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第四章 心を満たす魔法の手

神力にアテられると大変なのです

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「キュステさん、引っ掻いてごめんなさい、怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫大丈夫!奥様のツメは鋭かったけど、僕やったら平気」

 やっぱり装甲が厚いのでしょうか。
 竜人族は皆様強そうですものね……

「怪我をしてたら言ってくださいね、小さな怪我なら治療できますので」
「へ?奥様、そんな力を身に着けはったん?」
「カーバンクルの姿だと種族特性が使えるようで、ガルムほどの効果はありませんが、舐めて癒せます」

 私の話を笑顔でうんうんと聞いていたキュステさんが、何故か顔色を悪くします。

「……あの……奥様?舐めて治しはるん?」
「さっきもリュート様の指の傷を癒やしましたから、それくらいの効果しかありませんが、できましたよ?」
「まさか、僕のおでこに小さい傷がついてたら、それをやらはったん?」
「勿論です。私のせいで怪我をさせてしまったのですもの」
「アカン!それだけはアカンから!」

 がばっと飛びかかってくる勢いで跪いて私の目の高さに視線を合わせてキュステさんが、必死に首を左右に振りますけど……そ、そんなにダメですか?

「あのな、奥様。それで癒やしてもらった人がおっても、次の瞬間には倍以上の傷ができるからやめといたほうがええわ」
「え……私には、そんな呪いまであるのですかっ!?じゃ、じゃあ、リュート様の傷がっ!」
「違う違う!だんさんは別!むしろ、やるんはだんさんやから!」

 え?
 どういう意味ですか?

「オイ、キュステ……いらねーこと言ってんじゃねーぞ」
「ほら、魔王が降臨しはるやろっ!?」

 不穏な雰囲気を振りまきながら、今度はこちらへやってくるリュート様……目付きの悪い黒い笑顔ですが……そ、それはそれでカッコイイのです!
 コワカッコイイという新たな単語を作ってしまいそうなくらい、素敵ですリュート様!
 奥様助けてとキュステさんが私を盾にするように逃げますが、リュート様は本気でキュステさんをどうこうする気はないようですよ?
 アレは絶対に反応を見て楽しんでいるのです。
 ベオルフ様がよくやるやつですね!

「お前らは本当に仲が良くて、すぐ戯れおるな。しかし、ルナ。儂が渡した指輪には、そんな性能があったか?」
「あ……時空神様がバージョンアップしてくださいましたので、そのせいかもしれません」
「なるほどのぅ……時空神に会って、何かわかったことがあったか?」
「はい。えっと……」

 私は出来る限りの情報を、アレン様に伝えることにしました。
 聞かれてマズイことは……たぶん、無いはずです。
 一応、確認のためにリュート様を見ると、彼も少しだけ思案してから頷きました。
 OKみたいですね。

「わかったことは、今回の件が私に人よけの呪いをかけた黒狼ではない誰かが、指輪の魔力を暴走させ、それを核に黒狼が植え付けた種を発動させて連れ去ろうとしたこと。私には、魂に刻まれた呪いがあり、それを覆い隠すために、良い封印と悪い封印を重ねがけしてバランスを保っている……と、お聞きしました」
「魂に刻まれた呪いじゃと……そのようなことが可能なのか?」
「人には無理じゃろう……」

 アレン様の言葉に愛の女神様の真剣味を帯びた声が響きます。
 つまり、私にかけられた呪いは、人ではない……得体のしれない呪いということでしょうか。

「神々がかける呪いは、お主ら聖なる家の者たちがよく知っておろう?」

 妾がかけたのじゃからな……と言った愛の女神様に、リュート様たち聖騎士や聖女であるイーダ様、拳聖であるレオ様が頷きます。

「アレは魂に刻んでいるのではなく、血に刻まれておる。神でさえ魂に刻むことは難しい。ましてや、人には不可能じゃ。人が人を呪うために媒介にできるものは、真名や本人から採取した血液や毛髪などであり、効果も薄く時間も短い。じゃが求められる対価が大きいのも特徴じゃ」
「短い言わはっても、人間の人生やったら十分に長いと思うわ……奥様の呪いは、ある意味面倒やね」

 つまり、この魂にかけられている呪いは……人ではなく神の領域か、同等の者が刻んだものであり、人よけの呪いなどと比べ物にならないくらい強力であるということなのですね。
 オーディナル様が直々に封印を施していることを考えれば、それも納得です。
 しかし……どうして私なのでしょう。

 先日、ベオルフ様にすがり泣きましたから、そんな考えが浮かんでも心が痛みを覚えるだけで、あのときのようにみっともなく泣きはしません。
 私にかけられている呪いの種類もわかりませんが、覆い隠さなければならないほど危険なものなら、オーディナル様にお任せしましょう。
 ただ……気がかりなのは、これによって皆に迷惑がかからないかどうかということと、徐々に記憶を取り戻した時、私は今の私で……リュート様が知っている私でいられるのでしょうか。
 不安が胸を占め、思わずリュート様を見つめてしまいましたが、彼は愛の女神様とアレン様とキュステさんと共に、深刻そうな顔をして今後の対策について話し合っておりました。

「ルー……」

 この子は、本当に心の動きに敏感ですね。
 心配そうに声をかけてきたチェリシュの頬に頬を寄せて、すりすりしていると「くすぐったいの!」と嬉しそうに声をあげます。
 二人して戯れていたのですが、周囲の静けさに気づき、あれ?と首を傾げました。
 こういう時、お母様たちが参戦してきそうですのに……
 不思議に思い、周囲を見渡すと……あわわわっ!死屍累々です!
 な、何故皆様青い顔をして胸元を手で押さえて呼吸を荒くなさっているのでしょうか……た、大変ですーっ!

