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第一章
1-17 新しい朝
しおりを挟む太陽が地平線から顔を出し、今日も朝がやって来た。
普段であれば使用人が起こしに来るが、今日からはそれもない。
窓から差し込む光にまぶしさを覚えて瞼を開いたユスティティアは、自分の顔の横で眠る豆太郎の姿を見て、一気に意識を覚醒させた。
(え? 朝っ!? ……っていうか、ここは……あ、私が作った家のベッド……だけど、寝具は無かったはずなのに……)
フカフカのベッドには真新しいシーツがかけられ、あたたかい毛布のおかげで寒さを感じること無く眠ることが出来たユスティティアは、体を起こして寝台からゆっくりと足を下ろす。
手早く身支度を調える頃には、豆太郎も「くはぁ」と大きなあくびをして目を覚ましたようだ。
ベッドの上でブルブルと体を震わせたあと、元気よく跳ねた。
「おはようございます、マスター!」
「お、おはよう、豆太郎。あの……先生は?」
「そろそろ戻ってくると思います。今は用事があって出かけていますが、朝には戻るということでした」
「そ、そっか……戻ってくるんだよね?」
「勿論です! 僕と約束してくれましたし、その証拠に見てください!」
豆太郎は自分の首元に巻かれた、真っ白なリボンをユスティティアへ自慢げに見せる。
まるで、勲章か何かを貰ったかのような誇らしさだ。
「これは、先生さんのお姉様の形見だそうで、戻ってくるから預かって欲しいと言われた物です。必ず、先生さんは戻ってきます!」
「そ……そっか。良かった……」
「先生さんは、マスターを見捨てたりしませんよ」
「……うん」
安堵したように笑みをこぼしたユスティティアは、部屋を出て家の外に足を運ぶと、井戸から水を汲み上げて顔を洗った。
「うわぁ……冷たーっ」
「マスター、飲み水を作りましょう。後残りわずかですよ」
「了解! まずは水の確保。続いて朝ご飯! ……となれば、水汲み開始!」
井戸で水を汲み上げるだけでも重労働だ。
貴族であったから、こんな苦労を今までしてこなかった彼女だが、朝からこれは疲れると溜め息をこぼす。
「水道と蛇口が恋しい……」
「鉄があれば、作れるんですけどね……」
「本当にソレ! 絶対に水回りを先に……いや、でも、ツールが先かなぁ? レベルも結局、20までいっていないし……課金アイテムがあれば、色々と楽が出来るのにね」
基本的に、【蒼星のレガリア】は初心者に優しくない仕様が多い。
それが原因で新規参入のプレイヤーを確保することが出来ず、廃れていったのだ。
MMORPGあるあるなのだが、現在、それが現実世界の生活と直結しているユスティティアには笑えない。
「だから……だからあれほど、初心者に優しくと……!」
「そうですよね。だから、マスターみたいな変人的な廃人しか残らなかったんですよね」
「お豆さん? 朝から酷くない?」
「事実しか言っていません。だいたい、一般プレイヤーはランカーになれませんし、レジェンド級の武器なんて手にすることも出来ません。銃に関してマスターの右に出るプレイヤーはいなかったんですから」
「た……確かに? まあ、それでも……昨晩みたいな敵は勘弁して欲しいかも。あれだけ強いと火力を出さないといけないけれども、そうなると双銃ではキツイから、モードチェンジして長物に変えないと……そうなったら、距離が欲しいわけで……」
「つまり、盾役が欲しいわけですね? それを先生さんに頼めば解決なのでは?」
「……確かに! あ、でも……戦闘よりも素材を集めてツール強化したい……石器時代を抜け出したいよー! 鉄ツールも、まだ心許ないし」
修理などを考えると、安易に鉄ツールは使えない。
潤沢に鉄を入手出来るようになれば話は別だが、現時点では木材の入手すら怪しいのだ。
木材と鉄――彼女が考えているアイテムを作るには欠かせない素材達である。
「せめて、苗が手に入れば、植林場を作るのに……」
「話している規模が大きすぎて驚きだな……そんな物も作れるのかい?」
不意に聞こえた声に顔を上げると、空に浮かぶキスケの姿があった。
手には大きな荷物を抱えており、背中を見れば朝日に照らされた水晶の翼が眩しいほど輝いている。
「うわ……うわぁ……せ、先生、その翼……すごく綺麗です! すごい……本当に飛んでる!」
「ただいま」
「お帰りなさい!」
「わぁ、先生さん、大荷物ですね。お帰りなさい!」
着地した彼に、ユスティティアと豆太郎が駆け寄った。
満面の笑みに出迎えられたキスケは、頬を緩め、一旦荷物を置いて一人と一匹の頭を撫でる。
「はあ……やっぱり癒やされるねぇ……」
「用事は済んだんですか?」
「ああ、それは問題無く……その辺りも含めて話すから、まずは朝ご飯を食べようか。色々と買い込んできたんだ」
「え……あ、すみません先生……代金をお支払いしたいのですが……手持ちが……」
「そういうことは気にしないで甘えなさい。伊達に長生きしてないし、学園の教師をしていたわけじゃないよ」
焚き火の側にあるテーブルへ荷物を置いたキスケは、中から大きなパンを取り出す。
食器類もある程度揃えてきたのか、次から次へと生活に必要そうなアイテムが出てくる。
しかも、それが全てペアなので……見ているユスティティアは、暢気に「新婚さんみたいなラインナップ……」と考えて自爆し、頬を赤くしてしゃがみ込む。
(何を考えてるの私ーっ! 違うから、そういうのじゃないから! 私は先生を尊敬しているのであって邪な思いはないからーっ!)
