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第四章

4-21 酒場の一室にて

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 店の物が全て売れたこともあり、アルマースはソータやモルトに手伝って貰いながら店じまいの準備をしている。
 その間に、ユスティティアとキスケは必要な物を買いそろえて合流し、アルマースが店主へ挨拶をしにいくというので、それに同行する流れとなった。
 一行が動き出そうとしたタイミングを見計らったように、遠くから駆けてくる男の姿が見えた。ゴーリアトだ。
 よほど急いでいたのか息も絶え絶えでやってくると、ランドールにコッソリと何かを告げる。
 ランドールの方は一瞬驚きの表情を見せたかと思いきや、珍しく表情を曇らせて宿の方へ戻っていく。
 どうやら急用が出来たようだ。
 ランドールが居なくなったことでホッと溜め息をつくキスケの前にもゴーリアトはやってくると、小さな声で事情を説明しながら注意を促す。

「例の魔物関連で領主が動いたようで……もう少ししたら、領主一行がこの村に到着します。接触すると面倒なことになりかねないので注意してください」
「彼が急ぐわけだ……。ここの領主って、辺境伯のセドルス・デオダラだったよね?」
「お知り合いですか?」
「まあね……確かに、彼のいるところで出会うとマズイ……か」

 少しだけ思案したあとキスケはユスティティアをチラリと見る。
 彼女も「あっ」と何かを思い出したようにキスケを見つめた。
 見つめ合う二人は共に『宰相から預かった手紙』を思い出していたのだ。
 流石にランドールの前で手紙を渡すワケにもいかないし、キスケは他にも彼を避けなければならない理由があった。

「彼……俺の顔……知ってるんだよね」
「え……!?」
「オルブライトと一緒に剣の修行をつけてあげたから……幼い頃だったし、忘れていてくれたら良いんだけど、あの子達は記憶力が良かったから望み薄かなぁ」

 溜め息交じりに呟くキスケを心配そうに見上げるユスティティアに笑みを返した彼は、足元で彼女と同じく心配した様子でウロウロしている豆太郎とロワを抱き上げる。

「とりあえず移動しようか」
「一旦帰還された方が良いのでは……」
「ちょっと教え子と話をしたいし、遭遇しないように見張りを立てて立ち回るよ」
「そうですか……私は色々と走り回る必要がありますが、何か不味いことがあったら遠慮無くご報告ください。全力で対応しますので」
「なるべくそうならないようにするけど、その時はお願いするね」
「はい! では!」

 走り去るゴーリアトの後ろ姿を見送り手を振るキスケを、アルマースは訝しげに見つめる。

「あの人ってギルドマスターだよねぇ……? なんで先生にあんな丁寧な対応なのぉ?」
「あー……まあ、それも含めて話がしたいんだけど……あの馬鹿もいなくなったし、時間を貰ってもいいか?」
「別に良いけど……人に聞かれたらマズイことぉ?」
「かなりマズイ」
「……え? かなりって……えぇ?」

 困惑するアルマースに苦笑を返すソータ。
 それを飄々とした表情で眺めるキスケという構図に、ユスティティアも笑うしか無い。
 今まで大人しくしていたモルトは、若干アルマースに同情しながら良い店があると提案する。

「時間は早いですが、ああいう御仁が絶対に来ない場所へ行きましょう。ユスティティア様が興味を持っていた場所です」
「あ……酒場ですね? 下町のお酒の種類を知りたかったので、丁度良いですね」
「昼過ぎから下町の酒場か……確かに育ちの良い彼らは来ないだろうから、そこにしよう」
「個室のある店なので、中の様子を見られる心配もないかと」
「じゃあ、挨拶を終えたら、その酒場へ移動しようか」

 キスケの決定に従い、一行は動き出す。
 店主への挨拶は滞りなく終了し、給金を受け取ったアルマースは、モルトが先導して連れてきた酒場の扉を潜る。
 下町の酒場にしては建物の造りがシッカリしているし、ガタもきていない。
 手入れの行き届いたこざっぱりとした酒場だ。
 扉から入ると正面の壁には大小様々な酒瓶や樽が並べられており、酒の種類も豊富なことが窺える。
 店の開店間もなくだったのか客はいないが、カウンターの奥で作業していた真っ赤な髪の女性が振り返った。
 異国の血が混じっているのか、肌は浅黒く豊満な体つきをしている。

