悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第二章 外堀はこうして埋められる

女神様の年齢層は低めのようです

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 リュート様にスローテンポの歌が聴きたいとリクエストされた私は、綾音ちゃんオススメの曲一覧を思い出しながら、お試しに出だしのメロディーを口ずさむ。

「あー、その歌、俺すげー好きだったやつ。ルナの歌声で聴きたい」
「はい!」
 
 リュート様の好きな曲を知ってた幸運に感謝しながら、一曲歌いきり「他にありますか?」とたずねるのだけど、返事がない。
 耳を澄ましてみると、すぅ……と静かな呼吸が聞こえるばかり。
 あれ?もしかして……眠ってる?

 姿勢を少し崩してリュート様の顔をなんとか見ると、完全に目を閉じているようで、柔らかな呼吸が繰り返される。

 これは眠ってますね。
 うわぁ……リュート様が私の膝枕で眠ってくださってますよ!
 ということは……頭ナデナデチャンスですか?

 ドキドキしながら指をそぅっと伸ばし、リュート様の髪に触れてみる。
 硬そうに見えるのに、柔らかく手触りの良い感触を指に覚えた。

 うわっ……柔らかい……コシがあるのに柔らかい感じです。
 丸みのある頭を手のひらでゆっくり撫でてみると、癖になりそうなほど良い手触りにうっとりしちゃいますね。
 ずっと撫でていたいです!

 青空の下で、優しい風が吹くこの大樹の麓で……リュート様を独り占め。
 なんという贅沢!
 惜しむべきは、昨夜のように間近でリュート様のお顔を拝見できないことでしょうか。
 少しあどけないけど、とても綺麗な顔立ち……見下ろすというのも新鮮でいいのですが、できることなら、吐息がかかるような距離で……って、近すぎますかね?
 でも、とっても見たかったです!
 むぅ……今晩しっかり堪能させていただきますもの。
 べ、別にチャンスがあるのは今だけではありませんから、大丈夫ですよ?
 不意に昨夜の幸福感を思い出し、私は頬を緩めた。
 今晩も、ぎゅぅっと抱きしめられて、彼の優しいぬくもりに包まれながら眠りにつけたら、とても幸せになれそうですよね。
 しかし、私に呪いをかけた者が、夢を媒介にして接触しようとしているのが不気味です。
 リュート様が寝る時に、悪夢よけのおまじないをしてくれたから事なきを得たようですから、気を引き締めていかないと……ふとした拍子に出る黒モヤさんは侮れません。
 春の女神様が育ててくださった神石のクローバーをなんとかゲットして、アレが妙な力をつけることだけは防がなければなりませんね。

 考えたくはありませんが、リュート様に危害を加えようとする可能性だって無いとは言い切れませんもの。
 絶対にそれだけは、阻止です。
 断固拒否しますよ!

 リュート様を傷つけることだけは、何が何でも許しません。

 こんなに優しくあたたかく……私を包み込んで癒やしてくれる彼に危害を加えるなんて……
 いえ、だからこそなのでしょう。
 以前の私に執着はなかった……でも、今は違いますもの。
 この方の隣だけは、誰であろうと譲りたくありません。
 それだけは、ハッキリとしています。

 だから、頑張らなくては!
 リュート様を癒やし、お守りし、よくやったって褒めていただくんです。
 ふふっ、きっと甘い声で名を呼んでくださいますよね。
 可愛いなんて……言ってくださるかしら。
 美的感覚がズレてくれていて、本当に助かりました。
 リュート様にだけは、ちょっぴり自信を持っても良いようですから、強気……には、まだなれませんが、いっぱい笑顔を見せて「可愛い」と言っていただきましょう。

 でも、狙ってませんよ?
 だって、リュート様のお傍にいれば、自然と笑顔になるのですもの。

 左手で頭を撫で、胸いっぱいに広がる幸福感を覚えながら、彼の上腹部あたりに乗せられている大きくたくましさを感じる骨ばった手に指を絡めて握る。
 優しくじんわりと伝わるぬくもり。

 ルナティエラとしての人生の中で、これほどあたたかく優しい人と出会えるとは考えもしなかった。
 どの世界の神様かは存じませんが、リュート様に出会わせてくださってありがとうございます。
 心から感謝いたします……それは祈りにも似た想いだった。

 あちらの世界では日常であった神々への感謝の祈りを捧げていると、ふいに誰かの声が聞こえた気がして、私は目を開き周囲を見渡す。
 先程からいる海浜公園の芝生の上……である。

 しかし、一瞬だけど……どこか、全く違う場所にいたような感覚を覚えた。

 柔らかな微笑みと、私と同じような金色の瞳の女性を見たような?
 白昼夢……とか、言わないでくださいね。
 恐ろしいという感じではなく、ビジョン……といえばいいのか、誰かの記録した映像を第三者目線で見たような感覚であった。
 召喚された時に色々な世界を通り過ぎてここまで来たから、その時にでも見たのかしら。
 その可能性も捨てきれない。

 ただ、とても懐かしく……
 いつか彼女に会わなくてはならないのだという想いだけが、不思議と胸に刻まれた───

「ん……」

 どれくらい考えに没頭していたのでしょうか、絡めていた右手をぎゅっと握られ、リュート様の覚醒が近いのだと感じる。
 声をかけようかどうしようか迷っている間に、彼はゆっくりと深く息を吐いて少し掠れた低い声で問いかけてきた。

