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第三章 見えなくても確かにある絆
いろいろ意表を突かれました
しおりを挟むようやく動けるようになったガルムとレイスは、私とリュート様に礼を言うようにぺこりと頭を下げてから、それぞれの主のもとへ戻りました。
やっぱり、ガルムは定位置といわんばかりにレオ様の頭の上にいますし、レイスはボリス様の肩に乗ります。
その様子が、どことなく嬉しそうで……私たち召喚獣にとって、主は特別ですよね。
二人が元気になった様子に和んでいると、アクセン先生からの外出許可が下りました。
それを確認したリュート様が移動しようとおっしゃって、レオ様たちを伴いお店へと向かいます。
教室内も、随分と人がバラけた様子ですから、それぞれ思う場所があったのでしょう。
訓練の場所より、まずはご飯という可能性も高いですけど……
リュート様は、お店に行くことをキュステさんに連絡するということで、通話しながら廊下を歩き、昼食に向かうために賑わうエントランスを抜けていきます。
昨日イーダ様とお茶をした広場を歩いていると、チェリシュを抱っこしているからか、とんでもない数の視線を感じて、ちょっぴりドキドキしてしまいますね。
こんなに視線を集めるとは思いませんでしたけど……このメンツが揃っていて見るなという方が難しい話でしょう。
何せ、全員が上位称号持ちで、それぞれタイプの違う美男美女の集まりですもの。
特に目を引くのは、リュート様なのですけどね。
それはそうでしょう!
こんなに素敵な方は、そういらっしゃいません。
しかも、現在通話中ですからキュステさん相手の気安くも優しい声が聞こえ、みんな振り返る始末です。
何という罪づくりな声なのでしょう。
その麗しい声を、毎日聞ける私は果報者です。
それにしても、周囲の方々はずいぶんと熱心にこちらを眺めていらっしゃいますよね。
視線の先は、どうやらチェリシュのようです。
やはり春の女神という立場なだけあって、注目を浴びてしまうのでしょう。
そのチェリシュはというと、大人しく私の腕に抱かれて、興味深げに周囲を見渡しておりました。
チェリシュを抱っこしているからか、自然と周囲の方々の視線が私にも向かい……うぅ……な、なんだか……恥ずかしいやら申し訳ないやら……そうですよね、こんなに美男美女揃いのところに場違いな私がいるのですもの……とても、いたたまれない気持ちになってしまいますよっ!?
あまりにもジーッと見られて居心地の悪そうな私に気づいたのか、通話を終えたリュート様がチェリシュを抱き上げて自らの肩に移動させ、視線から守るように体を移動して、ほらと前へ促すように私の背を押します。
肩車をしてもらって上機嫌のチェリシュと、優しい笑みを浮かべて私を気遣ってくれるリュート様……幸せです!
……と、感じているのもつかの間。
ううぅぅ、何故ですかっ!?
先程よりも、強い視線がいっぱいです!
しかも、ざわめきすら聞こえますよっ!?
賑わっているような声ではなく、明らかに動揺した感じですが……な、何かあったのでしょうか。
ハッ!
もしや、陰険エルフが来たのではっ!
慌てて周囲を見渡しますが、姿を確認することはできませんでした。
おかしいですね。
じゃあ、他に何が……コンラッド様が訓練中に倒れたとか?
ありえそうです。
学園から街へ出てからは昼食時ということもあり、沢山の人が行き交う姿が見えました。
リュート様は、相変わらず慣れたように歩いていきますが、私が歩きやすいように配慮してくれているようで、人波に流されることはありませんでした。
行き交う人の中には、チェリシュに気づいて会釈をしてくる人もいましたが、学園内ほど視線を集める結果にはならず、無事にお店へ到着です。
裏から入った私たちを出迎えてくれたキュステさんは、どこか気だるそうで……大丈夫ですか?
「何だ、結局アレンの爺さんに付き合って、朝まで飲んでたのか?」
「いやー、昨日奥様が作ってくれた料理に合うお酒を、爺様と一緒に探しててん。結構白熱してしもうて大変やってんけど、ギムレットが来てくれてから、えらい捗ったわ」
「ん?ギムレットもいるのか?……あー、今日は工房休みか」
「せやから家に直帰した思うとったんやけど、奥さんになんか言われたみたいで、夜遅う店にきはったんよ」
「あー……昨日、偶然俺たちが奥さんの店に行ったからじゃねーかな」
「なるほど、それやったら納得やわ」
レオ様たちを一番大きな個室へ案内したキュステさんは、すぐさま飲み物の注文を取って出ていってしまいましたが、続けて部屋に顔を出したのはアレン様と……どちらさまでしょう。
アレン様の半分ほどしか身長がなく、筋骨隆々といっていい体つきと浅黒い肌が特徴で、真っ白な髪と眉と髭は豊かそのもの。
眉がフサフサで、こちらからは目が見えませんよ?
