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第四章

4-22 歓談しながら酒盛り中

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 一通りの説明を聞き終えたアルマースは、アングリと口を開いてユスティティアを見つめる。
 実際に造ったと言われる酒、化粧品、薬関係を見せられた彼は、言葉も無く頭を抱えてしまった。
 どれもこれも見た事の無いような品物であり、売れることが保証されたような商品ばかりだからだ。

「あとは開発中の丸薬ですが味が少し微妙なので、カルディアさんと改良中です」
「彼女もいるのっ!? しかも、改良するところが味っ!? え? えぇっ!?」
「実はさ、今ユスティティア様にうつつを抜かしているから放置されているけど、馬鹿王子の狙いはカルディアなんだ」
「は? あの馬鹿、クラスの女の子を片っ端から口説いているわけぇ?」
「違う違う、カルディアの『加護』目当てだよ。彼女、調合ができるんだ」
「嘘でしょ……聞いていた『加護』と違うじゃないかぁ……。もしかして、それも王族が一枚噛んでるってワケぇ?」
「そういうこと」

 理解が早くて助かると笑うソータとは違い、アルマースの顔色は更に悪くなる。
 自分がもう後戻りの出来ない秘密を共有してしまったと理解したからだ。

(いや……既に……ユスティティア様の『加護』と先生が竜帝陛下だっていう事を知った時から、もう逃げられないよねぇ……特に竜帝陛下なんて……伝説だよぉ? 判っていて巻き込んだな……ソータの奴)

 ジトリとソータを見つめたアルマースは、彼が白々しくそっぽを向いたことで確信する。
 だが、彼はそこで考え方を切り替えた。

(でも、住む場所と美味しい食事、それに温泉っていう体を清潔に保てる設備もある村に暮らせるんだから、悪い話じゃ無いよねぇ)

 生家を追い出されてからというもの、その日暮らしな生活が続き、毎日お金とにらめっこしながら仕事が無くなったときの事を考えては夢でうなされる日々。
 それから解放されるのだから、彼にとっては良いことだ。
 しかし、それに伴うデメリットもある。
 二度と生家へ帰ることはできなくなるだろう……ということだ。
 追い出した相手なのだから気にかけるほうがおかしいのだが、それまで両親はともかく兄弟とはうまくやってきた。
 それだけが、彼の心残りであった。

「アルマースは追い出されたとはいえ貴族だし、家族のことも心配だろうから無理にとは言わないけどね」

 キスケに考えを見透かされたことに驚くが、思慮深い恩師の事だから狙っていったわけではなく話の流れで配慮してくれたのだと感じたアルマースは、素直に自分の考えを口にする。
 
「バレたら王家と対立しますからねぇ。家を出たとは言え、元はディアマント家の者ですし……兄弟仲は良かったので、そこは心配ですねぇ」

 自分の生活を安定させるのなら一も二も無く飛びつきたい美味しい話だ。
 しかし、残してきた兄弟のことを考えたら、本当にソレで良いのかと考え込んでしまう。
 それが、アルマースの良いところだと知っているユスティティアは考えを巡らせる。
 話し合いの間戯れつくロアと豆太郎を撫でていた彼女は、アルマースに提案した。
 
「危険だと判断したら、ご兄弟だけでも避難させてはいかがでしょう。ディアマント家は治める領地もありませんし……立場上、かなり微妙な位置にいたと記憶しておりますから」
「そうですねぇ。『騎士は民を思い中立でアレ』というのが家訓だったので……王家からはあまり良く思われていない家でしたねぇ」
「下手をすると、これ幸いにお家断絶なんてこともあるかもしれません。あの王ならやります」
「そうだね。ユティやアルマースの心配は判る。念の為、そうなる前に報せを入れるように手配しておくよ。王家が動けばわかるようにしておくから、心配しなくて良いかな」

 先生は頼りになるのですというユスティティアの言葉に照れながらも、キスケは裏から手を回すことを約束してくれた。
 陰ながら生家を守ってくれるユスティティアとキスケに、アルマースは恐縮してしまう。
 
「え……でも……そんな……事前に連絡をいただけるのはありがたいですが、住まいまで……」
「家ならすぐに建てられますから! 土地もありますし、心配いりません。騎士の家の方々だったら、魔物も平気でしょ?」

