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第二章 外堀はこうして埋められる
2-24 創世神ルミナスラの守護花
しおりを挟む「兄ちゃん姉ちゃん、またなーっ!」
元気よく手を振り駆けていくヨウコくんの後ろ姿を見送り、私達は彼から合計3個購入した発酵石ボックスをアイテムポーチに収納する。
最初は1個で白銅貨1枚(日本円で千円くらい)という話でしたが、リュート様が安すぎると言い、1つ白銅貨3枚の価値があるものだし私の実験が成功したら確実に売れ筋になる物であると説得して、躊躇うヨウコくんにお金を押し付けている姿は、遠慮する弟にお小遣いをあげているお兄さん風で微笑ましかった。
日本では妹さんが居たと言っていたから、リュート様って末っ子なのに長男気質なのですものね。
レシピを大事そうに抱えるサラ様に見送られギルドの外へ出ると、太陽はほぼ真上にさしかかったところで、ちょうどお昼くらいの時間のようである。
雲ひとつ無い空であった午前中とは違い、白い雲がいくつか浮かび、ゆっくりと流れていくのが綺麗ですね。
来た道を戻るように歩いていたリュート様は、思い出したかのように苦笑を浮かべたかと思うと口を開く。
「ヨウコは生産の基本もそうだが、この聖都での物価も勉強させねーとだな」
「その勉強、私も受講したいです」
「……却下」
先程の優しげな表情はどこへやら、ものすごく嫌そうな顔をされましたけれど、何故ですかっ!?
私だって、この聖都の物価に詳しくなりたいです!
金銭感覚なんて、先程教えていただいた『白銅貨=千円』くらいですよっ!?
「ルナが物価を知ったら、変に遠慮して何も買わなくなりそうだから」
「そ、そんなこと……ありません……よ?」
「俺の目を見て言えるようになったら考える」
「し、信用されていませんね……」
今の言動のどこに信用できる要素があった? と問われましたが、スルーです。
自分がそんなこと一番良くわかっていますから……だ、だって、遠慮してしまいますよ?
リュート様にお世話になりっぱなしな気がしているのですもの。
「いずれ教えるけど、まあ、今ではないな」
「……むぅ」
「俺がルナに買いたい物が沢山あって、遠慮されると幸せが目減りしちまうから甘んじて受けておいてくれ」
「うぅぅぅ……言い方が……ズルイのです!」
「わかってて言ってるからな」
私の扱い方、絶対にうまくなってますよね。
むぅぅっ! と唸って、リュート様の背中にダイブです!
もう!
そうやって、すぐに甘やかすのは良くないのですよっ!
……嬉しいのですけれど、気がひけるのも事実なのです。
「必要だと思う物を購入して、俺が満足するまでルナを着飾って……それが終わってからだな」
「それって、いつのことになるのですか」
「さて……いつだろう」
おどけて肩をすくめるリュート様にぎゅうぎゅう力を入れて抱きつくけれど、どこ吹く風ですね。
私の腕力、いまこそ唸る時です!
「ほら、ルナ。海浜公園に行こう。今度はこっちの大通りに出て、もう少し歩いたところからとても綺麗な花が飾られた通路が続くけど、見てみないか?」
「見ます!」
うわぁ……お花ですよ、綺麗なお花が見られますよ!
笑顔で手を差し出されて、やっぱりお互いにこの瞬間は照れてしまい、視線がさまよいますね。
でも……それが嬉しくて、つい笑みがこぼれます。
遠慮がちに触れる指先がくすぐったく、心が触れ合うような気持ちになりますね。
リュート様もそう感じているのでしょうか、ほんのり頬を染めてそっぽを向いてしまいました。
そういうところが可愛いって、自覚してください。
ほら、道行く人達がチラチラ見ては微笑んでいるじゃないですか。
な、なんだか……居たたまれません。
お互いにチラリと視線をあわせ、プッと吹き出すように笑う。
ふとした瞬間に感じる幸福感で、胸があたたかくなります。
ただ、せっかくの幸せな雰囲気も……遠くから聞こえる喚き声でぶち壊しですけれど……
一体誰ですか? 私が素敵なリュート様を堪能しているというのに!
チラリと視線を向けると、あ、先ほどの下品な人、まだ氷漬けのままなのですね。
「リュート様、アレ……いいのですか?」
「お仕置きだから良いんだよ。気にするな」
「そうですか、お仕置きなら仕方ないですね」
怒鳴るように文句を言っている声がどんどん遠くなりますけれど、リュート様にお仕置きされるなんて何をやらかしたのやら……よっぽど酷いことをしたのでしょう。
自業自得というやつですよ?