「モルトさんじゃないか、また来てくれたのかい? あ、その子だね、うちの酒に興味を持ってくれたのは! 今日はジャンジャン飲んでいっておくれ!」

 驚いたユスティティアは慌ててペコリと頭を下げる。
 それに習ってキスケに抱っこされていた豆太郎とロワも頭を下げた。
 その仕草が可愛らしくて、彼女は見る人の心を明るくするようなとびっきりの笑顔を浮かべる。

「主従揃って可愛いねぇ! 従魔もそれだけ小さければ問題無いから室内でOKだよ。こんな可愛い子は、これからくるだろう荒くれどもに目をつけられちまうから個室にするかい?」
「勿論、個室をお願いする」
「あ……その分、値は張るけど……」
「そこは心配しなくて良い。酒は全種類持ってきてくれると嬉しいが……大変なら運ぶのを手伝おう」
「それこそ心配ご無用だよ。そろそろ他の客も来る頃だから、二階の一番奥の部屋を使っておくれ」

 吹き抜けになっている酒場の二階へ階段を使って上がり、通路の一番奥にある部屋へ入る。
 そこは簡素な酒場の造りとは違い、上品な調度品が並んで小洒落た雰囲気が漂っていた。
 どうやら、密談の類いを行うには打って付けの店のようだ。

「主に商談に使う酒場ですから、その辺はご安心ください」
「それなら良いのだけど……」

 キスケとモルトの会話に首を傾げた三人は「何の話だろう」と目と目で会話をする。
 ユスティティアとアルマースは育ちが良いため、酒場の種類など知るはずが無い。
 ソータも大商人の息子なので、商談以外の利用法を知るはずも無かった。
 後ろ暗いことに無知な三人を席に座るよう促す。
 席に着いた彼らを前に、キスケはおもむろに口を開いた。

「こういう個室のある酒場は裏取引する連中も使うんだよ。怪しい薬や密売品、人を売り買いする人たちだっているんだ。だから、気をつけるように」
「この店はそういう類いと無関係ですが、それを専門にしている酒場もありますからね」
 
 キスケとモルトの言葉に三人は驚いた表情で固まり、恐ろしい世界もあるものだと身震いする。
 学園を卒業してからもキスケの教えを受けるという経験をした三人は、視線を合わせて笑い出す。

「先生の講義……懐かしい感じがします」
「やっぱ先生は物知りだよな」
「先生にはこういう世界の事も教えて欲しかったって外へ出てから思ったもんだよぉ」
「本来なら必要の無い知識だからね。でも……他の先生は教えないことを沢山教えたはずだけどね」
「先生が正規ルートで仕事を斡旋してくれる組合を教えてくれていたから、変な店で働かされることは無かったし、余計にそう感じたのかもぉ?」
「それは良かった。『加護』を授かったあとの事も考えて、それなりの知識を与えておかなければって考えていたからね。ここにいる三人だけではなく、他にも『加護』による被害者は出ているだろうね……この国は特に厳しいから」

 有能な『加護』を持ちながらも生まれた家とは無関係だという事で迫害されてしまうケースが多く、国外へ逃げ出す者も多い。
 それが、この国の現状である。
 他の国――例えば、イネアライ神国なら国が保護して貴重な人材を確保し、他国への流出を防ぐ。
 その対策を取らないノルドール王国は優秀な人材が乏しい。
 しかし、昔から優秀だと言われている『加護』を持つ者がいるから問題は無いと国王は取り合ってもくれないのだ。
 過去のやり方を愚直に貫き通すだけの国王に意味があるのか――キスケは変なところで頭の固い国王に呆れしか無い。

「とりあえず、お酒を運んできてくれたみたいだから、本題はそれからにしようか」
 
 キスケは何かを言いかけたソータを手で制す。
 全員黙り込むが何も聞こえない。
 しかし、暫くすると廊下を歩く人の足音が聞こえて来て扉がノックされた。
 モルトが酒を受け取りに行くのと同時に、アルマースは目を丸くしてキスケを見る。

「え……どうして判ったんですかぁ?」
「ん? ああ、俺は耳がいいからね」
「先生は耳だけじゃないでしょ……本当に規格外だから、俺たちの常識で当てはめたらダメだぞ」
「え……え? 先生って、そんなに凄いのぉ?」
「凄いなんて話じゃないよ。この地上で先生に勝てる奴なんていない」
「盛りすぎでしょ?」
「アルマースは知らないから言えるんだって……先生はマジでヤバイから」

