ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-48 最悪のコンディション

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 力を使い果たした代償は大きく、それからどれくらい経ったのか、次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
 ここまで私を運んできてくれたのが誰かは判らないが、やつれた様子のゼオルド様が眠っている。
 自身もバジリスクの毒に犯されていたというのに、普段よりも顔色が悪く、目を閉じて上半身をベッドへ預けて眠っている姿が痛々しい。
 指を伸ばして彼の前髪を払うと、彼の瞼が微かに震えた。

「……ククル?」
「おはようございます、ゼオルド様」
「っ!」

 弾かれたように起き上がった彼は、まだ体を起こせずにいる私を上から覗き込み、海色の瞳を潤ませる。
 とても心配させてしまったようで心苦しい。
 見下ろしている彼の頬に手を伸ばすが、辿り着く前に力尽きてしまいそうなほど力が入っていない。
 伸ばされた手を掴み、自分の頬へ押し当て、彼は暫く無言のままでいた。

「良かった……本当に良かった……」

 しばしの静寂を破るように、ゼオルド様の何とか絞り出したような掠れた声が聞こえてくる。
 
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ゼオルド様の方こそ、大丈夫でしたか? 石化の毒……」
「大丈夫です。ククルが作ってくれた薬のおかげで、後遺症もありません……本来、バジリスクの毒を受けた者は、助かったとしても、酷い後遺症に悩まされるのですが……全くの健康体です」
「そうですか。安心しました」

 自分ではシッカリ話をしているつもりではあるが、声は弱々しく掠れていて聞き取りづらかっただろう。
 それでも彼は、必死に私の言葉を拾い上げ、安心させようと言葉を紡ぐ。
 浅い呼吸を繰り返す私の頭を撫で、覆い被さるように抱きしめて額に頬をすり寄せる。
 全身で愛しいと言われている感覚に、胸がぎゅっと締め付けられた。

「あ、あの……ゼオルド様? コルとモエは?」
「夜はロレーナが面倒をみてくれています」
「あ……夜なのですね」

 周囲を見渡し、何とか状況を把握すると、ふぅと息をつく。
 差し出されたグラスから水を飲んで喉を潤してみるが、声は掠れたままだった。
 風邪に似た症状が出ているのだろうか……とにかく、全身が気怠い。

「辛そうですね……」
「多少の無茶は覚悟の上でしたから、これくらいで済んで良かったです。貴方を喪わずに済んだのですから、万々歳でしょう」
「……ククル」

 グッと強く唇を噛みしめた彼の瞳から透明な雫が零れ落ちる。

「すみません……貴女を守りたいのに、守られてばかりだ……」
「持ちつ持たれつですよ。それが夫婦というものです」
「……夫婦」
「そうではありませんか?」

 ふにゃりと笑った瞬間、感極まったように彼は私を引き寄せて強く抱きしめた。
 言葉にならない思いを全て込めたような抱擁に、最初はとても嬉しくて笑っていたのだが、力が込められすぎている気がする。
 意識がクラクラして、あ……これはマズイかも……と、思った時には、情けないことにブラックアウトしていた。

 
 
 次に目を覚ましたのは、昼も過ぎた頃だろうか……ゼオルド様の姿は無く、気づいたロレーナに呼ばれた神官がすっ飛んできた。
 私の状態を確認し、体が衰弱しているので、くれぐれも無理をしないようにと強く言い含められてしまう。
 とりあえず、数日はベッドの上で静かにしておくことを約束させられてしまい、渋々了承したのを確認した神官は部屋を後にした。
 確かに、神官が渋い顔をするのもわかる。
 気怠い感覚は相変わらずあるし、声も思うように出せない。
 甲斐甲斐しくロレーナが面倒を見てくれている間に、私が目を覚ましたという報せを受けたのだろう。
 コルとモエを連れたゼオルド様が、凄まじい勢いで部屋へ入ってきた。
 小さな体で飛びつくコルとモエを受けとめ、喜びながらも泣きわめく両名を宥め、昨夜の失態を平身低頭で詫びるゼオルド様という、ちょっとしたカオスな状況に面食らってしまう。
 私の「大丈夫」だという言葉は信憑性が無いのか、誰も信じてくれる気配が無い。

「ロレーナ……何か落ち着きそうな飲み物をお願いできる?」
「かしこまりました」

 とりあえず、ゼオルド様とコルとモエを落ち着け、私はベッドから上半身を起こす。
 すかさず、私の体を抱えてサポートしてくれるゼオルド様に感謝をし、しがみついて離れないコルとモエを撫でる。
 かなり心配をかけてしまったようだと反省し、お茶を淹れたロレーナが戻ってきたタイミングで皆に謝罪をした。

「四日も眠っていらっしゃったから……コル様とモエ様も驚かれたのでしょう」
「え……四日も寝ていたの?」

 昨晩、彼が憔悴しきった様子だったのはそのためか……と、妙に納得してしまう。

「魔力の回復に、時間がかかってしまったわね……四日も眠っていたのに、まだ完全復活では無いのが困りものだわ」
「ククル、無理はいけません。魔力の枯渇は命にも関わります」
「どうしても助けなければならない命が二つもあったので、頑張ってしまっただけです」
「……聞きました。姉君も助けたとか……散々酷い目に遭わされたのに、良かったのですか?」
「あのまま死なれたら困ります。何が悪かったのか、自分が何をしでかしてしまったのかを知らずに死ぬなんて、生ぬるいと思いませんか?」
 
