65 / 558
第二章 外堀はこうして埋められる
女神様の年齢層は低めのようです
しおりを挟むリュート様にスローテンポの歌が聴きたいとリクエストされた私は、綾音ちゃんオススメの曲一覧を思い出しながら、お試しに出だしのメロディーを口ずさむ。
「あー、その歌、俺すげー好きだったやつ。ルナの歌声で聴きたい」
「はい!」
リュート様の好きな曲を知ってた幸運に感謝しながら、一曲歌いきり「他にありますか?」とたずねるのだけど、返事がない。
耳を澄ましてみると、すぅ……と静かな呼吸が聞こえるばかり。
あれ?もしかして……眠ってる?
姿勢を少し崩してリュート様の顔をなんとか見ると、完全に目を閉じているようで、柔らかな呼吸が繰り返される。
これは眠ってますね。
うわぁ……リュート様が私の膝枕で眠ってくださってますよ!
ということは……頭ナデナデチャンスですか?
ドキドキしながら指をそぅっと伸ばし、リュート様の髪に触れてみる。
硬そうに見えるのに、柔らかく手触りの良い感触を指に覚えた。
うわっ……柔らかい……コシがあるのに柔らかい感じです。
丸みのある頭を手のひらでゆっくり撫でてみると、癖になりそうなほど良い手触りにうっとりしちゃいますね。
ずっと撫でていたいです!
青空の下で、優しい風が吹くこの大樹の麓で……リュート様を独り占め。
なんという贅沢!
惜しむべきは、昨夜のように間近でリュート様のお顔を拝見できないことでしょうか。
少しあどけないけど、とても綺麗な顔立ち……見下ろすというのも新鮮でいいのですが、できることなら、吐息がかかるような距離で……って、近すぎますかね?
でも、とっても見たかったです!
むぅ……今晩しっかり堪能させていただきますもの。
べ、別にチャンスがあるのは今だけではありませんから、大丈夫ですよ?
不意に昨夜の幸福感を思い出し、私は頬を緩めた。
今晩も、ぎゅぅっと抱きしめられて、彼の優しいぬくもりに包まれながら眠りにつけたら、とても幸せになれそうですよね。
しかし、私に呪いをかけた者が、夢を媒介にして接触しようとしているのが不気味です。
リュート様が寝る時に、悪夢よけのおまじないをしてくれたから事なきを得たようですから、気を引き締めていかないと……ふとした拍子に出る黒モヤさんは侮れません。
春の女神様が育ててくださった神石のクローバーをなんとかゲットして、アレが妙な力をつけることだけは防がなければなりませんね。
考えたくはありませんが、リュート様に危害を加えようとする可能性だって無いとは言い切れませんもの。
絶対にそれだけは、阻止です。
断固拒否しますよ!
リュート様を傷つけることだけは、何が何でも許しません。
こんなに優しくあたたかく……私を包み込んで癒やしてくれる彼に危害を加えるなんて……
いえ、だからこそなのでしょう。
以前の私に執着はなかった……でも、今は違いますもの。
この方の隣だけは、誰であろうと譲りたくありません。
それだけは、ハッキリとしています。
だから、頑張らなくては!
リュート様を癒やし、お守りし、よくやったって褒めていただくんです。
ふふっ、きっと甘い声で名を呼んでくださいますよね。
可愛いなんて……言ってくださるかしら。
美的感覚がズレてくれていて、本当に助かりました。
リュート様にだけは、ちょっぴり自信を持っても良いようですから、強気……には、まだなれませんが、いっぱい笑顔を見せて「可愛い」と言っていただきましょう。
でも、狙ってませんよ?
だって、リュート様のお傍にいれば、自然と笑顔になるのですもの。
左手で頭を撫で、胸いっぱいに広がる幸福感を覚えながら、彼の上腹部あたりに乗せられている大きくたくましさを感じる骨ばった手に指を絡めて握る。
優しくじんわりと伝わるぬくもり。
ルナティエラとしての人生の中で、これほどあたたかく優しい人と出会えるとは考えもしなかった。
どの世界の神様かは存じませんが、リュート様に出会わせてくださってありがとうございます。
心から感謝いたします……それは祈りにも似た想いだった。
あちらの世界では日常であった神々への感謝の祈りを捧げていると、ふいに誰かの声が聞こえた気がして、私は目を開き周囲を見渡す。
先程からいる海浜公園の芝生の上……である。
しかし、一瞬だけど……どこか、全く違う場所にいたような感覚を覚えた。
柔らかな微笑みと、私と同じような金色の瞳の女性を見たような?