「リュート様!み、皆様がっ!」
「ん?……あっ!アーゼンラーナ!神力!神力抑えて!」
「おや、考え事に夢中で腕輪に力を注ぐのを忘れておった……しばし待つのじゃ」

 どうやら、愛の女神様の腕輪の力が作動していなくて、十神の一柱である愛の女神様の神力をまともに浴びてしまったから、動けなくなっていたようです。
 ……何故キュステさんは動けるのでしょう。
 アレン様の孫ですし、意外とハイスペックなのかもしれませんね。

「やっと息がつけますな……神力の影響を受けぬとは、さすがはアレンハイド様とキュステ様!」

 いち早く元気になったセバスさんが、ムンッと筋肉をムキムキさせて二人を褒め称えますが、慣れているのか全く無感動に「慣れ」だと一言で終わらせてしまいました。
 竜人族の方々は、人間に比べると神力への抵抗力が高いような気がします。
 確か竜の国は神界へ繋がる唯一の門があるというお話でしたよね。
 そこから高濃度のマナが溢れてくるためにマナが豊富な大地である……それと関連しているのでしょうか。

「やはり、まだまだ難しいですわね……」
「こればかりは、鍛錬だけではどうにもならんな」
「うはー、やっぱり十神ともなるとスゴイよねぇ」

 リュート様と付き合いが長いからか、神々との接触が多いイーダ様とレオ様とボリス様が言葉を紡げるほど復活し、次は意外にも黒騎士の数名が動けるようになり、まだ動けない仲間たちの様子を見て「大丈夫かー」と声をかけております。
 その中でも、失言の多い彼が一番元気に動き回っていました。
 タフですね。

「やはり神力にアテられると、体が思うように動かなくなるな」
「不意打ちでしたし……」
「構えられたらいいんだけど……でも、さすがリュートだよね。微動だにしてないところがスゴイよ」

 お父様とテオ兄様とロン兄様は、体を動かしながら、どれくらい調子が戻っているのか確認していらっしゃるようです。
 その中でもいち早く動けるようになったのか、「リュートは偉いね、スゴイね」とロン兄様がよしよし頭を撫でておりました。
 さすがはロン兄様です。
 頭を撫でられているリュート様は、困った様子で助けを求めるようにテオ兄様を見ていました。
 それに反応して、テオ兄様は一歩踏み出しましたが、何か気になったことがあったのか、不意に足を止めます。
 それに合わせるように、お母様がうふふと笑いました。

「あらあら、リュートがまたベリリになっちゃうのかしら」
「ベリリなの?」

 お……お母様、チェリシュを誘導しないでください。
 ピクリと反応して、リュート様をジーッとチェリシュが見上げております。
 ルナ助けて……と、リュート様の地球のような瞳が訴えかけてきて……な、なんだかその表情と視線が可愛いですけど、ここは助けに行かなければ!
 私は慌ててチェリシュの元へと行こうとしたのですが、ふと、あることを思い出しました。

「チェリシュ、さっきのベリリの酵母を持っていますか?」
「あいっ!」

 ぱあっ!と顔を輝かせて私のところへ駆けてきたチェリシュから解放されたリュート様は、ホッと一息です。
 その間、ずーっとロン兄様は嬉しそうにリュート様の頭を撫でていますけど……そっちは止めなくて良いのですか?
 いつもならテオ兄様が止めに入る頃合いですよね。
 どうしたのかしらと見てみると、サラ様が息苦しそうにしているのを気遣って、背中をさすっておりました。
 テオ兄様は、本当に優しい紳士的な方です!
 さすがに愛の女神様の神力は、サラ様にキツかったかもしれませんね。

「具合が悪いなら、別室を用意するから休むと良い」
「い、いや……その……お気遣いなく……」

 いつもの勝ち気なサラ様はどこへやら、ほんのり耳を赤くして小さく震えているようです。
 怖い……というよりは、テオ兄様の耳に心地よい重低音な声にやられましたか?
 わかります。
 とっても良いですよねぇ……しかし、サラ様。
 ここは言わせてください。
 私はいつも言われる方なので、このチャンスを逃したくありません。

「サラ様がベリリなの……」
「ベリリなの……」
「そこの擬似親子うるさいよ!」

 サラ様の鋭い声が響きますが、顔が赤いから怖さ半減ですね。
 リュート様が意外なものを見たという顔をして笑い、ロン兄様とキュステさんと3人で何やら相談しているような様子が伺えました。
 悪巧み……というよりは、何かの事実確認でしょうか。
 今度サラ様に恋バナでも聞かせていただけたら嬉しいなと思いました。

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