悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第三章 見えなくても確かにある絆

パラパラなの!

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「リュート様、格好良さに磨きがかかってるぅ」
「うんうんー、お客さんが見たら、卒倒ー卒倒ー」

 クロとマロの会話が聞こえますが、二人にもそう見えるのですね。
 やはり、リュート様の魅力は無限大……お客様の中には、リュート様狙いの方もいらっしゃるでしょう。
 でも、店内で卒倒事件は困ります。

「大丈夫やて。基本、だんさんは奥様がそばにおらんかったら、無表情やから」
「確かにそうだにゃ」
「私たちの前でも、口元が動くくらいの笑顔です」
「満面の笑みなんて、そうそう見ることができないにゃ」

 キュステさんとカフェとシロとラテの順にそういって、大丈夫だと私に言葉をかけてくれるのですが……何故慰められているような雰囲気になっているのでしょう。
 もしかして、私が変な表情をしているとか?

「大丈夫なの、リューはルーが大好きなの!」
「え、ええ……そ、そうですか?」

 チェリシュにまで気遣うような言葉をかけられ目をパチクリさせてたずねると、全員がコクコク頷きました。
 店内卒倒事件が困るなぁと考えていただけですのに、何か誤解を招いてしまったようです。
 もしかして、リュート様狙いのお客様に格好良いリュート様を見られるのが嫌なのだと勘違いされているのではっ!?
 そ、それは違いますからねっ!

 ……多分?

「奥様、クルミはこんなもんでええんかな」
「あ……そうでした!ありがとうございます」

 キュステさんが小さめのボウルいっぱいにクルミを盛ってきてくれたので、それを受け取ります。
 あ……誤解を解くことができませんでしたが、ジェノベーゼソースのほうが先ですよね。
 まずは、クルミをフライパンでローストします。
 ローストしたクルミは、粗熱をとるためにパットに出して冷ましておきましょう。

「そうだ、キュステさん。生の唐辛子ってありますか?」
「あぁ、生トゥガラシーね。奥様もだんさんと同じ発音やわ。やっぱり夫婦って似るんやねぇ」

 私からしたら、キュステさんの言い方のほうがおかしく聞こえますが……こちらではトゥガラシーというのですね。
 考えてみれば、誰かに頼んで材料を取ってきてもらうことが少なかったですから、リュート様の間では違和感なくやり取りされている食材名も、微妙に違ったりするのでしょうか。

「たくさんあったほうがええん?」
「ええ、そうですね。たくさん欲しいです」
「辛いのなの」

 チェリシュがべーと舌を出して眉根を寄せている様子に、昨夜の唐辛子チャレンジを思い出して吹き出すように笑ってしまいました。

「大丈夫ですよ。好みでつける物にしますからね」
「辛くないの?」
「これから作るソースをピザにつけなければ辛くないですよ」
「よかったの」

 ぱぁっと場が明るくなるような愛らしい笑みを浮かべるチェリシュと、同じく辛いものが苦手なのかマロも嬉しそうです。
 カレーを作れるようになったら、甘口も必ず作りましょう。
 甘めの果実や蜂蜜を使えば、とても美味しいものが……

「あ!キュステさん、ナナトとチョコもお願いします!」
「はーい、任せときぃ」

 私の様子を見ていたカフェとラテは、再び生地を仕込みに入りましたけど……もしかして、足らないでしょうか。
 まあ、余ったらお店で出せるでしょうし、良いかもしれませんね。
 いま仕込んでいる酵母がいい感じに仕上がれば、ボリュームのあるふんわりとしたピザも試してみたいけど、今の生地に比べてひと手間かかります。
 お店に出すことを考えると二の足を踏んでしまいそうですが、ホームベーカリーみたいなものがあれば、もっと楽に大量の仕込みができるように……
 ダメです。
 無いものねだりはよくないですね。
 それに、これはリュート様の前で言えません。
 お仕事を増やして、休む時間を取らなくなってしまいます。
 根っからの仕事人間なところがありますもの。
 それでなくても、作りたいものリストがいっぱいになっていそうですよね。