白昼夢……とか、言わないでくださいね。
恐ろしいという感じではなく、ビジョン……といえばいいのか、誰かの記録した映像を第三者目線で見たような感覚であった。
召喚された時に色々な世界を通り過ぎてここまで来たから、その時にでも見たのかしら。
その可能性も捨てきれない。
ただ、とても懐かしく……
いつか彼女に会わなくてはならないのだという想いだけが、不思議と胸に刻まれた───
「ん……」
どれくらい考えに没頭していたのでしょうか、絡めていた右手をぎゅっと握られ、リュート様の覚醒が近いのだと感じる。
声をかけようかどうしようか迷っている間に、彼はゆっくりと深く息を吐いて少し掠れた低い声で問いかけてきた。
「寝て……た?」
「はい」
「どれくらい……それより、足、痛くねーか?痺れてんじゃ……」
ぼんやりとしているのか、声に覇気がありません。
でも、なんだか可愛らしいですね。
「大丈夫ですよ。そんなに長い間眠っていませんが……少しスッキリしました?」
「ああ……ありがっ!?」
ん?何かすごく不自然に言葉が止まりましたが、どうしたのでしょう。
「え、あ……いや……ええっ、マジか……そうなるのか?すげー存在感だな」
「リュート様?」
「なんでもないですっ!」
ガバっと起き上がったリュート様はこちらを見ることもなく立ち上がり、体をうーんっ!と伸ばしていますが……こちらから見える耳が赤いですね。
周囲の方々が見守る中、私の膝で寝てしまったのが恥ずかしかったのでしょうか。
そんなこと気にしなくていいのですよ?
リュート様の眠った姿でしたら、眼福ですもの!
男性は知りませんが、女性でしたら確実にそうです。
断言します!
あ……でも、間近で見るのは、私だけですよ?
リュート様の召喚獣としての特権なので、他の方々はご遠慮ください。
「さて、そろそろ時間だろうから、会場の方に移動するか」
「はいっ」
私も立ち上がろうとして……よろめいてしまいましたが、すぐさまリュート様が私を抱きとめてくださいました。
あ、あれ?
足……痺れてます?
そういえば、ビリビリしてますね……さ、触っちゃ嫌ですよ!?
足が痺れたら、途端にニヤニヤ笑って足を触ってきた前世の兄を思い出してしまいました。
「あぶねーな。やっぱり足が痺れてるんじゃねーか」
「す、少しだけ……ですもの」
「よろけてるし、歩けねーだろ」
「……す、少しだけお待ち下さい。すぐに治りますから」
「待てねーな。よいしょっと!」
楽しそうな掛け声と共に身をかがめたリュート様は、私を再びお姫様抱っこです!
ま、またアピールですかっ!?
「俺がルナの足代わりになってやる」
「で、でも……」
「足が痺れたのは俺のせいだから、責任取らせてくれ」
「し、しかし……」
「こういうのは、嫌か?」
「嫌だなんてとんでもないですっ!むしろ嬉しすぎて…………あっ」
「そうか、嬉しすぎるか。なら、このままな」
ああああああっ!
私のバカっ、完全に失言ですよ!
軽やかに笑い私を抱き上げたまま移動するリュート様に、やっぱり注目が集まってしまいます。
もう……この方、こういう視線を集めることに対して鈍感すぎませんか?
まあ、今までの経緯を考えたら、注目されない日常が無かったのかもしれませんし、それが普通であったなら気にしなくもなるでしょう。
し、しかし……少しは気にしてください!
さすがに恥ずかしいのです。
真っ赤に染まる私を見下ろして、満足そうに唇の端を持ち上げて笑うリュート様は意地悪ですね。
でも……それもまた格好良いと思う私は重症かもしれません。
私をお姫様抱っこしたまま投票会場に入ると、どうやらもうすでに到着していた参加者たちもいたようで、驚いた表情でこちらを見ている。
お会いしたことのない方々もいらっしゃいますから、参加者は意外と多いのかもしれません。
「うぉほんっ!今日は妾が開催した『恋の花咲きイベント』に参加した者たちよ、ご苦労であった!」
真っ白なステージの上に居たのは、春の女神様のような幼女ではなく、もう少し成長した少女……といっても、7,8歳くらい?ですね。
灰色がかった黄褐色の髪を両サイドの高い位置に纏めたお団子頭と、釣り上がった珊瑚色の大きな目が印象的です。
ランドセル背負ってる年頃の女の子が……恋の女神様。
春の女神様は幼女……年齢層が低いのですね。
「急なことであったというのに、沢山の者が参加してくれたようで、妾も嬉しいぞ!いま集計をしておるところであるから、じきに結果が出るであろ……う?」
その恋の女神様が、ステージの下の人々を見渡して……二度見するかのようにこちらを見てから固まった。
あ、リュート様と面識ありです……よね?
歌声が耳栓必須っていってましたものね。
面識がないなんてことは、ありえません。
プルプル震えている恋の女神様の様子に会場にいるほとんどの者が首を傾げ、次いで視線の先にいるリュート様と抱えられたままの私を見る。
「りゅ……リュート様、さすがにおろしてくださいませんか?」
「嫌だ」
にっこり爽やかな笑顔で言ってくださいましたが、恋の女神様の額に青筋が……マズイのでは?
「何故貴様がここにおるのじゃ!リュート・ラングレイ!」
「うるせーな。俺も一応参加者だ」
「はあああぁぁっ!?貴様がっ?ありえんじゃろ!貴様だけは絶対にありえぬわあぁぁぁっ!」
大音量で叫ぶ恋の女神様にマイクは必要ありませんね……すごい声量です。
しかし、何故こんなに目の敵にされているのでしょう。
不思議です。
347
お気に入りに追加
12,214
あなたにおすすめの小説
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。