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第三章

3-15 はた迷惑な来訪者

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「なんで、今日もいないのだ!」

 苛立たしげにランドールの怒鳴り声が小さなギルドハウスに響き渡る。
 彼の目的は、ユスティティア――いや、新人のメル・キュールであった。
 しかし、運の悪いことにすれ違う日々を送っている。
 いや……もしかしたら運が良いのかもしれないのだが、本人は不服なようで、周囲に当たり散らしていた。
 
「いや……そう言われてもなぁ。メルたちは、このギルドで滞っている仕事を片っ端から片付けてくれているから、かなり忙しいんだ」

 ギルドマスターのゴーリアト自らが説明をしても納得がいかない様子だ。
 しかも、三人の男が同行しているという話を知っているからか、ここ最近では類を見ないほど機嫌が悪い。
 従者である騎士の男達は、これ以上騒ぎを起こさないように止めているが、全く効果は無いようであった。

「大体、何故そんなに仕事が滞っているのだ!」
「ハンターがいないんだよ。こんな辺境に居座るハンターの話なんて聞いたことがあるか? それに、ハンターは世界各国を渡り歩くんだ。好き好んでノルドール王国へ立ち寄るハンターも珍しいだろうさ」
「なんだとっ!?」
「アンタ……いったいどこの貴族のぼっちゃんだ? ノルドール王国がハンターに不人気だと知らないわけじゃないだろう?」
「そんな話……聞いたことが無い」

 そんな馬鹿な……と、ゴーリアトは驚愕の面持ちで目の前の男を見るが、やがて溜め息をついて首を横に振る。
 こんなことを言っても無意味だと考えたからだ。
 一般常識が通用しない男を相手に正論をぶつけても、無駄な労力である。

「一般常識だよ。貴族にしては勉強不足だな」
「なんだとっ!」
「サイサリス様、やめましょう! ここで騒ぎを起こせば、色々とマズイですから!」
「辺境伯の耳に入ったら、それこそ大事になります!」

 必死に止める従者を苛立ち紛れに殴り飛ばしたランドールは、腹立たしげに大きく足を踏みならしてギルドハウスを後にした。
 慌てて二人の従者が後を追うが、殴られた従者は深い溜め息をついて項垂れる。

「大丈夫かい?」
「あ……お騒がせしてすみませんでした」
「いや、それより顔を冷やした方が……ニャーナ」
「はい!」

 布を水に浸して持ってきてくれたニャーナに礼を言って、腫れ始めた頬に布を当てた彼は、とても立てる状態ではない。
 どうも当たり所が悪かったようだ。

「あの貴族、名前はなんて言うんだ?」
「えっと……サイサリス・メーラー様です。今回は、見聞を広げる為に旅を……」
「貴族の従者も大変だな」
「そう……ですね。あ……そろそろ動けそうです。すみません、俺たちもなんとかこれ以上被害が出ないように頑張りますので、コレ、ありがとうございました」

 腫れ上がった頬を冷やしていた布を返却してから、急いでギルドハウスを出て行く男を見送る。
 ゴーリアトだけではなく、ニャーナも複雑な面持ちだ。
 
「上が無能だと、苦労するな……本当に同情する」
「しかし……女一人にスゴイ執着だな」

 解体を頼まれていた為に、すぐに顔を出せなかったのだろう。
 大きなナイフを持った浅黒い肌の男――ワンスが奥から顔を見せ、濡れた布を受け取ったニャーナも彼が出て行った扉を見つめたまま口を開く。
 
「まあ……彼も頑張っているのでしょうけど、難しそうですよね。メルさん、スタイル良い上に可愛いですし、実物を見たらもっと大騒ぎしそうですもの。それに、絶対にメルさんは喜助さん派だと思いますし」
「むしろ、ありえんだろ……アレに靡くか?」
「私も断然、喜助さん派ですね」
「誰に聞いても、そうだろうよ」

 ニャーナとワンスの会話を聞きながら、ゴーリアトは倒れている椅子を元に戻し、ギルドハウスの中を綺麗に清掃しはじめた。
 室内が整い、綺麗になった頃、来客の少ないギルドハウスの扉がバーンと大きく開かれる。

