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第二章 外堀はこうして埋められる
2-6 小麦粉のガレットとポテトサラダ
しおりを挟む「これは美味そうだな!」
「すごいですね……クレープに似た生地なのでしょうか……でも、彩りが素晴らしく、チーズがとろけていて美味しそうです」
テーブルに所狭しと並べられた朝食たちを見て、レオ様もシモン様も嬉しそうに目を輝かせています。
リュート様はグラスに氷を入れ、好んで飲んでいる緑茶を注いでから全員の前に置き、私はナイフとフォークを各自に配り終えて、リュート様の隣に座る。
ガルムもタロモも席(レオ様とシモン様の膝の上)につき、そわそわとガレットを見つめているけれど、あなた方、本当になんでも食べられるのですね。
……っていうか、その特等席は良いですね。
私も───いえ、食事するどころではなくなりそうですから、自重しましょう。
「さて、ルナの頑張りに感謝して、いただきます!」
ぱんっ! と両手を合わせてペコリとお辞儀するリュート様に微笑みかけると、「またその儀式か」とレオ様は呆れ顔である。
どうやら、こちらではこの「いただきます」が通用しないようですね。
私も習って同じようにしていたら、シモン様が「仲がいいですね」と微笑ましそうに見てくださいましたが、私にとってもこれは懐かしい挨拶なのですよ?
一瞬、リュート様が泣きそうに顔を歪めたのは、見なかったことにしましょう。
今は触れられたくないでしょうから……
すぐに料理に視線を移したリュート様は、大きな器に盛られたポテサラを見つめます。
「すげー量だな。しかも、美味そう! 生野菜とポテサラってなんでこう……一番に手を出したくなるんだろうな」
小皿に取ってみんなに配っているリュート様は、やっぱり気配り上手さんですね。
一人ずつ盛り付けようかどうしようか迷い、どれくらい食べるかわからなかったので、各自にお任せスタイルにしたのですが……リュート様の手間を増やしてしまったかも知れません。
でも、それすら気にしていないように配り終えたリュート様は、フォークに乗せたポテトサラダをぱっくんと音がするくらい勢いよく頬張りました。
「んまっ! あー、マヨはこうでなけりゃなぁ……やっぱり、マヨとジャガイモの相性抜群! しかも、塩加減といい、キュウリとニンジンの歯ごたえや、玉ねぎの程よいシャキシャキ感。ハムもいい味出してんなぁ……」
味わって食べた後に出てきた言葉は嬉しいものばかりで、少し口元が緩んでしまいます。
美味しい食べ物を食べている時のリュート様は、本当に少年のように無邪気で可愛いのですもの。
「しっとりとしていて、酸味と塩味……あとは、野菜の甘味を包み込む、このコクがあってマイルドな物が、マヨって言ってるものですか?」
「そうなんだ。いつも分離しちまって、上手く出来なくて困ってたやつな」
「あー、カフェもラテも困っていたやつか。ルナにかかったら、すぐに出来上がってしまったとはな!」
ぱっくん! と大きな口を開いてポテトサラダを頬張ったレオ様は、嬉しそうである。
けれども、このポテサラを一番気に入っているのはシモン様のようで、大食いの二人より速いペースで小皿にぽんっと取っては、ぱくりと食べていますね。
ガルムも肉食のはずなのに、はぐはぐ食べているし、タロモも嬉しそうにぱっくんぱっくん口に運んでいる。
「このマヨ、卵と油とビネガー以外何が入ってるんだ? なんか……こう、油臭くないっていうか、すっげーいい感じだけど」
「レモン汁とマスタードが入ってます」
「マスタード!? ……マジか」
どうやら知らなかったみたいですね。
リュート様はお料理しませんし、市販のマヨがあるのですから、それほど気にしたこともなかったでしょう。
ですから、知らなくても当たり前といえば当たり前のことなのかもしれません。
食品メーカーさんの作るマヨネーズは、安くて美味しいですものね。
「ポテトサラダにも追加でマスタードが入っていますし、塩コショウとマヨだけでは、この味は出せません」
「へぇ……知らなかった。色々入ってるもんなんだな」
本当に材料や作り方を知らないのだなぁ……と見ていると、考えていることがわかったのか、バツが悪そうにリュート様は首を竦めた。
でも、私の作った物を美味しいと食べてくれるのですから、ヘタに料理上手より良かったのかもしれませんね。
私より料理が上手な方だったら、ご満足いただけない可能性だって無いとは言い切れませんもの。
良かった良かったと思いながら口に運んだポテトサラダは、私が今まで作った中でも一番! と言えるくらい美味しい。
程よい大きさに潰されたジャガイモが絶妙です!
