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第一章
1-3 謁見の間
しおりを挟む結局、彼女が与えられた『加護』は、ノルドール王国だけではなく世界規模でイメージが最悪な【ゲームの加護】であった。
祝福を与えている神も、盗賊が信仰する旅を司る神だという話が出てくるほどで、その『加護』を所持しているだけで手癖が悪いのではないかと疑われるくらい、心証も悪い。
一部の大司祭や神官は、「与えられた『加護』の意味を勘違いしているのではないか」と貴族や王族へ進言していたが、長年にわたり定着してしまったイメージを払拭することは難しい事を理解している彼らは、司祭や神官の言葉を聞かなかったことにしたのである。
それ故に、人々の間で一番欲しくない『加護』として、最初に名前が挙がるほど不人気な『加護』であった。
神官達の言葉がどうであれ、この『加護』を得た者は、必ず凄惨な最期を迎えた。
どんな聖人君子でも、【ゲームの加護】を授けられた者は堕落し、ひっそりと人生を終える――それを、誰も変えられなかったのである。
本来、ゲームとは娯楽である。
だが、この世界のゲームは必ず金銭を賭けて競い合うのだ。
主流となっているのは、数字と記号の組み合わせで点数をつけて競うトランプのようなカードゲームと、盤面に配置された駒を動かして陣地を取り合うボードゲームの二種類。
面白いことに【ゲームの加護】は嫌われているが、ゲームそのものは大衆にも受け入れられており、大きな街の酒場には、必ずといって良いほど専用の部屋が用意されていた。
非業の死を遂げることが確定している【ゲームの加護】は、「アレは『加護』ではなく、呪いなのだ」と言われるほど人々から忌み嫌われた存在であった。
(よりによって、【ゲームの加護】だなんて……あり得ないわ……)
嘆いたところで今更どうにもならない。
そして、「また後日」と言った自分の前世との対話で、何か妙案が浮かぶかも知れないが……それこそ、説明するのが難しいと彼女は泣きたくなった。
前世の記憶などと言い出せば、絶対に狂人である。
そうなれば、婚約破棄などとは比べものにならない扱いを受けるに違いない。
前世の記憶に関しては秘密にしておこうと、彼女は考えを固める。
(狂人扱いは嫌だ……そうなると、私が何を言おうとも婚約破棄は確定よね。万が一、保留になったとしても、本来、私が受け取るはずだった『加護』を奪い取った張本人が妨害してくるのは目に見えている)
王妃の『加護』が【ゲームの加護】というのは、王家としては体面が悪い。
それは、ユスティティアにも十分判っていた。
城へ呼び出されたのも、婚約破棄についての話し合いだと理解している。
おそらく、家も追い出されることになるだろうと覚悟して、ユスティティアは逃げ出すことも無く、国王の召喚に従って迎えに来た馬車へ乗り込んだのだ。
何も知らなかった『成人の儀』以前の彼女であれば、恐ろしくなって震えていただろう。
しかし、一部であれ前世の記憶を取り戻したのが幸いした。
社会人を経験し、様々な修羅場を経験してきた過去を持つ彼女は、焦ってパニックになることが一番ダメだと理解していたのだ。
(問題は今後の生活よね。おそらく、『加護』の力を使えばお金には困らないだろうし、先ずは安全確保のために王都を出るしかないわ。この髪色は目立つから、何かで染められないかしら)
城へ向かう馬車の中でも、ユスティティアは、そんなことばかり考えていた。
おかげで馬車の中では会話が無く、いつもは気を遣って話をしてくるユスティティアが無言で険しい顔をしているため、同乗しているランドールも沈黙を守るしかない。
最悪の空気の中、ようやく城へ到着した馬車から降りたユスティティアは、そこに両親の姿があることに気づく。
二人は鬼の形相でユスティティアを睨み付けていた。
(予想通りの反応ね。家を追い出されるのは確定……荷物もまとめないと……)
唯一、両親の怒りを静められそうな彼女の弟は、現在、隣国へ留学中である。
その弟が家を継ぐ予定であるため、その辺りは心配しなくて良いと安堵するユスティティアに声をかけようとした両親より早く、迎えに来たらしい騎士団長がランドールとユスティティアに気づき近づいてくる。
「お二人とも、謁見の間までご足労願います」
騎士団長は、少し同情気味にユスティティアを見つめてから、そう告げた。
黙って頷き、謁見の間へ向かった一行を待っていたのは、この国の王であるアイファズフト・ヴァルグレンと、最近宰相になったばかりのオルブライト・デシャネルであった。
普段は他にも沢山の騎士がいるはずだが、妙に人が少ない。
おそらく、人払いをした後なのだろう。
国王、王太子、宰相という顔ぶれに、ユスティティアと彼女の両親だけが、その場に残った。
「プライベートな話し合いになるため形式張った礼は必要無い。この後はパーティーがあったというのに、此方へ呼び立ててすまなかったな」
「いいえ、父上……それくらい、大変なことが起きてしまったので……仕方ないかと……」
「そうだな。全くもって……残念だ」
その割には残念だと思っているそぶりも見せない国王と王太子に、ユスティティアは違和感を覚える。
彼らは、こうなると判っていたのでは無いかと思えるほど冷静で淡々としているのだ。
王族だから感情を表へ出さないようにしていると言われたら、そうなのかもしれないが、それにしても奇妙な違和感を拭えない。