あと、顎髭もフサフサな上にモコモコです。
それが邪魔にならないよう三編みにしていて、とても斬新ですがオシャレさんですね。
「アレンの爺さん、ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ。あと、ギムレットには個人的な用事があるんだけど、時間は大丈夫か?」
「来てそうそう忙しいことだ」
「勿論、リューの旦那さんの頼みであったら、断る理由などないじゃろう」
「その前に、ルナに紹介するな。フライハイト工房の責任者でギムレットという。ドワーフ族で、手先がとても器用なんだ。オーブンレンジの外装などを作ってくれた人だから、今後もいろいろと協力してもらうことになると思う」
「あれだけの物を作り出せるなんて、とても凄いですね!リュート様の召喚獣で、ルナティエラ・クロイツェルと申します。よろしくお願いいたします」
いつものように挨拶をしていると「堅苦しい挨拶は苦手でなぁ」と言われ、優しい笑みと共に手を差し出されました。
握手……でしょうか。
無骨な大きな手を握ってみると、岩かというような硬さを感じます。
す、すごい……職人の手という感じですね。
「フライハイト工房を任されておるギムレットという。必要なものがあれば、気軽に相談してくれたら何でも作ってみせよう。奥様の作る料理は酒に合って旨すぎる。ありゃいかんのぅ。酒が進んでしもうて困るが、毎日が楽しみになる病みつきの味じゃなぁ」
「うむ、結局朝まで飲み明かしてしもうたからな。特に唐揚げはいかん。あれは、どの酒にも合う」
「あのな……酒飲みのための料理じゃねーんだぞ?」
「お前のための料理だとでもいいたいのか?うん?」
「あ、いや、そ、そういうわけでは……」
「え?その通りですよ?」
アレン様にからかわれて狼狽えているリュート様の横で、私は思わず首を傾げてしまいます。
だって……
「リュート様に食べていただいて、喜んでいただける料理を考えて作っていますもの。リュート様のための料理だというのは間違いではございません」
そういい切った私を見たアレン様は「こりゃ一本取られたな!」と楽しげに笑い出し、驚いた目で見つめたリュート様は、次の瞬間に顔を手で覆ってしまいました。
あ、あの……えっ?
どうしてそういう反応になるのですかっ!?
言っちゃ駄目だったとか……?
それとも、お店のためと言ったほうが良かったのでしょうか。
心配になってオロオロしていた私の横でジーッとリュート様を見上げていたチェリシュが、ハッ!としたように目を大きくしたあと、にぱーと愛らしく笑います。
「リューがベリリなの!」
「頼むから、黙ってて……」
「ベリリなのー」
「チェーリーシュー」
きゃっきゃ笑うチェリシュと、恨めしそうな声を出しながらも、顔から手を離さないリュート様……ということは、照れていらっしゃる?
え?そうなのですか?
「貴重なリュートの照れ顔ですね」
「意外だなぁ」
「驚きですわ……」
「……いいな」
シモン様とロヴィーサ様とイーダ様の声がしますが、それどころではありません。
でも、ガイアス様?
何が「いいな」ですか?
そこだけはツッコミますよっ!?
目の前では、アレン様とギムレット様が揃ってニヤニヤされておりますし……リュート様は……よく見れば、耳が真っ赤です。
わぁ……確かにベリリですね。
やだ、このリュート様……も、ものすごく可愛い!
キュンキュンしてしまいます。
赤い顔のリュート様を見ていると、私のライフポイントが削られていきますけど、どうしましょう……記憶の水晶で記録してもいいですか?
「なあ、リュート……先程、そちらの方を……アレンと……呼んでいなかったか?」
神妙なレオ様の言葉に、全員が言葉を失ったように凍りつき、恐る恐るアレン様を見つめます。
えっと?どうしたのですか?
「ま、まさか……竜帝陛下……?」
いつもマイペースなボリス様の声も、微妙に震えていて……それから、全員が慌てたように頭を深々と下げます。
もしかして皆様、アレン様の顔をご存じなかったのですか?
