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第四章
4-11 現地視察
しおりを挟む「ここが……【呪われた島】……?」
ダレンの低く掠れた声が辺りに響く。
誰かの生唾を飲む音。
一様に信じられないといった様子を見せる大人達の中、子供達は無邪気だ。
だだっ広い大地にはしゃぎ、鼻高々に案内するロワの尻尾を掴もうと駆けずり回る。
「あ……こらっ、危ないわよ」
すかさずカルディアが幼い弟や妹、そして、その友達であるコルンの後を追った。
彼女の足元には豆太郎がついているので問題はないだろうと判断したユスティティアは、島を案内しはじめる。
まず、彼女たちが現在居る場所だ。
魔女の森を介して【呪われた島】へやってきたので、勿論、巨大門の前へ出現したわけだが……そこへ至るには、色々とややこしい手続きが必要であった。
ユスティティアのギルドへ加入という形でも良かったのだが、それでは様々な物へ、毎回一人ずつ制限をかけなければならない。
それは大きな手間となる。
そこで考えたのが、同盟システムだ。
村長に一旦『とんがり屋根の村』というギルドを設立してもらい、ユスティティアたち『水花貿易商会』と同盟を組むようにしたのである。
これであれば、同盟設定で一括して管理が可能だ。
彼女の『水花貿易商会』は現在人数も増え、ユスティティア、キスケ、豆太郎、ロワ、ダレン、ソータ、モルト、カルディアの8名から成っている。
その家族も個別同盟扱いになるが、そこはそれぞれの管理に任せていた。
大まかな制限はユスティティアが管理しているので、大事になることは無いだろうし、その辺は豆太郎がフォローしている。
つまり、彼女が始めた『水花貿易商会』というギルドは、同盟ギルドを所有する大型ギルドへ変貌を遂げていた。
ギルド、同盟合わせて30名以上――これが、『攻城戦』へ参加する最低条件だ。
傭兵は一時的にギルドへ加入するので、この限りでは無いが……それでも、大がかりなコンテンツであることに間違いは無い。
奇しくも彼女たち『水花貿易商会』は、この条件をクリアしてしまったのである。
それにより、一般的な『攻城兵器』の製造と使用を許可され、城と位置づけた場所への設置を許された。
本来であれば『攻城戦専用フィールド』という制限があるのだが、ここは現実世界だ。
この世界全てにソレが当てはまる。
一般的な『攻城兵器』には、バリスタと大砲が含まれているが、とても旧式な上に使い勝手も悪くコストがかかるのだ。
彼女がプレイしていた【蒼星のレガリア】のコンテンツの1つである『攻城戦』は、課金をしないで遊べる代物では無い。
だが、雰囲気だけ味わいたいプレイヤーも一定数存在し、その初期装備を引っさげて参加することもある。
その反面、ガチ勢と言われる人たちもいた。
そういう人たちは、ギルドマスターか同盟主の誰かが『攻城戦専用建築・兵器建造スキル』を取得することが必要になり、ギルド全員が課金をして素材や兵器を集めるのだ。
中でも凶悪なのは、課金ガチャから出てくる『攻城戦専用素材』と『攻城戦専用建築・兵器建造スキル』の合わせ技で作製が可能になる、『上位の攻城戦装備』であった。
「まさか……自分が大型ギルドのマスターになるだなんて……考えてもみなかったですね」
ボンヤリと子供達を追いかけ回すカルディアや、みんなに家の中を案内しているキスケを見ながらユスティティアは呟く。
この島を要塞化するために必要な『攻城戦専用建築・兵器建造スキル』は取得する予定であったが、想定していたよりも遙か強力なカードを手にしてしまったのだ。
考える事が一気に増えて溜め息をつきたくなる気持ちもわかるというものである。
「マスター。一応、旧式の大砲とかを壁に装備しますか?」
いつの間にか足元へ戻ってきていた豆太郎に尋ねられた彼女は、大きく首を横へ振った。
「いや……倉庫に眠ってるアレを使おうかな。課金アイテムで数は少ないけど……無いよりはマシだし、自動だしね……」
「いずれ自分で造るつもりですか?」
