悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

文字の大きさ
上 下
126 / 558
第三章 見えなくても確かにある絆

魔力欠乏症は怖いのです

しおりを挟む
 
 
 ため息をついている私を不思議そうに見つめたリュート様が口を開く前に、アクセン先生が手を叩き、みんなの注意を引きました。

「みなさん、ここからはちゃんと聞いておいてくださいねぇ!特に、レオ・バラーシュとボリス・ウォーロック。あなた方は、しっかりとですよ?」

 名指しされてしまった二人はビクリと体を震わせましたけど、何かやらかしてしまったのでしょうか……全員が感じた疑問は同じだったようで、誰もがアクセン先生に注目します。

「さて、皆さんは召喚獣を喚び出してから、ずっと魔力調整を行っていますが、深刻な『魔力欠乏症』を起こしている人はいませんかぁ?こちらから見て症状が出ている人はいないようですが、少しでもおかしいと思ったらすぐに相談してくださいねぇ」
「魔力欠乏症……ですか?」
「はい!そうなのですよっ!」

 きょ、距離をツメなくても聞こえていますから、大丈夫です!
 アクセン先生は、できるだけ教壇から離れないでくださいねっ!?

 リュート様の冷ややかな声で放たれた「悪先」という言葉で辛うじて止まり、照れ笑いを浮かべたあと全員にいま一度『魔力欠乏症』について説明しますと言い、教壇へ戻ったアクセン先生は、私や他の召喚獣たちのために説明して下さいました。
 召喚獣の魔力調整を行うには、大量の魔力が消費されます。
 そのため、魔力調整を行っている最中の召喚術師によく見られる症状なのだとか……
 主な自覚症状は、激しい頭痛からはじまり、体温の急激な低下に伴う意識の混濁と震え、最悪の場合は昏倒することもあるといいますから怖いですよね。

 でも、それとレオ様とボリス様の関係は……?

「魔力調整も約2名をのぞき、うまくいっているようですから、とても安心しました」

 約2名……つまり、レオ様とボリス様がうまくいっていない……ということなのでしょうか。
 レオ様は、魔力に関わることが苦手のようですが、ボリス様は魔法主体の方だったはずですから、調整がうまくいっていないと思えません。

「ボリス・ウォーロックの場合は、魔力調整の途中で寝てしまったのでしょうが、レオ・バラーシュは、特に魔力関係が不得意ですから補習が必要でしょうか……二人がその調子だと、リュート・ラングレイの負担が増えるだけなんですけどねぇ」

 え?
 意外な言葉にリュート様を見る。
 そういえば、ガルムとレイスがリュート様にへばりついたままでした。
 もしかして二人共……ただ甘えていたのではないのですか?

「このクラスの召喚獣は、だいたい半数くらいが自らも魔力を取り込める性質を持つようですねぇ。特に、レオ・バラーシュとボリス・ウォーロックの召喚獣は、強い個体の余剰魔力を取り込んで糧にする性質があるようですねぇ」

 強い個体……リュート様以上に強い人はそう居ないでしょう。
 え、でも、リュート様の余剰魔力ですか?

「朝からすっげー旨いもの食ったから、いま魔力が溢れまくってんだよな。つまり、ルナのおかげだ。ほら、ガルムもレイスも礼を言っとけ」
「がうっ」

 ガルムがおざなりの礼の声を出したかと思えば、レイスは丁寧に頭を下げて感謝の意を伝えてきました。
 なんだかガルムは反抗期……ではなく、もしかして、本当にぐったりしているのですか?
 ソッと手を伸ばしてガルムの背を撫でてみると、手のひらにひんやりした感覚が伝わってきます。

「体が冷てーだろ?昨日、レオを癒やすのに魔力を使いすぎたんだな。レイスのほうも途中で主が寝たら、十分に調整されていない。それはこの二人にとって死活問題だが、主に負担をかけず自分でなんとかしようとして、溢れすぎている魔力を拝借しにきたってわけだ」

 じゃあ、ガルムは満身創痍のレオ様を心配して、過剰に魔力が溢れているリュート様から魔力をおすそ分けしてもらっていて、その様子を観察していたレイスも同じくやってきたということですか?
 二人にとって、魔力の枯渇は現状命に関わります。
 甘えているように見えて、命を守るための行動であったというなら致し方ありませんよね。
 私だって、リュート様に何かあって、ガルムたちのように余剰魔力を糧にできるなら、そうしてしまいます。
 やっぱり、心配ですもの……出来るだけ主に負担をかけたくないと考えてしまうのは、私たち召喚獣の性なのでしょうか。

「彼女の魔力調整だけでも大量の魔力が必要でしょうに……さすがですねぇ」

 わ、私は大飯食らいだと言われているような気が……あ、でも、そうなのかもしれません。
 リュート様は私に魔力譲渡をしているとき、とてもつらそうな表情をしますもの。
 きっと、私が考えている以上の負担が、リュート様にかかっているのですね。
 どうしましょう……もっと、リュート様が楽になる方法はないのでしょうか。
 ガルムたちのような特性があればよかったのですが……ないものねだりは良くないとわかっていても、リュート様の負担をできるだけ減らしたいです。

「すまんな、ガルム」
「ごめんよ、レイス」

 さすがにマズかったと感じたのか、それぞれの主が謝罪しましたけど、ガルムもレイスもまだリュート様のもとを離れようとしません。
 補給が完了していないのでしょう。
 ずいぶんと魔力が必要なのですね……