リュート様は基本、とてもお優しい方ですもの。
怒らせるほうが悪いので、反省してくださいね。
職人街通りから海側へ抜けて大きな道へ出ると、昨日と同じ様に多くの人で賑わっていた。
うわぁ……今日も沢山人がいますね。
人波に流されないように、リュート様が自らの身体を使って私を守りながら、海浜公園に続く少し細い下り坂へと誘導する。
明らかに雰囲気が変わったその通路は、両サイドに樹木だけではなくカラフルな花々も咲き乱れ、甘い香りを放っていた。
暫く歩けば、遠くに大きな門が見えて来たのだけれど、門前まで沢山の人がいて前に進むだけでも大変そうである。
「ほら、ルナ。あっちを見てみろ。ルナの髪と同じ色の花だ」
遠目からでもわかるくらい、空の色の花弁をつけた花が咲いていた。
少し細めの茎に支えられた大きめの花が、風に揺られている姿が可愛らしいですね。
「見たことのない花ですが、どこか懐かしく感じます。髪色と同じだからでしょうか」
「色だけじゃなく、名前も似てるんだ。ルナフィルラ、この世界の創世神ルミナスラの守護花で、3種類色があって……ほら、アレもそうだ。綺麗だろ」
今度は通路の直ぐ側、目線の位置に備え付けられた木製のプランターに白い花が咲いていた。
よく見ると、透き通るほど薄い花びらが幾重にも重なり、花嫁が纏うベールのような透明感のある美しさを感じさせる。
あれ? この花……よく見てみると、どこかで……?
私が首を傾げたタイミングに合わせてリュート様が笑い、こっそり私の耳元に唇を寄せて囁く。
「これ、八重桜みたいな花だろ?」
あ! それで見たことがあると感じたわけですね!
納得です。
「青は8枚、白と最後の一色は10枚花びらがついているんだ」
「確かに似ていますけど、あちらは樹木ですから趣が異なりますね」
「そうだな。俺はこの花が好きで……香りもほら、凄く良いんだ」
顔を近づけて確かめてみると、甘くて心地よい芳香……空色と白では若干香りも違ってくるようで、白いほうが甘い感じがする。
独特の甘い香りには心を落ち着けるような効果があるのか、なんとなくホッとします。
「さて、ここから先は人が多いから、ノンストップになる。門を通り抜けて奥の小高い丘の方に一面ルナフィルラの花畑があって、最後の一色もそこで見ることができるから行ってみよう」
「はいっ! 楽しみですね」
白と空色のベールのように薄い花弁を纏う花が沢山咲き乱れる姿は、どれほど美しいのでしょう……それに、最後の一色も気になります。
白い石畳の通路を歩き、本当に沢山の人が見物に来ているものだと驚いてしまう。
日本でいうところの花見でしょうか、でも……カップルが多いような?
それに、騎士団の方なのか、白い鎧と赤いマントを身にまとった人たちが通路の端々にいて、人々を見守っている様子ですね。
「ん? 白の騎士団がいるのはわかるが、黒まで……魔物関連の騒動でもあったか?」
「え……どこでしょう」
多分、今から向かう方向なのでしょうけれど、リュート様ほど身長が高くない私には見えません。
背伸びしても人の壁に遮られてしまい、前方は見通せませんし……本当に多いですね。
「そろそろ広い場所に出るから、この混雑も終了だ。頑張れ」
「は、はい。リュート様が離さないでいてくれたら、大丈夫です。ですから、手をしっかり握っていてくださいねっ」
離された瞬間に迷子になること間違いなしですもの!
ぎゅっと握られている手の指と指が絡まるようなつなぎ方に変わり……あ、こ、恋人つなぎは……その……嬉しいですけれど、こんなに人が多いのにっ!?
かぁっと顔に熱が上がってくるけれども、リュート様は前方を見たままである。
黒の騎士団の動きが気になるのでしょう。
ご実家の方々が指揮されているのですものね……ま、まさか……夜お会いする予定のお父様がいらっしゃるなんてことは……
こ、心の準備がっ!
細い道を抜けて大きな門をくぐり、どうやら海浜公園に入ったようである。
門番をしていた黒い鎧に青いマントを身に着けた男性が驚いたようにリュート様を見て、軽く会釈をするのは見えましたけれど、どうやらご家族の方ではなかったようですね。
広場に出ると、混雑から開放された人々は、それぞれ目指す場所へと散っていく。
私達はどこへ向かうのでしょうか。
チラリと隣を見上げると、リュート様は何やら思案顔で……どうかしましたか?
何か気になることでも……
「気のせいか? ……そうだよな。まさか、いるはずねーもんな」
視線を巡らせて首を傾げたあと、小さく溜め息をついたリュート様は、「ごめん」と言って私を海沿いの道へと連れて歩き出す。
小高い丘になっている場所がありますが、あちらでしょうか。
カラフルな石畳が敷かれた場所を通り抜けようとしたところで、何やら人だかりが出来ているのに気づき、何事かと二人して視線を合わせてから首を傾げ、好奇心の赴くままに近づけば、そこにいたのは一組の男女で……「君だけを愛しているんだ!」「嬉しいわっ」などと、自分たちの世界に浸っている様子である。
あ、バカップルですね、理解しました。
これは、野次馬に加わらず、関わらないほうが良いやつですね。
「人前であんなセリフよく吐けるもんだ」
リュート様が声を抑えて呟き、私も激しく同意です。
恥ずかしくて言えませんよね。
「君のその青い瞳は、まるでルナフィルラの花のように美しく、僕の心をとらえて離さない」
うわっ、すごいセリフです!
