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第四章
4-23 交渉中
しおりを挟むユスティティアが造った日本酒と缶詰を食べていたが、この店で出している料理にも興味を持った彼女に気を利かせて、アルマースとソータが一緒に注文をしに部屋の外へ出る。
モンドが行くと言っていたが、二人は店の雰囲気も見たいからと押しとどめた。
室内とは打って変わり、一階の広場はガタイのいい男達がテーブル席に座り、大きな声で談笑している。
仕事の疲れを癒やそうと、大きなジョッキを片手に楽しんでいるようだ。
階段を下りた二人は、マスターである女主人に今日のオススメを聞き、どれにしようか二人で相談し始めた。
キスケに預かった財布は重みがあり、この料理全てを頼んだとしても余裕でおつりが来る。
しかし、食べきれない量を頼んでも仕方が無いので、肉と野菜の煮込み料理と鶏の丸焼きを頼むことにしたようだ。
年頃でガッツリと食べたい派の二人である。
どうしても注文が肉に偏るのは仕方が無い。
ついでにハムとチーズの盛り合わせを頼んだ彼らは支払いを終えて財布を懐へしまい込む。
「どこの貴族のぼっちゃんだぁ?」
その言葉に二人は振り返る。
いかにもという感じの男たちが二人を取り囲むように立っており、女主人が威嚇した。
「店での荒事は御法度だよ」
「いやいや、荒事じゃねぇよ。ちょーっと俺たちにもおこぼれを分けてくれねぇかなぁっていう相談だ」
「アンタたちねぇ……」
女主人が顔を顰めるが、男達はヘラヘラと笑っていて動じていない。
「貴族じゃ無いですし、これは俺たちの財布じゃないので、強請られても困ります」
ソータがキッパリと断っているというのに、男達は引いてくれない。
それどころか、更に距離を詰めている。
「そういうの、ここでは問題になるんじゃないのぉ? ギルドマスターに言ったら、ヤバイんでしょぉ?」
「はぁ? あ、あんな奴……こ、怖くねぇよ。それに、アイツを呼びに行く余裕なんてねぇだろうが」
明らかに焦っている様子を見せる男達に、ソータとアルマースは溜め息をつく。
ヤレヤレといった様子だ。
アルマースは判っていないが、この男達くらいであればソータ一人で何とかなるレベルである。
それほどまでに、ソータの幻術はレベルが上がっていた。
「同士討ち……無気力化……どっちがいいかな……」
ボソリと呟くソータの物騒すぎる言葉に、アルマースがギョッとしていたら、タイミング良く上階の扉が開く。
中から姿を見せたのはキスケであった。
どうやら、彼ら二人を行かせることでトラブルにならないか心配していたようだ。
扉をシッカリと閉めてから、彼は優雅な足取りで二人の元へ降りてくる。
何故かその姿に見惚れていた男達はハッと我に返り、先程のヘラヘラした笑みを貼り付ける。
「何か問題があったかい?」
「いや……なんか、財布の中身を盗み見ていたのか、たかられてます」
「全く……これだから、困るんだよね。初回は、いつも面倒ごとが起こるから……」
軽く相手を睨み付けたキスケは、リーダーらしき男を見つめてニッコリと微笑む。
そして、その男を軽々と担ぎ上げて店の外へ運んでしまった。
「ほら、店の中は迷惑になるから、コイツの仲間は全員外へ出てくれる? こういう力尽くの方法が、キミたちの流儀なんでしょ?」
爽やかにニッコリと微笑んで放った彼の言葉に、全員が凍り付く。
100kgはありそうな大男を軽々と担ぎ上げて外へ放り投げる怪力の持ち主を相手に、全員が戦意喪失したのである。
さすがに相手にしたらどうなるかくらい、想像がつくというものだ。
「……せ、先生ぇ……マジ……?」
「あれくらいで驚いちゃダメだ。あの男を五人くらいまとめて担ぎ上げても平然としている人だから……」
