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第二章

2-9 危険予知

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 暫く忙しくしていたユスティティアは、村にある家の改装が終わったので、暫くはゆっくりするのかと思いきや、すぐに次の作業へ取りかかった。
 彼女は人々が【呪われた島イル・カタラ】と呼ぶ島へ戻ることを前提に動いている。
 ダレンに野菜作りに関して今後も教わりたいし、村人とも定期的に交流していきたい。
 毎日来るとは限らないので、その間も快適に過ごせるようにしたいと考えたユスティティアは、村の目に付く不安要素を潰していった。
 
 彼女が次に重要では無いかと感じたのは、村の避難所にもなり、多目的な用途で使える集会場の建築だ。
 現在は、何かあれば村長の家に集まるようにしているようだが、小高い丘の上にある村長宅まで移動するだけでも大変だという意見も多い。
 そこで、ユスティティアは多少の事ではびくともしない、地下室込みの二階建て建築を作ることにしたのである。
 
 建築予定にしたのは、現在、誰も住んでいない家が立ち並ぶ、村の中央に近いスペースだ。
 老朽化も進み、非情に危険な状態で、台風でも来たら一発で吹き飛ばされそうなほどボロボロである。
 その場所を、あっという間に更地にしたユスティティアは、地下室の建築から取りかかった。
 当初、地下室は備蓄用と考えていたのだが、万が一の時には村人全員が逃げ込めるスペースを確保するように手を加えたようだ。
 空気が淀まないように配慮した通風口も、できるだけ自然で、水などの浸入を防ぐよう、離れた場所へ建てた小屋に煙突を建てて偽装するなどの工夫を施している。

 地下室を作り終えたら次は上物だが、快適さを求めて建築した村人達の家とは、建築する趣旨が違った。
 人々の記憶には残っていないが、【龍爪花の門リコリス・ゲート】のもたらした被害が大きかった国である。
 万が一の事を考えての対策が必要なのだ。

「なんというか……どうしても、豆腐建築になっちゃうんですね」
「頑丈さを重視したら、どうしてもそうなるの! 全部石造りだから雪の重みで崩れないだろうし、魔物に襲撃されても耐えられるくらいの強度はあるはず」
「そうだね。今までで一番強固な造りじゃ無いかな」

 ノックをするように強度を測っていたキスケの太鼓判をいただいたユスティティアは、ドヤ顔で相棒を見るが、豆太郎からは深い溜め息しか出てこない。

「島の家も、こんな感じで強化していくつもりです」
「いいね。徐々に強くしていって、魔物の被害も抑えていかないとね」

 メルヘンな家の中央に建つ物々しい豆腐建築には違和感しか無いが、そんなことはお構いナシのユスティティアは、続いて村を取り囲む石壁を作る事にしたようだ。
 森の出入り口に一つ、ダレンの畑から隣町へ続く道に一つ、それぞれ強固な門を作り、村を囲むように石壁で覆っていく。

「随分とものものしくなるね……」
「これで野盗もおいそれと襲ってこれないと思いますが……島にもこんな感じで壁を作って、いずれは鉄にしていく予定です。壁は上へ登れるようにして、見張り台も設置して、最終的には……タレットでも置こうかな」
「タレット?」
「はい、えーと……わかりやすく言うと、自動砲台ですね。センサーで敵を識別して攻撃します。あ、持ち歩きも出来るタイプがあるので、いずれは、採取をしている間の護衛を任せる事も出来ますよ」
「……えっと、キミは……何を目指しているんだい?」
「ノルドール王国が喧嘩をふっかけてきても、返り討ちに出来る要塞を目指しています」
「うん。貴族令嬢の目指す物じゃないよねっ!?」
「あはは、先生冗談はキツイですよ。私はもう貴族なんかじゃありませんから!」

 楽しげに笑うユスティティアからは、貴族への未練を全く感じられない。
 貴族に未練がないということは、王族なんて眼中にもないのだろう。
 いや……反対に、敵対意識が芽生えていると考えた方が良いかもしれないとキスケは考えを改める。

(花竜の血とはいえ、やはり竜人族なんだよね……敵に対して容赦がないというか、売られた喧嘩は買うっていうか……やられたら千倍返しというか……。いや、むしろ……人間の血が入っているから悪化している可能性も……?)

