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第三章
3-13 蒼い月の下で
しおりを挟む新しい住人の歓迎会は夜半過ぎまで続き、既に夢の住人となっていた子供達は、大きくなったロワの体に身を預けて寝息を立てている。
子供にモテモテな俺スゴイ! とテンションが高めのロワの尻尾が大きく揺れているけれども、決して声は出さずに子供達を見守っていた。
そんなロワの元へ、豆太郎が甲斐甲斐しく食事を運ぶ。
途中で転んで台無しにしているが、床に落ちたくらいでは文句1つ言わないロワと豆太郎のやりとりに、村人達も和んでいた。
そんな彼らから少し離れた場所に、ユスティティアとキスケの二人はいた。
集会所の屋上。
しかも、キスケの水晶の翼が無ければ、降り立つこともできないところなので、邪魔が入る事は無い。
「……王室がそれを狙っていたのでしたら……カルディアさんたちをノルドール王国へ戻すのは危険ですよね」
「戻さない方が良い。もしかしたら、この国にも面倒ごとを持ち込んだことになるかもしれないからね。【呪われた島】の開発を進めた方が良いかもしれない」
「そうですね。これ以上、豊穣の女神ヌパァク・パトゥ様の慈悲に縋るばかりでは……後々、大変なことになりそうですし……」
「まあ、あの女神は底抜けに優しいから大丈夫だろうけど……姉の方が五月蠅いかもしれないしね」
「隣国の大地母神ネルメディ様……ですか」
「……しかし、いつもなら既に牽制くらいしてそうなものなんだけど……やけに大人しいな」
キスケはそこまで言ってから、ジッとユスティティアを見る。
(そうか……彼女に『加護』を与えた神が、大地母神ネルメディより上位神という可能性があるんだった。あの女神より上位となれば……三柱くらいしか思い浮かばないんだけど……?)
なるほど、それでは下手に口も出せないだろうと判断し、キスケは大地母神ネルメディの警戒レベルを下げた。
豊穣の女神ヌパァク・パトゥに嫌われたくないという理由もあるだろうが、何かあれば相手が太陽神や月の女神にも噛みつくほど、妹のことになると見境の無い大地母神ネルメディが沈黙を貫いているのだ。
裏では、彼女が手を出せない位の高い神が動いているのは確実である。
「まあ……何に付けても、情報が少ないよね」
「そうですね……そうだ、先生。王太子殿下ご一行様って、そのまま王都へ帰ると思いますか?」
「いや、調査を続行するつもりだと思うよ。あの港町から近い、山の麓の町へ移動していたからね」
「じゃあ、その町へ変装して行ってみませんか?」
「……自ら近づくのは危険だよ」
「行商人としてではなく、今回は……ハンターとして行きましょう。まさか、貴族の令嬢であった私がハンターになっているなんて思わないでしょう?」
それはそうなんだけど――とキスケは渋るが、ユスティティアの中では決定事項であるかのように話は進んでいく。
「ハンターって、ギルドで登録しないといけないんだよ? 一応、俺は登録してあるけど……」
「えっ!? 先生は登録済みなんですかっ!?」
「そりゃね……ハンターズギルドは各国にあるけれども、連携が取れているから情報も新しい物が多くて重宝するんだよ」
「各国で独立した組織ではないのですね」
「そりゃ、異界の魔物は世界の脅威だからね」
本来であれば、その脅威へ立ち向かうために国々は手を結ぶのだが、ノルドール王国は違う。
そこから相手国の弱みを握ろうとする。
だからこそ、ノルドール王国のハンターズギルドは独立した組織運営をしているように見えるのだ。
ただ、表向きはそうしているだけであって、王家に動向を悟られないよう注意しつつ、裏で好き勝手に動いている。
そんな彼らに、キスケが手を貸しているのは言うまでも無いことであった。
「じゃあ、私は弟子として登録しちゃいましょう。先生の弟子で新人ハンターの誕生ですよ!」