「はいぃっ!?」
アルマースが驚きの声を上げるが、それを聞いていた周囲も言葉にならない悲鳴を上げている。
それと同時に「絶対に喧嘩を売ってはいけない相手だ」という共通認識が生まれ、フリーズしていた体を再起動して、慌てて彼らは首を左右へ振った。
「そ、そんな流儀は知りません!」
「お騒がせして申し訳ございません!」
「以後気をつけます!」
「……そう? 気をつけるのならいいけど……この店で騒がないでくれたらいいよ。そうしたら、美味しいお酒と料理が食べられるんだから」
「は……はい、ごもっともです!」
終始ニコニコと笑っているキスケではあるが、これはソータとアルマースが無傷だからであり、二人が恐怖を覚えたり傷つけられていたりしていた場合は結果が違っていただろう。
それこそ、外は血の海と化していた可能性もある。
「あ、そうそう、マスター。ここでうちの村で造った美味しいお酒を提供する気は無い?」
「え……あ……ああ……。それは商談……かい?」
「勿論。先ずは味を見てから決めて欲しいって作り手の提案なんだ。これをどうぞ」
外へ放り投げた男への興味が薄れたのか、キスケはどこからともなく酒瓶を取り出して、彼女へ手渡す。
ずっしりとした重さの酒瓶に、先ず彼女は驚いた。
滑らかな手触りの酒瓶は見事と言うしかない美しさがあった。
三本置かれたソレは寸分違わぬ形をしており、並べているだけで美しい。
茶色の瓶というのも珍しく、彼女はキスケに説明を受け、ガラス瓶の先端にある金属製の蓋を捻って開く。
「き、金属で……こんなことが出来るのかい? 凄いねぇ……」
「ああ、また蓋することができるから便利だよね」
「え……? あ、本当だ……これは助かるねぇ」
キャップの開閉だけでも好感触の彼女は、続けてグラスへ酒を注ぐ。
水のように透明度が高い液体だが、よくよく見ると黄色がかっているとすぐに判った。
そして、何より彼女を驚かせていたのは酒の香りだ。
蓋を開けた瞬間から感じる、果実のような芳醇な香り。
嗅覚だけでも楽しめる酒はどんな味がするのだろう――その好奇心に促され、彼女はグラスへ口を付けた。
水のようにするりと入ってくる酒は、とても芳しく、口に広がる甘みと香りにうっとりとしてしまう。
砂糖で味付けされた甘みではない。
穀物の持つ酒独特の甘みだと気づき、彼女は即決する。
「うちと取り引きさせて貰って良いかい? こんな酒は他にないからねぇ」
「在庫過多で困っていたんです。取り引きしていただけるなら有り難い」
「ワインと同じくらい強い酒だねぇ。味も良い。しかも、これは穀物で造った酒だろう? なんの穀物かも気になるねぇ」
「私たちの故郷にある米という穀物を原料にしているんですよ。日本酒という酒で、とても香りが良いでしょう?」
「ああ、こんな酒は初めてだよ」
「近々新しい酒も出来上がるので、それも数日中に持って窺いますね。とりあえず、その三瓶はお試しで贈呈します」
「値段はどう考えているんだい?」
キスケはそこで考え込む。
値段的にはワインと同等……とはいえ、この店のワインの値段は安めだ。
しかし、あまり高すぎるのも良くない。
民衆が楽しめる程度の価格設定が良いと考えて口を開こうとした瞬間、アルマースがズイッと前へ出た。
「作り手はおそらく、皆さんにお手軽に楽しんでいただきたいと思っているはずです。定期的に一定量を仕入れていただけるのなら価格は抑えますが……」
「それは願ったり叶ったりだよ。これだけ旨い酒なら、絶対に売れるからねぇ」
「では、これくらいでいかがでしょう」
「うーん……一定量って、5樽基準かい?」
「先生、そこはどうでしょう?」
「そうだね、樽納品の方が良いならできるって聞いているから可能だよ」
