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第四章 心を満たす魔法の手

素敵なベリリは美味しそう

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「お食事の準備が整いました」

 セバスさんの声がかかり、それぞれ皆様部屋へと案内されていくのですが、リュート様はチェリシュを席に座らせたあと、人型に戻ろうとした私を見てから、何かに気づいたようにハッとした顔をし、慌てて両手できゅっと包み込みました。
 え?
 な、何故包み込まれたのでしょう。

「一度部屋に戻ってくる。先に食べていてくれ」
「そうだったわね。部屋のクローゼットにかけてあるから、好きなものを選んで頂戴」
「母さん、ありがとう。んじゃ、ちょっと席を外すな。チェリシュは大人しくしてるんだぞ」
「あいっ!」

 何故一度部屋へ戻るのでしょう。
 リュート様の手に包まれたままですから下手に元の姿へ戻ることも出来ず、大きなガラス窓から見える綺麗な庭を眺めることができる長い廊下を歩き、大きな広場に一度出ました。
 どうやら玄関ロビーのようですね。
 吹き抜けになっていて、開放感あふれる玄関ロビーから二階へ続く階段を登り、一番奥にあるリュート様の部屋まで連行された私は、ぽふんっとベッドに降ろされてようやく疑問を口にしました。

「リュート様、どうしてお部屋なのですか?」
「あのな……母さんやロン兄たち家族はいいけど、他の連中にルナの薄着姿を見せるのは、俺的に許可できねーの」

 あ……ああああああぁぁっ!
 そ、そうでした、私……き、着替えた覚えがありませんよっ!?
 ということは、寝間着代わりの部屋着のまま、お母様とロン兄様の前で人型になっていたということですか?
 セバスさんやカカオやミルクも居たのに……ど、どうして気づかなかったのです!
 恐る恐る人型に戻ると、綺麗な白い生地は、上質なシルクを思わせるほど手触りがよく、スカートの裾には青系の刺繍糸で描かれた花が咲き誇り、ふんだんに使われたフリルは嫌味がなく軽やかで、品があるだけではなく着心地も最高でした。
 この姿で寝ていた……というか、倒れたあとの着替えとかは……ま、まさか……
 ジッとリュート様を見つめると、彼は私が言いたいことを察したのか赤い顔をして必死に首と手を左右に振ります。

「ち、違う!俺じゃない!母さんとメイドたちがやったに決まってんだろっ!?」

 それは良かったと安堵の吐息をついた私は、リュート様がクローゼットから出してきた数着の衣類を受け取りました。
 わぁ……制服とは布の質感が違います。
 サラサラのすべすべ、上質な物だと触れるだけで十二分に伝わってくる布地。
 それだけではありません。
 どれもこれも、とても可愛らしいのです。
 私が着るには勿体ないくらい、布地をふわりと重ねてボリュームを出したり、シンプルでスラッとしていて上品な物であったりと様々で……こんな高級そうな服を私が着ても良いのでしょうか。

「ん?気に入らねーか?」
「い、いえ、こんなに素敵な服を何着も……わ、私が着ても……良いのですか?」
「ルナ以外に誰が着るんだよ。母さんが張り切って用意したんだ、遠慮なく着て見せてやってくれ。こういうこと、ずっとしたかったんだってさ」

 お母様のお心遣いに感謝しながら、ひとつひとつ眺めては体にあてて「どうでしょう」とリュート様に問いますが、彼は「可愛い」「似合う」と繰り返すばかりでした。
 それがおざなりの返事やお世辞ではなく、心からそう思っているとわかる笑顔がついてくるのが厄介です。
 私の頬が赤みを持ち始めているのに気づくこと無く、柔らかな笑顔を向けてくださるのですもの。
 しかも、無駄に色気を振りまいて……
 あ、あのですね、リュート様……その色気はしまっておいてください。
 私の心臓がもちません。