「今は課金ガチャができないでしょ? だから、今ある課金アイテムを使うしかないと思うし……。残念なのは固定式自動砲台なところだよね」
「オートターゲットは、『攻城戦専用建築・兵器建造スキル』との合わせ技でしたね」
「ああああぁぁぁ……恐怖のレベル上げがああぁぁぁ」
彼女が憂鬱な顔をしていた原因はコレである。
スキルの中でも経験値の獲得が難しい部類という物が存在するのだが、この『攻城戦専用建築・兵器建造スキル』は、それが顕著であった。
さすがはエンドコンテンツと名高い攻城戦だ。一筋縄ではいかない。
「範囲の狭さが致命的だよね……数でカバーも出来ないから、出来るだけ早く対策したいなぁ」
「それまでは、マスターか先生さんが迎撃しないとですね」
「そうだよねぇ……魔女の森へ籠もることも出来ないよ……」
現在、ユスティティアはカルディアのスキルをフル活用してポーション作製に明け暮れていた。
とはいっても、液体では無く丸薬や塗り薬メインだ。
これを、ウーニオ経由でイネアライ神国の神殿へ流し、悪しきポーション制作環境を破壊するのが目的である。
同時にユスティティアは自らの弟への仕送りとして薬や化粧水、枕や布団、瓶詰めのジャムや保存食などを詰め込み、まとめて発送した。
此方はただの善意だ。
可愛い弟と、その婚約者へ贈り物がしたかっただけである。
荷物は魔魅衆の一人が快く受け持ってくれたため、確実に届くだろう。
時々、貴族の荷物を一部横領する配送業者もいる世の中だ。
これほど心強い味方はいないと、ユスティティアは喜んでキスケに抱きついてしまったくらいである。
「まあ……ここのところソータさんに仕事を頼みすぎていたから、ここへ来たら、それも必要なくなるし……負担は減るかな?」
「それは同時に、ユティの遠慮がなくなると考えた方が良いよね……」
キスケの声にハッとして振り返ったユスティティアは、苦笑する彼と、その後ろで呆然としている村人達を見上げる。
豆太郎と目線を合わせるためにしゃがみ込んでいた彼女は、豆太郎を抱き上げて立ち上がった。
「何かありました?」
「いや……まあ……色々と? 一番驚かれたのは……お風呂かな?」
「あー! お風呂! あ……そうだ、今までは二人だから設置するか迷っていましたが、大人数になったので大規模施設の温泉を設置したいです! 勿論、課金アイテムですが!」
「うん……サラリとマズイことを言い始めた自覚はあるかい? しかも、設置って……まさか……」
「場所はどこがいいでしょうね。みんなの一日の疲れを癒やす場所ですから、景色……壁めっ!」
「ここを守る命の要になっている壁に向かって、それは可哀想じゃ無いかいっ!?」
「マスター、片面がクリスタルガラス処理されている壁を使えばどうですか? それなら、外は普通の壁と変わらないので覗かれる心配もありませんよ」
「ソレダーっ!」
「豆太郎君……」
そのアドバイスは悪手だ……と言いかけたキスケの言葉は華麗にスルーされ、ユスティティアが走り出す。
この島で見晴らしが良い場所を探していた彼女は、ある一角で足を止めた。
見晴らしの良い断崖絶壁、魔物から襲われる心配も無い場所――そんな好条件を満たした場所を探し当てた彼女は、すかさず壁を張り替える。
外が見える壁は島から見える絶景を映し出し、全員がその景色に釘付けだ。
「本当に【呪われた島】なんだな……周りには海しか無いぞ」
「島は丸いわけじゃないんだな……ほら、あの部分、山っぽくないか?」
「手つかずの自然が残っている感じですね」
村人の会話を聞きながら、ユスティティアは自分のアイテムボックスで長年眠っていた大規模施設の温泉を取り出し、設置するのに微調整を開始する。
彼女がこの動きをしている時は近づいたら危ないと知っている村人たちは、誰も近づかない。
突然何かが現れる前兆だと熟知していたため、全員が固唾を呑んで見守る。
「よし、ここがいいかな」
軽い言葉と共に表れたのは、巨大な建物だ。
見慣れない建築のソレは、明らかに今までの物とは違うとわかる風体をしていた。
「ユティ……コレは?」
