163 / 558
第四章 心を満たす魔法の手
素敵なベリリは美味しそう
しおりを挟む「お食事の準備が整いました」
セバスさんの声がかかり、それぞれ皆様部屋へと案内されていくのですが、リュート様はチェリシュを席に座らせたあと、人型に戻ろうとした私を見てから、何かに気づいたようにハッとした顔をし、慌てて両手できゅっと包み込みました。
え?
な、何故包み込まれたのでしょう。
「一度部屋に戻ってくる。先に食べていてくれ」
「そうだったわね。部屋のクローゼットにかけてあるから、好きなものを選んで頂戴」
「母さん、ありがとう。んじゃ、ちょっと席を外すな。チェリシュは大人しくしてるんだぞ」
「あいっ!」
何故一度部屋へ戻るのでしょう。
リュート様の手に包まれたままですから下手に元の姿へ戻ることも出来ず、大きなガラス窓から見える綺麗な庭を眺めることができる長い廊下を歩き、大きな広場に一度出ました。
どうやら玄関ロビーのようですね。
吹き抜けになっていて、開放感あふれる玄関ロビーから二階へ続く階段を登り、一番奥にあるリュート様の部屋まで連行された私は、ぽふんっとベッドに降ろされてようやく疑問を口にしました。
「リュート様、どうしてお部屋なのですか?」
「あのな……母さんやロン兄たち家族はいいけど、他の連中にルナの薄着姿を見せるのは、俺的に許可できねーの」
あ……ああああああぁぁっ!
そ、そうでした、私……き、着替えた覚えがありませんよっ!?
ということは、寝間着代わりの部屋着のまま、お母様とロン兄様の前で人型になっていたということですか?
セバスさんやカカオやミルクも居たのに……ど、どうして気づかなかったのです!
恐る恐る人型に戻ると、綺麗な白い生地は、上質なシルクを思わせるほど手触りがよく、スカートの裾には青系の刺繍糸で描かれた花が咲き誇り、ふんだんに使われたフリルは嫌味がなく軽やかで、品があるだけではなく着心地も最高でした。
この姿で寝ていた……というか、倒れたあとの着替えとかは……ま、まさか……
ジッとリュート様を見つめると、彼は私が言いたいことを察したのか赤い顔をして必死に首と手を左右に振ります。
「ち、違う!俺じゃない!母さんとメイドたちがやったに決まってんだろっ!?」
それは良かったと安堵の吐息をついた私は、リュート様がクローゼットから出してきた数着の衣類を受け取りました。
わぁ……制服とは布の質感が違います。
サラサラのすべすべ、上質な物だと触れるだけで十二分に伝わってくる布地。
それだけではありません。
どれもこれも、とても可愛らしいのです。
私が着るには勿体ないくらい、布地をふわりと重ねてボリュームを出したり、シンプルでスラッとしていて上品な物であったりと様々で……こんな高級そうな服を私が着ても良いのでしょうか。
「ん?気に入らねーか?」
「い、いえ、こんなに素敵な服を何着も……わ、私が着ても……良いのですか?」
「ルナ以外に誰が着るんだよ。母さんが張り切って用意したんだ、遠慮なく着て見せてやってくれ。こういうこと、ずっとしたかったんだってさ」
お母様のお心遣いに感謝しながら、ひとつひとつ眺めては体にあてて「どうでしょう」とリュート様に問いますが、彼は「可愛い」「似合う」と繰り返すばかりでした。
それがおざなりの返事やお世辞ではなく、心からそう思っているとわかる笑顔がついてくるのが厄介です。
私の頬が赤みを持ち始めているのに気づくこと無く、柔らかな笑顔を向けてくださるのですもの。
しかも、無駄に色気を振りまいて……
あ、あのですね、リュート様……その色気はしまっておいてください。
私の心臓がもちません。