「ゴリさん、ニャーさん、ワンさん、ただいまー!」

 あまりにも見計らったようなタイミングで登場したユスティティアに、ゴーリアトは目を丸くして出迎えた。
 さすがにタイミングが良すぎることを訝しんだ彼は、ユスティティアの後ろにいるキスケを見る。
 その視線の意味に気づいているはずの男は、ただ柔和な笑顔を浮かべるだけだ。
 しかし、それだけで十分であった。
 つまりは……そういうことだ。
 
「今日は六枚分の依頼をクリアしてきましたよ!」

 そんなキスケとゴーリアトのやり取りに気づくこと無く、ユスティティアは元気な声で本日の成果を告げる。
 彼女の手には、依頼品と思われる草花と討伐の証である素材の入った袋が握られていた。
 解体屋のワンスでさえも唸るほどの見事な解体をしてくる一行に、ゴーリアトは呆れるしか無い。
 ベテランハンターでも、これほどの成果は出せないと知っていたからだ。

「さすが……ですな」
「えーと、イノシシっぽいのが五体、大蛇が三匹、ブラックベアー? っていうのが、三体かな」

 ユスティティアの報告を聞きながら持ち帰った素材を改めていたワンスは、その素材から何の魔物を狩ったのか理解して天を仰ぐ。

「マジか……異界の魔物の中でも厄介なモノばかり……」
「ああ、でも、そこの依頼ボードにある一番厄介な魔物は発見できなかったよ。移動したのかも知れないね」

 キスケの言葉にゴーリアトは頷いた。
 ここ最近は、目撃情報も無く大人しかったため、それも視野に入れていた。
 しかし、もし移動したというのなら、何らかの理由があるはずだ。

「手配書にあるプラチナホーンより、厄介な魔物が出現している可能性もありますよね……」
「まあね。そちらの可能性が高いかな」

 そう言って、キスケは懐から数枚の鱗を取りだした。
 それは、大蛇の鱗にしては厚みがあり、魔力も比較にならないほど強い。

「まさか……」
「念には念を入れておいた方が良いね。コレはマズイ兆候だ。ハンターが少ないせいで此方へ逃げ込んできたのかも知れないね。いま、隣国には有名なハンターが滞在しているらしいから」
「噂は聞いてますが……やっぱり、そうですか」

 ここへ来て、ノルドール王国が今までしてきたことのツケが回ってきたのだ。
 ハンターズギルドから危険分子として扱われている事もあり、ハンターたちも気軽に立ち寄れない国という認識が広まってしまっている。
 自国のハンターを大事にすれば良いのだが、そういうこともしないため、優秀な者ほど外へ行き、どんな小国よりもハンターの数が少ない現状を王家は把握していない。
 その結果、辺境には強い魔物が溢れ始めている。
 周囲から魔物に食い荒らされ、気づいた時には力を付けすぎた魔物に王都が飲み込まれるのだ。
 そうやって滅亡した国を、ここ最近も見てきたゴーリアトは渋い顔をした。

「まあ! この薬草たちはとても質が良いですね!」

 キスケとゴーリアトが難しい話をしている中、ユスティティアとニャーナはテンション高く会話を交わしていた。
 女の子同士で交わす会話が和やかで、どちらの会話も聞いていたワンスは、その温度差で風邪を引きそうだと苦笑する。

「あ、そうだ。あの人、またメルさんを探して暴れていきましたよ?」
「うわぁ……何を考えてるのかなぁ。そういう人とは会いたくないんだけど……」
「ナンパする気満々ですよ、アレは絶対!」
「冗談でしょ……どこの貴族なのよぉ」
「えーと、確か……サイサリス・メーラーと名乗っていましたよ」
「えー? んー、サイサリスっていう名前は聞いたことがないなぁ。でも、メーラー家ってココとは真逆の西の辺境に近いところを領地に持つ伯爵家でしょ? しかも、ギャンブルで多額の借金を作って、商人に爵位を売ったという話があったはず」

 やけに詳しいユスティティアに、ニャーナは驚いたようである。
 カウンター越しに目を丸くしてユスティティアを凝視していたが、彼女にしてみたらあまりにも当たり前のことであったため、気にした風も無い。
 ユスティティアは元侯爵令嬢であり、王太子妃になるはずだった者だ。
 勉強もしていたので、貴族間の情報に詳しくて当然である。
 
