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第二章 外堀はこうして埋められる
2-17 認識の違い
しおりを挟む私もイーダ様を支える友人の1人でありたいと考えれば、自然とあることを思いつく。
心の中で「リュート様ごめんなさい」と謝って、先ほど作ったばかりのロールケーキを一本取り出した。
「な……なんですの、それは……」
「ロールケーキです。ベリリたっぷりなんですよ?」
「え、ええ……ベリリ……よね……えっと、ケーキ……ですの?」
「リュート様とお昼にいただく分なのですが、ここですこーし味見しましょう」
二切れカットし、用意していた木の皿にロールケーキを置きフォークを添えて、イーダ様に差し出す。
「生クリームとベリリ、あとはふんわり生地の甘いケーキです。どうぞ、食べてみてください」
「え、ええ……初めて見る物だからびっくりしますわね」
イーダ様はおっかなびっくりな様子で、輪切りにされたロールケーキをじっくり眺めた後、フォークで生地をふにふに押して、その柔らかさに驚いたように目を丸くした。
「柔らかそうですわね……」
「ええ、ふんわり出来ました」
私の笑顔に促され、フォークをロールケーキに入れて一口大に切ってから口に運び、ぱくりと食べてから……目を丸くして見事にフリーズしてみせた。
えっと……何故固まったのでしょうか。
「~~~~~~っ!!」
イーダ様が悶えています……すっごく悶えていますね。
フォークを持っていない方の手を頬に当てて、目を細めて頬をほんのり染めてうっとりとしている様子は可憐そのもの。
美しいです、イーダ様!
今まで、我関せずでテーブルの下で眠っていたらしいファスも起きてきて、何それ頂戴頂戴とおねだりしている。
イーダ様の食べているロールケーキと、私の皿にあるロールケーキをチラチラ見ています。
視線が痛いです……
ファス……あなた、私の方を奪おうとしていますね?
本当に、食い意地が張っているのですから……
2つ分切った後のロールケーキを、リュート様にいただいた白いポーチ……最大遅延効果のついたアイテムボックスにしまいこんでおいて正解です。
今も一本丸ごと外に出ていたら、たくさん食べたいとお強請りされたでしょう。
あれはリュート様の分ですから、ダメです。
ロールケーキの収納は、リュート様のアイテムボックスのほうが良かったかしら。
6時間程度なら、作りたてと変わらないと教えていただきましたけれど……慣れていないこともあり、心配になってしまいますね。
「ルナ、これは何? どうやって作っているの? こんな美味しい物を食べたのは初めてよ!」
大興奮なイーダ様の気迫に若干押されながらも、レオ様やシモン様のようにレシピを確保したほうが良いのかもしれないと思いつく。
「えっと、レシピは今日ギルドで登録しようと思いますから、登録が終わったロールケーキのレシピを、一枚確保しておいたほうが良いでしょうか……あ、他にも必要になるメレンゲのレシピも……」
「両方お願いしますわっ!」
「はいっ!」
食い気味にそうおっしゃってくださるイーダ様に、先程の暗い影は全くと言っていいほど見当たらない。
良かった……と安堵の吐息をつき、やっぱり美味しいものって人を幸せにするのだと改めて感じ、喜びを噛み締めた。
リュート様も、イーダ様も喜んでくださいましたもの。
いいえ、お二人だけではなく……レオ様も、シモン様もそうです。
レシピを使用して作られるガレットを、明日の朝には食べるだろうトリス様も、気に入ってくださるかしら。
みんなが笑顔でいてくれたら、嬉しい……とても、嬉しいです!
私は、これからもこうして笑顔で居て欲しい方々のためになる、美味しい料理を作っていきたいですね。
一番喜んでいただきたいのは……リュート様ですけれどね?
和やかな雰囲気でお茶を飲んでいると、何やら黒い気配が近づいてきます。
なんでしょう……
気配がする方に目を向ければ、どこかで見たようなゴージャス美人……あ、ベンチでリュート様に声をかけていた方ですね……が、声をかけてきた。
「ちょっと、貴女がリュート様にちょっかいをかけてる、身の程知らずな女なの?」
それはそちらでしょうに……と、イーダ様の呟きが漏れる。
どうやら、彼女たちのお目当ては私のようですね。
このままでは騒ぎ出しかねない雰囲気にヤレヤレと内心ため息を吐きながら、ゆっくりとした動作で椅子から立ち上がった。
何故か、彼女たちの視線が顔から胸に集まるのですが……なのですか?
お肉付きすぎ、ぽっちゃりしていると言いたいのでしょうか。
そういうお話なら受け付けませんよ! という気配を放ちつつ無言で微笑むと、彼女たちはビクリと顔を引きつらせる。
嫌ですね、人の微笑みを見て引きつるなんて……怖い顔をしているみたいではないですか。
「あ、アナタ、ちょっと胸が大きくて顔に自信があるからって、リュート様の周りをチョロチョロしないでくださらない?」
胸の大きさは私も気にしているところなので、わざわざ口に出さないでください。
できることなら、そこはデリケートなところなのですからノータッチでお願いします!
「だいたい! アナタ、どこの誰なのよ!」
あれ? これは、文句を言ってくる割りには、事前調査していないということでしょうか。
あちらでは、こういう場合、必ず下調べを行ってからという相手ばかりでしたから、とても面倒だった覚えがありますが……
こちらでは、そういう習慣がないのでしょうか。
でしたら、単なる難癖ですものね、お相手するのも楽というものです。
いえ、もしかしたら……油断を誘っているということもありますから、気を引き締めて参りましょう。
一応、これでも侯爵家の娘ですよ?
