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第四章 心を満たす魔法の手
発酵石の器に意外な効果がありました
しおりを挟むコホンと咳払いをしてから、気を取り直して続きから始めましょう。
キュステさんから受け取った赤ペンで瓶に印をつけていきます。
「この印よりかさが2倍の状態になったら、ひとまず冷蔵庫で休ませますが、発酵中はできるだけ暖かい場所に置いたほうが良いですね。ヨウコくんが作ってくれた発酵石で作った器の中に、瓶ごと収納しておいたら程よく発酵してくれるでしょう」
温度調節もされていますから、発酵石の器は便利なのですよと私が言うと、リュート様がそれに気づいてくれたようで、こちらへやってきてヨウコくんが作ってくれた発酵石の器をアイテムボックスから取り出し置いてくださいました。
「それって、誰でも手に入るもんなの?リュート様」
「あー、ヨウコに言えば手に入るだろう。ギムレットが商品化に向けて動いていたからな……温度調節が出来て発酵管理も出来る優れものだ」
「なんじゃ?それから夫の力も感じるが……」
そう言って興味を示したのは愛の女神様で……え?夫って……時空神様のお力も……ですか?
みんなが少し大きめで真っ白な、直方体型の器を見つめます。
「ふむ。間違いないのぅ……夫の力じゃ。どうやらこれは時間を加速させているようじゃな」
「あ……やっぱりそうなのですか」
思わず私は呟きます。
チェリシュが大事に育ててくれていたベリリ酵母なのですが、管理が良くても5日はかかると見ていたのに、この様子だと大体半分の時間で出来ていたのではないかと予測しておりました。
ただ、チェリシュが育てたベリリであることと、この世界ではそれが普通だったということもあり得るだろうと考えていたので……
「じゃあ、だいたい半分の時間で出来るってことか?」
リュート様の問いかけに、確信があるわけではないので返答をためらわれます。
ですが、可能性の一つとして考えられるのではないでしょうか。
「あの……サラ様。この発酵石を使ったお酒造りって……例えば、エールはどれくらい時間がかかりますか?」
「うん?……あ、ああ……エールか。仕込みから発酵に1日半から3日、それから貯蔵して一週間くらいだったか……」
サラ様がヨウコくんの話を思い出しながら答えてくれているようで、この期間だけでもわかります。
だいたい半分程度の時間で出来上がっていますよね。
「そんなに早いのか……」
これにはリュート様も驚いたようですが、私はこれだけの技術力があるのにエールだけでラガーがないことに驚きです。
家族で旅行に行ったときに、ビールを作っている工場の見学をさせてもらったことがありました。
そこで、エールとビールの違いについても説明されており、意外だったこともあり覚えております。
最初はもっと面白いところへ行くのかと期待していたのに、到着したらビール工場……
兄と二人で「またか」とガッカリしていたのですが、酒好きな両親が喜んでいるので良いかと、両親が満足するまで付き合う気持ちで工場見学の案内人についていて説明を受けていたのですが、話が面白かったので兄と一緒に「へー」とか「すごい!」と言いながら聞いていた記憶があります。
エールは上面発酵という技術を用いられており、古くからあるビールの造り方で、酵母が麦汁の表面に浮き上がってくることから、その名前がつけられているのだとか。
その工場で造るエールは、常温~やや高温で発酵させ、発酵期間に3~4日かかり、熟成期間は2週間を必要とする。
ビールは下面発酵で、中世以降に生み出された手法だそうで、酵母がタンクの底に沈むことから、そう命名されたようです。
発酵温度も極めて低く、5度前後で保たれ、雑菌が繁殖しづらいために管理がし易いのだとか。
熟成期間は、7~10日かかるようでした。
以前にもウィスキー蒸溜所やワイナリー見学に行っており、お酒の熟成には長い年月が必要であると説明されていたので、お酒づくりは時間がかかるのだと考えていたのですが、私の中に構築された固定概念を覆すように、ビールの熟成は年単位の時間が必要ではないと知ったので、驚きが大きくシッカリと覚えていたのだと思います。