「寝て……た?」
「はい」
「どれくらい……それより、足、痛くねーか?痺れてんじゃ……」

 ぼんやりとしているのか、声に覇気がありません。
 でも、なんだか可愛らしいですね。

「大丈夫ですよ。そんなに長い間眠っていませんが……少しスッキリしました?」
「ああ……ありがっ!?」

 ん?何かすごく不自然に言葉が止まりましたが、どうしたのでしょう。

「え、あ……いや……ええっ、マジか……そうなるのか?すげー存在感だな」
「リュート様?」
「なんでもないですっ!」

 ガバっと起き上がったリュート様はこちらを見ることもなく立ち上がり、体をうーんっ!と伸ばしていますが……こちらから見える耳が赤いですね。
 周囲の方々が見守る中、私の膝で寝てしまったのが恥ずかしかったのでしょうか。
 そんなこと気にしなくていいのですよ?
 リュート様の眠った姿でしたら、眼福ですもの!
 男性は知りませんが、女性でしたら確実にそうです。
 断言します!

 あ……でも、間近で見るのは、私だけですよ?
 リュート様の召喚獣としての特権なので、他の方々はご遠慮ください。

「さて、そろそろ時間だろうから、会場の方に移動するか」
「はいっ」

 私も立ち上がろうとして……よろめいてしまいましたが、すぐさまリュート様が私を抱きとめてくださいました。
 あ、あれ?
 足……痺れてます?
 そういえば、ビリビリしてますね……さ、触っちゃ嫌ですよ!?
 足が痺れたら、途端にニヤニヤ笑って足を触ってきた前世の兄を思い出してしまいました。

「あぶねーな。やっぱり足が痺れてるんじゃねーか」
「す、少しだけ……ですもの」
「よろけてるし、歩けねーだろ」
「……す、少しだけお待ち下さい。すぐに治りますから」
「待てねーな。よいしょっと!」

 楽しそうな掛け声と共に身をかがめたリュート様は、私を再びお姫様抱っこです!
 ま、またアピールですかっ!?

「俺がルナの足代わりになってやる」
「で、でも……」
「足が痺れたのは俺のせいだから、責任取らせてくれ」
「し、しかし……」
「こういうのは、嫌か?」
「嫌だなんてとんでもないですっ!むしろ嬉しすぎて…………あっ」
「そうか、嬉しすぎるか。なら、このままな」

 ああああああっ!
 私のバカっ、完全に失言ですよ!
 軽やかに笑い私を抱き上げたまま移動するリュート様に、やっぱり注目が集まってしまいます。
 もう……この方、こういう視線を集めることに対して鈍感すぎませんか?
 まあ、今までの経緯を考えたら、注目されない日常が無かったのかもしれませんし、それが普通であったなら気にしなくもなるでしょう。
 し、しかし……少しは気にしてください!
 さすがに恥ずかしいのです。

 真っ赤に染まる私を見下ろして、満足そうに唇の端を持ち上げて笑うリュート様は意地悪ですね。
 でも……それもまた格好良いと思う私は重症かもしれません。

 私をお姫様抱っこしたまま投票会場に入ると、どうやらもうすでに到着していた参加者たちもいたようで、驚いた表情でこちらを見ている。
 お会いしたことのない方々もいらっしゃいますから、参加者は意外と多いのかもしれません。

「うぉほんっ!今日は妾が開催した『恋の花咲きイベント』に参加した者たちよ、ご苦労であった!」

 真っ白なステージの上に居たのは、春の女神様のような幼女ではなく、もう少し成長した少女……といっても、7,8歳くらい?ですね。
 灰色がかった黄褐色の髪を両サイドの高い位置に纏めたお団子頭と、釣り上がった珊瑚色の大きな目が印象的です。
 ランドセル背負ってる年頃の女の子が……恋の女神様。
 春の女神様は幼女……年齢層が低いのですね。

「急なことであったというのに、沢山の者が参加してくれたようで、妾も嬉しいぞ!いま集計をしておるところであるから、じきに結果が出るであろ……う?」

 その恋の女神様が、ステージの下の人々を見渡して……二度見するかのようにこちらを見てから固まった。

 あ、リュート様と面識ありです……よね?
 歌声が耳栓必須っていってましたものね。
 面識がないなんてことは、ありえません。

 プルプル震えている恋の女神様の様子に会場にいるほとんどの者が首を傾げ、次いで視線の先にいるリュート様と抱えられたままの私を見る。

「りゅ……リュート様、さすがにおろしてくださいませんか?」
「嫌だ」

 にっこり爽やかな笑顔で言ってくださいましたが、恋の女神様の額に青筋が……マズイのでは?

「何故貴様がここにおるのじゃ!リュート・ラングレイ!」
「うるせーな。俺も一応参加者だ」
「はあああぁぁっ!?貴様がっ?ありえんじゃろ!貴様だけは絶対にありえぬわあぁぁぁっ!」

 大音量で叫ぶ恋の女神様にマイクは必要ありませんね……すごい声量です。
 しかし、何故こんなに目の敵にされているのでしょう。
 不思議です。

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