「名前は、メル・キュールでいくの?」
「勿論です。ノルドール王国内で、ユスティティアはマズイですよ? 先生も気をつけてくださいね?」
「そうだね。ヘタな事をしないように気をつけるよ。とりあえず、ギルドマスターに連絡を入れておくかな」
キスケはそう言うと、指笛を鳴らす。
その音を聞いてか、一直線にキスケの元へ飛んできた何かは、彼が身を預けている石造りの縁に着地した。
「ぴぁっ!」
元気よく鳴いたのは、小さな竜だ。
全長30cmにも満たない小さな竜は、キラキラした目をキスケに向けていたが、慌ててキスケと隣にいたユスティティアへ頭を下げた。
「ノルドール王国のハンターズギルドのマスターに伝言を頼むよ。『明日、昼頃に弟子とそちらへ伺うから、手続き関連を一式用意して別室で待っていて』ってね」
「きゅあ!」
「じゃあ、任せたよ」
キスケから水晶を貰って、それを大事そうに抱えていたカバンに入れた小さな竜は、すぐさま飛び立ってしまう。
竜帝としての力なのか、もともとの力なのか……
竜族の王というのも、伊達ではないようだとユスティティアは驚きの視線をキスケに向けたまま呟く。
「い、今のは?」
「眷属というか……まあ、従魔の一種だね。竜種は全て、竜帝の下僕だから」
「な……なるほど……」
「ユティも、その気になれば従えることができると思うよ? 純血種だと思われるくらい血が濃いからね」
「そ、そうなんですか?」
「だって、あの子。ユティにも頭を下げていたでしょ? いま来た子は、最速で飛ぶ事が出来るラピッドスタードラゴンなんだけど、プライドが高いことでも有名なんだよ。俺以外にあんな態度を取ったのは見たことがないし……おそらく、ユティの竜の血に反応したんだと思うよ」
「それか、先生の妻と勘違いされたとか?」
「ああ、その可能性もあるのか」
何気なく言った言葉であった。
互いに、深い意味を持って紡ぎ出した言葉ではない。
だからこそ、言葉の意味に気づいた瞬間、気まずくなってしまったのだ。
申し合わせたように顔を背け、耳まで赤く染めてソワソワと落ち着かない。
まるでシンクロしたような動きを見ている者が居たら、大笑いしたことだろう。
「え、えーと、とりあえず、明日は情報収集も兼ねてハンターズギルドへ登録だね」
「は……はい」
「それから、町のほうを見回って、ついでにギルドの仕事も片付けておこう。噂になれば、あちらから接触してくるかもしれない。此方から接触するのは避けたいからね」
「……危険ですか?」
「あの王太子は派手好きだから、隠密行動が隠密行動になっていない可能性を考えると、領主の監視がついている可能性もある」
「ヘタな動きをすれば、新たな敵を作りかねないということですね?」
「そういうこと。相手に興味を持たせるのが一番だけど……あー、うーん……そうか。違う意味で興味……持ちそうだよねぇ」
「え? 何かあるんですか?」
キョトンと見つめ返してくるユスティティアを眺めていたキスケは、小さく嘆息する。
(あの女好きが、今のユティをスルーするわけないよね……)
幸薄いような不幸オーラが綺麗に消え去り、体のラインが出る服装をしている彼女は、文句なしに魅力的な女性だ。
キスケにしてみたら、幸薄そうなオーラや服装云々は関係無い。
だが、体型に人一倍の関心を持ち、煩悩まみれのランドールにとって、今のユスティティアは『美味しそうな獲物』に見えるだろう。
「……そういう系でおびき出したいわけじゃ無いんだけど……勝手に釣れてくれそうだなぁ」
「先生?」
「ユティ……お願いだから、俺から絶対に離れないようにね? 絶対だよ? 約束できるねっ!?」
「は、はい、勿論です」
あまりにも必死な形相で言われてしまい、ユスティティアは押され気味に頷く。
元々、キスケの側にいたいユスティティアにとって、「これはご褒美っ!?」と脳内変換しそうな提案である。
