上 下
90 / 558
第二章 外堀はこうして埋められる

海産物がいっぱいです!

しおりを挟む
 
 
 海岸沿いの市場は、海産物が豊富でとても賑わう場所のようで、さすがに天馬の中でも大きなトワイライトホースであるグレンタールは入ることが出来ず、買い物が終わったら合流することになりました。
 しかし、チェリシュと同じく、私もリュート様に抱っこしていただいてグレンタールから降りるのですが……
 もしかして、幼子と同じ扱いで恥ずかしいことをしているのでしょうか。
 街の方々が、ジーッと見てくるのですもの。
 ちょっぴり恥ずかしかったので、今度からは自分で乗り降り出来るよう頑張りましょう。
 グレンタールに付き合ってもらったら、訓練できるでしょうか。
 リュート様に内緒で……は、無理ですよね。
 
 天馬専用通路から歩行者専用の道へ出ると、通路を仕切っている腰くらいまである白い壁の向こうは、真っ青な大海原!
 うわぁ……色の表現が難しいほど綺麗な青と所々がエメラルドグリーンの海は、マール問題を抱えているとは思えないくらい静かでした。

 遠くに白くて美しい帆船が見えますが、どこからやってきたのでしょう。

「へぇ、珍しい。アレはエルフ領のシルフィードだな」
「シルフィード?」
「ああ、アレは海の上を渡る船で、風の精霊の力だけで浮かんでいるんだ。だから、海がどれだけ荒れても問題ない」
「海の上を滑っているわけですね」

 遠くてわかりませんが、白くて大きな帆だけではなく、船体の横に輝く物が見えます。
 リュート様が言うには、あのキラキラ輝く妖精の羽のような物がシルフィードの命で、ゆっくりと風をはらんで羽ばたくことで船体を持ち上げているようでした。

「シルフィードがこっちまで来ることは稀だから、良いものが見れたな」

 運が良いとリュート様がおっしゃってくださったので、チェリシュと一緒に「良かったねー」「ねー」とやっていたら、対面通路に居た同じくらいの年頃の女性たちが「ヤダ、イケメン!わぁ、奥さんとお子さん可愛いー!」なんて言って通り過ぎて行きましたが……ち、違いますよ!
 私達、夫婦じゃありませんからっ!

「じゃあ、そろそろ行きますかね。奥さん」
「もう!リュート様!」

 ペチペチとリュート様の背中を叩きますが、全く効果ありません。
 こうやって私をからかうんですから!

「リュー、ルー、おててなのー!」
「あ!はいっ」
「お?今日は手つなぎか?肩車じゃなくて良いのか?」
「おててがいいのっ」

 目をキラキラさせて私達に手を伸ばしてくるチェリシュの小さな手を取ると、ぱあぁっと顔を輝かせ、ぷっくりした頬をバラ色に染めます。
 可愛いすぎて、ぎゅーっ!ってしたくなっちゃいますね。
 白い石畳の道を、リュート様と二人でチェリシュの手を握り歩きながら、色々なお店を物色してお買い物開始です!

 大小様々なお店が軒を連ね、活気のある風景にドキドキしますが、行き交う人々や、店主と買い物客の会話に「マール」という単語が飛び交っています。
 どうやら、今日はマールのせいであまり良い魚が確保できなかったから、小物が多いのだと嘆いているようでした。
 チラリと見ても、それほど小さい魚という雰囲気ではありません。
 真いわしも見たこともない魚だって、日本の食卓に上がるくらいの大きさがあります。
 つまり……アレですか?
 また、日本の物と比べてサイズが大きいということでしょうか。

 色々見ながら移動していますが、リュート様は目指している場所があるのか、脇目を振らずにまっすぐ歩いていきますね。
 どこに向かっているのでしょう。

 私とリュート様に両手を繋がれたチェリシュは上機嫌で歩いていますが、疲れていないか心配です。
 それは、リュート様も同じで……貧血は大丈夫なのでしょうか。

「さて、ルナ。この辺りの店からならいいぞ」
「え?」
「出入り口付近の店は、鮮度がイマイチなんだ」

 コッソリと耳打ちされた言葉に、私は呆れ返ってしまいました。
 なるほど、そういうこともあるのですね。
 さすがはリュート様、よくご存知で……
 確かに、先程まではお魚を見ても「へー」と思うだけで買おうと思えなかった私ですが、今はとても惹かれるものがあります。
 神々の晩餐スキルの効果に、食材の目利きなんてものもあるのでしょうか。
 心惹かれる物たちは、全て鮮度が良いと一見してわかるものばかりでした。

 それにしても……大きな魚がいっぱいですね。
 一度は調理してみたいですが、いま私が探しているのはソレではなくて、もっと見慣れた……あ!ありましたよ!

「リュート様!カツオです!良かった、見慣れた大きさですよっ」
「あー、あの大きさだと小さいくらいだな」
「……やっぱりこの世界の普通サイズは、私の考えているサイズより大きいのですか」

 でも、小さくても良いのです!扱いやすいですし、何よりも……アレを作るには最適ですから!