 善意で助けたわけでは無い。
 そこまで出来た人間では無いと言う事は、自分が一番よく知っている。
 だからこそ、死ぬことなど許さない。
 簡単に終わらせたりしないのだ。
 まあ……姉にとって、それが天国か地獄かは知らないが……何度でも、私は同じ選択をするだろうと思えた。

 それから暫くの間、私が目を覚ましたという報せが入ったのだろう。
 いつものメンバーが、次々に部屋を訪ねてきてくれた。
 変に気を遣わなくて良いくらいには親しい間柄である。
 見舞いの品で部屋が狭く感じるほど、沢山の来訪者をもてなしたあと、少し疲れが出てしまったのか、私はベッドの中へ潜り込む。
 眩暈が酷くて、起きているのも辛くなってしまったのだ。

「ククル……本当に大丈夫ですか?」
「はい。多少眩暈はしますが……徐々に快復へ向かっておりますから、そこまで気にしなくとも……」
「いえ……全ては、私の油断が招いたことです。貴女を守ったつもりが、守られてしまい……申し訳ありません」
「それこそ、バジリスクの毒だなんて想定外も良いところなので、思い詰めないでください」

 何度も自分を責めて謝罪をする彼に、気にしないよう言うのだが、全く効果が無い。
 耳と尻尾があるなら、確実に垂れ下がっている大型犬状態のゼオルド様に苦笑を禁じ得ないが、ちょっぴり可愛いと思ってしまう私も私だ。
 強いのに可愛いところがある彼は、私の手を握っているだけで安心なのか、離そうとしない。
 目覚めたばかりの時に強く抱きしめすぎて、私が再び意識を失う結果となってしまったことが、相当堪えたようである。
 何でも、クロヴィス殿下に大説教を食らったらしいと、ロレーナから聞いたが……よほど、恐ろしいお説教だったのだろう。
 あの後から抱きしめることはおろか、手を握ってくる以上の接触は無い。
 それはそれで……寂しいのですが?
 まあ……それは、夫婦間で話し合うとして、今は――

「ロレーナから聞きましたが……オエハエル卿は、捕まっていないのですね」
「はい。どうやら、ヤツは不可思議な力を持つアイテムを複数所持していたようで……」
「しかも、その出所が、アーク教だということが判りましてねぇ……いま、みんなで各方面から情報を集めているところなんですよ」

 ゼオルド様の言葉を補足するようにランスが説明をしてくれたが、予感は的中してしまった。
 オエハエル卿の持つアイテムを見た時に、絶対に単独犯では無いと確信していたのだ。
 バジリスクの毒だけならまだしも、短距離転移ができるアイテムなんて、この国内で確保出来るはずが無い。
 つまり、彼には協力者がいる――そう、考えていたが……まさかのアーク教だったとは驚きだ。
 蓮太郎さんが注意していたアーク教と関わりがあるというのなら、これを好機とみて一緒に成敗してやるのみである。

「トレッチェン領へ向かっているのでは無いかという話もあったので、一応、あちらも警戒しているところです」
「お祖父様とお祖母様に何も無ければ良いのですが……」
「国王陛下が万が一のことを考えて、騎士団を派遣してくださいました。おいそれと手を出すことは出来ないかと」
「ありがたいことですが……気になる事もありますし、直接出向きたいですね」
「その体では無理です。今は、回復を優先に考えましょう」

 確かに、彼の言う通りだ。
 満足に動けない状態だけでも厄介なのに、それに付け加えて、コンディションが最悪だなんて話にならない。
 しかし、領地へ向かうにしても時間が……不自由なのもそうだが、魔力の枯渇から数日動けなかった事が悔やまれる。
 この遅れを、どうやって取り戻そうか考えていると、可愛らしい笑い声が聞こえてきた。

「うふふ~、モエちゃんってやっぱり天才なのよねぇ」

 私たちの話を黙って聞いていたモエが、いきなりそんなことを言い出した物だから、私とゼオルド様は顔を見合わせた。
 何か企んでいる小悪魔的可愛らしさを醸し出しているモエは、コルと楽しげにクルクル回っている。

「モエねぇ、こんなこともあろうかと精神で、四季の神様に許可を貰っていたのぉ」
「許可?」
「うん! 飛行許可ぁ」

 何か、とんでもない単語を聞いた気がする……
 私は頬を引きつらせ、今一度尋ねたのだが、『飛行許可』という、この世界にはあり得ない言葉を繰り返されてしまう。

「この世界に飛行機はないはず……ヘリコプターも無いですよね? え? 飛行? どうやってっ!?」
「モエが大きくなってぇ、みんなを背中に乗せて飛ぶのぉ!」
「はい?」

 私とゼオルド様だけではなく、ロレーナとランスも固まってしまった。
 起きてから一番の爆弾を投下されたような衝撃を受けた私は、「すごいでしょうぅ?」というモエを、ただ見つめることしか出来なかった。


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