 そんなことを考えながら、魔石ブレンダーにバジルの葉とにんにくとオリーブオイルと塩と粗熱の取れたクルミを入れて滑らかになるまで撹拌します。
 ペースト状になったジェノベーゼソースは、とてもいい香りがして、カフェとラテだけではなく、シロたち三姉妹も興味津々。
 デザートピザ用の生クリームも泡立てベリリを取り出すと、チェリシュが「きゃー!ベリリなの!」と嬉しそうな声を上げました。
 本当にベリリが好きですよね。
 喜んでもらえて何よりです。

 ベリリのカッティングも終わり冷蔵庫に入れていると、キュステさんがトゥガラシーだけではなく、どこかで見たことがある小さな粒を持ってきたことに気づきました。

「ベリリ言うてたから、これもええんちゃうかなって思うて持ってきたわ」

 もしかして、ブルーベリーですか?
 わぁ……色が綺麗!
 赤みのある紫と青みのある紫の粒が沢山です。
 大きさは日本のブルーベリーと変わらないようですが、味はどうなのでしょうか。

 味見したら?と勧められて一粒食べてみます。
 あ……ブルーベリーの味そのものです。
 ですが、少し味が濃いというか、爽やかなのに甘みが強い?
 渋みや酸味が少なく、甘くて美味しいです!

「わぁ……これはブルーベリリ?」
「正解!なんや、だんさんから聞いてはったんかいな」
「い、いえ……あちらにも似たようなものがあったので……そうかなーと」
「そうやったんか。せやったら、これも使える?」
「はい!キュステさん、ありがとうございます!」

 珍しく奥様の役に立ってるです……というシロの言葉に、「それはないわぁ」としょげておりました。
 まあ……キュステさんですものね。
 ちょっぴり不憫ですが、仕方ありません。
 ベリリとブルーベリリのデザートピザは、色合いも綺麗でしょう。
 チェリシュが大喜びしそうです。
 洗浄石で綺麗にして、こちらも冷蔵庫で冷やしておきましょうか。

 そして、次はトゥガラシーです!
 綺麗にしたブレンダーに種とヘタを取り除いたトゥガラシーを入れ、ビネガーと塩を加えてスイッチオン。
 これだけで簡単にできちゃいますが、作りたてよりも寝かせたほうが味が馴染んで美味しくなります。
 冷蔵庫で1年近く保存できますから、辛いもの好きな人は重宝しますね。
 でも、即席タバスコとしては十分でしょう。

 そろそろ、最初に寝かせた生地がいい頃合いです。
 打ち粉をした台に、等分した生地を伸ばしていきましょう。
 麺棒である程度伸ばしたあと、今度は手で縁が盛り上がるように薄く伸ばしていきます。
 伸ばし終えたら、フォークで膨らみ防止の細かな穴をできるだけ等間隔に入れていきましょう。
 カフェとラテはお尻と尻尾をゆらゆらさせながらニョキッと伸ばした爪で、隣のチェリシュはフォークを使ってトントンとリズムよく鼻歌交じりに、どちらも楽しそうな様子で細かな穴を開けておりました。

 さて、続いてソースを塗っていきましょうか。
 カフェとラテはトマトソース、チェリシュはホワイトソース、私はジェノベーゼソースを生地に塗ります。

「さあ、チェリシュ。ここからが、パラパラですよ」
「パラパラなの!」
「パラパラですにゃ!」
「パラパラにゃ!」

 最初は定番の具材と参りましょう。
 トマトソースのピザは、基本のマルゲリータとベーコンや玉ねぎやピーマンなどを使ったオーソドックスなピザ。
 チェリシュは、マールやゲソなどのシーフードをふんだんに使ったピザ。
 私は、トマトとマールを使ったピザです。