「ルナは肌が白いから何でも似合うな。母さんのセンスは疑いようも無いが……俺的には、この濃い青がいいかな」
リュート様が指し示した服は、ふんわりとしたデザインの白いブラウスは首もとまでしっかりとフリルに覆われており、袖口は細かいレースや刺繍がほどこされていて、とても可愛らしいデザインです。
ハイウェストの濃い青のスカートは、艶を消したような金の刺繍が施され、裾に行くほど広がるスカートの裾から、ブラウスと同じデザインの白いフリルとレースのスカートが見え隠れしておりました。
わぁ……リュート様の瞳の色を思わせる青色のスカートですね。
「コレにします!リュート様の青ですものっ」
「え……あ……そ、そう?」
「はいっ!」
ほら、リュート様の瞳の青と同じですよと差し出して、彼の瞳を覗き込むと、何故か顔を遠ざけられてしまいました。
どうして逃げるのですか。
「ち……近いって……」
「瞳の色が見たかったのですもの」
「い、いや、そんな唇を尖らせて言われても……なんつーか……可愛いから余計にだな……」
「余計に?」
「いや、な、なんでも無い!とりあえず、着替えてくれ。ほら、部屋の外にいるから!」
そう言って、リュート様は電光石火の如く、部屋の扉から外へ飛び出してしまいました。
目にも留まらぬ素早い行動に驚き呆気に取られていた私は、暫く閉じた扉を見つめていましたが、早く着替えなければリュート様をお待たせするだけだと、手早く着替えを済ませます。
脱いだ服を畳みながらリュート様に声をかけると、彼は自分の部屋であるのに遠慮がちに入ってきて、私を見たあと目を丸くしました。
「うわ……やっぱりルナって、何でも似合うよな……すげー可愛い……ヤバイ、そういう系の服も、今度たくさん買いに行こうな」
「で、できればチェリシュとおそろいで着用できる物があったら良いのですが……」
「あー、それもいいな。だったら、もっと可愛らしいタイプで、ギムレットの奥さんの店なんてどうだ?」
「いいですねっ」
あのお店は可愛らしい物が多かったですから、チェリシュも気に入る物がきっとあるはず!
ふふっと笑っていた私に近づいたリュート様は、ソッと私の襟首に手をかけて、優しく微笑みました。
「リボン、忘れてる」
するりと首筋から耳元までを撫でる指先に、ぞわっとした何かが背中と言わず、全身を駆け抜け、言葉だけではなく呼吸も忘れてリュート様を見つめます。
「俺がつけてやるから、ジッといい子にしてな」
じ、ジッと……いい子にしてたら、何だか危険な気がするのは気の所為ですか?
そう感じながらも、大人しくしていると、フッとリュート様が色気タップリの笑みをこぼしました。
あ……こ、これは本格的に……マズイのでは……
息を詰めてリュート様がリボンを結んでくださるのを見つめていたのですが、何事もなく終わってしまい拍子抜けです。
か、からかわれただけでしたか!
もうっ!
「大人しくしていたいい子にはご褒美が必要だな」
えっと……ご褒美?
リュート様の言葉の意味を理解するのと同時に、頬に柔らかくあたたかいモノが触れていきます。
「着替えも済んだし、リビングへ戻るか」
「……え、あ……あの……」
「どうする?エナガかカーバンクルの姿になるか?」
どうしてそんな提案をしてきたのか不思議になり、彼をジッと見つめると、とんでもなく素敵な笑顔でこうおっしゃいました。
「素敵なベリリになっていて、美味しそうだから」
チェリシュがいないのに、ベリリとか言われてしまうなんてーっ!
ひゃああぁぁっ!恥ずかしいですうぅぅぅっ!
しかも、素敵なベリリってなんですかっ!?
色気をタップリ含んだ魅惑的な声で、そんなことおっしゃらないでくださいいぃぃっ!
