悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第二章 外堀はこうして埋められる

2-21 フォルクス族の少年

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 落ち着きを取り戻し、いつ誰が入ってきてもおかしくない……というか、サラ様が戻ってきてもおかしくないと思っているところで甘えるのも気恥ずかしく、先程のようにからかわれてしまいますから自重しましょう。
 ほ、本当は……もうちょっと甘えたいのですが、リュート様にご迷惑をかけるわけにもいきません。

「まあ、アレだ……あまり人目の無いところで昼飯を食おう……」

 その言葉が意図していることがわかり、思わず嬉しくなって「はいっ!」と頷くと、リュート様も柔らかく微笑んでくださいました。
 ふふっ! お昼の海浜公園ではぞんぶんに甘えられそうですよ!
 やっぱり、ぎゅううぅぅって抱きしめていただかないと落ち着かないのです。
 召喚獣だからなのでしょうか……いえ、最近はこれが私の性質ではないかと考えていたりしますが、気恥ずかしくて言えません。
 なので、召喚獣だからということにしておきましょう。
 ほ、ほら、ガルムがレオ様の頭の上で落ち着いているように、私はきっとそれがリュート様の腕の中なのです。
 うん、そうに違いありません。

 カチャリと扉が開く音がしてそちらを見ると、サラ様が颯爽と入って───来られませんでした。
 何かちっこいモノが足にしっかり張りつき、それでも歩こうとしているので引きずっています。

「すまん……待たせたな」
「だーかーらー、コレを登録してどうにかしてくれって言ってんだろぉっ!」
「バカ抜かせ! そんな小さい器で何ができる! もう少しデカイ物を作ってこい!」
「でも、安定させて持ち運べるってなると、この大きさが限界なんだよ!」
「そもそも、その発想がオカシイだろうが!」

 サラ様の足にしがみついている小さな子は、シロたちほどの身長しか無く、どう見てもお子様……ですよね?
 ガッチリしがみついていて離れそうにもありません。
 さすがに、幸福のレシピやゴーレムの話を詰めようとしているのに、この珍客は……困りましたね。

「あーもー、魔石・鉱石関連の部署に行ったらコイツに見つかっちまって……振り払っても振り払ってもコレだ」

 ヤレヤレと困った様子でため息をつくサラ様……あのサラ様をここまで困らせるなんて、中々やりますね、少年……というか、坊やというくらい小さい……ような?
 しかも、よく見れば大きなピンッと立った耳、お尻にはふっさふさの尻尾がたくさんついています。
 小さな九尾?

「へぇ、珍しいな。フォルクス族じゃねーか。あまり集落から出ない一族がどうしてここに?」
「ああ、コイツは酒造りの道具じゃなくて、他にも沢山の物を作ってみたいって、家出同然に集落を飛び出してきたんだ。いまは、ちょっとした縁があってうちで世話をしているんだが……大きな物を作るより小さいものを好む性質があってな。酒造りに必要な道具は大きな物が多いのに、コイツときたら……」
「だから! これはきっと小さくても役に立つんだって!」
「酒を発酵保管する器が小さくてどうする! 酒は完成までに時間がかかるんだから大量に仕込む必要があるのに、量が入らなきゃ意味ないだろう」
「でも……」

 発酵させる小さい器?
 私は思わず少年が背負っている器を見つめる。
 大きさは電子レンジくらい。
 箱状であるために、お酒を発酵させるという言葉とは結びつきづらい形状をしていた。

「なあ、サラ姐さん。酒を発酵させる器って?」
「そうか、あまり知られていないのだったな。フォルクス族は、もともと酒の神の加護を持つ一族で、各国にある葡萄酒の半分はこのフォルクス族産だ。酒の神から与えられた発酵石という物を加工して巨大なタンクをつくり、その中に葡萄を潰したものを入れて熟成発酵させ、一度ろ過したものを樽で寝かせて沈殿物を除去しつつ更に熟成させて旨いワインを作る」

 へぇ……と、工程を聞いているリュート様は、興味津々である。
 ワイン造りなんて、日本でも見学ツアーであったりTV番組で取り上げられたりと、何かとブームだと騒がれた時期もあった。
 しかし、覚えているのかと問われたら、怪しい。
 辛うじて覚えていたとしても、それで作れるかどうかというと、また別問題になる。
 リュート様は、お酒を味わって飲むのが好きなようだとキュステさんにこっそり教わったので、何となく食いついた理由もわかった。

 ふふっ、お酒もお料理も、美味しいものが好きなのですよね。
 さすがにお酒は造れませんが、美味しいお料理は頑張ります!