 安心させるようにポンッと自分の胸を叩くユスティティアにアルマースは眩暈がした。
 色々な物を造り出せるのだとは聞いていたが、家も簡単に造り出してしまえるなど、もう神の域だ。
 それを自然と受け入れているキスケたちにも驚きだが、何でも無い事であるかのようなユスティティアの口ぶりには驚愕を通り越して畏怖すら感じる。
 アルマースの中でユスティティアが神格化されていく中、ソータは目を瞬いてアルマースに問うた。

「領地が無いって……貴族なのに?」
「ああ、徐々に領地を削られていって、最終的には騎士は国に仕える家だから、領地運営をするよりも治安維持に努めることを主とするようにってお達しがあったんだよぉ。それで、国から給金と武具を支給する形で領地を取り上げられたんだよねぇ」

 それが100年くらい前の話であると聞いたキスケは眉をひそめる。

「それって……あの土地に金鉱山が発見されたからじゃないかい? 今でも秘密裏に王家が着服しているはずだよ」
「え……先生……ソレ……本当ですかぁっ!?」
「王家の資金の流れは調べておこうと思って調査していた時期があったから、間違いないと思うよ。現在はどうなっているか判らないけどね。当時は沢山の人を動員していたからすぐ判ったよ」

 100年前に自らの目で見ていたキスケの言葉だから間違いは無い。
 このときになってようやく、ご先祖が国王に騙されたのだと理解したアルマースは愕然としてしまう。
 
「まあ……この国の貴族は多かれ少なかれ、そうやって王に騙されて搾取されている感じだね」
「そうなんですか? じゃあ……家も?」
「それが不思議なんだよね……ユティのところは手を出していないんだよ。そういう家はいくつかあるけど……まあ、こう言ってはなんだけど……あのご両親だしね」
「言いたいことが痛いほど判ります……本当にあの毒親は……」

 黒いオーラを纏って毒づくユスティティアが意外だったのか、アルマースは彼女を凝視する。
 やはり、学園では口数が少なく物静かであった彼女の印象が強いのだろう。
 その時から考えたら、あり得ないほど力強く元気だ。
 
「いつか必ずシメる」

 物騒な言葉を呟くユスティティアをキスケが宥めている様子を眺めながら、アルマースはとりあえず自分の今後は決まったな――と覚悟を決める。
 それと同時に追い出された当時の事を思い出し、自分の今の状況を父や兄弟が知っているのだろうかと疑問を抱いた。
 彼が追い出されたときにそれを言い渡したのは、母――いや、継母だけである。
 末弟にだけ甘い継母を思い出し、これ幸いと独断で追い出したのではないか……そんな考えが浮かぶ。
 そのうち、兄も何らかの理由で追い出されるのでは無いかと心配になったアルマースの顔色を心配したソータが声をかける。

「何かあったか?」
「いや……追い出されたときの事を思い出してねぇ。もしかしたら、継母の独断だったかもって……」
「は? あ、そっか。今のお母さんって後妻さんだっけ」
「そうなんだよ。末弟だけ甘やかすから父にはよく叱られていたんだけど……俺たち前妻の息子を追い出す事を企んでいたら、今回は好機だったんだろうなってねぇ」
「ディアマント家も色々と問題があったのですね……」

 ユスティティアの言葉にアルマースは苦笑いをしながら頷いた。
 彼にとっては当たり前のことだったが、端から見たらそうではないと、彼はこの時初めて認識したのである。

「お前、あまり家のこと話さなかったもんな。兄弟仲は良かったみたいだけどさ」
「そうなんだよねぇ……だから、少し寂しかったかなぁ」
「まあ、その兄弟代わりじゃねーけど、これからは俺と一緒だから安心しろ。それに、ユスティティア様が造ってくれた家は、とんでもないから……今後、普通の生活に戻れると思うなよ?」
「え……ナニソレ、怖いんだけどぉ?」
 
 少しだけ怯えた様子を見せるアルマースに全員が笑っていると、丁度良いタイミングで次の酒が運ばれてきた。
 モンドさんが無言で立ち上がり、扉を開いてそれらを受け取る。

「次は果実酒メインだよ。うちで扱っているのは以上かな」
「質問なのだが、強い酒は好まれるのか?」
「あればいいけど……ワイン以上に酔える酒は火酒くらいだねぇ」
「あー……砂漠地方の植物を使った酒か」
「ソレソレ。アレは入手困難な上に高額だからね。こんな下町では出せない代物さ。とりあえず、注文があったらアンタでもいいから来てちょうだい」
「了解した」

