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第二章 外堀はこうして埋められる
お店に到着っ!
しおりを挟む「リュー、町なの!」
「あー、ここまで来ると、ティエラ・ナタールも見えるな」
「ティエラ・ナタール?」
リュート様の言葉の中に聞き慣れない単語があったのでたずね返すと、ある一角を指し示されました。
「聖都から南門の街道を出てすぐにある大地母神を祀る神殿と町で、信仰が厚い場所だって聞く。まあ、俺は行かねーけど」
「どうしてですか?」
「あそこの神官長があまり好きじゃねーし……イノユエ縁の地だからな」
チラリと視線を後方へ向けると、苦虫を噛み潰したような顔をするリュート様が見えます。
なるほど、リュート様にとっては2つの意味で行きたくない場所なのですね。
神官長のこともあるのでしょうが、一番の理由は……ジュスト関連。
あの地へ行くということは、ジュストと関係があると勘ぐられることになる可能性があるからなのでしょう。
「大地母神が何も言わないのをいいことに、好き勝手やってんだよ、あの神官長。そのうち痛い目を見りゃ良いのにな」
あ、嫌いというよりは大嫌いな部類なんですね。
こういうこと言うリュート様は、とても珍しいです。
神殿内部ということもあり、他の方々が手を出すことは難しいようで、神殿のような閉鎖的な場所ほど面倒な人間は残るのだとリュート様がおっしゃいました。
神聖な場所というイメージの神殿なのに……
仕える人間がダメダメとか、本当に困りますよね。
チェリシュのいる神殿でも、そんなことがあったのかもしれません。
大丈夫ですよ、チェリシュは私達が守りますからね?
よしよしと頭を撫でると、チェリシュが驚いて私を見ます。
そして、ふにゃりと表情が崩して嬉しそうに「もっと撫でてなのっ」と可愛いおねだりをしてきたので、抱きしめたい衝動にかられました。
「どうしてこの子はこんなに可愛いのでしょう!ぎゅーってしたいですっ」
「今はやめとけ、店についたらな?」
「おみせで、ぎゅーなの?リューも?」
「よーし、まとめてぎゅーしてやろう」
「わーいなのっ!」
え、まとめてって、私もですか?
と、戸惑っていたらリュート様が耳元に甘く囁きます。
「ま、今はルナだけな」
ぎゅっと抱きしめられてしまった私は、瞬時に真っ赤になってしまいました。
チェリシュはそれを見てにぱーと笑ってから、「チェリシュはグーちゃんとーぎゅーなの!」と、グレンタールにぺたりと抱きついています。
グレンタールは大喜びで天高く駆け上がり、リュート様とチェリシュが笑っているのに対し、私は悲鳴をあげて抱きしめてくれている腕にしがみつきました。
グングン高度が上がっていくので、耳鳴りがしそうです。
グレンタール、嬉しいのはわかりますが、もう少し手加減してください!
ビックリしますから……ね?
抗議の視線をグレンタールに投げかけていた私は、視界の隅にチラリと見えたティエラ・ナタールが妙に気になって改めて視線を向ける。
すると、今まで何もなかったのに光の加減なのか、町を覆い尽くそうとする黒いモヤが見えたような気がして、リュート様にしがみついている腕に思わず力を込めてしまいました。
「どうした?」
「見間違い……かもしれませんが、黒いモヤが……」
「ティエラ・ナタールに?」
「は……はい」
リュート様は鋭い視線をティエラ・ナタールに向けて暫く思案していたようですが、多分不安を感じて情けない表情をしていたのでしょう……私を気遣い「大丈夫だよ」と優しく囁いてくださいます。
「大地母神がいる土地だから、大丈夫だとは思うが……念のために調べさせるか」
そういったリュート様は鋭い視線をティエラ・ナタールに向けていました。
何かが起こる前触れでなければ良いのですが───
今はもう見えない黒いモヤは、不安を駆り立てるように脳裏に強く焼き付いていた。
それから後は何事もなく、空が綺麗な夕焼けに染まったころ、私達は無事にお店に到着です。
リュート様に降ろしていただいてグレンタールにお礼を言って撫でていると、鼻先を寄せて私と抱っこしているチェリシュに挨拶をした後、リュート様の方を一度見てから、再び空高く舞い上がってしまいました。
「グレンタールはどこへ行くのでしょう」
「多分、この時間だったら仲間のところへ行くんだろう。今日あったことを報告───いや、自慢したいんだろうな」
自慢……そういうところもあるのですね。
何だかとても可愛らしいです。
「グレンタールは良い子ですね」
「そうだな」
「グーちゃんお家帰っちゃったの?」
ちょっぴり寂しげなチェリシュの頭を、リュート様の大きな手が撫でる。
包み込むように、優しく……
「またすぐ会える」
「あいっ」
元気よく返事をしたチェリシュに、私達も笑顔になってしまいます。
チェリシュが笑うだけで、何だか心がじんわりあたたかくなるのですから、不思議ですね。
リュート様の先導で裏の従業員専用通路から店の敷地内に入ると、キュステさんが慌てて飛び出してきて、リュート様の体をベタベタ触りだしました。
キュステさん?何しているのですか?
