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第三章 見えなくても確かにある絆

油断は禁物なのです

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 厨房まで来ると、カフェとラテだけではなく、シロ、クロ、マロもスタンバイ済みでした。
 み、みんな、やる気満々ですね。

「奥様、春の女神様、お昼ごはんを作るということですので、見学させていただきますです」
「お料理が魔法みたいだからぁ、楽しみぃ」
「奥様の魔法ー、見るー」

 私のお料理は魔法ではないのですが……まあ、そんなに目をキラキラさせて言われたら、否定するのも野暮というものです。
 キュステさんとカフェとラテに必要な材料を言って準備してもらい、私とチェリシュは身支度を整えました。
 ゆるく髪をまとめ、エプロンを着用して変なところはないか確認してから、カウンターに並んでいる材料を見渡します。

 まずは、生地から作っていかないといけません。

「カフェとラテは、もうトルティーヤの生地を作りましたか?」
「はいですにゃ。今朝はみんなでトルティーヤをいただきましたにゃ」
「お野菜たっぷりで美味しかったのです」

 ぽんっと胸を叩いていうカフェと、キュステさんの横で嬉しそうに微笑むシロを眺めながら、それは良かったと胸をなでおろします。
 みんなの口にも合ったようですね。
 リュート様の好みはだいたいわかりますけど、みんなが果たしてどんな反応をするかは未知数ですもの。
 ちょっぴり心配になります。

「ふみふみしないの?」
「ええ、今回はふみふみナシです。そのかわり、いっぱいパラパラしますよ」
「パラパラなの!」

 小麦粉を見たらふみふみ……と考えてしまう可愛いチェリシュには、具材の配置をお願いしましょう。
 リュート様に今朝のように喜んで欲しくて、うどんを作りたかったのかも知れませんね。
 あんなに喜んでくださったのですもの。
 チェリシュにしてみたら、はじめて作ったお料理ですから、思い入れも深い一品になったかもしれません。
 お料理に興味を持っているチェリシュですから、生地づくりもしたいといいそうです。
 しかし、生地をこねるのにも力が必要なので、適度にお願いしましょうか。

「では、そのトルティーヤ生地と同じものを、少し厚めに作りましょう」

 ボウルに小麦粉とオリーブオイルとぬるま湯と塩をいれて、ひとまとまりになるようにこねていきます。
 チェリシュが案の定やりたいと主張したので、お任せすることにしましたが身長が足りず、クロが慌てて椅子を持ってきてくれました。
 ありがとう、クロ。
 粉っぽい感じがなくなり1つにまとまれば、暫く寝かせて馴染ませないとですね。
 やはり、今朝作っただけあってカフェとラテは手慣れたものです。
 瞬く間に生地をまとめてしまいました。
 さすが、リュート様が見込んだ料理人!
 チェリシュは「すごいの!負けてられないの!」と、ボウルに入った生地を小さな手で一生懸命こねております。
 あ……なんだか、すごく可愛い……
 父代わりのリュート様に喜んでいただこうと頑張る娘の姿は、本当に尊いです。

「奥様、娘の成長に感動している場合やあらへんで、椅子に乗ってはるからグラグラして、えろう危ないわ」
「そ、そうですね、シッカリ支えておきます」

 落ちたりしないように体を支えていると、一生懸命に生地をまとめるチェリシュの真剣な表情が見えて……本当に頑張っているのだなぁと実感しました。

「こねこね~なの、いっぱいいっぱーい、こねこね~なの」

 あ、また即興の歌が……
 愛らしい歌が響き、みんな驚いたようにチェリシュを見ますが、なんだか和んでしまったようです。
 カフェとラテは、新たな生地を仕込みながらリズムに合わせて尻尾をふりふり。
 シロとクロとマロは、耳がピクピクぴょこぴょこ動いていました。
 やだ、この子たち本当に可愛いんですから!

「うちの奥さん、可愛すぎやわ……」

 キュステさんが、うっとりして身悶えてます。
 まあ……シロ限定にこうしている分には、良しとしましょう。
 チェリシュの歌に合わせて、ひとまとまりになった大量の生地を寝かせ、次は具材を切っていきます。
 トマトにきのこ類、玉ねぎに大きめの緑のパプリカ、ベーコンと昨日残ったマールも出してきて、程よい大きさに切っていき、そういえばイカのゲソがまだ残っていたことを思い出し、ポーチ型のアイテムボックスから取り出しました。
 つい、ポーチ型のアイテムボックスに収納してしまっておりましたが、大丈夫でしょうか。
 鮮度に問題はなさそうですけど、このポーチ型アイテムボックスの時間遅延効果も、かなり優秀ですよね。

