうち台にも手にもくっつかなくなりますから、頑張ってくださいね」
ふむふむと聞いていたリュート様たちは、初めて料理することもあり、勝手がわからずに戸惑いがちでしたが、私のお料理を手伝うことに慣れていたチェリシュのほうが手際よくやっている様子に刺激されたのか、近くの人と相談しながら生地をまとめていきます。
「べたべたするのー」
「そうだな、べっとりくっつくな」
「べっとりーなのっ」
そう言いながらリュート様にべっとり張り付く手を見せて眉尻を下げてしまったチェリシュの手に張り付いている生地を、リュート様は丁寧な手付きで綺麗にとってあげていました。
お父さんは健在ですね。
チェリシュも皆と同じ分量の生地をこねようとしていますものね……ちょっと多くて手にあまる分量でしょう。
リュート様も同じことを感じたのか、チェリシュの手でも簡単にまとめられる程度の量に調整したようでした。
「リュー、ありがとうなの」
「どういたしまして。ほら、それなら何とかなるだろ?頑張れ」
「あいっ!」
んしょ、んしょっと言いながらパン生地をこねはじめたチェリシュの横で、優しい微笑みを浮かべていたリュート様は「さて、俺も頑張るか」と気合を入れて生地を台に押し付けるように伸ばして戻してを繰り返します。
「最初はまとまりのない生地ですが、グルテンが出来てくるとまとまりが出てきますので、頑張ってください。手根を使って押して戻してを繰り返してくださいね」
リュート様も皆様と同じく初めて作るはずなのに、何だかお上手ですよね……動きというか、手付きと言うか……イメージ的なものを持っているかいないかの違いでしょうか。
もしかしたら、どこかで作り方を見たことがあるのかもしれません。
し、しかし……こねている時に腕に浮かぶ筋肉の筋が……スゴイです。
とても男性らしい逞しさを感じて、ドキドキしてしまいますよっ!?
パンをこねているだけなのに、どうしてカッコイイのですかっ!?
見ているだけなのに、顔に熱が上がってきそうです。
「ルナ、これでいいか?」
「え、えっと、随分まとまりましたので、今度は指で生地を引っ掛けるようにしてから台に打ち付けるように叩いてください。放り投げるのではなくて、軽く叩いて向こうへ折り曲げていくように……言葉で説明するのは難しいですね」
ちょっと失礼しますねと断ってから、リュート様の生地を受け取り、実践して見せました。
全員の視線を感じながら、パン生地をまとめていくと、艶のある感じに仕上がっていきます。
「バターを入れる前に、こうして……ゆっくり指で伸ばしたら膜ができるようになるまで、みなさん頑張ってくださいね」
「うわ……まるっこくて綺麗な生地になるんだな。よし、やってみるか。こう……かな?」
チェリシュの手には余った生地をまとめだしたリュート様は、私の生地を見ながらこねていきます。
うわぁ……すごいですね、どんどんまとまっていきますよっ!?
私だったら、もっと時間がかかりますけど……リュート様の手は温かいですし、酵母が活発に動きやすい温度になりやすいのかしら。
ドライイーストだったら、もっと早くできるのですけど……天然酵母は時間がかかるぶん、とても風味豊かなパンが出来上がります。
もっと手がかからないパンの作り方があるでしょうし、こうして本格的な打ち付けをしなくてもパンは出来ますものね。
一言でパン生地作りといっても様々な方法があります。
私は、母の友人であるプロのパン屋さんから教えてもらった方法でいつも焼いていましたから、この方法に慣れていて違和感なくやっていますが、それが大変だからと簡単にできる手法を編み出している方は、たくさんいらっしゃいましたものね。
もっと簡単で時間もかからない方法を知っていたほうが良かったかしら。
何だかちょっぴり申し訳ないです。
生地づくりに悪戦苦闘している皆さんを見ていて、ほんの少し罪悪感を覚えてしまいました。
こねずに折りたたんで冷蔵庫放置する方法や、レンジを使って発酵するという手法もあったと兄から聞いていましたから……今度兄の夢にお邪魔したら聞いてみようかしら。
「こねこね~なの、こねこね~なの、のびーてのびーて、ぺったーんなの~」
あ、チェリシュが上機嫌に歌い始めました。
どうやら、上手に生地がまとまってきたみたいですね。
まとまって薄膜ができるようになったら、バターを入れていきます。
生地にバターが馴染むまで、頑張ってこねていきましょう。
「こねこね~なの、こねこね~なの、ぺった~ん、ぱったーん、こねこね~なの」
「こねこね~だな」
「こねこね~なのっ」
い、いけません。
これは、絶対にカメラへ収めて置かなければ!
カメラを構えて、リュート様とチェリシュの愛らしいやり取りを記録していきます。
「奥様……ちゃんと教えてくれへんと、みんなわからへんのとちゃう?」
「アレを見逃せと?」
キッとキュステさんを見つめて問い返せば、リュート様とチェリシュを見てから首を振って真剣な声で呟きました。
「アカン。アレは残すべきモンやったわ」
「そうでしょう、そうでしょう」
キュステさんならわかってくれると思いましたよ!
リュート様とチェリシュの貴重なほんわか父娘映像ですものね?
私は一つ悟りましたよ。
キュステさんって、リュート様に対して極甘ですよね。
シロの次に大事にするべき相手として名が上がりそうなほどですもの。
私とキュステさんがそんなやり取りをしている間にも、チェリシュの愛らしい歌声が響き、お母様なんてとろけんばかりの笑顔を浮かべていらっしゃいますし、テオ兄様とロン兄様も優しい笑顔を浮かべていらっしゃいました。
周囲の皆様も、一応手を止めること無くほっこりしています。
「ほら、チェリシュ。方向を変えて……ぐるーんだ」
「ぐるーんなのっ」
「上手い上手い」
「えっへんなの」
か、可愛いです、とんでもなく可愛い父娘がいますよっ!?
