悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第二章 外堀はこうして埋められる

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「うまかったぁ! 姉ちゃんすっげぇな!」

 お口にいっぱいクリームをつけたヨウコくんが、子供特有の無邪気な笑みを浮かべ、お行儀悪くぺろりと口の周りを長い舌で舐め取った。
 子供らしい仕草と言えばそうですが、お行儀悪いですよ?

「こら、そういう行儀の悪いことはするんじゃない」

 すぐにサラ様が注意して、どこからともなく出したハンカチで口と言わず顔を拭ってしまう。
 こうして見ると、幼い弟を持つ世話焼きの姉のようである。

 私とリュート様がその様子に和んでいると、ヨウコくんは何かを思い出したのか勢いよくリュート様のほうに顔を向けた。

「なぁなぁ! ミンチを作る道具って? パスタマシーンって?」

 先程の会話で気になっていたのだろうヨウコくんが、興味津々な様子で料理道具について質問してくる。
 リュート様は、どういったらわかりやすいだろうかと思案した後、ヨウコくんの為に紙を取り出し、サラサラと図を描いて説明し……って、リュート様、絵もお上手なのですね……そ、そうか、だから、色々な道具の再現力が高かったのですね!
 これほど綺麗なイラスト付きだったら、形状を理解して作れるでしょう。

「なるほどなぁ、魔法に強い素材でこういう物を作成するんだ……でも、この穴からは肉が出てきても、魔法で押し出す時に発動した風魔法はどーすんの? 魔法も肉と一緒に穴から出てきて怪我しちゃうじゃん」
「その穴の部分には、魔力遮断の素材を使うんだよ。そこで魔法を無効化するんだ」
「え……そのためには、一定量の風魔法を出力しなきゃだろぉ? 魔法の威力を計算して、一定の速さと力で使用できる魔石なんてないよ?」
「作ればいい。それにそれくらいの設定なんて、難しくないだろ?」

 不思議そうな顔をして首を傾げるリュート様に対し、こぼれんばかりに目を丸くしたヨウコくんは尻尾をピーンっ! と立ててから、大きくゆらりと揺らしたあと、楽しそうに笑いだしてしまった。
 何故笑われているのかわからん───というようなリュート様の反応に、サラ様も苦笑を浮かべているところをみると、やはり術式をそこまで扱える人がこの世界には少ないのでしょう。

「……すげー! マジかよ! 兄ちゃんは術式の天才なんだな! それに、素材の加工だって、ミリの世界じゃん! 加工してみてぇなぁ」

 うわー、すげー! と大興奮のヨウコくんの様子を眺めながら、この子って本当に作るのが好きなのだなぁと感心してしまった。
 リュート様が紙に書き込んでいく言葉と形状を理解し、問題点を口にして質問を重ね、彼にとっては斬新な技術なのだろうに、それを抵抗なく受け入れてしまう。

「よし、ヨウコ……お前、俺の生産工房で働く気はねーか」
「は? 俺まで面倒見てくれんの?」
「ああ、見込みがありそうだからな」

 そう言って、リュート様はヨウコくんを気に入ったのか、頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でている。
 嬉しかったのか、気持ちよかったのか、ヨウコくんの尻尾が大きくゆらりと揺れます。
 う……羨ましくなんて……ないですよ?
 私もして欲しいなんて、思っていません。
 で、ですから、サラ様……ニヤニヤしないでください!

「ギムレットっていうドワーフの爺さんに紹介してやろう。腰を痛めて重い荷物が持てないから、そこはフォローしてやってくれ」
「お、おう、いいぞ!」
「お前は、ものづくりの基礎から学べ。腕は良いし理解力もある。あと、さっきの発酵石の器をできる限り作って欲しいのと、今後……ある素材が見つかったらの話だが」

 そこで一旦言葉を区切ったリュート様は、チラリと私を見てから口を開いた。

「米の酒を作ってみねーか?」

 日本酒!
 お米のお酒……日本酒ですね!
 うわぁ……この世界にはない、日本の味です!
 お料理にも使い勝手がいいですし、ぜひとも欲しいですが……ヨウコくんは嫌がらないでしょうか。

「お前、酒造スキル持ちだろ?」
「お、おう……確かに、酒造スキルを持ってるけど……どっちかって言うと、細工のほうが得意なんだぞ?」
「米の酒は、この世界では初になるだろう」
「世界……初……で、でもさ、酒造って……俺の里じゃ、未成年には作らせてくれねぇよ? 器作りしかさせてくんねぇもん」

 あれ?
 もしかして、酒造スキルそのものは嫌ではなく、むしろ……任せてほしかったのでしょうか。
 成人していないという理由で作らせてもらえないのが、納得出来なかった。
 そういう理由もあって里を出たとか……

「作りたいか、作りたくないかだ。どっちだ」
「作りたい!」
「よし、なら……任せた」
「……お、おう! やる! そのコメってやつで酒を作ってやる!」

 うわっ! うわぁっ! と大興奮のヨウコくんに、私達は目をパチクリさせてしまうけれど、リュート様は想定内だったようで、至って平然とした顔をしていた。
 もしかして、この子が本当に作りたいもの……わかっていたのでしょうか。
 先程の細かな細工が好きという言葉も嘘ではないでしょうし、好奇心旺盛で色々試したいのかもしれませんね。
 しかも、そのチャンスを無駄にしないで頑張ろうという姿勢は、見習うべきものがあります。
 私も、色々チャレンジしていかないと!