「温泉ですね。簡単に言うと、大人数対応の入浴施設です。青ののれんが男性用、赤いのれんが女性用ですから間違って入らない……ってか、入れないか。今は稼働していないので、全員まとめて説明しますね!」
意気揚々と入っていくユスティティアに続き、彼らも建物内へ足を運ぶ。
「ユティ……」
「この設備は期間限定ガチャの激レアだったんですよ。造りもシッカリしてますし、何より効能が凄いんですから!」
「効能?」
「疲労回復、治癒力増加、リラックス+10。このリラックス効果が高いと、何かを作る時にレア物の出る確率が高くなるんですよねぇ」
ユスティティアの言葉を真の意味で理解出来ているのは、おそらく豆太郎とキスケだけだ。
他の人たちは理解出来ずに呆然とするしか無い。
ただ、彼女の案内する建物がとんでもない代物であるということは、辛うじて理解出来たのである。
「廊下を歩いて先ず入るのが脱衣所です。男女にそれほど違いはありませんが、女性側は化粧室がついています」
「脱衣所……?」
「ここで服を脱ぐんです。そして、このカゴの中に衣類を入れて、裸になります」
「……う、うん」
「そのあとは、この先にある曇りガラスの扉の向こうへ……」
そう言って開かれた先にあったのは、見事な露天風呂であった。
有名旅館の温泉をモチーフに作製されたと言われるだけあって、造りもシッカリした温泉である。
開放的な木製の屋根や磨き上げられた石の床。
風呂は2種類あり、手前の白濁した湯。
そして、外にある海と一体化したようにも見える無色透明な泉質の露天風呂だ。
実際は高低差があるため、果てしなく続く地平線が見えているため、そういう錯覚を起こしているだけだが、絶景に間違いない。
「凄い……ね……これ、単なるお湯……だよね?」
「いえいえ、単なる……というには語弊があります。温泉は湯の質が大事なんです。手前の白濁した湯は、疲労回復効果が高いですが、奥の露天風呂は美肌の湯ですよ!」
「……美肌っ!?」
これに食いついたのはレインだ。
いそいそと奥の露天風呂へ近づき、湯の中へ手を入れる。
「程よい温度ね。それに……これ……凄いわ。肌触りが滑らかで……トロッとした感じというのかしら」
「とても良いお湯ですよね!」
「ちなみに、白い湯の方は肌トラブルや傷にも効果がありますよ。あと、白い湯の隣にある透明の湯は炭酸泉なので、温度が低くてもよく温まりますし、毛穴の汚れを綺麗に落としてくれます」
豆太郎の補足を聞きながら、全員が恐る恐るお湯に触れてみる。
それぞれに手触りが違い、驚いて自らの手を見ていた。
「切り傷……本当にきくのね」
「お前……たしか、さっき包丁で切ったといっていなかったか?」
「治ったわ」
とある老夫婦の会話を聞き、「そんな馬鹿なっ!」と全員が目を丸くする中、豆太郎は説明を続ける。
「特に、白い湯は肩こりや腰痛、神経痛にも効くので、皆さんにはとても良い泉質かもしれませんね」
「肩こり……」
「腰痛……」
「あ、あの、膝も……」
「勿論! 間接の痛みにも効果がありますよ」
えっへん! 物知りでしょう! と言わんばかりのドヤ顔で説明する豆太郎の言葉を聞いていた人々は、いそいそと服を脱ぎ始めた。
これにはユスティティアも驚き、悲鳴を上げる。
「み、みなさん、男女別れて! こっちは女風呂だから、男どもはあっちー!」
「ほらほら、いきますよー!」
さすがのキスケも呆気にとられていたが、叫ぶユスティティアを見て覚醒し、男性陣を引きずって移動を開始する。
ロワが豆太郎をくわえて意気揚々と移動するのを最後に、女性だけが残された。
「も、もう……ビックリしたぁ……」
「まあ……男達はみんな、どこかしら痛めて悩んでいたから……」
村長さんの奥さんの言葉に、全員が頷き笑い合う。
そして、彼女たちも脱衣所へ移動して服を脱ぎ始めた。
ユスティティアは「着替え……」と考えたが、バスローブや浴衣があったことを思い出す。
それを説明する豆太郎は男性陣の方へ連れて行かれたので、まあ、大丈夫だろうと、彼女も温泉を楽しむために服を脱ぎ始めるのであった。
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