手で顔を覆って見られないようにするだけで精一杯の私の顔を覗き込むように屈んだ気配を感じ、どうしたらいかと迷っていた私はジッとリュート様の出方を待ちます。
すると、フッと笑ったような気配を感じたあと、顔を覆い隠している手に「ちゅっ」という音とともに柔らかな感触と熱を感じました。
て、手に……ちゅー……し、しかも、手がなかったら……そ、その位置は……く、口……ではっ!?
軽くパニックになっている私を見て低く笑ったリュート様は、耳元に唇を寄せて甘い声でささやきます。
「可愛いことばっかりしていると、昼飯食えなくなっちまうかもな」
……そ、それはどういう意味ですか?
ドクドクうるさい心臓に、これ以上の負担をかけようというのでしょうか。
全身の血が激しく巡っているのを感じているのに、視覚を塞いでいるせいか敏感になった耳に、衣擦れの音が聞こえたと思ったら、いきなりの浮遊感に驚いてしまいました。
「ひゃあっ!りゅ、リュート様っ!?」
何故いきなりお姫様抱っこなのですかっ!?
うわ、近い、とっても近いです!
エナガやカーバンクルの時には近くても「カッコイイな」「素敵だな」と堪能する余裕もあり平気でしたけど、人型だとリアルに呼吸を近くに感じて頬が更に赤くなったように感じました。
「反応が可愛くてずっと見ていてーんだけど、そろそろ俺が限界だ」
「……あ、お腹空いていたのですね。お付き合いいただいてすみません」
「いや……あー、まー、うん、そんなところだ。飢えると何をするかわかんねーしな」
リュート様のお腹はちゃんと満たしておかないといけませんね。
そうじゃないと、大暴れしちゃうのでしょうか。
それとも、不機嫌になるのでしょうか。
どちらにしても、笑顔のリュート様でいて欲しいですから、元気になったらまたご満足いただけるような美味しいものを作りましょう。
「今日はおなかペコリって言わなかったんだな。あの言い方は可愛いかったんだが……」
「アレは、親戚の子供を預かっている時に移った言葉なんです」
「子供の口癖だったのか」
「もとは、ペコペコ大魔王にお腹ペコリの術をかけられて力が出ないヒーローが、お友達のお料理で復活して大逆転する幼児番組があって、その番組が大好きな親戚の子とチェリシュが同じくらいの外見年齢だったので、自然と出ちゃいました」
「あー、確か毎年夏になると映画になってるやつだろ?近所の子供が親と見に行くんだってよく自慢してたな。俺はガキのころに映画なんて見に行った覚えがねーから、素直に良いなって思ったな」
リュート様にとっては何気ない言葉だったのかもしれません。
でも、時々見え隠れする前世のリュート様の幼少期の孤独は根が深そうで……軽い気持ちで質問していいように思えませんでした。
本人が自覚していないからこそ、下手に刺激してはいけないのでしょう。
お母さんと妹さんを守るために必死だったリュート様を、誰が守ってくださったのでしょうか……
ぎゅぅっとリュート様の首筋に抱きつくと、彼から嬉しそうな笑い声が響きます。
大丈夫ですよ。
今は、私がリュート様の心をお守りします。
誰かではなく、私が!
「頼りなくてまだまだ未熟な私ではありますが、これからも一緒にたくさんのことを知り、見て考え、乗り越えていきましょうね」
「ん?急にどうしたんだ?……ああ、そうか。大地母神の件はみんなで考えて解決できるように頑張ろうな。大丈夫だ、あの仲間たちがいれば乗り越えられないモノなんてねーよ」
「はいっ」
ぎゅーっと抱きしめてくれるリュート様の腕の力強さを感じながら、甘えるように頬を擦り寄せます。
私の想いに呼応するように、神石のクローバーと一体化した新米時空神のルーペが淡く輝き、ルナフィルラの花の香りがしたように感じた昼時でした。
320
お気に入りに追加
12,219
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。