こう考えてみると、工場見学も行っていてよかった……と、思わざるを得ません。
そして、最後のオチのように運転手の兄が飲めないと嘆くまでがテンプレートだったのも、いい思い出です。
「私の世界で必要な時間の、だいたい半分です。つまり、発酵石の器で造る物は、必要時間の半分と考えたらいいかもしれません。だからベリリ酵母も出来上がりが早かったのだと思います」
「早かった……の?」
ベリリ酵母の瓶をジッと見ていたチェリシュが可愛らしく小首を傾げたので、しゃがみこんで目線をあわせ「だから驚きました」と笑うと、チェリシュも嬉しそうにちょっぴり照れくさそうに「えへへ」と笑ってくれました。
「器さんも頑張ったの!」
「発酵石の器もスゴイですけど、チェリシュのおかげですよ。チェリシュが気づいてリュート様に言ってくれなければ、この子はずーっと眠ったまま……いいえ、ベリリ酵母になれなかったかもしれません。ありがとう、チェリシュ」
「あいっ!」
嬉しそうに顔を輝かせて抱きついてくるチェリシュを抱きしめ返し、抱っこしたまま立ち上がります。
「奥様、あんま無理せんとき。立ちくらみでも起こしたらどないしはるん」
慌てて私の体を支えてくれたキュステさんが、次の瞬間には何故か床に沈んでいました。
え……えっと?
立ちくらみ……ではないですよね。
変な音がしましたもの。
アレは……打撃音ですか?
音の発生源である背後を確認すると、リュート様が私の肩を支え、爽やかな笑顔を浮かべながら立っていらっしゃいました。
「すまん、足が滑った」
「……だんさん……マジで……勘弁してぇ、僕はシロがおるさかい、そないに危ない男やあらへんでっ!?」
「わかっているが……何となく?……だな」
「何となくで蹴られる僕の立場はっ!?」
ヒドイ!と嘆くキュステさんをあしらいながら、リュート様は私を椅子へ誘導します。
あの……さすがに蹴らなくても良かったのでは?
でもまあ、これが二人のじゃれ合いに見えるのですから不思議ですね。
だって、キュステさん……本気で嫌がって抗議している様子が伺えませんもの。
ハッ!
も、もしかして……キュステさんはロリコンなだけではなく、あっちの属性持ち……だ……とか?
「なんや、今……奥様にえらい誤解された気がする……違うから、奥様、違うから!」
あまりにも必死に訴えかけてくるキュステさんを見て、曖昧に笑みを浮かべて誤魔化します。
人には知られたくないことがありますもの。
大丈夫、私は理解がある方だと思いますから、平気ですよ?
前から「もしかして……」と感じるところがあったので、全然問題ありません。
むしろ、納得してしまいました。
「あああああっ!全然わかってはれへん!だんさんっ!」
「あー、なんか……ちょっと悪いことした気がした。すまん」
「すまんやあらへんわ!何とかしてぇな!」
「無理。あーなったルナは無理」
二人で仲良くじゃれていますね。
チェリシュが目をキラキラ輝かせてコッソリ「リューがとっても楽しそうなの」と、とっておきの秘密を打ち明けてくれるように耳打ちしてくれました。
そうですね、楽しそうで何よりです。
顔を見合わせ笑いあい、二人のじゃれ合いを見つめている間に、発酵石の器の説明をカフェたち4人だけではなくテオ兄様やロン兄様たちにもしてくださっているサラ様にも感謝ですね。
あとは元種に強力粉とベリリの酵母を加え混ぜてから印をつけるという工程を明日もして……いえ、半分の時間ですから半日ごとに2回繰り返し、酵母や元種たちが元気に育ってくれることを祈るばかりです。
ストレート法なら今すぐ取りかかれますから試しに作りたいのですが、心配をかけてしまいますから、私が作るのは見送りですね。
しかし、パン生地のこねかたなどを見せなければ分かりづらいと思いますし、明日にしましょう。
ベオルフ様にお願いして、お料理できるくらい回復させていただけたらいいなぁ……と、思いました。
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