「ガラス瓶だと単価が張るからね……樽だと助かるよ」
女店主の言葉に、一瞬だけキスケとソータが顔を見合わせる。
何せ、この酒を仕込む工程を二人は見ているからだ。
ガラス瓶入りの日本酒に必要な材料は、ガラス、米、水という至ってシンプルなものである。
しかも、そのガラスも砂浜で採取した砂から造られていた。
コストという面では、あまり深く考えるような代物では無い。
むしろ……それで済んでいるユスティティアの『加護』が異質なのだ。
「先生? どうかしたんですか?」
女主人とアルマースの交渉の最中、停止してしまったキスケとソータの耳に、ユスティティアの声が届いた。
どうやら中々戻ってこない彼らを心配してやってきたらしい。
護衛のモンドは周囲の雰囲気に「ヤレヤレ」といった様子である。
「あ、いや、日本酒の売買契約中なんだよ」
「なるほど! それで帰りが遅かったのですね。心配しました」
彼のそばまでやってきて不安げに見上げていたユスティティアの表情が、花が咲いたように明るくなる。
愛らしいその表情に周囲の男達は、何故か頬を赤らめてしまう。
誰もが羨む笑みを向けられているキスケの方は、先程の恐ろしさはどこへやら、とても優しく「心配はいらないよ」と言って微笑み返していた。
「えーと……瓶と樽で値段はどうしましょう?」
アルマースの言葉を聞いたユスティティアは、暫くうーんと悩みつつ、ガラス瓶の日本酒を見つめる。
「お店としては、どちらが助かりますか?」
「そりゃ、断然ガラス瓶の方だよ。樽は運ぶのも大変だし、開封後の管理も雑になっちまうから、この繊細な香りを楽しむには向かない。エールなら5樽単位で値段交渉するんだけど……ガラス瓶だと値段が厳しいからねぇ」
「では、5樽分のガラス瓶入りの日本酒を購入いただけたら、それと同等の金額にしてはどうでしょう。アルマースさん、そういう感じで話を進めていただいても宜しいですか?」
「了解です。じゃあ、樽とガラス瓶の単価は、5樽単位でなら同じということで……詳しい値段交渉に入りましょうか」
「お手柔らかに頼むよ」
ウキウキと値段交渉をし始めるアルマースに、少し引き気味の女主人。
しかし、この酒だけは絶対に仕入れたいという熱意も感じられる。
それほどまでに気に入って貰えているなら、多少の値引きも応じる構えのユスティティアだったが、アルマースから見たら「甘い」の一言だ。
この日本酒はユスティティアにしか造れない貴重な酒である。
その武器を前面に押し出して、出来るだけ有利に、しかも良心的な価格で提供するのが彼の目的であった。
「まあ……交渉は時間がかかるだろうから、料理を持って部屋へ戻る……いや、お前が部屋へお邪魔して交渉してこい」
「はいはい、じゃあ、こっちは任せたよ」
厨房から顔を出した厳めしい男がそう言うと、彼女は頷いてユスティティアたちと二階へ移動する。
一同が二階へ引き上げたのを見ながら、今まで大人しくしていた男達は安堵の吐息を漏らした。
「ヤベェ人たちもいたもんだ……」
「喧嘩をふっかける相手を間違えたら、命がいくらあっても足りないなぁ」
「あの人たちじゃねぇか? 最近巷で噂になっているハンターってのは……」
「嘘だろっ!? そ、それじゃあ、敵うわけねぇじゃん」
口々に話し出した男達は、今度はそれを酒の肴に盛り上がる。
いつにない賑わいを見せる店内を見渡した厳めしい男は、オーダーを聞きながら、遅れてやってきた従業員へ的確な指示を出す。
その時、ちゃっかりと日本酒のガラス瓶を奥へ引っ込めたのを、この店の常連達は見逃さなかったのである。
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