 うふふ――と、意味深に笑うユスティティアから邪悪なオーラを感じて、キスケと豆太郎は首をすくめた。
 おそらく、一番怒らせてはいけない人を、あの国の王族は怒らせてしまったのだ。
 そして、彼女には彼らを撃退するだけの力だけではなく、技術と知恵がある。
 これほど恐ろしいことは無い。

「豆太郎君……彼女の言っている方法は可能なのかい?」
「可能です。おそらくですが、マスターはLv30へ到達した時に選択できる『建築種選択』で、『攻城建築』を選択するのではないかと……」
「その口ぶりだと、他にもあるんだよね? そちらは考えられないのかい?」
「えーと、そっちは……『一般拡張建築』という見た目重視で、ファンタジーや中世などの建材がメインになる感じなんです。見た目が可愛らしいナチュラル系素材とパステル系素材が多いので、防衛を目指しているマスターは選ばないと思います」
「系統が違うっていうことか……そっちのほうが平和そうなんだけど……」
「とはいっても、中世ヨーロッパの拷問器具などもあるので、全てが平和だというわけではありませんよ?」
「ご、拷問器具って……」
「先ほど言った『一般拡張建築』は、豊富なジャンルと何万種類という建材が作成できるようになります。勿論、ダークファンタジー系も網羅しているから、えげつない拷問器具があっても不思議ではありません」

 あっけらかんと答える豆太郎の話を聞きながら、キスケは頭を抱える。
 どうにも、彼女たちが持つゲームの感覚が現実離れしすぎている感じがして仕方ないのだ。
 そこに危機感を覚えるし、今後の不安も募ってくる。
 常にユスティティアは、キスケの予想を大きく超えた力を発揮してくる事も気になっていたので、仕方の無い事だろう。

(まあ……何とかなるよね。一応、現実とゲームの世界の問題に取り組んでいることだし……)

 これで、『ゲームだから仕方が無い』というスタンスであれば、キスケはもっと危機感を覚えていた。
 だが、彼女たちは、それを大きな問題の一つだと常に考えて行動している。
 それを信用して、それでも足りない部分はフォローしようと、キスケは意識を切り替えた。
 それに……正直に言えば、最近はソレをキスケ自身が楽しんでいるフシもある。
 未知なる技術は、快適な生活に直結していたからだ。
 蛇口のあるキッチンや、スイッチで火の付くコンロなど、上げていくとキリが無い。
 彼女が宣言した通りの、『王族よりも贅沢な暮らし』の片鱗を彼は体験しつつあったのである。

 キスケと豆太郎がこんな話をしている間、ユスティティアはというと、建築用作業台にかじりつき建材を作りながらブツブツと呟いていた。
 それから、感極まったのか、いきなり叫び出す。

「あぁぁ……どうして私はコンビニ経営系のゲームにのめり込まなかったんだろう……それがあったら、今頃、何不自由の無い生活がああぁぁ」
「マスターがまた嘆いてますね」
「そうだね……次のゲームを選択出来るまであと少しだから余計なんだろうね。ところで、コンビニってなんだい?」
「そうですね……簡単に言えば、食事や飲み物、文具や日用品雑貨に至るまで、様々な物が手に入る店ですね」
「へぇ……雑貨店みたいなものかい?」
「この世界の雑貨店が、どういうものかは知りませんが……おそらく、先生さんが考えている数倍のクオリティーと品揃えだと思います」
「反対に、そのゲームをやっていなくて良かったよ……そんなものが出現したら、世界中で大騒ぎになる」
「そうですよね。マスターは本当に判っているのかな。選んだらマズイゲームも多いんですけど……」
 
 豆太郎は、次に選択出来るであろうゲーム一覧を眺めながら溜め息をつく。
 彼女は偏ったゲーム嗜好を持つ。
 基本的に物作り系を好み、殆どがゾンビやモンスターと戦うサバイバル系ゲームだ。
 そんな彼女が戦闘系を捨ててまでハマるゲームは、制作アイテムの多さやスキル分岐、作り込みに至るまで幅広く、多様性のある物が多い。
 つまり……とことんポーションだけ、畑だけ、牧場だけというゲームは好みでは無く『色々やってみたいけど、作る物が少なくて浅い物は面白くない!』ということである。
 
「まあ、マスターが自給自足をどう考えているかにもよりますよね。供給できるアイテムを自分で作るのか、それとも仕入れるのか」
「仕入れるって……この世界じゃないところから?」
「ですよねぇ……それが問題ですよね」

 はぁぁ……と、一人と一匹は大仰に溜め息をつく。
 その気になれば工場すら作る事が可能である事実を知るのは、今のところ豆太郎だけである。
 しかも、全自動で採取から加工まで行える工場だなんて、正直言ってオーバーテクノロジーも良いところだ。
 地球の科学技術を駆使しても、人の手を介さなければ難しい部分が出てくるのだから当然のことである。

(惑星開拓系サバイバルゲームを選択して宇宙船を作った場合は、どうなるんだろう……宇宙進出とか出来るのかなぁ)

 豆太郎は口にこそ出さないが、ユスティティアの持つ力の可能性については誰よりも理解している。
 出来る事なら、ヘタな行動を取らないようにして欲しいとは願いながらも、最後までついて行くつもりだ。

(先生さんも、そのつもりなのかな……?)

