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第一章

1-15 若き宰相と恩師

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 ノルドール王国。
 人間の王国の中でも古くからある由緒正しい国家である――と、ノルドール王国の歴史書には刻まれているが、史実とは異なる。
 ヴァルグレン王家は、元々暗躍することを得意としていたのか、国家間の争いごとの裏側には必ずいた国だ。
 国同士が争っている最中に、何かをかすめ取っていく。
 それが、ヴァルグレン王家のやり方であった。

 そして、その気質は脈々と受け継がれ、己の血筋が一番尊く、誰よりも優れた物だと勘違いし始めたのである。
 太陽神の守護を受け、栄えている国――
 その太陽神の守護も、当時の王妃と親友であったルヴィエ家の妻の二人が、己の命を削って祈り続けた結果、得た物だ。
 国王や当主は何もしていないのにも関わらず、己の手柄のように増長した。
 結果、ノルドール王国は太陽神の守護を受けているのにも関わらず、『加護』の質が低い。
 この事実を知るのは、神々と個人的に繋がりを持つキスケだけである。
 そして、そんな彼にユスティティアのことを教えてくれたのは、他ならぬ太陽神であった。

「太陽神の守護を受けているのに……自分たちの行いが、国民を苦しめる事を知らないとは……情けないねぇ」

 ノルドール王国の中心地である聖都ルースランサにそびえ立つ王城の屋根に着地したキスケは、月を見上げて微笑む。

「心配しなくても、すぐに戻りますよ。あの子を放っておくなんてしませんから、ご安心を」

 月にそう語りかけた彼は、周囲の風景にスーッと溶け込むように姿が消えていく。
 まるで、光学迷彩のようである。
 自身の体を水晶でコーティングし、視認出来ないように術をかけているのだろうが、それでは質量や熱、音などを誤魔化すことはできない。
 しかし、彼の持つ身体能力が、それら全てを軽減させているようであった。
 全身をチェックして問題が無いと判断した後、軽快な動きでスルスルと建物の中へ入っていく。
 全く物音を立てず、人に見つかること無く移動する様は忍びのようだ。
 そして、目的の場所に着いたのか、扉を音も無く開き、隙間に体を滑り込ませる。
 中にいる人物は、それにも気づかない様子で机に向かい、書類を整理していた。

「やあ、オルブライト君」
「うわああぁっ!」

 かなり大きな声を出して驚き、椅子からずり落ちた青年は、背後から声をかけてきたキスケを見上げ、これまたずり落ちた眼鏡を慌てて元へ戻す。
 若き宰相オルブライトは、いきなり現れたキスケに泣きそうな顔で文句を言った。

「あ……先生……いきなりの訪問は驚くから辞めてくださいと、あれほどっ」
「あはは、ごめんごめん! いやー、でも、相変わらず気配を読むのがヘタだねぇ」
「文武両道の貴方と一緒にしないでください。とはいえ……ここまでやってきたということは、ルヴィエ侯爵令嬢のことですか?」
「正解。それで、少し……お願いがあるんだけどいいかな?」
「何でしょうか……先生のお願いなら聞いてさしあげたくはあるのですが……いま……怒ってますよね?」
「さすがだね! そりゃ……怒るでしょ」

 一瞬の冷たさを纏った声に、宰相――オルブライトは顔を引きつらせて固まってしまう。

(ヤバイ……これ……本気で怒ってるよね……先生がマジ怒りとなれば……あ、この国……終わった――)

 絶望の色に染められた表情のまま、オルブライトは最後の宰相になることを覚悟して「ご用件は……」と尋ねる。
 彼は、キスケが竜人族であると知る、数少ない人間の一人だ。
 勿論、宰相を務めているデシャネル家の者は、この事実を知っている。
 彼らは代々、一定期間ではあるがキスケに師事して鍛えて貰っているのだから当たり前だ。
 優しくはあるが、授業となれば厳しい彼に、父は勿論のこと祖父や曾祖父も鍛えられたのである。逆らえるはずがない。
 王族かキスケ、どちらを取るか選べと言われたら、彼は間違いなくキスケを選ぶ。
 それくらい、縁がある間柄であった。

「キミが、もっと早く……それか、もっと詳しく知らせてくれたら良かったのにね」
「無茶を言わないでください。王族だって警戒しているんですから、見つかってしまいます。彼女の方は、先生が頑張ったらどうにかなったでしょう? 此方は、色々と調べている最中だったんですよ」
「それで? 何か判った?」
「この騒動の黒幕が国王陛下で、どうやら……ルヴィエ嬢が目障りだったから、例のあの場所へ追放したようです。後から調べて判ったときは、血の気が引きましたよ。見事に隠されていました」

 差し出された書物をペラペラとめくって読んだキスケは、目を細める。

「なるほど……あの島のことを隠蔽していたわけね。地図と照らし合わせてみたら、ここの文面との違いに気づくよね。あの場所は陸続きでは無いから」
「そうなんです。しかも、領地と書き記されているにしては、税を徴収している資料が無いのですから」

