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第四章

4-6 昼食タイム

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 ユスティティアやキスケたちの活躍もあり、件の洞窟へは麓の村人達も通えるようになったのは大きかった。
 原材料が入手出来ずに途絶えて廃れてしまったが、手法だけは口伝で残っていたのが幸いしたのだろう。
 百年と少しの時を経て、セギニヘラの特産である焼き物が復活したのだ。

「これは見事な食器だね……」

 べーロスを探していたユスティティアたちは、それを採取しただけで満足していたが、それよりも下層から出てくる良質な粘土は、セギニヘラ産の焼き物に欠かせない。
 強度があり、とても滑らかな光沢を見せる食器にキスケも驚いたようだ。

「これも、竜帝陛下のおかげです」

 ゴーリアトの言葉に、彼は首を振る。

「それこそ、物のついでだったから感謝されるようなことじゃないよ」
「そういえば、メルさんの方はどうですか?」
「いま、鋭意作成中。おそらく、暫くしたら報告が来るはず……。ところで、ランドールの方はどうだい?」
「強い加護を持っていたのに、全く戦力にならなかった自分を恥じる心は持ち合わせていたみたいです。あの日から修行を真面目にしております」
「それは喜ばしいと言えば良いのか……それとも、まだ諦めてないんだと嘆けば良いのか……」

 元担任としては前者だが、ユスティティアを想う男としては複雑なのだろう。
 彼は小さく溜め息をついて、テーブルに並べられた食器を眺めた。

「敵に塩を送る結果になったかも知れないけれども、セギニヘラには関係無いことだしねぇ……トップが馬鹿だからと言って、国民全員がひっかぶるのも違うしなぁ」

 キスケのその言葉に、ゴーリアトとマオンは顔を見合わせて笑う。
 こういうキスケだからこそ、彼らは全ての情報を余すこと無く開示することが出来るのだ。
 自分の私利私欲のため、相手を追い詰めるための犠牲を厭わない人であれば、そんな馬鹿なことは出来ない。
 だが、それが出来るだけの理性と優しさを持つ竜帝の彼だから、こうして人が集まるのだと二人は感じていた。

「あ! 先生! いたいた!」

 そんな彼らのもとへ駆けつけたのは、他でもないユスティティアだった。
 彼女は大きな包みを抱え、足元には豆太郎とロワを従えている。
 二頭とも、背中に何か風呂敷のようなモノを背負っていて、何だか可愛らしい姿をしていた。

「先生、ついに完成しましたよ! そして、ついでに作ってきたのでお昼にしましょう!」

 彼女はテーブルにドンッと大きな包みを置き、いそいそと広げていく。
 風呂敷の中身はお重だった。
 五段にもなるお重の中身は見るからに豪勢で、彩りも鮮やかだ。

「お米が手に入ったことで、醤油と味噌もできたんですよ! 夜にはお酒も完成しますから、村では今から宴会準備をしているみたいです」
「そうなのかい? それは楽しみだね。それに……この昼食も味の想像がつかないよ」
「えっと、こっちが醤油味の唐揚げ、だし巻き卵、野菜はダレンさんの野菜を蒸したものと、こっちのお重は煮物にしたパターンですね」
「煮物……?」
「醤油と砂糖と出汁で味付けしてあるので、食べてみてください」

 ユスティティアに勧められるまま、先ずは煮物を食べた彼は丁寧に咀嚼して目を丸くしたままユスティティアを見た。

「初めての味だ……。美味しいって言葉では勿体ないのに、表現するのが難しいな……。なんていうか……香りかな。塩みたいにストレートに感じる塩味じゃなくて、柔らかくて砂糖に合う。とても美味しいよ」
「大豆と米麹と塩で作った調味料なんですよ。味噌も塩味が強いんですが、ダレンさんが作ったキュウリにつけて食べると……もう、本当に……凄いんですから!」

 テンション高く説明しているユスティティアの横にいたロワが包みをテーブルに置く。
 その中身は、たくさんのキュウリだ。
 豆太郎が背負っていた風呂敷には、味噌が入った容器。
 2匹がテシテシと前脚で、それぞれが背負ってきた食材を「食べてみろ!」と言わんばかりに勧める。
 その行動はとても可愛らしいのだが、それと同時に独特の味噌の香りが漂う。
 見た事の無い味噌に尻込みするゴーリアトとマオンとは違い、キスケは迷うこと無く手を伸ばす。
 そして、味噌を付けたキュウリを頬張った。
 キンキンに冷えたキュウリと味噌の味が合い、これだけで一品料理だと思えるほどの贅沢だと感じたのか、彼は良い音を立てて咀嚼しながら満面の笑みを浮かべた。