「さて、ギムレットに紹介といっても、すぐには難しいだろう? アイツも誰かさんのおかげで忙しい身の上だ」
「まぁ……そうだな」

 何かとても含みのある言い方をされたリュート様は、一瞬頬を引きつらせたあと、何事もなかったかのように口を開く。
 リュート様……何をしたのですか?
 問うような視線を投げかけているのに、彼は視線をかわしてしまう。
 よほど、言いづらいことらしい。

「連絡は入れておくが、やっぱり俺が同伴の方がいいだろうしな」
「私も、この子を預かっている手前、挨拶がしたい。明後日くらいでどうだろう。引き継ぎも終わる頃合いでタイミングも良い」
「学校が終わってからになるが良いか?」
「ああ、お前は召喚術師科に転属になったんだっけ? まだ学ぶべきことがあるってのは大変だね」
「大変というのも少し違うな。召喚獣に関してだし、それは直接ルナに関わることだから、積極的に覚えていこうと思う」

 サラリと言われた言葉に真っ赤になってしまったけれど、サラ様は「そう言えば、召喚獣だったんだっけ」と、思い出したように呟いて私の方を見るのだけれど、ヨウコくんはあんぐりと口を開いたまま私を見て固まっている。

「まあ、リュートに関わるなら、その辺りから慣れていきな」

 サラ様が何かを悟ったかのような口調で静かに告げ、ヨウコくんの肩をポンッと叩く。
 それを「解せん」と渋い顔をして呟くリュート様が印象的で、私は思わず溢れる笑いを噛み殺すのに苦労した。

「このレシピたちは夕方までに登録が完了するだろう。報酬は、販売額の8割が手元に入ってきて、2割はギルドに手数料として支払われる方式だ。支払い方式はどうする?」
「そうだな。まだ市民登録が完了してねーから、口座も作れてねーんだ」
「じゃあ、毎週一回日曜日に受け取りに来る形にしようか。どうせ、お前が離れずついてくるんだろう?」
「当たり前だ」
「なら、なんの問題もない。市民登録出来て銀行で口座を開設したら、口座受け取り申請を出せばいい」

 書類を数枚用意され、リュート様がそれを確認した後、私の方に渡してくれたのだけれど、いまサラ様が説明してくださったとおりの内容が事細かく丁寧に書き記されているだけであったので、サインをしてから書類を渡した。

「よし、これで登録申請受理だ。この大事なレシピたちは、ギルドで責任を持って鑑定して登録するからね。金額が決まったら、すぐに連絡が行くから、値段に不服であったなら、後日新たに値上げ交渉を行って欲しい。まあ、その辺りはリュートが詳しいから頼りな」
「は、はい」
「料理レシピは、他のレシピに比べて安価なのがいただけないが……これからは、それも変わるかもしれないね」
「そうだな」

 どうやら、物欲のあまりないキャットシー族相手であったがために、金額について文句が全く出なかったこともあり、他のスキルレシピは賃上げ交渉の結果、現在の金額に落ち着いているようなのだけれど、料理だけは当時のままなのだということである。
 でもまあ……それでより多くの人が手に取る機会が増え、美味しい物が広がれば、それはそれで嬉しいですよね。

「だが、ルナのレシピは高値がつく場合があるから、安価だとか言っていられないかもねぇ」
「やっぱり、希少クラスか」
「私の感覚では、そうだと思うよ。一般人が習得できるギリギリラインだ。調味料だけはレジェンド級で何ともならないから、さっき言っていた方法しかない」
「なあ、アレンジ調味料だったら……」
「それは、完成された調味料があるという大前提があって始まる話になるから、レジェンド級にはならないが、それに限りなく近い希少って扱いだろう。つまり、味に格段の差が出るぞ」
「だろうなぁ……」

 レシピのクラスによってスキルの有無の差が激しく影響されるということを知り、お店のあの味というものは、この世界でも家で実現するのが難しいのだなと、改めて実感した。
 ただ、そうなれば……店に足を運んで味わいたいという人たちも出てくるでしょうか。

「ゴーレムか……ボリスに相談しないとな」
「ああ、そうだった。素材をまだ渡してなかったね。生命の宝珠の核にはコレがいいだろう。あと、体の素材はコレだ」
「は……? いや、まて……これって……」
「持っていけ。扱える奴が居なくて困っていた売れ残りどもだ」
「……はぁ、これ掘り出したヤツに礼が言いてーわ。プリズム水晶か……超レアだな」

 サラ様に差し出された宝珠の核というものは、七色に光る丸い物体で、とても珍しい物みたいですね。
 それと一緒に差し出された体に使う物質は、光の加減で紫にも見える真っ黒な鉱石だった。
 あれ?
 どこかで……見たような?

「しかし、体のほうは……これって、クズ鉱石だろ? 無理難題押し付けやがって……」
「それの謎が解明されたら、辺境の地が潤うんだ。お前の優秀な頭脳で何とかしてくれないかい?」
「これ……なぁ。マナの伝達は、どの鉱石よりも優れているのに……水や熱で溶けない、叩けば砂状になる、かといって何にも混ざらないって……難しすぎるだろ」

 途方にくれるように天を仰いだリュート様は、とりあえずその素材の精算をしてから受け取り、アイテムボックスにしまいこんだ。
 あとで、ジックリ見せてもらいましょう。
 勘違いかもしれませんし……

 とりあえず、ギルドでの登録は無事終了です!
 まだ仮登録の状態でしたけれど、手数料は報酬から天引きという形でレシピを都合していただいて、シモン様たちの分も無事確保しましたから、一安心。
 ようやく緊張から解き放たれた私がホッとしたのを感じたのか、リュート様が「お疲れ様」と甘く耳元で囁いてくださって、驚きのあまり、危うく椅子からずり落ちそうになったのは内緒なのです。

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