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第四章 心を満たす魔法の手

想いがいっぱい詰まった、やわらかうどん

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 ぎゅーぎゅー抱きしめられていた私達を遠慮がちに抱きしめてから、テオ兄様は何かを気にしたように動きを止めて眉根を寄せ「まずは鎧を脱いでくる」と、耳に心地良い低い声を響かせます。
 動きやすい服装のほうが楽ですものね……なんて考えていたら、お母様がくすくす笑い出しました。

「ルナちゃんとチェリシュちゃんが痛い思いをしないか心配なのね」
「私の鎧は突起物が多い」

 ボソリと呟かれた言葉に驚き「痛くないですから大丈夫ですよ」と微笑むのだけど、本人は頑なに受け入れず、私とチェリシュの頭を撫でてから部屋に向かったようです。
 その際に、ロン兄様とリュート様の頭を順々に撫でていくことを忘れません。
 兄弟仲が非常に良い様子で、思わず頬が緩みます。

「お二人の鎧は黒の騎士団の方々とは違う物でしたが、テオ兄様の鎧とロン兄様の鎧もデザインが異なるのですね」
「あー、俺たちの家の習わしでね。学園へ入学してから騎士団へ入るまでに倒した魔物の中から一体をモチーフに鎧を作るんだ。テオ兄さんは一本角の雷獣で、俺はハーピーの変異種をモチーフにしているんだよ」

 ら、雷獣とハーピーの変異種って……ど、どっちも何だか強そうですね。
 しかも、それを騎士団に入る前に討伐しているということですか?
 さすがはリュート様のお兄様方です……すごいですよね。

「雷獣は麒麟みてーなヤツで、変異種のハーピーはデカイ上にすばしっこくて魔法抵抗が高かった」

 私の耳元でぼそりと呟くように説明してくださったリュート様の言葉を聞いて、だいたいイメージは掴めましたが、やっぱり強い魔物のイメージですよっ!?

「黒の騎士団を取りまとめる聖騎士の家で育ったのに、そんな魔物しか倒せないとか鎧を見て嘲笑される時代もあったみたいだな」
「そ……それは嫌ですね。ちなみに、リュート様はもうデザインが決まっているのですか?」
「召喚術師の才覚に目覚めるのが遅かったから、既に黒の騎士団に入るつもりで、鎧だけは前もって作ってある」
「モチーフは何にされたのですか?」
「黒竜……だな」

 以前に聞いた知性のないドラゴン系の魔物でしょうか。
 それでもきっと強いのでしょうね……リュート様が強いのはわかっていますが、ドラゴンというのですから、私が考えている以上に強いのでしょうね。
 一度、リュート様の鎧姿も見てみたいです。
 きっとカッコイイでしょうね……想像するだけでうっとりしてしまうのは、剣を構えた時の立ち姿が凛々しいからですよね。
 だって、本当にカッコイイのですもの!
 あ……記憶の水晶で、今度記録しておきましょう。

「ほら、ルナ。そろそろ食べないと本当に冷めちまう」
「あ!」
「冷めづらい器を使っているから、大丈夫だと思うが……」

 その器もリュート様のお手製ですね?
 パスタマシーンは、私が倒れる前にギムレット様と制作していらっしゃいましたが、この器は……いつ作ったのでしょう。
 学園も休みでしたから、「時間がタップリあったので色々作ってみたんだ」とか報告されそうで怖いです。

「報告したいことも沢山あるしな」

 報告?
 もしかして、予感的中でしょうか……気になる言葉を聞きましたが、私はリュート様に手を取られ導かれるまま椅子に座りました。
 ほかほか湯気をたてている、美味しそうなうどんです。
 まずは食べてくれと言われて、私は箸を手に取りうどんをつかんでみますが、ぷつりと切れそうに柔らかいですね。
 のびちゃいましたか?
 あ……確か胃腸が弱っている方を考えて、伊勢では柔らかく煮たうどんがあったはずですし、博多の方では柔らかいうどんを出していたはず。
 兄と一度、家の近くに新しく出来た博多うどんの専門店に食べに行ったことがあります。
 その時に兄から「讃岐うどんをイメージして食べたらダメなんだよね」と言われた覚えがあります。
 すすってもツルッと入ってくることはなく、コシもありません。
 でも、柔らかくて優しい。
 暫く食事をしていなかった胃でも、これなら受け付けてくれるでしょう。

「美味しいです。コシはありませんが、これって二度茹でですか?」
「そのとおり。普通のコシがあるうどんは、みんなにも食べてもらったんだ。その時に一緒に茹でておいて、ルナが起きてきたらもう一度茹でたらいいだろうって考えたんだよ。そうしたほうが今のルナにはいいだろう」
「リュート様……ありがとうございます」