言葉で言い表せないくらい、周囲をほっこりさせる可愛らしい父娘のやりとりですよね。
アレン様と愛の女神様も、顔を見合わせ笑っていらっしゃいました。
チェリシュの歌にあわせてカフェやカカオたちの尻尾が揺れ、ベリリ酵母の仕込みが終わった彼らは、リズムに合わせて瓶を丁寧に発酵石の器へ移動させます。
あ……一次発酵させるのに発酵石の器を使おうと考えていたのですが、スペースは足りるでしょうか。
キュステさんにカメラをお願いして、私は発酵石の器のスペース確認です。
うーん……これは、難しいですね。
上下にボウルを置けるようにすればいいかしら。
セバスさんにそういう工夫ができる何かないか問いかけると、良い物があると笑顔で取りに行ってくださいましたけど、それでも足りるかどうか……
困りましたね。
「ルナ?どうかしたのか?」
私が悩んでいることに気づいたリュート様がすかさず声をかけてきてくださいましたので、スペースの問題を説明すると、アイテムボックスから発酵石の器をもう1つ取り出してくださいました。
「3つのうち、2つしか使って無かったからな。……って、あ、こっちは昆布と鰹節の方だったか」
取り出した発酵石の器の蓋を開いたリュート様は、砂竜の鱗の粉末が敷き詰められた器が入っているのを確認して、再び閉じようとします。
しかし、私は鰹節が完成していることに気づきました。
料理スキル恐るべし!
いえ、ここで恐ろしいと感じるのは料理よりも、砂竜の鱗の粉末効果でしょうか。
水分を沢山吸い上げたのか、粉末というには大きくなりすぎていました。
「リュート様、待ってください!出来ています、ソレ、出来ています!」
「……へ?あ……そうか!これも時間が……」
「多分、砂竜の鱗の粉末と発酵石の効果の相乗効果だと思われます」
「なるほど……」
砂竜の鱗の粉末と聞いて、料理に使うアイテムではなかろう……と、アレン様が呆れ顔で呟きますが、これが必要だったのですよ?
器の中から鰹節を取り出して手に持ち打ち合わせると、カンカン良い音がしました。
「わぁ……すごいです、中までカラカラになっていますね」
「いい匂いだな。これなら旨い出汁がとれそうだ」
私とリュート様が大はしゃぎしていると、一角から何やら奇妙な気配を感じ、慌ててそちらを見ると、カフェとラテとカカオとミルクが私の手にある鰹節をジーッと熱い眼差して見つめており……こ、これは……マズイですね。
「お、おい?」
リュート様も顔をひきつらせて私を背にかばいますが、4人はうぅぅーと低く呻いてします。
「にゃんだか……マズイですにゃ」
「本能に訴えかける匂いですにゃっ!」
「俺様もグラグラくるー」
「たまらない匂いですにゃぁ」
ま、まるで飢えた獣のような眼差し……猫に鰹節はごちそうですよね。
あの温厚な子たちの雰囲気が一転して怖い感じになっていますよっ!?
「りゅ、リュート様……」
「よし、後でな、後でーっ!」
慌てて私の手から鰹節を奪い取り、アイテムボックスへ収納してしまいました。
大量に収納されている発酵石の器も瞬く間にしまって、何とか事なきを得たようです。
あ、危ないです……カフェたちキャットシー族の前で気軽に出せる食材ではありませんね。
「とりあえず、ベリリ酵母を入れていた発酵石の器と、もう1つ空の器を使ってパン生地を発酵させよう。温度調節の魔石はここにあるからいけるだろう」
「あ、ありがとうございます」
うにゃーんっ、いい匂いがなくなったにゃーっ!と4人が手を上げてぐるぐる回っている様子を見て笑いがこみ上げてしまいましたが、先程の目は怖かったですよ?
野生の動物が獲物を狙う目でしたもの……
「今のもパンに使うのかい?木のように見えたけど……」
ロン兄様の問いかけを聞いて、確かに木材に見えても不思議ではないことに気づき、他の方々にもそう見えたのだろうと理解します。
「今回は使いませんが、いまのはカツオを一度煮て、乾燥させたものなのです。いい出汁が出るので、美味しいスープが出来ます。うどんに合いますし、今度作りますね」
「へぇ、アレが魚のカツオだったんだ……カラカラ音がするくらい水分を抜くのに砂竜の鱗の粉末を使ったのか……考えたね」
「リュート様の案で、私はなまり節を作っただけですから」
笑いながらそういうと、それもスゴイよとロン兄様は褒めてくださいました。
こうして認められることは嬉しいのですけど、少しくすぐったいです。
そうこうしている内に、みんなの生地もまとまったようで、一次発酵の段階に入りました。
発酵させるために、みんなが作り上げたパンを持ってきます。
誰の物かわかるようにと、セバスさんが名前を書いて管理してくれるようでした。
発酵時間がかなりかかりますから、この後、黒騎士様たちは訓練再開でしょうか。
そんなことを考えていた私の耳に、愛の女神様の柔らかくもウキウキとイタズラを思いついた色合いを含む声が響きます。
「さて、そろそろ妾の出番じゃな」
え、えっと?
何を思いついたのでしょうか。
私たちが不思議そうに見つめている中、愛の女神様は極上の笑みを浮かべてくださいました。
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