「店の酒はキュステが担当しているから、お前は知らなくて当然か」
「まあ……当時はまだ未成年だったし、飲みたくなったら困るからキュステに任せておいた」

 リュート様、後半は本音がチラリですよ。
 日本では成人していたようですから、飲みたくなりますよね。
 私だって、リキュールやカクテルくらい……いえ、ワインだって飲めますよ?
 一応、あちらでは成人しておりましたから。
 今度ご一緒できたら良いな……と、淡い期待を胸に、サラ様の話に耳を傾ける。

「酒の神がその発酵石を与える前は、安定して酒を造ることが困難でな。旨い酒が飲みたかった酒の神と石の神と鍛冶の神が手を組んで、大地母神に泣きつき協力してもらって作り上げたのが、発酵石なんだ」

 うわぁ……呑兵衛の神様に絡まれた大地母神様が、何だか可哀想ですね。
 どこの世界でも、呑兵衛の神様は迷惑をかけてしまうものなのでしょうか。

「確かに、あの三神は酒好きで有名だったな。しかし、発酵石……ねぇ。その背中の器は、ソレで作ったのか?」
「そうだぞ! 本来、フォルクス族で使う発酵タンクはとんでもなくデカイ物だからな。小型化したら家でも酒を造れるんじゃないかって……」
「バカか。酒造レシピは取り引き禁止だろうが!」
「あ……ああああああっ!」

 サラ様に容赦なく怒鳴りつけられ、フォルクスの少年は今気づいたというように大きな声で叫ぶ。
 え……そうなのですか?
 驚いてリュート様を見ると、彼も苦笑して頷いているところを見ると、この世界ではソレが常識なのでしょう。

「さすがに酒は、それぞれの風土に合わせて作っている物だから、一族以外門外不出というのが常識だな」

 リュート様の説明で、なるほどと頷いて……そして、ハタと気づく。
 あれ?
 でも名前からして、その石って……お酒だけに適用される物なのかどうか……怪しくないですか?

「あの……その器でお酒を発酵させるのが安定するってどういう仕組みなのですか?」
「そうだねぇ、簡単に言えば、腐敗を防ぎ発酵を促すということか。詳しくはわからないが、腐敗となる原因を取り除いて、発酵を促す素となるものを活性化させるとか言っていたような……あの三神はわかっていなかったが、大地母神はそう言っていた」

 まるで見てきたかのように語るサラ様の言葉を聞き、私とリュート様は顔を見合わせる。
 多分、地球で言うところの人体に悪影響となる腐敗菌などの雑菌を取り除き、酵母を活性化させるということなのかもしれませんね。

「つまり、これって……お酒以外でも使えるんじゃないでしょうか」
「は?」
「発酵させて作る食品や調味料なんていうものもあります。この世界でも存在する物でしたら、ヨーグルトやチーズ……あれ? 意外と少ないですね」
「ああ、そりゃ……」

 リュート様が溜め息をつくので、あ、そうですね、バリエーションがあるなら、食に関して苦労していませんよね。
 お酒の種類が多いのは、呑兵衛神の努力の賜物なのですね?
 なるほど、理解しました。