 ゲソの吸盤を、水洗いしながら指でしごいてとりのぞき、洗浄石で綺麗にしてから食べやすい大きさにカットします。
 その後、柔らかくなるように塩分濃度が3%くらいの食塩水に30分ほど浸しましょう。
 500mlの水にだいたい大さじ1と考えたら簡単でしょう。
 厳密にいうと、塩の大さじ1は18gですから、少し多いのですけどね?
 お菓子作りとは違いますから、そこまで神経質にならなくてもいいと思います。
 こういうものは、覚えやすいのが一番……というのは、家庭料理的な考え方でしょうか。

 この知識は、兄が仲良くなった鮮魚店の方に聞いた方法だったりします。
 あの兄は、誰かと仲良くなるのがとても得意で、こういう情報を仕入れてくることが多くて、よく驚かされました。
 それを覚えていて助かったと、今は身にしみて感じます。
 お兄ちゃん、ありがとう。

 こうして塩水の中にイカゲソを浸すと、火を通しても柔らかくなるから不思議です。
 本当に専門家の知識は馬鹿になりません。
 さすが、その道のプロですよね。

 具材を一通り準備し終えた私は、シロたちにお願いして準備してもらったボウルいっぱいのフレッシュバジルを見つめました。

「マルゲリータとシーフードとジェノベーゼかしら……あ、でも、松の実……」

 この近辺の樹木をみましたが、松は見当たりませんでしたから難しいかもしれませんね。
 日本の黒松や赤松の松ぼっくりは、風に乗せて種子を運ぶタイプなので小さくて食用に向きませんが、松の実が採れる品種は、リスなどの木の実を貯蔵する動物に遠くへ運ばれるタイプが多いのだとか。
 松の実が手に入らないのなら、他の物で代用しましょう。

「キュステさん、クルミはありますか?」
「それやったら、いくらでもあるわ。酒呑みたちの酒のアテの1つやけど……あれも料理に使わはるん?」
「松の実はないですよね……」
「それは聞いたことあらへんわ」
「では、クルミをお願いします」
「ちょっと待っといてな」

 こうなったら、松の実の代わりにクルミを使ったジェノベーゼソースを作りましょう。
 アーモンドやカシューナッツでもいけますけど……
 
「カフェ、ラテ、アーモンドやカシューナッツというものを聞いたことはありますか?」
「アーモンドはありますにゃ!」
「でも、アレは獣人国の方でしか手に入りませんにゃ」
「そうなのですか……何とか手に入れば良いのですが……」

 リュート様に相談してみましょうか。
 アーモンドがあれば、お菓子にも良いですし、お酒を呑まれる方々のアテにもなりますよね?

「ナナトに相談するといいかもしれないですにゃ」
「ナナトなら、購入ルートを持ってそうですにゃ」
「それです!ナナトに相談してみましょう」

 カフェとラテの助言に従いナナトに相談してみれば、意外とすんなり手に入りそうな気がします。

「奥様、バジルはどうやって使うのぉ?」
「いっぱいー」

 クロとマロが興味津々といった風情ですが、口で説明してもわかるでしょうか。

「ソースにするのです。バジルとクルミとチーズとオリーブオイルと胡椒とにんにくを混ぜ合わせて作るんですよ。香り高いソースですから、口の中が爽やかになります」
「バジルのソース……ですにゃ?」
「爽やかですにゃ?」

 味の想像がつかないのか、全員が顔を見合わせてキョトンとしていました。
 しかし、そんな中でもチェリシュだけは満面の笑みです。

「ルーが作るものは、ぜーんぶおいしいの!」
「ありがとう、チェリシュ。だけど、こればかりは好みがありますからね。トマトソース、ホワイトソース、ジェノベーゼソースと3種類あれば、どれかにヒットするでしょう。あ……カルボナーラソースも作ろうかしら」

 本当はテリヤキチキンや焼き肉風のも作りたかったのですけど……さすがに醤油がないと出来ませんものね。
 いつか和風のピザも作りたいものです。

「あ、チーズたっぷりなところに蜂蜜などもいいかしら」
「え……ち、チーズに……蜂蜜……です?」

 ビクリと反応して訝しげな顔をしたシロを見ますけど、甘じょっぱくて美味しいのですよ?
 といっても、こちらではそれすらわからないのかもしれません。
 ものは試しようですよね。
 リュート様は、好みそうです。
 意外と甘いものが好きですもの。
 生地を焼いて一度冷ましてから、生地の上に生クリームとベリリをトッピング……バニラエッセンスはありませんが、カスタードクリームも作りましょうか。
 これは、チェリシュがとても喜びそうですね。
 ふふ、いろいろと楽しみです。

「楽しそうだな」

 そういって厨房に入ってきたのはリュート様で、何故か私をジトリと見つめてきました。
 何故そんな表情をなさるのでしょう。
 …………あっ!
 次の瞬間、思い当たったことがあり、私は口元を両手で覆います。

 しまった……さっき、ほっぺにちゅーしちゃいましたね。
 あ、あれは、仕方ないのですよ?
 いってきますのちゅーですからね?