「カツオが欲しいのか?」
「はい!」
「ん。おーい、バッシュのオッサン、カツオを……何匹いる?」
「えっと、5匹は欲しいです。失敗したら大変なので」
「5匹くれ」

 バッシュと呼ばれた丸太のように腕が太くて真っ黒に日に焼けた男性が、木箱の中から何かを取り出すのをやめて振り返り、リュート様を見てニッカリと白い歯を見せて笑った。
 黒い髪が、うにのようにツンツンしてますね。
 ねじり鉢巻がとても似合いそうです。

「リュートさんじゃねぇですか。今日は両手に花でお買い物ですかい?」
「俺の召喚獣のルナと、チェリシュは知ってるだろ?」
「ええ!春の女神様がいらっしゃると、嬉しくなっちまいますね。また、あの木箱の上で寝ちゃダメですぜ?」
「チェリシュ、ルーといっしょだからねないの!」
「そうですかい?しかし、人型の召喚獣って……リュートさんはいつも度肝を抜くようなことをしてくれやすねぇ」

 大きな体を揺らしながら眉を下げて困ったように笑うのに、発する声が陽気で明るく、とても親しみを感じてしまう特徴を持った人である。
 会話が聞こえたのだろう人々は、私をジロジロ見ているのに対し、この目の前のバッシュと呼ばれた方は、全くその気配がなく陽気に笑っていた。

「しかし、いいんですかい?このカツオは小せぇですぜ。もっと大きいものがありゃ良かったんですが、マール騒ぎでさっぱりでさぁ」

 やっぱりマールの影響は大きかったようです。
 お店のショーケースのような台に並べられている魚たちの数も、随分と少ないのか隙間が目立ちますが、お魚の目が澄んでいて鮮度がとても良いですね。

「この大きさが良いんだってさ」
「へぇ……このお嬢さんが料理するんですかい?」
「すげー旨いぞ」
「まさか、リュートさんに惚気けられる日が来ようとは!」
「惚気けじゃなくて、マジだっての!」

 リュート様が必死に誤解を解こうとしていらっしゃいますが、私はその間にも店のお魚を物色です。
 見たことのない魚もたくさんいますね。
 あっ、イカです!
 とっても新鮮なイカ!透明で、とっても綺麗ですよ!

「イカもください!うわぁ……すごい……綺麗!」
「今さっき水揚げされたばかりですから、新鮮ですぜ」
「それだけ新鮮だと、いかそうめん……醤油なぁ」

 がっくりと肩を落とすリュート様の足を、チェリシュが「よしよし」って言いながら撫でています。
 そのチェリシュをひょいっと抱き上げたリュート様は、無駄だとわかっているかのような力ない声で彼女に問いかけました。

「チェリシュ、醤油がどっかにねーかな」
「しょーゆ?聞いたことないのっ」
「……やっぱりかぁ」

 再びガックリと力を落としているリュート様。
 そうですよね、お刺身で食べたくなりますよね。
 生魚……ですか。

「カルパッチョ……作りましょうか?」
「え、作れんのっ!?マジか……久しぶりに生魚食いたい!」
「わかりました。では、カルパッチョ用のお魚は何が良いかしら」
「白身魚が食いたいかな」

 んーと悩んでいたら、リュート様からのリクエストです。
 それを聞いてバッシュさんが、だったらこれだと手を打ち、奥から大きな魚を取り出してきました。

「上物ですぜ、新鮮な鯛なんてどうですかいっ」
「わぁ、いいですね!リュート様、鯛ですよ、鯛!」

 大きくて立派で、とても新鮮な鯛です!
 私が思わずテンションが高くなってしまったのを眺めながら、リュート様はチェリシュと顔を見合わせて吹き出すように笑い出しました。
 な、なんですか?

「可愛い」
「かわいーの」

 な、なんですか。
 二人のほうが可愛いです!
 抱っこしたチェリシュと一緒に「ねー」とやっている姿なんて、父親と愛娘の雰囲気ですよっ!?
 見ているこちらが癒やされちゃいます。

「んじゃあ、バッシュのオッサン、鯛も3匹欲しい。ルナ、イカで何を作るんだ?」
「塩辛を作ろうかと考えておりますが……他に食べたいものが……」
「イカあるだけ」

 リュート様、素早いですよ。
 もしかして、塩辛好きなんですか?
 でも、これだけ新鮮なイカなら、イカでカルパッチョを作っても美味しいかもしれませんね。

「リュート様、アサリと……あー!昆布!!」
「お、本当だ」
「こんぶ……なの?」

 昆布ってなーに?とリュート様にこてんと首を傾げて問うているチェリシュが可愛いです!
 一瞬昆布を忘れて、ほわんっとなってしまいました。

「変なものに反応しやしたねぇ。これは海の雑草ですぜ?」
「雑草なんてとんでもない!干して乾燥させたら、いいお出汁が出るんですよっ!?それもください!」
「は……はぁ、本当にこんなもんが欲しいんですかい?まぁ、構いやしませんがね」

 私の勢いに驚いて引き気味になっているバッシュさんは、とりあえず……と、海産物を木箱のようなものに詰めていきます。
 中は氷でいっぱいになっていて、すごいですね。
 バッシュさんが手にしているアサリが、当然のように二回りほど大きいのですがスルーしておきましょう。
 本当に、この世界の食材は大きな物が多い気がします。
 このサイズに慣れたら、どうってことはないのでしょうが……元々大きな食材が、ソレよりも大きかったら驚いてしまいますよね。

 マグロなんてどれくらいの大きさになることやら……

 反対に、小さい食材もあったりするのかもしれませんね。
 今度、リュート様にお伺いしてみるのも良いかも知れません。
 それか、二人で……いえ、チェリシュもいれて三人で探しに行けたら、もっと楽しいかも知れないですよね?

 リュート様が新鮮な魚たちを横目に、哀愁漂う姿でため息混じりに「醤油……」と呟いているのを、チェリシュがよしよしと慰めています。
 そうですね、いつか必ず手に入れましょう。
 リュート様、一緒に頑張りましょうね!


しおりを挟む
感想 4,337

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。