「えーと、私が考えているのは、パン種、もしくは、直接パンの一次発酵を促せるのではないかと……」

 柔らかいパンが見つかったのは、「焼く前のパン生地を放置していたら偶然発酵したからという説があるし、パンの発酵にワイン等の酒を使ってたところもある。ワインが美味しい地域はパンも美味しいと言われるんだぞ」と兄と一緒にパンをこねている時に教えてくれましたもの。
 そういえば、兄は何気にそうやってネットで調べたりした情報を、私に語って聞かせてくれましたね。
 うんちく好きというのでしょうか。
 まあ、いま思えば私が「お兄ちゃんよく知ってるのね、凄い!」って褒めていたのが原因かもしれませんが……
 つまり、それを元に私が考えたのは3つ。
 1つ目は、ドライイーストを混ぜたのと同じ様に生地を作って、一次発酵させる方法。
 2つ目は、生地にお酒を混ぜて発酵を促す方法。
 3つ目は、確実にパン種から作っていく方法。
 パン種は時間がかかるし、手間もかかるから……できることなら1つ目か2つ目の方法でなんとかなれば有り難い。

「……マジか」
「成功する可能性が高いと思います。あとは、温度を一定に保てたら……」
「任せろ。ガキンチョ、ちょっと見せてみろ」

 サラ様の足にしがみつく少年は目をぱちくりさせてリュート様と私を見るけれども、話についていけていないようで、可愛らしく首をこてんと傾げているだけである。
 見かねたサラ様が背中の大きめな器をリュート様に渡し、その器を見聞していたリュート様が、魔石を入れて密封してしまえばいいだろうと言う結論に達した。

「つまり、30℃程度に保てる……ということでしょうか」
「できる」
「では、実験したいです!」
「わかった。よし、これを購入しよう。フォルクスのガキ、名前は」
「よ、ヨウコ」

 ……安直すぎて引くレベルですけれど、大丈夫ですか?
 え、それって「妖狐」ですよね?

「由緒正しき名前なんだぞ! ヤマト・イノユエがつけてくれたんだ! どうだ、凄いだろう!」

 誇らしげなヨウコくんには悪いのですが、それは……ちょっと……いただけません。
 本人が居たら「何考えているんですか」というツッコミ必須レベルです。
 リュート様は呆れ顔で溜め息をつき、何故かサラ様まで苦い顔をしていました。

「俺前から思ってたんが、アイツ……ネーミングセンスねーわ」

 他の文献などで知っているのでしょうか「センスがない」と断じたリュート様の言葉に、今回のネーミングセンスを見ただけでも激しく同意します。
 しかし、ヨウコくんは納得していないようで、何がいけないんだ! と怒っています。
 まあ……名前のことは触れないでおきましょう。

 って、あれ? 待ってください。
 ヤマト・イノユエって、かなり昔にいた人ですよね。
 何故この子に名前?

「フォルクス族は、500年でやっと成人なんだよ。この子はまだまだガキなのさ」

 私の疑問にサラ様が答えてくださいましたが……500年で成人……え? どれくらいの寿命を持つというのでしょうか。
 恐ろしくて聞けませんが……竜族もいらっしゃいますし、陰険エルフもいるから、長寿の種族は意外と多いのかもしれませんね。

「ふむ……そうだな、いいタイミングか。そのフォルクスのガキの面倒も見てる姐さんに1つ提案があるんだけどさ」
「なんだい」
「うちの商会、これから大きくなる。料理店のキルシュもそうだし、これから作ろうとしているゴーレムの調味料工場もそうだ。生産工房も、人を増やさなくちゃならない」
「そうだね。あの調味料を製品化するなら、早いほうがいいだろう」

 リュート様の言葉の意図がつかめず、私達全員の視線が彼に集まる。
 何の提案なのでしょうか……

「キルシュはキュステ、生産工房はギムレット、工場はこれからだからわかんねーけど、適任者に任せることになる」
「ふむ……」
「その、3つの部署の統括っていうか、資金繰りも含めて姐さんに任せたいんだけど、俺に雇われねーか?」

 えっと、本気ですかリュート様。
 だって……サラ様は、レシピギルドの職員ですよ?
 これって、引き抜きですよね……大丈夫なのかしら。
 私が不安を抱いている中、ヨウコくんはビックリしてサラ様の足から落ち、誘われた本人は驚きのままにリュート様を凝視していた。

 誰もが言葉を発することなく固まっているという異様な空気の中、リュート様だけが意味深に……だけれどこの先の結果が見えているような不敵な笑みを浮かべていたのである。

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