「あはは、これもいいね! メルと一緒にいたら、美味しい物ばかり食べられて幸せだ」
「ふふふ……まだまだですよ! こっちのお重はおにぎりです」

 白い艶々の粒が、ユスティティアの握りこぶし大にまとまっている。
 フォークを刺して持ち上げるが、崩れる気配は無い。
 三角形のおにぎりを一口頬張る。
 フォークで刺しても崩れないことから、硬いのかと考えていたキスケは、口の中に入れた瞬間ほどけていく米粒に驚きながら噛みしめた。

「甘い……いや、砂糖の甘さじゃなくて……こう……自然の……穀物が持つ甘みっていうの? すごいな……これも初めての味だ」
「無味に感じますが……竜帝陛下は舌が繊細なんでしょうな」
「そうなのかな?」
「米粒の甘みを感じられるなんて、さすがは先生! わかってるー! さて、私も久しぶりのおにぎりだっ!」

 彼女が元気よく言って頬張る姿を見ていたキスケは、彼女の言葉を聞いて驚いた。

「え? 味見とかして食べなかったの?」
「先生と一緒に食べようと思って、すっごく我慢していたんですよ」
「……あんなに食べたがっていたのに?」
「だって、先生と一緒の方が数倍美味しいと思ったんですもの」

 ユスティティアは、至極当然だというように言い切って、おにぎりへ手を伸ばす。
 それほど深く考えて発した言葉では無いのだろう。
 しかし、本人が自覚していなくとも、彼女の内側にある想いや考えが透けて見えるようで、キスケは絶句する。

(……えっと、これって……うぬぼれじゃ無くて……前向きかつ好意的に考えていいんだよね? 前世の風習や習慣じゃないよね?)

 だが、そんなキスケの考えは次の瞬間に吹っ飛んでしまう。
 ユスティティアの目尻に涙が浮かんでいたからだ。

「ゆ、ユティっ!?」
「あ、あははは……ちょ、ちょっと懐かしくて……つい……。あ、でも、泣きたいわけじゃないんです。懐かしいって思うけど……昔に浸りたいわけじゃなくて……。先生と一緒に美味しい物を食べて、未来を考えて笑っていたいなって……だから、コレは違うんです。大丈夫、違うんですからね?」

 目元を拭って「えへへ」と照れ笑いを浮かべるユスティティアに、キスケは胸が締め付けられるようであった。
 懐かしいのは当然だ。
 帰りたいと願っても仕方が無い。
 だが……それよりも、自分との未来を望んでくれるのか――と、彼は今すぐにでも抱きしめたい衝動を抑えるだけで精一杯だ。

「初めて食べるけど、俺、このおにぎり気に入ったー!」
「ロワはわかっていますねー。塩おにぎりが至高。あ……でも、シーマヨも美味しいですし、マスターはお寿司も考えているみたいですから、今から楽しみにしておいてください」
「まだまだ旨い物が出てくんの? あるじ! 俺ら、幸せ者だな!」
「そうだね。この世界で一番幸せ者だよ」

 微笑むキスケを見たロワが笑う。
 同席しているのがゴーリアトとマオンだから、2匹とも遠慮すること無く話をしている。
 普段のストレスはどこへやら、尻尾をちぎれんばかりに振って楽しげだ。
 そして、そんなご機嫌なロワは、キスケを見てプッと吹き出す。

「米粒がついたまんまじゃ格好がつかないぞ、あるじー!」
「え……どこにっ!?」

 赤面して慌てるキスケの口元に、ユスティティアの指先が触れる。
 そして、彼の口元にあった米粒をつまみ、当たり前のように自らの口へ運んだ。
 パクリと食べて「子供みたいですよー?」と笑うユスティティアの行動に言葉も出ないキスケは、真っ赤になって俯くしか無い。

(え……えっと……俺の口元にあったんだけど……パクって食べた……よね? こ、これって普通なのっ!?)

 内心パニックになっている彼と、照れているのが可愛いと笑うユスティティアを目の前にしていたゴーリアトとマオンは、ひたすら自分たちは空気だと言い聞かせて食べることに専念した。
 先程は甘さも感じなかった米だが、今はなんだかとても甘い……いや、甘ったるいくらいだ。
 しかし、そんな空気に慣れているのか、丸っこい二頭がお節介にも二人の好みにあいそうな料理を探して、重箱の料理を説明してくる。
 そのおかげか、奇妙な緊迫感や疎外感は無い。
 心を無にして空気と同化する必要もなさそうだ。
 とりあえず、片思い中だというキスケと無自覚なユスティティアが醸し出す『二人だけの世界』の邪魔をすることなく、彼らは彼らで美味しい料理に舌鼓を打つのであった。
 
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