 モルトさんが店主と交わしている会話を聞きながら、ユスティティアは「うーん」と唸る。

「やっぱり、醸造酒のみで蒸留酒は無し……かぁ」

 全てのお酒をチェックしたユスティティアは、深い溜め息をつく。
 火酒という物も、キスケから紹介されて既に知っていた彼女は、コクリと頷いた。

「どれもこれも樽で発酵させて造るお酒ですよね。蒸留酒とは醸造酒を沸騰させて気化したものを冷やして液体に戻す方法で造ったお酒なんです。沸騰したお湯から湯気があがるでしょう? あの湯気を集めて冷やすと水ができます。それと同じですね」
「……そんな方法でお酒を造るのっ!?」

 これには流石のキスケも驚いたようだ。
 他のメンバーは言葉も出てこない。
 ポカーンとしてユスティティアを見つめている。

「まあ……本来はそういう方法で造るのですが……うちは……その……蒸留器に入れて放置で……」
「ユティのスキルって……本当に怖いよね。その工程を放置で出来ちゃうってワケだね?」
「本来はもっと色々としないといけないんですが……簡略化されているというか何と言うか……」
「まあ……それがユティのスキル効果だもんね。缶詰も驚きだったよ……鉄鉱石と魚、塩と油で出来たからね」
「缶詰?」
「こういうものなんですが、丁度良いのでいただきましょうか。新作もあるんですよ」

 これは初耳のアルマースだったが、酒の肴に丁度良いだろうとユスティティアはテーブルに缶詰を置き、缶詰のプルダブに指をかけて開いていく。
 塩だけのノーマルな味付けの物はキスケたちも知っていたが、今回は醤油味と味噌味も出してきたのだ。
 どうやら、コレが新作らしい。
 醤油は甘辛く、味噌は生姜をきかせた一品である。

「缶なのでこのまま火にかけてあたためても良いですし、このままでもいけます」
「味つきはお初だね」
「今朝造ったばかりなんですよ」
「へぇ……これでどれくらい持つんだい?」
「蓋を開けない状態で10年はいけますね。缶が膨張していたら危険なので破棄推奨です」

 とんでもない言葉を聞いたアルマースは、まだ空いていない缶詰を手に取る。
 見た感じは金属で加工された円形の物体だ。
 丈夫な外装の中に、魚と油か調味料が詰められている。

「冷たいのも良いけど、俺は温かい方が好きかな」

 そう言ってキスケは開いたばかりの缶詰を手に取った。
 すると、今まではあまり匂いのなかった室内に、何とも言えない香りが漂い始める。

「少し温めたよ」

 何でも無いように言うが、魔法をそんな簡単に使う人を見たことが無かったアルマースは、キスケにも驚かされた。
 こんなことで実感したくはないが、彼がとんでもない力を秘めているという話も嘘ではないようだと感じ、全てを受け入れるために一度深呼吸する。

「ソータ、お前……こんなのが毎日なのぉ?」
「そのうち慣れるから安心しろ。人間って、案外図太いぞ」
「……まあ……確かにそうかもねぇ」

 勧められた缶詰の中身をフォークで突いて口へ運ぶ。
 食べたことの無い調味料の塩加減が絶妙であり、魚の臭みを吹き飛ばす生姜の香りが鼻を抜ける。
 歯がいらないほど柔らかい魚は、骨まで食べられるのだから驚きだ。

「うま……! え、なにこれ……こ、この味が10年も続くのぉっ!? むしろ、腐らないなんて……信じられないよぉ」
「腐敗の原因は微生物ですから、それらを殺菌して長期保存するわけです」
「ユスティティア様の話は難しくて判りませんがぁ……凄い事だけは判ります」
「だよな」

 アルマースの言葉に同意するソータは、他の缶詰にも手を伸ばす。
 醤油味も味噌味も、彼にとっては既に慣れ親しんでいるものだ。
 その彼が絶賛していることにユスティティアは安堵する。
 キスケからは「ご飯が欲しいね」という言葉が漏れ、アルマース以外の全員が頷く。

「やはり……米は最強なのですよ」

 ドヤ顔で言い切るユスティティアに全員が笑い、その「米」という物にも興味を持ったアルマースは、今後の生活が明るいものになると確信しながら缶詰の魚を頬張った。
 
 
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