他の方々より回数が少なくても、こういった方々の相手をすることだってございましたから、慣れております……怖くないです。
ほ、本当ですよ?
あ、でも、あちらではこういう場合、何故かベオルフ様が無言で近づいてきて「どうした」と声をかけてくださっていたような……
あれ? いま思えば、追い払ってくださっていたのでしょうか。
わ、私、いまになって気づくとか……ど、どうしましょう!
え? ええええっ!?
ベオルフ様すみません!
今更で大変申し訳ございませんが、とても感謝致しますうぅぅぅっ!
「聞こえておりますのっ!?」
キンキンした声が現実に引き戻してくださいました。
ベオルフ様には、心の中で土下座しておきますね。
さて、今は目の前の方々に集中しましょう。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。こちらの世界の作法に疎く、失礼があってはリュート様にご迷惑をかけてしまいかねませんので、私の世界の作法でご挨拶をさせていただきますね」
前もってこう言っておけば、ちょっとした失礼なことがあったとしても何とか……なりますか?
こちらの世界の作法……やっぱり、習っておくべきですね。
「先日行われた召喚の儀により、リュート様に召喚されてこちらの世界に参りました、グレンドルグ王国クロイツェル侯爵の娘、ルナティエラと申します」
お手本になるくらい見事なカーテシーをして見せ、相手を黙らせることには成功したようですけれど、これくらいで引き下がるような相手では無いですよね。
昨日の今日でコレですもの。
「主は生憎と不在でございますが、何か御用でしょうか」
「え、えっと……え? 貴女……本当に召喚獣なの?」
「はい。紛うことなきリュート様の召喚獣でございます。契約紋をご覧になりますか? あまり見せるなとリュート様にいわれておりますが……致し方ありません」
するりとブラウスのリボンを解いて、ボタンを数個外して胸元を開くと、私の鼓動に呼応するように契約紋が輝く。
リュート様に怒られるかしら……でも、女性相手だったら別にいいですよね?
彼女の周囲にいる女性たちが、「でかい」「養殖じゃなかった」「本物でアレって詐欺……」とか呟いていますけれど、酷いです。
養殖だったら、減らせるじゃないですか! 私もそちらのほうが良かったです!
大変申し上げづらいのですが、これは自前の天然物です。
取ったら減らせる便利なものではございませ……って、あれ? この世界には『養殖』って言葉があるのですか?
「た、確かに……契約紋みたいだけど……貴女みたいな召喚獣いままで……」
「あら、リュートが呼び出した召喚獣にケチをつけますの?」
ファスにロールケーキを一口あげて、優雅にお茶を楽しんでいたイーダ様からの援護射撃です。
さすがです……こういうことに慣れていらっしゃいますね。
「そ、そんなこと言ってないでしょう!」
「なら、なんですの?」
「主従だったら、節度を持てと言っているのよ! 手を握って歩いたり抱きしめられたりなんて!」
「それは、リュートがしているのですから、ルナに文句を言われても困ってしまいますわね」
「拒むことぐらい出来るでしょう!」
「え……どうして拒まなければならないのでしょう」
私が目を丸くして問い返せば、目の前の彼女は「は?」と言って固まってしまった。
「だって、リュート様がぎゅうぅって抱きしめてくださるんですよ? とっても良い香りがしてとろけるような甘い声で囁いてくださって、優しい笑顔を向けてくださるのに、拒むなんて勿体無い!」
「あ、え? ……はぁっ!?」
「それに、時々甘えたように『だめ?』ってたずねてこられて……ああ、もう可愛いんですから! ダメではないです、どんと来いです!」
あの時のリュート様の破壊力と言ったらないのですよ!
格好良いのに可愛いとか最強ではないですか!
しかも、眼鏡をかけた時のインテリ風とか……もう、どれだけギャップ萌えで私を翻弄する気なのでしょう!
鍛えられた肉体も素晴らしく、硬いだけではなくしなやかで、腹筋も割れていてビックリしてしまいます。
お腹をぽんぽん叩いても、びくともしないのですよ?
私を抱えあげても危なげなく運んでしまいますし、ふらつきもしないで歩くのです。
同じ人間の体とは思えません!
他にも、朗々とリュート様の素敵なところを語り続け、目の前の彼女が頬を引きつらせてきたタイミングで、言いたいことがあるのだろうと察して同意を求めた。
「そう思いませんかっ!?」
「え……え? あの……何を言っているのか……意味がわからないわ! あの方は、無表情で笑顔なんて……」
「え? 無表情な方が少ないですよ?」
「そんな!」
何を言っているのでしょう。
しかも、あれだけ語ったにも関わらず、食いつくのはそこだけなのですか?
もっとリュート様の素敵な部分で一緒に語れると思ったのですが……残念です。
しかし、リュート様の無表情ですか?
昨日から今朝の様子を思い返して見てみる……笑顔が多い……けれど……ああ、確かに最初は表情があまり動かなかった……かしら。
でも、すぐに笑うようになって、コロコロ表情が変わりましたよ?
「まあ、彼女の言うソレが一般的なリュートに対する評価ですわね」
「え? あんなに優しく微笑んでくださるのに……ですか?」
「ルナの前だからですわよ」
そ、それは嬉しい……ですっ!
私の前では、甘く優しく微笑んでくださるということですよね。
あのとろけるような甘い笑みを、私だけが見ることが出来るだなんて……い、いやですね、すっごく嬉しくてにやけてしまうじゃないですか!
私はとんでもなく贅沢者だと、緩む口元を両手で押さえ、それでも隠しきれない喜びに打ち震えた。
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