ことと次第によっては─────
「だんさん!大丈夫やったっ!?常連さんから聞いたんよ。海浜公園で女神様の大暴走抑えるためにえらい怪我しとったって!うちの奥さんたちが姉妹揃ってポーション調合してるから、ちょっと待ったって!ああ、立ってたらしんどいんちゃうっ?僕が運ぼうかっ?それとも、イス持ってくる?おんぶのほうがええ?この際、うちの奥さん専用やけど、お姫様抱っこやってやるよっ!?」
どうしよう、僕が海浜公園なんて言うたばっかりに……と、顔を青ざめさせて無事を確認しているキュステさんは、半分泣きそうなんじゃないでしょうか。
意外です……ものすごく取り乱した様子に驚きが隠せません。
私が知らないだけで、こういう一面もあるのかと苦笑が浮かんでしまいました。
ロールケーキお預けの刑……取りやめてあげましょう。
話を聞いてすぐさま飛び出そうとしたけれども、行き違いにならないように店で待機していたとしたら、とても不安だったでしょうし心配もしたでしょうから。
「落ち着け、怪我は治ってる」
「せやけど、出血はそうもいかんやろっ!僕の目なめたらいかんよ、えらい肌白なって血の気悪すぎるやん!奥様も大丈夫やった?怪我してへん?疲れとるんちゃう?だんさんおんぶで、奥様お姫様抱っこでも運べるから!」
今度は覗き込み一気にまくしたてたキュステさん……す、すごいですね、それが出来るなんて、どれほど力持ちなのでしょう。
竜族は強靭と聞きますが、身体能力が違いすぎますね。
本当に大丈夫?と私の様子を伺っていたキュステさんは、腕に抱っこされているチェリシュに視線を落として「うん?」と首を傾げた。
「デートしてこい言うたけど、子供作ってこいとは言うてへんような……まあ、跡継ぎ出来て万々歳やけど……」
「アホ。ちゃんと見ろ」
「黄色いクッションで顔見えへんもん」
「チェリシュ、もうクッション出したのか?」
「あいっ!」
振り返り見たリュート様は、もーちゃんに顔を埋めているチェリシュを見て呆れたような声を出したけど、口元が笑っています。
可愛いなぁって思っているのでしょう?
私もそう思います!
「もーちゃん、もちもちなの!」
「その黄色いの……ひよこやのに、もーちゃん……牛て……」
「いや、もちもちの感触が気に入って、もーちゃんらしいぞ」
「もちもち……?」
リュート様の説明にキュステさんが首を傾げていると、後ろからカフェとラテが転がるように飛び出してきました。
シロとクロとマロも手にたくさんの液体薬を持ち、続いて飛び出してきます。
どうやら、皆に随分と心配をかけてしまったみたいですね。
「オーニャー!大丈夫かにゃ!」
「奥様、無事かにゃ!」
「お薬できてますです!」
「痛いところないですぅ?」
「痛くない?痛くないー?」
もう、5人共泣きそうになってます!
涙目でうるうるしているのを見て、チェリシュもビックリしたのか、もーちゃんをぎゅーっと抱きしめていたのに大きな目をぱちくりさせたあと、にぱっと笑って高らかに声をあげました。
「お花いっぱーいなのっ!」
その言葉と同時に、色とりどりの花が天から降り注ぎます。
見たこともない花もありますから、これがこの世界の春の花なのでしょう。
きっと、チェリシュが頑張って育てた物なのですね。
優しい色合いのものが多く、チェリシュの人柄が現れているようです。
空から降り注ぐ花……ルナフィルラの花びらが舞っていたのと同じように綺麗な光景ですね。
とっても綺麗です!
全員が花に意識を持っていかれ、泣きそうになっていた5人も意表を突かれたのか、降り注ぐ花を手にとり驚いていました。
「チェリシュ、ありがとう」
「あいっ!」
チェリシュの気遣いに感謝して頬ずりをすると、きゃーっと喜びの声をあげるので、更に力を入れて抱きしめていたら……
「さっきの約束がまだだった!」
と、言ったリュート様が参戦して、私とチェリシュごと抱きしめてしまいました。
りゅ、リュート様っ!
皆の前ですよっ!?
あわわわと真っ赤になって狼狽える私と、嬉しそうに笑うリュート様とチェリシュを眺めながら、キュステさんが小さく呟きます。
「春の女神様引き取って子持ち若夫婦とか……やること早いわー」
キュステさん、私はリュート様の妻ではなく……つ、妻では……無いのですよ?
しょ、召喚獣なのです!
そ、そう、つ、妻では……ないんですからっ!
「ルーがベリリなの!」
「言わないでください……」
「ま、何を照れたのかわかったけどな」
察しが良すぎますよ、リュート様!
チェリシュは、見なかったことにしてくださいね。
と、とりあえず……みんな落ち着きましたか?
花はリュート様が集め、とにかく店の中に入るぞと号令をかけて歩き出し、皆それに習います。
奥様無事で良かったにゃ!痛いところにゃいにゃ?と、心配そうにウロウロする姿を見て心がほんわかしますね。
今はこうして心配してくださる方々がいるということが、素直に嬉しく感じました。
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