 教室でよく見た光景だとユスティティアは二人の会話を聞きながら運ばれてきたジョッキを受け取る。
 木製のジョッキには蜂蜜酒が注がれていた。
 色合いが見たいな……と、ユスティティアは扉が閉まったのを確認してからアイテムボックスを開き、硝子のジョッキを取り出す。
 そこへ酒を注いで色合いを見る。

「琥珀……より少し黄色がかっていますね。微炭酸で甘いですが……先生のも蜂蜜酒ですか?」
「いや、こっちは北でよく飲まれる酒だね。確か原材料はリンゴだった気がするよ」
「私は一般的なエールです」

 ソータとアルマースをそっちのけで、三人は自分たちの酒の分析に入っていた。
 この地域で好まれる酒がどういったものかリサーチしているのである。

「……ユスティティア様……あんなグラス……どこから出してきたのぉ? 壊れ物なのに持ち歩いているワケ……ないよねぇ?」
「あ……まあ、それも含めて……話をしようか。とりあえず、アルマースは今後、何の予定も無ければ住む場所も無いんだよな?」
「無いよぉ。しかも、俺は戦えないからねぇ?」
「いや、戦力を探していたわけじゃないから、そこは良いんだけど……ユスティティア様、お願いが……」
「え? アルマースさんを村に連れてくるのでしょう? 家を建てる準備をしないといけませんね」
「いえ、俺の家の部屋が余ってますので、そこで同居しようかなって。元々、ユスティティア様と先生が住んでいた家ですし、二人でも問題ありませんよね?」
「では家具を設置しましょう」

 ソータとユスティティアの間で淡々と進んでいく話にアルマースは目を白黒させた。

「いや、ちょっと待って! 情報量が多すぎるからぁっ! す、少し順序立てて説明してもらっていいかなぁ……先生とユスティティア様が一緒に住んでるってことにも驚きなんだけどぉっ!?」

 一気に雪崩れ込んできた新情報で溺れそうになったアルマースが悲鳴を上げる。
 それはもっともな反応だ。
 どこかへ行くことが決められ、住まいも勝手に決定している上に、恩師とクラスメイトが同棲中。
 そんな話を聞いて平常心を保てるはずが無い。
 本人達がどう考えていようとも他の人から見たられっきとしたカップルであり、同棲中で結婚まで秒読み段階――それがユスティティアとキスケに抱いたアルマースの考えだ。
 
「とりあえず、落ち着け。……それに、先生とユスティティア様はまだ付き合ってもいないから発言には気をつけろよ」
「それが一番納得いかないんだよぉぉぉぉっ!」

 コッソリと告げられたソータの言葉に、今度こそアルマースは絶叫した。
 今も寄り添い、酒の研究と称して顔を寄せ合って話をしている二人の距離感がおかしいのだから仕方が無い。
 ヒートアップしたアルマースに驚いたユスティティアとキスケであったが、そんな二人を守るようにテーブルの中央へ飛び乗ったロワが一言吼える。

「マスターとあるじに何か用かっ!? あるじの教え子だからって、あんまり酷いこと言い出したら俺が許さねーからな!」
「ダメですよ、ロワ。テーブルの上はお行儀が悪いでしょう?」

 そんなロワの首根っこを咥えてユスティティアたちの元へ戻る豆太郎を、呆然と見つめていたアルマースは力尽きたようにテーブルの上へ突っ伏す。

「アルマース……大丈夫か?」
「お願い……説明して……一から……丁寧にぃ……」
「りょ、了解。詳しいのは……先生ですよね? お願いします」

 撃沈したアルマースに控えめな声をかけたソータは、キスケを見つめる。
 
「そうだね。一から説明しようか」

 キスケはそう言うと、ココまでのあらましを語り始めた。
 それは壮大な物語を聞いているようで現実味が無い。
 本来なら「そんな嘘を聞きたいわけじゃない」と言う場面かもしれないが、彼の口調からはからかいの色を感じられなかったのだ。
 とんだホラ話と笑い飛ばすには、それを裏付ける確たる証拠もある。
 常識とかけ離れた話を頭の中で整理しながら聞くには、情報量が多すぎた。
 しかし、それが功を奏した。アルマースは、早々に疑う事を放棄したのだ。
 人の善い恩師とクラスメイトが揃って騙すのであれば、それも受け入れる覚悟で彼はキスケの言葉を黙って聞き続ける。
 そして、そんな物語のような話の渦中に自分も放り込まれてしまったことを、彼は後に理解するのであった。
 
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