「ルナは肌が白いから何でも似合うな。母さんのセンスは疑いようも無いが……俺的には、この濃い青がいいかな」

 リュート様が指し示した服は、ふんわりとしたデザインの白いブラウスは首もとまでしっかりとフリルに覆われており、袖口は細かいレースや刺繍がほどこされていて、とても可愛らしいデザインです。
 ハイウェストの濃い青のスカートは、艶を消したような金の刺繍が施され、裾に行くほど広がるスカートの裾から、ブラウスと同じデザインの白いフリルとレースのスカートが見え隠れしておりました。
 わぁ……リュート様の瞳の色を思わせる青色のスカートですね。

「コレにします!リュート様の青ですものっ」
「え……あ……そ、そう?」
「はいっ!」

 ほら、リュート様の瞳の青と同じですよと差し出して、彼の瞳を覗き込むと、何故か顔を遠ざけられてしまいました。
 どうして逃げるのですか。

「ち……近いって……」
「瞳の色が見たかったのですもの」
「い、いや、そんな唇を尖らせて言われても……なんつーか……可愛いから余計にだな……」
「余計に?」
「いや、な、なんでも無い!とりあえず、着替えてくれ。ほら、部屋の外にいるから!」

 そう言って、リュート様は電光石火の如く、部屋の扉から外へ飛び出してしまいました。
 目にも留まらぬ素早い行動に驚き呆気に取られていた私は、暫く閉じた扉を見つめていましたが、早く着替えなければリュート様をお待たせするだけだと、手早く着替えを済ませます。
 脱いだ服を畳みながらリュート様に声をかけると、彼は自分の部屋であるのに遠慮がちに入ってきて、私を見たあと目を丸くしました。

「うわ……やっぱりルナって、何でも似合うよな……すげー可愛い……ヤバイ、そういう系の服も、今度たくさん買いに行こうな」
「で、できればチェリシュとおそろいで着用できる物があったら良いのですが……」
「あー、それもいいな。だったら、もっと可愛らしいタイプで、ギムレットの奥さんの店なんてどうだ?」
「いいですねっ」

 あのお店は可愛らしい物が多かったですから、チェリシュも気に入る物がきっとあるはず!
 ふふっと笑っていた私に近づいたリュート様は、ソッと私の襟首に手をかけて、優しく微笑みました。

「リボン、忘れてる」

 するりと首筋から耳元までを撫でる指先に、ぞわっとした何かが背中と言わず、全身を駆け抜け、言葉だけではなく呼吸も忘れてリュート様を見つめます。

「俺がつけてやるから、ジッといい子にしてな」

 じ、ジッと……いい子にしてたら、何だか危険な気がするのは気の所為ですか?
 そう感じながらも、大人しくしていると、フッとリュート様が色気タップリの笑みをこぼしました。
 あ……こ、これは本格的に……マズイのでは……
 息を詰めてリュート様がリボンを結んでくださるのを見つめていたのですが、何事もなく終わってしまい拍子抜けです。
 か、からかわれただけでしたか!
 もうっ!

「大人しくしていたいい子にはご褒美が必要だな」

 えっと……ご褒美?
 リュート様の言葉の意味を理解するのと同時に、頬に柔らかくあたたかいモノが触れていきます。

「着替えも済んだし、リビングへ戻るか」
「……え、あ……あの……」
「どうする?エナガかカーバンクルの姿になるか?」

 どうしてそんな提案をしてきたのか不思議になり、彼をジッと見つめると、とんでもなく素敵な笑顔でこうおっしゃいました。

「素敵なベリリになっていて、美味しそうだから」

 チェリシュがいないのに、ベリリとか言われてしまうなんてーっ!
 ひゃああぁぁっ!恥ずかしいですうぅぅぅっ!
 しかも、素敵なベリリってなんですかっ!?
 色気をタップリ含んだ魅惑的な声で、そんなことおっしゃらないでくださいいぃぃっ!