「まずは、言われた通りに作ってみてください。出来るだけ彩りよく、バランス良くパラパラ配置してくださいね。そのうちコツが掴めてアレンジができるようになり、味や具材の幅が広がりますよ」

 私の言葉に従い、チェリシュもカフェもラテも真剣に具材を生地の上に並べていきますが、最初は緊張していたのか無言でした。
 しかし、コツを掴んできたのでしょう。
 チェリシュからは「こっちなの~、あっちなの~」と呟きなのか歌なのかわからない言葉がこぼれ落ち、カフェとラテからは「にゃははー」という笑い声が聞こえます。

「わぁ……具材がいっぱいなのです」
「ホンマにすごいわ。これ……色鮮やかやなぁ」
「食欲そそるぅ」
「おいしそうー!」

 私たちの手元を見ていた4人も、見ているだけでお腹が空くと困ったような嬉しいような悲鳴を上げました。
 ふふ、ピザの凄いところはそこではありません。

「最後に、たっぷりのチーズを乗せます」

 仕上げにパラパラとチーズをたっぷり乗せるのを見て驚いたようですが、ピザはこれがなくては始まりませんからね。
 焼き上がったあとが楽しみです。

 1枚作ってコツを掴んだのか、3人揃って次のピザに取り掛かりました。
 生地も伸ばして……あっ、その前にピザを焼かないといけませんね。
 オーブンレンジの天板に出来上がった4枚のピザをセットし、焼き時間を確認して戻ってくる頃には色々な具材を配置したピザが出来上がっていて……みんな、あの具材がいいんじゃないかと話し合いながら、様々なピザを作り上げていました。
 その楽しげな様子を見ているだけで嬉しくなり、少し離れた場所から眺めていると、背後に誰かの気配がして振り向くより早くふんわりと包み込まれます。

「楽しそうにやってんな」

 耳元で低く魅惑的な声が響き、ぞくんっと体を震わせてしまいました。
 もう!
 リュート様の登場は、いつも突然過ぎます!

「驚かせないでください」
「んー?さっき驚かせてくれたのは誰だったろうな」
「それはリュート様もです」
「いってらっしゃいのちゅーだったら、別にいいんだろ?」
「うー」

 反論できずにいると、リュート様は私の肩に顎を預けて、みんなの楽しげな様子を見守っているようでした。

「ああやって楽しげに料理している姿が見られるなんてな……」
「お料理とは楽しいものなのです。そうだ、具材のリクエストはございませんか?」
「そうだな。アスパラとポテトとベーコンのピザとか欲しいかも」
「それも美味しそうです」
「今度は、もっとチーズの種類を取り揃えておこう」
「美味しいチーズがあるといいですよね」
「そうだな」

 リュート様とたわいない会話をしながら、和気あいあいとしているみんなを見守るように少し離れた場所から眺める。
 なんだか、それだけで幸せを感じてしまいます。
 リュート様は、今何を思い考えているのでしょう。
 私を抱きしめて、みんなを見つめて幸せだと感じてくださっているでしょうか。

 それを確認したくてチラリと彼を見れば、意外なことにリュート様の不可思議な色の瞳は、私に向けられていて……
 え、えっと……何故、こちらを見ているのでしょう。
 細められた青を基調とした瞳は、本当に宝石のようで綺麗です。
 な、なんだか、これ以上見ていたらマズイ気がしますよ?
 心臓が思い出したように激しく動き出し、きっと顔なんて真っ赤になってます。
 チェリシュ、お願いですからこちらに気づかないでくださいねっ!?

「幸せだな」
「そ、そう……ですね」
「ルナの顔がベリリだ」
「リュート様がおっしゃらないでくださいぃぃ」

 原因は貴方です!
 そう言いたいのに言えない私を眺めて上機嫌の彼は、見た者全てを魅了するような、甘くも優しい笑みを浮かべてくださいました。
 
 
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