 彼らが手にしている資料には、現在ユスティティアがいる島を『陸続きではあるが、資源がそこそこある辺鄙へんぴな場所』だと書き記してあった。
 しかし、地図を見ても、書き記された方角に陸地は無い。

「詰めが甘いなぁ」
「先生にかかったら、全員そう言われちゃいますよね……」
「いやいや、コレは君をあなどっていた結果だと思うよ? 情報を操る時は徹底的にするのが基本中の基本だ。一つのミスで全てがパーになるんだからね」
「確かに……今回はソレで見つかったわけですし……」
「そういうこと。若いから物知らずだという思い込みが招いた結果かな? 自分の息子を基準に考えるから、こうなるんだよ」
「何気に王太子殿下をディスってるし……」
「何か言ったかい?」
「あ、いえ、なにも! でも……この能力……本当に厄介ですよね」
 
 細工された書物は、普通に見ても判らないほど細かな修正が施されていた。
 おそらく、国王が持つ『複製』の力だろうと判断して、キスケは小さな溜め息をつく。

「あの『加護』は面倒だね……本来の持ち主は殺されてしまったから、事実を隠蔽されたようだけど……」
「今回の件と似ていますね」
「まあ、直接手を下しているか、そうでないか……たった、それだけの違いだけだけどね」

 キスケの声が沈んでいくのを危険と感じたオルブライトは、慌てて話題を逸らすために口を開いた。
 
「こういう細かい作業をしているので、時間がかかってしょうがないんです! 王立図書館の秘蔵書を全部なんてハードすぎますよ!」
「全く……まだまだだねぇ。ほら、この背表紙を見てごらん。この辺りに魔力の痕跡が残っているでしょ? 術を施せば、背表紙に糸くずみたいな痕跡が必ずあるから、それを見つけたら良いよ」
「そんな細かいのを見つけろとっ!?」
「一つずつ調べるより早いでしょ?」
「先生じゃないんですから……」
「ほら、泣き言は言わないの。キミはやれば出来る子なんだから!」
「うぅ……褒められている気がしません」
 
 半べそをかきながら、本を受け取った彼は、それを抱えて目の前のキスケを見つめる。
 まだ何か厄介ごとを言うつもりなのだと理解していた彼は、大人しく待っていたのだ。
 彼が言い出すであろう無茶難題を――

「そういえば、国王が、彼女を毛嫌いしていた理由は判ったかい?」
「彼女が優秀過ぎたんです。国王陛下は女性を軽視しているフシがあります。自分の息子よりも秀でている彼女が許せなかったのでしょう」
「それだけ?」
「あ、あの……あとは……おそらくですが……混血だから……かと」
「なるほどね。月の女神ラムーナの『加護』を横からかすめ取ったら、優秀な混血児は用済みってことか。ナメたマネをしてくれたもんだよ……」
「あ、あの……せ、先生……お、おち……落ち着いて」
「大丈夫。国王に対して何もしないよ。それに……それだけじゃない気がする。隣国の言葉で『犠牲』なんてふざけた名前をつけて、このタイミングであの島へ送り出したんだ。何かあるに決まっているからね」
「そろそろ……厄災の年ですよね」
「おそらく、近いうちに【龍爪花の門リコリス・ゲート】が開くよ。今回も俺が全力で阻止するけど、漏れたのは各国で対処して欲しいな」
「も、勿論です! ですが……先生……大丈夫ですか? 前回の戦闘で受けた傷が……」
「時々傷むくらいだよ」

 オルブライトは心配そうに、小さな頃に見た、彼の背中にある大きな傷を思い出す。
 深くて、痛々しい傷であった。
 それを見て大泣きした幼いオルブライトを、キスケは優しく抱き寄せて慰めてくれたものだ。

(そんな優しい先生を怒らせるから……)

 オルブライトは、目の前の恩師が望むのであれば、何でもするつもりでいた。
 今回も危険な仕事だとわかっているし、バレたらタダでは済まない。
 それでも、父と交代してまで調査しているのは、目の前の恩師と家族の為であった。

「それで……先生のお願いって……なんですか?」
「ああ、それなんだけど、あの島の資料なんて無いかな? 鉱石などの資源が書き記されていると嬉しいんだけど」
「あ、それならありました。えーと……コレですね。この本があったから、領地ではないと思わなかったんです。資源が豊富ですし、鉄の産出量がすごくて……」
「へぇ! 鉄が多いのか。それはいいね!」
「――先生? 何を……考えて……」
「考えているのは、俺じゃないよ」

 ニッコリと笑うキスケは、本当に嬉しそうであった。
 自身のことを褒められても、ここまでの反応を見せない彼が、心から喜びを感じている。
 だからこそ、オルブライトは背筋に冷たい物が走ったのだ。

(あ、あれ? もしかして……出会ってはいけない二人が、手を組んだんじゃ……)

 彼の予感は正しかった。
 戦闘に関しては何とも言えない成果しか出せない彼は、こういう直感力に長けていたのである。
 そんな彼が、二人が手を組んだ結果を目の当たりにし、この日のことを思い出すのは――そう遠くない未来の話であった。
 
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