 手で顔を覆って見られないようにするだけで精一杯の私の顔を覗き込むように屈んだ気配を感じ、どうしたらいかと迷っていた私はジッとリュート様の出方を待ちます。
 すると、フッと笑ったような気配を感じたあと、顔を覆い隠している手に「ちゅっ」という音とともに柔らかな感触と熱を感じました。
 て、手に……ちゅー……し、しかも、手がなかったら……そ、その位置は……く、口……ではっ!?
 軽くパニックになっている私を見て低く笑ったリュート様は、耳元に唇を寄せて甘い声でささやきます。

「可愛いことばっかりしていると、昼飯食えなくなっちまうかもな」

 ……そ、それはどういう意味ですか?
 ドクドクうるさい心臓に、これ以上の負担をかけようというのでしょうか。
 全身の血が激しく巡っているのを感じているのに、視覚を塞いでいるせいか敏感になった耳に、衣擦れの音が聞こえたと思ったら、いきなりの浮遊感に驚いてしまいました。

「ひゃあっ!りゅ、リュート様っ!?」

 何故いきなりお姫様抱っこなのですかっ!?
 うわ、近い、とっても近いです!
 エナガやカーバンクルの時には近くても「カッコイイな」「素敵だな」と堪能する余裕もあり平気でしたけど、人型だとリアルに呼吸を近くに感じて頬が更に赤くなったように感じました。

「反応が可愛くてずっと見ていてーんだけど、そろそろ俺が限界だ」
「……あ、お腹空いていたのですね。お付き合いいただいてすみません」
「いや……あー、まー、うん、そんなところだ。飢えると何をするかわかんねーしな」

 リュート様のお腹はちゃんと満たしておかないといけませんね。
 そうじゃないと、大暴れしちゃうのでしょうか。
 それとも、不機嫌になるのでしょうか。
 どちらにしても、笑顔のリュート様でいて欲しいですから、元気になったらまたご満足いただけるような美味しいものを作りましょう。

「今日はおなかペコリって言わなかったんだな。あの言い方は可愛いかったんだが……」
「アレは、親戚の子供を預かっている時に移った言葉なんです」
「子供の口癖だったのか」
「もとは、ペコペコ大魔王にお腹ペコリの術をかけられて力が出ないヒーローが、お友達のお料理で復活して大逆転する幼児番組があって、その番組が大好きな親戚の子とチェリシュが同じくらいの外見年齢だったので、自然と出ちゃいました」
「あー、確か毎年夏になると映画になってるやつだろ?近所の子供が親と見に行くんだってよく自慢してたな。俺はガキのころに映画なんて見に行った覚えがねーから、素直に良いなって思ったな」

 リュート様にとっては何気ない言葉だったのかもしれません。
 でも、時々見え隠れする前世のリュート様の幼少期の孤独は根が深そうで……軽い気持ちで質問していいように思えませんでした。
 本人が自覚していないからこそ、下手に刺激してはいけないのでしょう。
 お母さんと妹さんを守るために必死だったリュート様を、誰が守ってくださったのでしょうか……

 ぎゅぅっとリュート様の首筋に抱きつくと、彼から嬉しそうな笑い声が響きます。
 大丈夫ですよ。
 今は、私がリュート様の心をお守りします。
 誰かではなく、私が!

「頼りなくてまだまだ未熟な私ではありますが、これからも一緒にたくさんのことを知り、見て考え、乗り越えていきましょうね」
「ん?急にどうしたんだ?……ああ、そうか。大地母神の件はみんなで考えて解決できるように頑張ろうな。大丈夫だ、あの仲間たちがいれば乗り越えられないモノなんてねーよ」
「はいっ」

 ぎゅーっと抱きしめてくれるリュート様の腕の力強さを感じながら、甘えるように頬を擦り寄せます。
 私の想いに呼応するように、神石のクローバーと一体化した新米時空神のルーペが淡く輝き、ルナフィルラの花の香りがしたように感じた昼時でした。

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