「こうなってしまっては、其方が未来の王妃となり国を支えるのは難しいと判断せざるを得ない。申し訳無いが、婚約破棄を受け入れてくれ」
判っていたこととはいえ、改めて言葉として聞くとキツイものがあったのだろう。
ユスティティアは唇を噛みしめたあとに、震える声で「承知いたしました」と答えるしか出来なかった。
「父上、不躾ではございますが、新たな婚約者は、シャノネア・ヒュランデル伯爵令嬢としていただきたいのです! 彼女は【治癒の加護】を授かったので、王妃になっても問題ありません!」
「ふむ……ここ100年ほど不在だった聖女たる称号を与えられし者。ヒュランデル伯爵の娘……伯爵家であれば、他の者もそこまで文句を言うまい。しかし、すぐに決定することは出来ない。一度、此方から婚約に関する書簡をしたためて送るとしよう」
「ありがとうございます、父上!」
婚約破棄をされたユスティティアの前でする話では無いが、二人は無神経にも次の婚約話を進めていた。
(まあ……【治癒の加護】を授かった彼女を逃すのは、王家に取っても大ダメージだものね。でも……シャノネア嬢が、私の『加護』を奪った相手だったなんて……ちょっと意外だったわ。……いえ、彼女が企んだというよりも――)
ユスティティアはチラリと、婚約者――いや、元婚約者を見る。
あの混乱後、騒いでいる人々を尻目に大司祭の制止の声も振り切り、水晶の杖に触れた彼女が得た『加護』は【治癒の加護】であった。
おそらく、ユスティティアが本来得るべき『加護』だったものだ。
どうやって彼女が奪い取ったか判らなかったが、ランドールが彼女の計画に加担している……もしくは、彼が主犯であると考えられた。
元々、ユスティティアが得るはずの『加護』を狙っていたから、順番的に彼女が最初に呼ばれて『加護』を授かっては困ってしまう。
だから、二人は一芝居打ったのだ。
か弱い女性を演じたシャノネアと、順番を入れ替えるように圧をかけるランドール。
そして、この場に来て、ユスティティアは国王も手を貸したのでは無いかと考え始めていたのである。
(前もって知らせてあったのか、それとも打ち合わせでもしていたかのようにスムーズな話の流れよね……国王陛下まで加担しているとすれば……いいえ、もしかしたら、国王陛下が主犯である可能性もあるということ?)
どんな目的があるのか判らないが、彼らにとって必要な事だと判断されたのだろうと、ユスティティアは人知れず溜め息をつく。
ランドールであれば、理解出来る。
彼は、シャノネアを気に入っていた。
それこそ、溺愛しているといっても過言ではないほど側に置いていたのだから、ユスティティアの存在は邪魔でしか無かったはずだ。
では、国王は――? と、ユスティティアは頭の中で何度も問いかける。
考えても判るはずが無いし、情報も少ない。
それに、判ったところで、おそらく何も変わらないと彼女は目を伏せた。
「たった一つの『加護』が命運を別けてしまったか……しかし、悲観するのは時期尚早だ。婚約をする際交わした契約書に、婚約破棄をした場合の保証が書き記されていたことを覚えているか?」
「確か、婚約破棄後の生活は保障するという文言があったと記憶しておりますが……」
「うむ……王太子との婚約破棄と、其方の両親から娘を追放しようと考えていると言われてな。さすがに、それは不憫すぎる。今まで王妃になるべく学園で勉学に励んでいたことも知っているし、何より、其方は優秀だ。それならば、王家が所有する小さな領地と新たな爵位を与えようと考えたのだが……そう悪い話ではあるまい?」
アイファズフトが笑みを浮かべながらユスティティアへ話しかける。
柔和な笑みは、今までの難しい顔とは違い傍目からは好意的に感じられただろう。
しかし、彼女はゾッとしたように顔色を悪くして固まってしまう。
まるで、蛇に睨まれた蛙だ。
(ヘタに返答をすれば、ここで喰われる……)
奇妙な感覚と緊張感に支配されたユスティティアは、か細い声を絞り出して頷く事しか出来なかった。
アイファズフトに声は届いていないだろうが、彼女が頷く事で同意を得たことは十分に伝わっている。
そこではじめて、アイファズフトは本物の笑みを浮かべた。
「そうかそうか、賢明な判断だ。身一つで追い出されるよりは良い環境だと思うぞ? やはり、賢明な女性は先見の明がある。必ずや領地を栄えさせ、再び王都へ戻ってくると信じておるぞ」
「あ……有り難き幸せ……身に余る光栄に……ございます……」
「そう硬くならずとも良い。そうだな……家名はサクリフィスとでも名乗ると良い。王太子管轄領地は、少々離れた場所にあるため港から船を出そう。こういうことは早い方が良かろう。明日、迎えの馬車を寄越すから、それに乗って旅立つといい」
「お心遣いに感謝いたします」
「うむ。全くもって勿体ないことだ……これほど教育が行き届き、そつなくこなす娘が……何故あんな酷い『加護』を与えられたのか……本当に判らん」
残念だという割りには目の奥が笑っていないことに気づいていたユスティティアは、早くこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になっていた。
この場に、味方などいない。
全てが敵だった。
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