「メルさんって、貴族の情勢に詳しいんですね……」
「あ、ま、まあねぇ。ほら、私たちは商人もしているから」
「確かに! 商人は情報が大事ですものね」

 このギルドで登録する際に万が一を考え、商人ギルドにも登録できるよう口利きをしてもらったのだ。
 ユスティティアの作るアイテムを、必要とあらば、この町にも売り込むことを考えてのことであった。

「でも、本当に横暴な人なんですよ。従者の方も、憂さ晴らしに殴られていましたし」
「うわ……最悪。DVな人はお断りだわぁ……それでなくても、モラハラ気味な人をずっと相手にしていたのに……」
 
 ユスティティアは迷惑そうに呟いてから受付カウンターに突っ伏す。
 その背中へすかさず、豆太郎とロワが飛び乗った。
 体を起こしたら二匹が転がり落ちると悟ったユスティティアは、そのままの姿勢で会話を続行する。
 突っ伏しておいて何だが……うつ伏せになる体勢は、思いのほか苦しい。
 そういう理由もあり、背中で戯れている二匹を早急にどうにかしたいのだが、いつも面倒を見てくれているキスケはゴーリアトと真剣な表情で会話中だ。

「先生ぃ……」
「ん? あ、ああ! コラコラ、二匹とも。背中から降りなさい。すぐ、そうやってメルで遊ぶんだから」

 ユスティティアの助けを呼ぶ声に気づき、キスケが豆太郎とロワを回収する。
 さすがにキスケ相手に駄々をこねないが、これがソータたちであれば、ユスティティアの背中の上でロワが暴れたに違いない。
 そのソータとモルトだが、今は村の人たちに頼まれた物を購入している最中だ。
 モルトにいたっては、子供服を購入するため熟考に熟考を重ねてしまうので時間がかかる。
 それが判っていたので、このギルドハウスへ集合するようにしている。
 
「何だかそうしていると……お二人って師弟というよりも、夫婦みたいですよね」

 何気ないニャーナの言葉であったが、これに反応したのはユスティティアだ。
 可愛らしい耳を、ほんのりとピンク色に染めて小さく唸る。
 キスケの方はというと、嬉しそうに「そうかなぁ」と暢気な返答をしているだけだ。
 どちらとも取れる反応のキスケ。
 動揺を隠せないユスティティア。

 このときにピンッと来てしまったニャーナは、カウンターに力なく垂れているユスティティアの手を、力強く握る。

「それじゃあ、アレは困りますよね」
「アレ?」
「ナンパですよ!」
「勿論、すごく困ります!」
「撃退しましょう!」

 どうやって――?

 その時、ニャーナ以外、全員の心の声が重なったように思えた。
 スルーするならまだしも、撃退とは穏やかでは無い。
 しかも、撃退となれば、一度は会わなければならないという事実に、キスケは渋い顔をする。

(あの、女の体にしか興味ない、煩悩にまみれた性欲の権化のような男に、ユティを見せたくないんだけど……)

 ここへ来る前は、接触してきたら情報が引き出しやすいので良いだろうと考えていたキスケであった。
 しかし、彼はランドールが纏う下心満載のオーラを感じ取り、自分の考えが甘かったことを痛感したのである。

(下心が透けて見える視線にユティを晒すなんて……俺、冷静でいられるかなぁ)

 情報は欲しいが、その対価があまりにも大きすぎる気がして、彼は苦悩していた。

 いざとなれば、どうしてやろうか……と、彼の頭の中に物騒な考えが浮かんでは消えていく。
 可愛い生徒に手を出すような不埒者に、とっておきのお仕置きを考えているキスケだが、彼は大切なことを忘れていた。
 ランドールもまた、彼の元生徒であることを――。
 既に、黒歴史になりつつある事実は、記憶から消去されたのだろうか。
 教え子に対する容赦など微塵も感じられないほど、物騒な考えを対処法の候補に挙げていく。

 キスケから放たれる不穏な空気を、不幸にも感じ取ってしまったゴーリアトは、今後確実に起こるだろう騒動へ思いを馳せ、胃の痛みを感じるのであった。

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