 出来上がった建材を運び、ユスティティアの作業を手伝う彼を見上げながら、豆太郎はこんな穏やかな日が続いてくれることを願った。


  ・・✿・✿・✿・・


 それから数日かけて、村の外壁が完成し、全員で集会場に集まり、持ち寄った料理を肴に宴会を開催した。
 最初は地下室や二階建ての大きな集会場に驚いていた村の人々は、ここなら何かあったときでも身を守れると知り、とても安心したようである。
 海は近いが、この村は高台にあるため、浸水の心配は無い。
 ユスティティアと豆太郎が調べても、水害の心配は無いだろうという結論に至った場所だ。
 長い間、この場所に村があるのも頷ける好立地である。

「これだけ沢山建てたのに……あと少し……足りない……」

 お酒を飲みながら項垂れるユスティティアに、隣へ座ったキスケは苦笑を浮かべた。
 もう少しでレベルアップだということで頑張っていたのだが、ほんの少し足りなかったようで、彼女はLv19でストップしている。

「まあまあ、明日には目標達成するよ」
「そうなんでしょうけど……うー……あと少しだったなぁ……」
「ほら、そんな辛気くさい顔をしないの。今日はめでたい席だよ」
「はーい」
「それと、くれぐれもお酒は飲み過ぎないようにね?」
「あ、えっと……は、はい……すみません……」

 顔を赤くしてあたふたし始めるユスティティアを尻目に、キスケはダレンから木製のコップに注がれた酒へ対して礼を言う。

「先生は、何かと説教くさくなるようだな」
「すみません。つい……」

 三年間に染みついてしまった物は、そう簡単に払拭できない。
 数週間前まで、教師と生徒という関係で学園にいたのだ。
 場所が変わっても、その時と変わらない生活を送っているため、習慣が抜けるはずも無い。
 
「そういえば、ダレンさんの息子さんと甥っ子さんは、そろそろ村へ到着するんでしたっけ?」
「順調に移動していても、あと三日はかかるだろうな。一週間前に神都を出たという報せが届いていたし……」
「メルちゃんと先生さんのおかげで、あの子達が帰ってきても部屋を準備できるから助かったわ。ここにあった廃屋を、全員で片付ける予定だったから……」
「そうだったんですか? 片付けても、台風がきたら崩れちゃいそうでしたけど……」

 ユスティティアの言葉通り、土台となる物が腐り落ち、いつ朽ち果てても良いくらいの荒れようだった。
 むしろ、いままでよくもったと、彼女は感心していたくらいだ。
 とても人が住めるような場所ではない。

「廃屋は私たちも気にしていたのだけど……こんなに立派な建物へ生まれ変わるとはなぁ」
「本当に、メルちゃんが来てくれて助かったよ」
「ダレンの息子たちも、村の変わりように驚くんじゃ無いか?」
「そりゃ見物だ!」

 上機嫌で会話をしている村の人々を見つめ、ソーセージを頬張ったユスティティアは、不意に何かを感じて顔を上げる。

(何だろう……今……変な感じがした……)

 周囲を見渡しても、いつも通り村人が陽気に酒を酌み交わしている姿や、女性陣が話に花を咲かせている様子しかうかがえない。
 だが、違和感――というか、何かマズイものが迫ってくる感覚に、ユスティティアは席を立つ。

「マスター? どうかしたのですか?」
「え……うん……何だろう……この感覚……」

 言葉には出来ない異様な物が、ざわざわと心を落ち着かなくさせた。

「ユティ?」

 窓辺に寄るユスティティアの肩に手で触れて顔を寄せたキスケが、小さく彼女の名を呼ぶ。

「何か……変な感覚です。嫌な感じが……」
「花竜でも持つ者がまれな『危険予知』の能力かも? ……どうやら、それで間違いはなさそうだね」

 キスケが、迷うことなく断言すると同時に、誰かの叫ぶような声が聞こえてくる。
 何を言っているのか判らないが、若い男が叫んでいた。
 そして、集会場の扉が乱暴に叩かれる。
 これが、彼女の感じていた『嫌な予感』であり、花竜の持つ『危険予知』であった――

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