 いや、作ったのはチェリシュだしな……と、照れ笑いを浮かべたリュート様がチェリシュを見つめます。

「つるつるじゃないの、ふにゃふわなの」
「本当に優しい味で美味しいです。私のことを考えて作ってくれてありがとう」

 私のお膝の上によじよじ登ってきたチェリシュを抱きしめてお礼を言うと、嬉しそうに「よかったのっ」と笑いました。
 チェリシュの愛らしい笑みで胸がいっぱいになります。

「うふふ、私の娘と孫は可愛いわよね」
「そうだね。和むし可愛いし……癒やしだよねぇ」
「明日からも頑張れそう?」
「うん、ちょっと面倒な話がきていたけど、これで頑張れそう」

 穏やかな笑みを浮かべて頷くロン兄様は、前回のように不眠不休で頑張るつもりなのでしょうか。
 少し心配です……

「しかし、棒きれ2本を上手に使うんだなぁ……」
「とても器用ですよねぇ」

 カカオとミルクが私の手元を興味津々に見つめております。
 箸を使う文化がない世界ですものね……
 思わず私のそばに立っていたリュート様を見上げてしまいましたが、彼は片目を瞑って口の端をニッと上げます。
 うっ……そ、その表情はいけません。
 か、格好良すぎなのですよっ!?

「……べり」
「ベリリになってません、まだなってませんっ」
「ちがうの、チェリシュ、ルーに見せたかったものがあるの」

 見せたかったもの?
 何でしょう……と首を傾げていると、チェリシュがどこからともなく瓶を取り出しました。

「ベリリ、これで育ったの?大丈夫なの?」
「ベリリの酵母!」

 そう、チェリシュが手に持っていたのはベリリの酵母を作っていた瓶です。
 しかも、よーく見ると、ベリリの周囲に細かな気泡がたっていますし、元気にしゅわしゅわしているようですね。
 早い気もしますが、これは完成してませんか?

「これでいいのかわからなくて、困ったの。でも、ルーが言ってた通りにしてたの。蓋を開けて新鮮な空気をあげて、あとは蓋をしてちゃぷちゃぷしたの」
「本当に……ありがとう、チェリシュ!」

 私のことをこんなに考えて頑張ってくれているなんて予想もしていなくて……思わず目尻に涙が浮かびます。
 あってたの、良かったの!と腕の中で喜ぶチェリシュの様子に、鼻の奥がツンとして涙がポロポロこぼれ落ちていきますが嬉し泣きですから良いでしょう?

「ダメだった……なの?」
「違います、嬉し泣きです。チェリシュがいっぱい頑張ってくれたのが嬉しくて、私のことを考えてくれていたのが嬉しくて仕方ないのです」
「ルーのこと考えるのは当たり前なの。リューもいっぱい考えてたの。みーんな、いっぱーい考えてたの」

 あちらで私のことを本当に考えてくれていたのは、ベオルフ様だけでした。
 でも、こちらでは違う。
 たった数日なのですよ?
 まだ一週間も経っていないのに、こんなにも大切にされている。
 ベオルフ様、私は大丈夫ですよ。
 心配性の兄に向かって、そう心のなかで呟く。
 知ればきっと喜んでくださるでしょう。
 今度夢で会えたら、ちゃんと報告しなくては!

「あっちとこっちは違う。だろ?」
「……はいっ」

 リュート様のあたたかくも柔らかな声に頷く私の涙を、長い指が優しく拭っていきます。
 そして、それをペロリと舐めて……え?……な、舐め……たっ!?

「やっぱりしょっぱいのか……」
「あ、あ、あた……当たり前ではありませんかっ!な、何を……何をなさって……」
「ん?甘そうに見えたから確認かな」

 探究心旺盛だねぇと笑みをこぼすロン兄様の呟きに続き、あらあらまあまあと嬉しそうなお母様。
 お二人の反応に、じわじわと頬が朱を帯びていきます。
 視界の端でミルクが顔を手で覆い「ひゃぁ」と可愛らしい声を上げ、セバスさんはニヤニヤしておりました。
 み、みんなに見られているのに、なんてことを!
 ふ、普通しますかっ!?
 涙をペロリと舐めるなんて!

 でもここは、もしかしたら……指から舐め取ってくれて良かったと思うべきなのでしょうか。
 直接舐められたら、即座に私のライフポイントが根こそぎ刈り取られちゃいますね。
 オーバーキル状態になるかもしれません。
  リュート様は時々こういう突拍子もない行動を取りますが、自身がイケメンだという自覚が全くありませんよね。
 まったくもう!
 私をからかっているのか、素なのか判断に困ります。
 チェリシュがベリリの酵母の瓶をカカオに見せていたので、こちらに気づいていなかったのがせめてもの救いですが……艷やかに微笑まれるリュート様の上機嫌な様子に、ちょっぴり嬉しくなってしまったのも事実ですから、本当に困った人は私なのかも知れません。

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