いきなりしゃがみ込んで唸るユスティティアに驚くキスケだったが、慣れているのか、豆太郎は気にしなくて良いと声をかけ、他には何があるのかと興味津々に目を輝かせる。
彼が買ってきたのは、ペアの食器、調理器具、朝食になりそうな食材、調味料など様々だ。
「先生さん……奮発しましたね」
「俺自身、お金をあまり必要としなかったからね。道具などに関しては事情が判らないから、欲しい物があったら一緒に買い物へ行けば良いし、とりあえず、両手もいっぱいになったしお腹も空いたから帰ってきちゃった」
どうやらキスケは、この島より南下したところにある、隣国のロアーベシュア皇国で有名な朝市に寄ってきたようだ。
様々な露店が並び、早朝だというのに人が多く、人でごった返していた。
迷子になった子供や転けた老人を助けながらも、目的の物を購入し、店を巡っていた彼の目にとまったのは、収穫したての野菜を蒸し売りしている屋台だ。
収穫したばかりの野菜なので、鮮度に問題は無く、何より野菜特有の甘い香りがして美味しそうだった。
そこで、ジャガイモとタマネギ、ナスとカボチャを購入したら、売り子をしていたおじいさんがオマケに果物をつけてくれた。
他には焼いた肉を売っているところもあったが、彼から見て「イマイチ」だったため、ベーコンを買ってきたようである。
仮面を外せば、とんでもないイケメンの彼だ。
見た目が良いだけではなく、話をすると好青年という印象を受けることから、誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持つキスケは、こういう場所でオマケと情報を大量にゲットしてしまう。
その結果が、両手に抱えた荷物と山のような土産話――
買ってきたベーコンと、これまたオマケで貰ったらしい卵を焼きながら、たっぷりのチーズと、オマケでいただいた新鮮な牛乳をテーブルへ並べる。
とてもオマケが多いが、これもまた彼の持って生まれた物なのだろう。
「先生さん、すごく朝食が豪華じゃないですか?」
「ん? いや、朝市とか凄いよね。あれも、これも、どうぞってくれるから、すぐに両手がいっぱいになるんだよ。ああいうのってお祭りみたいだから、気前の良い人が多いんだよね」
「いや……それは……先生だけだと思いますよ?」
「そうかな? あ、ここのパン、すごく美味しいんだって! ベーコンを買った店で教えて貰ったんだけど行ってみたら、沢山の種類が並んでいて目移りしちゃったよ。凄いですねって話をしていたら、こっちのこのパンは試作品だから今度感想を聞かせて欲しいって貰っちゃった」
「……こういう人を何て言うんだっけ……コミュ力お化けっていうんだっけ?」
「先生さんは皆から好かれるタイプですもんね。僕も先生さんが大好きです!」
尻尾をぱったぱった振っている豆太郎に笑顔を向けたキスケは、買い物袋から新たに骨を取り出した。
まだ新鮮な肉がついている立派な骨だ。
「豆太郎君にはお土産だよ」
「わわわっ! 骨だー! 先生さん、ありがとうございますー!」
はぐっと咥えて嬉しそうにバリバリかみ砕き始めた豆太郎を見て、ユスティティアは首を傾げた。
いくら【ゲームの加護】だとはいえ、ここまで生きている犬と同じようなことができるのだろうかと考えていたのである。
(お豆さんはAIナビのはずなのに……これじゃあ、普通に喋る黒豆柴の子犬だよね? それだけ【ゲームの加護】が強力ってことなのかな)
目の前では、これでもかと言わんばかりに尻尾をぐるんぐるん振って、骨をはぐはぐ噛んでいる豆太郎。
とても幸せそうな姿を見て、良かったなと思う気持ちと同時に、うらやましささえ感じてしまったユスティティアは、ムッと唇を尖らせた。
(むー……お豆さんだけズルイ……あ、いや、別に……拗ねているわけでは……)
慌てて頭の中の考えを打ち消していたユスティティアに、ソッと近づいたキスケはさりげなく右手を突き出した。
何だろうと彼女が見ていたら、ポンッという音を立てて現れたのは、とても綺麗な花束だ。
どうやって取り出したか判らないが、キラキラ輝く花に彼女は思わず声を上げる。
「わ、綺麗っ! すごく素敵な花ですね! 花びらがガラスで出来ているみたいに透けて……とても綺麗です!」
「月晶花だよ。隣国のロアーベシュア皇国では贈り物として喜ばれる花で、香りに安眠効果があるから寝室に飾ると良いかも?」
「食事前に飾ってきます!」
「あ、花瓶はこれね」
「キスケ先生、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
骨をはむはむと食べていた豆太郎は、そんな二人のやり取りを見ながら、【ゲームの加護】で閲覧可能になっているデータベースにある月晶花を参照する。
(月晶花……ロアーベシュア皇国が原産地であるが、現在では広域に分布する水晶のような花びらを持つ花。茎や葉は安眠効果を持つお茶にも使われており、月の女神ラムーナの守護花として知られる。花言葉は『神秘』『賢明』『安らぎ』『幸福』『枯れない愛』――先生さん、花言葉で決めたのかな?)
どの花言葉に重きを置いているのか、現時点ではわからない。
しかし、豆太郎は嬉しそうな自分のマスターと幸せそうに微笑むキスケの二人が、これからもずっとそばにいてくれたら良いな……と、心から願う。
きっと、それならどこにいようとも楽園に思えるはずだと笑い、お土産で貰った骨を幸せそうにかじるのであった。
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