「だんさん、あっちはええん?」
「そろそろ時間だったからな。あまり離れるのは良くない」
「あー、そうやねぇ。忘れがちやけど、奥様は召喚獣やもんね」

 キュステさんは私とリュート様を交互に見てから、苦笑を浮かべて私に耳打ちします。

「あっちで随分からかわれてはったみたいやから、だんさんに何されてもしゃーないで?」
「うぅ……そんなぁ」

 助けてくれる気はありませんねっ!?
 肩を竦めてシロのところへ向かうキュステさんの後ろ姿を唇をとがらせて見送った私は、嬉しそうに生地を作ったという報告をしているチェリシュの話を聞きながら、「そうか、えらいな」と言って頭を撫で、柔らかく微笑むリュート様を見つめます。
 えっと……不機嫌……というわけではないですよね?

「奥様、卵と牛乳をとってきたにゃ」
「何を作るにゃ?」
「え、えっと……か、カスタードクリームを……」
「へ?カスタードクリーム?なんで?いや、その前に作れるのか?」

 キョトンとしてリュート様がこちらに顔を向けます。
 あれ?
 いつもの通りのリュート様です……よね?
 なんだ……気にしすぎでしたか。

「カスタードクリームは、意外と簡単なんですよ?」

 まずはボウルに卵を割り入れ、ホイッパーでしっかり混ぜます、それから砂糖を入れて白っぽくなるまで混ぜましょう。
 つぎは、小麦粉を振るい入れ、粉っぽくなくなるまで混ぜます。
 うん、良い感じですね。
 そこに、沸騰前まで温めた牛乳を加えていきましょう。
 全て綺麗に混ざったら、鍋に移して中火にかけながら焦げないように鍋底からかき混ぜます。
 ふつふつしてきたら、火を弱めてクリーム状になるまで煮ていきましょう。

 もったりした感じになりましたね。
 本当なら、ここでバニラエッセンスを加えたいところですが、無い物ねだりをしてもしょうがありません。

「あとは、粗熱をとったら完成です」
「あっという間に出来ちまった……マジか……でも、ピザとどういう関係が?」
「デザートピザを作ろうと思いまして」
「あー!なんとなくわかった。そりゃいい。楽しみだ」

 それだけで察したリュート様は、満面の笑みを浮かべております。
 私がカスタードクリームを作っている間に、カフェとラテは、トマトソースとホワイトソースを作ってくれました。
 本当に助かりますね。

「マルゲリータを作るには、トッピング用のバジルが多すぎねーか?」
「さすが、リュート様。ジェノベーゼソースを作ろうと考えておりました」
「すごいな。たくさんの味が楽しめそうだ」

 そう柔らかな笑みを浮かべるリュート様に、油断しておりました。
 無防備だった私の横に立つ彼に、無警戒だったのです。
 まあ……警戒する意味がありませんから、当たり前と言ったら当たり前でしょう。

 でも、厨房に入ってきた時の様子を考えたら、そうも言っていられなかったのに───

「んじゃあ、話の途中だったから、そろそろ『いってくる』わ」
「はい、いってら……」

 視界の右側に差し込んだ影に気づいた時には遅く……ふわりと好ましくもいい香りが近づき、頬に押し当てられた柔らかな感触……
 え……えっと……?

「チェリシュもーっ!」
「はいはい、いってくるな」
「あいっ!いってらっしゃいなの!」

 錆びついたように鈍い動きを見せる首を何とか動かし見えたのは、手をひらひらして出ていくリュート様の後ろ姿でした。

 や、やられたーっ!

 何をされたか認識した瞬間、音を立てたようにポンッと顔が真っ赤になり、恥ずかしすぎて顔を両手で覆いしゃがみ込みます。

 ひぃぃぃぃっ!
 リュート様のばかああぁぁぁっ!
 ご褒美ですけど、みんなが見ているここで……ここでしなくてもーっ!

「ルーがベリリなの!」
「真っ赤です……ああ、だからベリリ……です」
「ベリリだぁ」
「ベリリーベリリー」

 ああああぁぁぁっ!
 チェリシュ、それを広めてはいけません!

「仲が良くていいですにゃ」
「店も安泰だにゃ」

 嬉しそうなカフェとラテの声が聞こえますが、見ません。
 顔の赤みが引くまで、この手は絶対に離しませんからね!

「なんや、さっきのだんさんと同じことしてはるなぁ」

 そういう報告は必要ありませんよっ!?

 ……というか、リュート様もこうしていらっしゃったのですね。
 恥ずかしかった……ですか?
 私と同じく、真っ赤になって心臓バクバクで、なんとも言えない羞恥心に震えていた?
 そ、それは……申し訳ないような、嬉しいような……
 やっぱり、ちょっぴり嬉しいかもしれません。

 えへへ……リュート様も、いっぱいドキドキされたのですね。
 なら、これも仕方ありません。
 私もリュート様と同じく、真っ赤になって……ちょっとだけ甘く感じる胸苦しさに、ほんの少しの間、身を任せておりました。

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