「リュート様、本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、これくらいだったら問題ない。ルナが作ってくれる昼飯を食ったら、また回復するだろ」
「そうでした。彼女は料理スキルが発現していたのですねぇ。この世界ではキャットシー族だけ習得するスキルですが、召喚獣はその辺りのルールを全く無視してくるから面白いですねぇ」

 アクセン先生が興味深げに私を眺め、目を細めて頷きます。
 それぞれが持つ種族特有のスキルでも、召喚獣と言うだけで枠組みを越えていく。
 この世界の人達にとって、それは驚き以外の何物でもないでしょう。
 現に、その話を聞いて驚きの表情を浮かべ、こちらを見てくる方もいらっしゃいます。

「手料理……だ……と……」
「ずりぃ……」
「リュートだけええぇぇぇっ!」
「俺らはモフモフの料理食っとこうぜ……か、悲しくなんかないやい」
「アイツらだって……アイツらだって、愛らしいから……ちくしょう、涙で前が見えねぇ……」

 何故、そんなに打ちひしがれているのでしょう。
 机に突っ伏して泣いている方までいらっしゃいますが……だ、大丈夫ですか?
 もしかして、キャットシー族以外の料理が食べてみたいのでしょうか。
 前世でもあちらの世界でも当たり前だったことですが、こちらではあり得ない『同じ種族の作る料理』という物に興味があるのかもしれませんね。
 あ、でも、私は人間枠でいいのでしょうか、召喚獣枠なのでしょうか……悩みます。

「お昼は何にしましょうか。何も仕込んでいませんから、短時間で出来るものがいいですよね」
「そうだな……トルティーヤの皮を焼いて、好きな具材を巻いて食うか?」

 トルティーヤの皮……あ……あーっ!いいこと思いつきました!

「トルティーヤの生地を少し厚めにして、ピザ生地にしちゃいませんか?」
「へ……?」
「だ、駄目……でしょうか?」
「い、いや、待って……え?そんなことできんの?」
「ええ、ふんわりした生地ではなく、薄くてパリパリのクリスピー生地になりますけど、できま……ひゃあっ」
「クリスピーも好き!マジでルナ最高っ!」

 腕にチェリシュを抱いているから、バレないように配慮してなのでしょう。
 片腕で頭を包み込まれるように抱えられ、頭に頬ずりされる近い距離にドキドキです。
 ひゃ、ひゃあぁぁぁっ!
 ち、近い、すごく近いですーっ!
 とってもいい匂いがして、もっとくっついていたいって思うのですが、これって香水じゃないですよね。
 リュート様の匂いですか?
 召喚獣だから感じる好ましい匂いという物なのでしょうか。
 でも、そんなものは関係なく、リュート様の匂いは好きかもしれません。

「さすがだよな、いろいろ足りねー物が多いだろうに、そうやって工夫してくれる。ルナは本当にすげーよ」

 続けて褒めていただいただけではなく、頭を抱える腕がゆるんだと思った次の瞬間に見えた、何のご褒美かと硬直してしまうようなリュート様のキラキラした無邪気な笑顔!
 あわわわわっ!
 す、すごく貴重な笑顔を、こんなに間近で……ライフポイントが確実に削られていますが、目をそらす選択肢など私にはございません。

 どんどん上がっていく心拍数と、顔の熱。
 うるさいくらいの心音が、リュート様に伝わってしまいそうです。

 そして、ハッとしました。
 つ、強い視線を、そこかしこから感じますが、一番強い視線を下から……し、しまった!

「ルーがベリリなの!」
「ああぁぁっ!やっぱり言われてしまいましたーっ!リュート様!」
「へ?あ……あー……チェリシュ……見えてるぞ」

 リュート様のせいで、また言われたじゃないですか!と言いかけた私は、何が見えているのかと問いかけようとしたのですが、レオ様があんぐり口を開いて、こちらを見ているのが目に入り、まさか……と、チェリシュに視線を向けます。
 隠れているときに見える光が綺麗に消失しており、いつものチェリシュが私の膝の上でちょこんと座っている状態でした。
 それに気づいたチェリシュは「あっ」と声を出して、口元を両手で覆います。
 あ、それ……とっても愛らしい仕草ですね。
 記憶の水晶にとっておきたいくらいです!

「やっちゃったの、しっぱいなの」
「あーあ、隠れている意味なくなったじゃねーかよ」
「しっぱいしっぱいなの」

 えへへーと笑うチェリシュと、しょうがないなぁと笑うリュート様……なんでしょう、この父と娘は!
 可愛らしすぎて、胸がキュンキュンですよっ!?

 教室が奇妙な静けさに包み込まれ、誰もが「あ……」とか「う……」と声を出しているのですが、続く言葉が見当たらないようです。
 神が近い世界と言っても、日常的にお会いすることが少ない神族の1人であるチェリシュが当たり前のように教室にいたら、驚いて声も出せなくなってしまいますよね。

「なんということでしょう!」

 大仰に驚いて見せたのは、アクセン先生でした。
 やっぱり、アクセン先生も見えていなかったのですね。
 リュート様にも見えないのですから、当たり前でしょうか。

「それは、新しいスキルですかっ!?」


 …………………………はい?


 今度は私のほうが言葉を失ってしまい、アクセン先生の言葉を頭の中で繰り返すのですが、意味がわかりません。

「どうしてそうなった……」

 リュート様の低い呟きは教室にいる誰もが抱いた疑問であり、教室内にいる生徒全員が心の中で呟いた言葉であったことに間違いはないでしょう。
 奇妙な一体感を覚えながら、私たちは唖然としてアクセン先生を見つめるしかありませんでした。

しおりを挟む
感想 4,337

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。