彼らの様子を見て冷静さを取り戻したリュート様は、目を瞬かせたあと思いついたことがあったらしく納得したように頷きました。
「ああ、そうか。鎧を着てないもんな。いつもの厳ついフルメイルじゃねーから、わからなかったか」
「いつもあんなもん装備しておらんわ、口元しか見えんヘルムも面倒くさい。しかも、間違えるでないわい。儂はもう竜帝ではなく、単なるアレンハイドじゃ。顔を上げんか」
カラカラ笑うアレン様に対し、深々と頭を下げていたレオ様たちは、恐る恐るといった様子で顔を上げます。
「ここでは、リュートに雇われておる、単なる竜族の爺でしかない」
「違いない」
「給料は、ちゃーんと支払ってもらうからな」
「当たり前だろ?昨日渡した雇用契約書読んだだろうな。アレにサインしてくれてたら、問題ない」
「んむ。半分読んだ。あとは待て」
「半分って……あのなぁ」
本当に困った爺さんだな!とリュート様が苦笑して言うと、アレン様は楽しそうに豪快に笑い、場が一気に明るくなりました。
やっぱり、リュート様とアレン様は仲が良いです。
実の祖父と孫のようなやりとりを見て、レオ様たちも思うところがあったのか、入りすぎていた肩の力を抜きました。
アレン様は、畏まるより普通に接して欲しいのでしょう。
そうですよね、だって、もう「竜帝陛下」と呼ばれることはないのですから、アレンハイドという1人の人として接して欲しいですよね。
「奥様ー、カフェとラテが呼んでるんやけど、お昼ごはんどないしはるん?」
「あーっ!そうです!ピザを作るんでした!」
「また、なんや新しい料理作らはるん?」
飲み物を持って部屋に入ってきたキュステさんは、何があったのか大体察しているのでしょうか、気にした様子もなくドリンクを配り終えてから、私に声をかけてきました。
そうです!
昼食の時間なのですから、お昼ごはんを作らないと!
ピザですよ、ピザ!
生地を手早く仕込んで、ピザを焼きましょう!
「チェリシュも手伝うの!」
「はい、じゃあ、チェリシュも一緒に行きましょうね。では、リュート様、私たちは厨房へ行って昼食を作ってまいりますね」
「ああ、いってらっしゃい」
「はい、いってまいります」
さすがに、この場の中心であり、いろいろと話しがあるリュート様がこの場を離れるわけにもいきません。
少しさびしいですけど仕方ありませんよね。
チェリシュを抱き上げ部屋を出ようとしたのですが、腕の中の彼女からジーッと見上げられてしまい、何か言いたいことがあるのかしらと首を傾げれば、油断していた私にとんでもない爆弾が投下されました。
「いってきますのちゅーは?」
ああああぁぁぁっ!
チェリシューっ!
そ、それをここでいいますかっ!?
いやいやいやいや、ないです、ここではないですよっ!?
「仲が良いことじゃなぁ」
微笑ましそうに笑うギムレットさんと、ニヤニヤ笑うアレン様。
あの……その……
「いや、お、俺たちがやってるというよりは、その……」
「ああ、太陽と月の夫婦神の話か。有名じゃからな」
アレン様がなるほどと納得しましたけど、加護を得ているレオ様とイーダ様は初耳だったようで、呆然と「そうなのですか」と呟いておりました。
「加護を持つ家でも知らねーみてーだぞ」
「そうなのか?結構有名な話であったと思うたが……」
その間も、ジーッと私を見上げているチェリシュの視線が痛いです……りゅ、リュート様ああぁぁぁっ!
心の中でリュート様に思わず助けを求めますが、今朝のことを考えるとリュート様でも、このチェリシュを何とかすることは難しいですよね。
つまり……泣かれる前に、やるしかない───
しかし、こ、これはどっちですか?
私がちゅーなのですか?リュート様なのですかっ!?
いってきます……だから、私……ですよね?
よ、よし、ここは……勢いが大事!
「ちぇ、チェリシュ……いいですか?」
「あいっ」
「リュート様、少し失礼しますね!」
「ん?」
驚いたように私を見たリュート様に「少しかがんでください」とお願いし、まだ状況を把握出来ていない彼は、言われた通りに身をかがめて下さいました。
い、今です!
素早く頬に口づけをして、チェリシュも反対側の頬にちゅっとしているのを確認し、リュート様が正気に戻る前に踵を返します。
「い、いってきますーっ!」
「いってきますなの!」
「……いって……らっしゃ……い?……え?……ちょっ……ま、まって、えっ!?」
戸惑ったリュート様の声が、だんだん状況を把握しはじめた頃には、部屋の扉をしめて廊下へと出ていて、彼がどんな表情をしていたかうかがい知ることは出来ませんが、見ていたら絶対に私が羞恥心だけで死ねます。
部屋のほうがにぎやかになり、笑いながらキュステさんが出てくるのですけど……どうなったか聞くのも怖いですね。
確認はしませんよ?
「奥様、ナイスやわ」
「うぅぅ……聞きませんったら聞きません!」
「リューも、ルーも、ベリリなのーっ」
きゃーっ!と嬉しそうな声を出して上機嫌のチェリシュは……時々、とんでもない爆弾を投下してくれますね。
でもまあ……恥ずかしいけど、ちょっぴり嬉しかったから良しとしましょう。
とりあえず、今のことがみんなの記憶から消えちゃうくらい、美味しいピザを作りましょうか。
あちらでも人気のピザですもの。
きっと、大喜び間違いナシですよっ!
チェリシュを抱っこしてキュステさんと厨房に向かいながら、やっぱり柔らかくすべすべで女性が羨むような肌だったし、とってもいい香りがしたなぁ……なんて思い出して赤くなってしまったのは内緒です。
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