なめらかなタイプもいいですから、リュート様のお好みで変えていきましょう。
「さーて……メインに行くかなぁ……小麦粉のガレット!」
ナイフとフォークを構え、リュート様の目が爛々と輝く。
すっとナイフを入れて、卵を割り、とろりとした黄身が流れ出す。
それだけでも美味しそう! と感じてしまうのは、私達がチーズと卵の黄身が一緒になったときの美味しさを知っているからかもしれません。
ナイフで一口大に切り分け、フォークですくい取ると、とろぉっとチーズが伸びます。
それを無言でパクリと食べたリュート様は、数回咀嚼して、思わずといった様子で満面の笑みを浮かべた。
「すっげー旨い! なに、このモチモチした生地! あー……これはヤバイ……もちもち生地に、とろっとしたチーズに濃厚な卵黄……しかも、具材がまた旨いのなんのって! 塩コショウだけだろ? これ」
「そうですね」
「マジか……それでこの味かよ……うわぁ……本当にすげーな」
泣きそうと言いながら、次を切り分けて口に運ぶ。
幸せそうに笑みがこぼれ落ちる姿を見て、ホッとした。
まるで止まらないというようにナイフを入れて一口分切り分けるリュート様は、濃厚な卵黄が絡まったとろ~り伸びるチーズに、思わずと言った様子で笑みを浮かべている。
いいですよね、とろとろに伸びるチーズと濃厚な黄身……美味しいに決まっています!
「あっつ!」
「そんなに急いで食べるからですよ……チーズがこれだけとろけていれば、熱いに決まってます」
口を押さえて涙目のレオ様に、容赦ない言葉を投げかけるシモン様は呆れ顔です。
リュート様がため息混じりにお茶の入ったグラスを差し出し、それを受け取ったレオ様は一気に飲み干しました。
気をつけてくださいね?
先程、私の火傷に大騒ぎしていたタロモとガルムを見るけれども、二人共チラリと見ただけで、お食事に夢中です。
う、うん、対応の違いを感じますが、ガルム……貴方は主に対してそれでいいのですか?
しかし、時間が経っているのに、まだアツアツですね。
このお皿も、普通のものとは違うのでしょうか。
触れてみると、陶器の食器らしい冷たさを感じません。
「ん? 皿が気になる?」
「はい、時間が経ってるのに、まだアツアツだな……って思いまして」
「ああ、コレは保温力に優れた皿だからな。暫く熱い物を熱いままに保てる。コンロで使われている紅鉱石が使われているんだ。あちらは純度100%だから燃えるが、30%なら保温くらいの効果しかない」
いいえ、それだけでも凄い……って、何故配合のパーセンテージを知っているのでしょう。
ま、まさか……この方、食器にも手を出しているのですか!?
「リュートは食に関しての妥協がなさすぎるから、変人だって思われるんですよ。さすがに、料理店だけではなく、調理に必要なツールや食器まで手を出していたら、そう言われても仕方ないですよね」
「魔石オーブンレンジなんぞ、画期的発明だがな!」
「アレを作るのに、どんだけかかったと思ってんだ。魔法科の卒業までに術式を3つ以上かけ合わせたものを完成させろってのはわかる。だが、飛び級したいなら今までに無かったものを作るのは当然だと言い切られて、マジで困ったんだぞ」
「そこで、調理ツールの為の魔法術式を考えるのがリュートですよね」
「全くだな」
「お前らな、アレがどれだけの技術かわかんねーのかっ!? ただ単に火を通す道具じゃねーんだぞ! 物質に火を通しつつも水分量を調節するのに、どれ程緻密で繊細な術式を幾重にも重ねてると思ってる! それに、あの軽い天板だって逸品なんだぞ! 特殊加工してあって、こびりつかないんだからな。ほんと、テストしてる時に困ったんだよなぁ」
リュート様の魔石オーブンレンジは飛び級の代物でしたか……って、飛び級しているのですね……優秀過ぎます!