最初は驚いていたが、キスケが心配してくれていることが嬉しくて、彼女はこれ以上とないほど笑顔になって頷いた。
「えへへー……嬉しいなぁ、私、先生の側にピッタリくっついておきますね!」
「そうして……」
「はい!」
ワインの入ったグラスを片手に、明日の計画を立てているユスティティアを横目で眺め、キスケもグラスを傾ける。
月明かりに照らされたユスティティアの髪が、蒼白く幻想的な輝きを宿す。
ある程度近づいても髪飾りにしか見えない繊細で優美な角も、強い魔力を帯びており、心なしか花の数が増えたように思える。
大輪の華ではないが、透けた花弁も美しい、何とも可愛らしい花が可憐に咲きほこっていた。
思わず手を伸ばしそうになって、キスケは慌てて気を逸らす。
(あはは……これじゃあ、あの王太子のこと言えないんじゃないかな……)
グイッと一気にグラスの中身をあおると、すぐさまユスティティアが気づいてボトルのワインをついでくる。
今後の話をしたくて二人になったのは良いが、自分が一番の危険人物であったことを思いだしたキスケは落ち着かない。
しかし、そんな彼に気づかず、ユスティティアは嬉しそうにキスケを見上げる。
「えへへー、先生を独り占めとか贅沢ですよね! ほら、学生時代は最低限の接触しかしてませんでしたし」
「そうだったね……」
当時を思い出して、二人は目を細める。
卒業から、それほど日数は経っていないのに、何年も前の出来事であるかのように感じてしまうのは、卒業から今までの時間が濃すぎたせいだろう。
「先生は、私がいるから学園に来たんですよね?」
「……そうだね」
「連れ去ろうとか、連れ出そうって思わなかったんですか?」
「……それがキミの幸せに繋がるなら、やっていたと思うよ。でも、当時のキミは……いずれ王妃になるための努力をやめなかった。だから、その妨げになることをしたくは無かったんだよ」
「無関心だから放っておいたというわけではなく?」
「あのね……無関心だったら、教師なんて酔狂でもやらないよ。生意気盛りの子供たちを、三年も世話するんだよ?」
「あれ? 先生って面倒見が良いから、こういうことが好きなんだと……」
「まあ、嫌いじゃ無いけど……これでも、忙しい身の上だからね」
「それなのに、私と一緒に居る約束をして良かったんですか?」
「キミは別。俺の同族みたいなものだから、何よりも優先されるの」
「そっか……私は先生の特別なんですね」
冗談めかした軽い口調で紡がれた言葉であった。
しかし、その言葉を聞いたキスケは、一瞬息を呑み――ゆっくりと口を開く。
「そうだよ」
笑い飛ばされると思っていたユスティティアは、この返答を聞いて固まる。
真剣な色を宿したキスケの瞳を見上げ、その真意を探ろうとするのだが、感情が全く読めない。
深い色の瞳に魅入られ、コクリと喉を鳴らした瞬間、彼の取り巻く空気が変わった。
「当たり前でしょ?」
「あ、当たり前……?」
「そうだよ。当たり前のことなんだ。だから、明日……王太子に会ったとしても、ヘタに動かないでね」
「は……はい」
コクコクと頷いたのは良いのだが、彼のいう「当たり前」という言葉の中に隠れている、見落としてはいけない何かを感じ取り、一人で悶々とする。
(当たり前って……元生徒だから? 同族の血を引くから? それとも――)
その先に続く言葉を見つけ出すことができず、彼女は静かに目を伏せた。
何を望み、何を願っているのか――ユスティティアは自らに問いかける。
答えを見出したいと願っているのに、今の関係性を壊してしまいそうな真実を知るのが恐ろしい。
しかし、いずれ――このままではいられないのだという予感を胸に抱え、天空に輝く月を見上げるのであった。
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