何故か鳥肌が……似合う似合わないってありますが、そうではなく……何だかこう、言い方がねちっこいですね。
もっとサラッと言ったほうが格好良いですが……ここまで来ると寸劇のようです。
だから皆様も見物しているのでしょうか。
リュート様が似たようなことを言うなら……
『ルナのその髪色のように綺麗な花だよな』
な、なんて! 極上の甘い笑みを浮かべ、低く魅惑的に囁いて……
あ、はい、夢を見ました、すみません。
いけません、そういうことを期待しているわけではないのです。
しかも、こんな公衆の面前でリュート様がそんなこと言ったら、失神する女性が出てしまいかねません。
規格外のイケメンは罪深いのです。
「すげーセリフだな……本当に思ってたら言えねーだろ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。緊張するっていうか……照れるっていうか……」
「で、でも……リュート様が言ったら、すごい破壊力だと思います」
「そうか?」
「は、はい……そ、それはものすごく……」
言いながら想像してしまった私の頬に熱が上がってくるのを感じて、恥ずかしさのあまり手を離して頬を隠そうとするのに、離さないというようにぎゅっと握り込まれて阻止されてしまう。
困りましたね、真っ赤な顔をジックリ見られている気分です。
心臓がドキドキして、どうしましょう……
「あっちにある最後の一色は俺のお気に入りなんだ」
「そうなんですか?」
普通の会話だということにホッとして顔を上げて見ると、リュート様は優しく微笑んでいた。
照れている私を慈しむように見てくださる瞳があたたかくて……やっぱり、この方は罪づくりだとつくづく感じてしまう。
微笑み1つで、こんなにも私の心をかき乱していくのですもの。
「空色のルナフィルラはルナの髪みたいだし、白色は存在……というか、あり方を指し示しているように感じるんだ」
「……え?」
「白いルナフィルラは古来より、迷い人の道標とも言われている。手詰まりで、どうしていいかわからなくなっていた俺の元へルナは来てくれた。迷って立ち止まりそうになった俺の手を引いて導いてくれるだろう? だから、似てるなって……」
本当に嬉しそうに……慈しむように語られた言葉は、心を鷲掴みにして離すこと無く大きく揺さぶる。
「そして、最後の一色は……ルナそのものだって俺は感じている。だから、ココに来るなら絶対に見せたいと思っていたんだ。俺がこの世界で一番綺麗だって思ってる花だから、気に入ってくれるんじゃねーかなって……」
そこまでいってから、ハッとしたような顔をしたリュート様は、気まずそうに視線を彷徨わせてから苦笑し、照れたように笑う。
「わ、悪い。その……まあ、気に入る気に入らないは別としても、綺麗だから……一緒に見たかったんだ。それだけだ」
「気にいると思います! 最後の一色……す、すごく楽しみです。リュート様が綺麗だと思う物を、私も一緒に見たい……です」
「そっか……ありがとう」
柔らかく、優しく……だけど……甘く囁くような声で言われて、一気に心臓が騒ぎ出し不意打ちのリュート様の色気にあてられてくらくらしてしまいます。
こ、これは油断しました!
しかも、リュート様は純粋に、他意もなくいいましたよっ!?
狙っていません!
先程の男性の気障なセリフや、私の妄想なんて甘かったです……リュート様の本気は、そんな物を軽く凌駕していきました。
無自覚天然イケメンの心からの飾らない言葉は、私の心をガッチリ掴んで離してくれそうにもありません。
いえ、離さなくていいのですけれど!
しかし、色気漂うイケメンの本気を間近で一身に受け、気絶しなかった私を誰か褒めてください。
ゲームのようにライフポイントが見えるなら、限りなく0に近い気がしますけれど……ギリギリ立っていますよ?
「じゃあ、行こうか」
フラフラする私の手をシッカリ握って、此方だと案内してくれるリュート様に引きずられるようにその場を離れる私の耳に、誰かの呟きが聞こえた。
「やべぇ、マジもんの破壊力ハンパねぇ……」
「アレが本物か……」
「イケメンの……本気を見たわ」
「俺もきゅんっとキタ……」
最後の人! リュート様にきゅんっとしていいのは私だけですよっ!?
そこは譲りません!
ある種の危機感を覚えた私は、必死にリュート様の腕に縋り付き、それに慌てたリュート様はビックリしたように私を見たけれども、幸せそうにふわりと笑って優しく頭を撫でてくれました。
お花を見て、また私のように綺麗だと言ってくださるかしら。
でも、その時はこう言いましょう。
リュート様の真っ直ぐで優しく私を導いてくれる姿も、皆を信じて突き進む眩しいほどの輝きも、ルナフィルラの導きの白にソックリですねって───
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