オーブンレンジの仕組みから考えても、アレを魔法術式であれ実現するのは難しかったのですね。
そして、リュート様は天才ですか!?
こびりつかない軽い天板って……フッ素加工かなにかでしょうか。
いえ、あれは高熱に弱いから、別物ですね。
本当に妥協がありませんね、リュート様。
料理する人の夢詰め込んだ料理ツールです!
お料理を作らない割には、よくわかっていらっしゃいますよね。
リュート様が力説しているのを半分聞き流しているレオ様とシモン様たちには、興味がないことなのかもしれませんが、私にとってはとても重要なことですよ?
だって、ものすごく素晴らしいツールですもの!
「それでも、やりすぎです」
呆れ顔のシモン様にトドメと言わんばかりに言い放たれ、隣ではレオ様が深く頷いていました。
「旨いものを旨いままに食べる。それを追求して何が悪い。そのおかげで、ルナの旨い飯が、ものすごく美味しく感じられるわけだろうが」
「では、リュート様との共同作業が生み出した味ですね」
「え……あ……お、おう……そう……か?」
「はい! リュート様のおかげで、凄く助かりましたもの! 調理器具もそうですし、このお皿のおかげで、美味しい時間が保たれてますし、嬉しいです」
隣のリュート様に微笑みかけると、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせていたけれども、嬉しそうにはにかんだような笑みを浮かべてくれた。
「便利なツールがあるから、お料理の幅が広がりますね。ガレットは塩コショウだけですが、他の調味料にも挑戦できそうです」
「これは……本当に塩とコショウだけなのか」
「何故こんなに美味しいのでしょう……」
「強いていうなら、具材のバランスと、濃厚なチーズと卵、それを包み込む生地の一体感じゃないでしょうか」
大きな口でパクッと食べたレオ様や、丁寧に切り分けて食べているシモン様も笑顔です。
タロモもナイフとフォークを綺麗に使っていますね……凄い。
ガルムは、レオ様に催促しています。
あ……待ちきれずに皿に直接口をつけていますね。
「こら、ガルム。それは行儀が悪かろう!」
「があうっ!」
「いや、少しくらい待て!」
「ぐうぅるるる」
「そんなに怒らずとも良いだろう」
レオ様とガルムの喧嘩がはじまり、シモン様は苦笑して「ほらお食べ」とガルムに切り分けてあげていますけれど、それはタロモが拗ねませんか?
そう思って見ていたら、タロモはガルムの汚れた手を拭いてあげていました。
いい子です!
「はい、タロモ」
「きゅーっ」
ガルムだけにあげるのはいけないと思ったのか、シモン様が切り分けたガレットをタロモにあーんしてあげています。
嬉しそうに頬張る様子は、本当に微笑ましいですね。
笑顔で見つめていたら、目の前に一口大のガレットが……えっと?
「羨ましそうだったから」
「ち、違いますよ?」
「ふーん? いらねーの?」
「いります!」
思わず返事をしてしまい、レオ様とシモン様の視線がこちらに向く前に、ぱくりと食べてしまいました。
お二人がニヤニヤしていますけれど、必死に見ないよう視線を逸して、口の中のガレットを咀嚼します。
タロモがニコニコして、ガルムが呆れ顔なのも見なかったことにしましょう。
「美味しい?」
「お……美味しい……ですぅ」
も、もう!
嬉しいけれど、恥ずかしいですよ、リュート様!
頬が紅鉱石に負けないくらい真っ赤じゃないですか。
チラリと視線を向けて「人前ではやめてください」と抗議しようとしたら、私の方をジッと見ている彼の視線とぶつかった。
「本当に美味いな」
魅惑的な笑みを浮かべておっしゃらないでください……は、恥ずかしいですからね?
二人きりの時にしてくだ……いえ、ダメです、やっぱり恥ずかしいです。
でも……何だか、癖になるかもしれない……なんて考えたことは、内緒なのです!
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