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第四章
4-17 変化と常識、そして……予兆
しおりを挟む問題の朝から早くも一週間――。
その間、村人達のいいネタとなっていたユスティティアとキスケの寝坊ネタも落ち着きを見せ、当の本人達はいつも通りに過ごしていた。
いや……いつも通りというには語弊があるかもしれない。
一つだけ変化したことがあったのだ。
「あの……ユティ? 何でそんなにジーッと見ているんだい?」
「先生の手って、本当に大きいですよね」
「え? 手?」
村周辺に鬱蒼と広がる森の手入れをするために伐採をしていたキスケは、モルトやダレンと顔を見合わせる。
ユスティティアは周辺の素材を採取していたのだが、いつの間にか手を止めて眺めていたのがキスケの手だというから驚きだ。
「何か……ユスティティア様……変わりましたね」
「そう?」
「暇があれば先生を見ている気がします」
「んー……そう……かなぁ」
カルディアは薬草が入った籠を抱えて、無自覚なユスティティアを見て苦笑する。
おそらく、彼女の言葉がユスティティアの意識に何らかの変化をもたらしたのだろう。
数日前は、木の実をもごうとして必死に背伸びをしていたところを、背後から彼女を支えながら易々とソレを手にしたキスケを呆然と見上げていた。
礼を言ったあと、少し離れたところで立ち止まった彼女が耳まで赤くしていた事を、カルディアは知っている。
(……良い感じで意識し始めたのかしら。先生って無意識なイケメン行動が多いから、ユスティティア様も大変よね)
ユスティティア限定ではあるから安心して観察できるが、女性だったら一度は憧れるシチュエーションだと彼女は感じていた。
それを意図せず行動できるキスケと、無自覚に享受して後でドギマギするユスティティア。
こんな光景を最近はよく目にしていた。
「……アレって……まだ付き合ってないんだよね?」
コッソリとカルディアにソータが尋ねる。
キスケの行動が移ってきたのか、最近はさりげなく重そうな荷物を持ってくれるようになったソータに一瞬ドキッとしたカルディアであったが、頷く事で返答することができたようだ。
「先生が罪作りなのか……ユスティティア様が鈍感すぎるのか……。まあ、歩みは遅くても順調そうだし良いのかな」
「こういうのはあまり急かしてもいけないと思うわ。それぞれのペースがあるんだから」
「そうだよな……デリケートな問題だもんなぁ」
キスケの大きな手に触れて満足そうなユスティティアと、その大きさを測ろうとして四苦八苦しているロワを止める豆太郎。
そんな一人と二匹を優しく見つめるキスケ。
恋人と言うよりは、もはや家族のような安定感がある。
以前は危うさのようなものを時々感じていたが、今はその心配もなさそうだとソータは胸をなで下ろした。
「丸太は一箇所にまとめて置いたし、我々は先に帰るか」
ダレンの呆れた声にモルトも頷く。
伐採中に魔物の襲撃は二度ほどあったが、ユスティティアとキスケの前では無力であった。
燃え上がる獣ほどの数が揃わなければ、彼らを打ち負かすことなどできはしない。
それほど、二人は力をつけていた。
「そうだ、ソータとモルトさん。明日はセギニヘラのギルドへ行きますから準備をしておいてください。ギルドマスターからヘルプ要請です」
とうとう、本格的にキスケたちを探さなければ首が回らない状態になってしまったゴーリアトを見た魔魅衆のマオンから、急ぎの連絡が入ったのである。
シャノネアからも言われていたが、マオンたちがいるので大丈夫だろうと考えていたけれども、当てが外れたようだ。
魔魅衆でさえ苦戦する相手であれば、キスケの出番である。
ユスティティアも同行することが決まっているし、ソータとモルトの修練も兼ねて、ギルド行きを決定したようであった。
「ゴーリアトさんが泣いてるんですね……」
全てを察したようにモルトが苦笑を交えて呟く。
「この島の魔物を相手にしているのも良いですが、やはり、強い魔物も相手にしておかないと腕が鈍りそうですから良い機会ですね」
ソータが首の筋肉をほぐすようにぐるりと回し、それからニンマリと笑う。
最近は彼の幻術にも磨きがかかり、同士討ちをさせる魔物の数も増えてきている。
明らかに強くなっている彼は、更に高みを目指そうと日々努力中なのだ。
彼にとってはチャンスでしか無い。
「明日ということでしたら、試作品の丸薬型回復薬を用意しておきますね」
カルディアは彼らが無事に帰ってこられるように必要な物は何かと考え、頭の中に薬の名前をピックアップしていく。
名前、製法、効能――これら全てが頭の中にインプットされ、症状にあわせて調合できるようになったのは最近の話だ。
しかし、それは彼女の腕前が上がったことを意味していた。
ユスティティア風に言えば『レベルアップした』ということである。
今までは『調合師・見習い」だったのが『新米調合師』になった程度の変化ではあるが、それでも恩恵は大きい。
ノルドール王国の王族が必死に調合師を管理しようとするわけだと、ユスティティアは身をもって、その偉大さを感じていた。
キスケの大きな手を撫でながら、ユスティティアは薬関係をカルディアに任せて、自分は何をしようかと考え込む。
武器、防具、ロープなどの雑貨類。
それらは、全てユスティティアが作ったアイテムだ。
一つ一つ点検をしながら、不足分は補充して――と、考えていた彼女は『あること』を考える。
「先生、お弁当を持っていきませんか? 数日分のお弁当を沢山作っておきますから、みんなで食べましょう」
「え? いいのかい? 手間が……」
「大丈夫です! あとは飲み物も!」
「しかし……ユティに負担が……」
「先生は私の作ったお弁当が嫌いですか?」
「大好きだよ!」
「じゃあ、決まりですね」
キスケの返答に大満足なユスティティアは、ニッコリと笑って彼の腕を取った。
「それでですね……唐揚げを作りたいので、あっちにある池を拠点にしている鳥の魔物をやっつけにいきませんか?」
「唐揚げかぁ……いいね。……二人で行くのかい?」
「はい!」
「えー! この前、俺だけのけ者で寝てた時みたいに、またハブられんのーっ!?」
「ロワ、邪魔をしてはいけませんよ。それよりも、この木の実が入った籠をレインさんへ届けましょう」
「あ……そうだった。約束してたんだった! 仕方ねーなぁ……二人で行ってきて良いよ!」
ロワから許可を得た二人は、二匹の頭を優しく撫でてから森の奥へと消えていく。
一同はその後ろ姿を見送り、顔を見合わせて溜め息をついた。
「デートが魔物退治とか……もう、本当に……」
「ま、まあ……二人のペースがあるから……」
呆れるソータの横でカルディアが言葉を探して宥める。
だが、ソータの言葉は誰もが考えている事であった。
「まあ……竜帝陛下とユスティティア様が楽しそうなので、それで良いかと」
「いや、あの変なところで浮き世離れしている先生のことだ。ヘタをすると、デートを知らないんじゃ……」
モルトとダレンの会話を聞いていたカルディアとソータ。それに、豆太郎とロワは「まさかぁ」と同時に呟くが、一抹の不安を覚える。
彼は竜人族であり、人間の常識は通用しない。
一部、理解しているが、恋愛面は全く知らない可能性が高いのだ。
「先生の恋愛事情なんて知らないけど……ユスティティア様もズレてるからなぁ」
「と、とりあえず……ほどほどにアドバイスをしながら、コレまで通り見守りましょう」
カルディアの言葉に、その場に居た全員が頷く。
先ずは、『魔物退治デート』が常識では無い事を教えなければ――と、カルディアとソータは心に誓ったのである。
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