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第一章
1-2 成人の儀
しおりを挟む成人の儀が執り行われる神殿は、聖都でも一番大きく立派な建物で、王宮のほど近くに建築されている。
祝祭日には、この国の建国に大きく関わった太陽神ガルバタールへ祈りを捧げるため、多くの人が訪れる場所でもあった。
それもあり、太陽の国と呼ばれることもあるほどだ。
神殿内部は神々が好む純白の石と、それぞれの神が好む貴金属を使って装飾を施すことが多い。
太陽神は黄金と金色の宝石を好むため、太陽の光を受けたそれらが周囲で目映く輝いて目が痛いほどだ。
「いつ来ても、太陽神ガルバタール様の神殿は豪華だよなぁ」
「隣国の月の女神ラムーナ様の神殿は、神秘的だというし……いつか、神殿巡りをしてみたいわね」
暢気に会話をしているクラスメイトだった人たちを後ろから眺めていたユスティティアは、神殿の厳かで静寂な空気が好きだと頬を緩めている。
神々が実際に降臨することもある神殿なので、人には理解しがたい何かがそこにあることを誰もが感じていた。
だからだろうか、いつもは賑やかな面々も、普段より声を潜めて静かにしている。
「さあ、そろそろ儀式の間へ到着しますから、担当神官の言う事を守って儀式を受けてくださいね」
案内役の神官が笑顔で話しかけてくれるからか、緊張で体を強ばらせていた人たちも、何とか笑顔を浮かべることが出来た。
気を紛らわせようとしてくれたのか、古から伝わる話の中でも面白いものをピックアップして聞かせてくれた案内役の神官は、儀式の間へ繋がる大きな扉を開く。
豪華絢爛であった通路を抜けて、祭壇の部屋へようやく辿り着いたようだ。
「では、呼ばれた方は、その部屋へ入ってください」
丁度、他のクラスが終わったところなのだろう。
振り分け担当の神官が用紙をめくって、キスケ担当クラスかどうかを確認した。
ランドールが肯定したのを確認した振り分け担当の神官は、手にしたリストの上から順に名前を読み上げていく。
名前を呼ばれて割り当てられた部屋へ入ると、濃密で声も出せないほど神聖な空気が流れていることに全員が気づいた。
人々が祈りを捧げる場所とは違い、『加護』を受け取る神聖なる場所――神々と対話をする場所だという事で、一年に一度しか入る事を許されない。
何も無いのに強いプレッシャーを放つ祭壇は、色とりどりのステンドグラスに彩られて神秘的に輝く。
その中でも、一際立派なステンドグラスの前にそびえ立つのは、太陽神ガルバタールの像。
右手で大きな黄金の槍を構え、左手には月の女神の贈り物である月桂樹で編んだ冠を持っているから間違い無い。
その巨大な像の前には、運命の女神フーマイアが流した涙から創造神が創られたと言われる『フーマイアの杖』が突き刺さっていた。
「名前を呼ばれた者から順に祭壇へ向かい、創造神様から授かった水晶の杖に触れてください。まずは……シャノネア・ヒュランデル伯爵令嬢からお願いします」
成人の儀で祝福を受ける際、きまりごとが幾つかある。
1つ目は、平民と下位貴族と上位貴族に分け、成人の儀を執り行うこと。
2つ目は、必ず女性から成人の儀を受けること。
3つ目は、貴族であれば位の低い者から祝福を授かること。
これは、創造神から必ず守るように言われている決まり事だという。
真偽のほどが定かではないが、成人の儀が執り行われるようになってからというもの、この決まり事を破られたことはない。
そして、1つ目にある上位貴族は、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵のことをさす。
これに関しては、あくまでもノルドール王国内での話であって、それぞれの国によって事情が変わってくる。
だからこそ、シャノネア・ヒュランデル伯爵令嬢が呼ばれたのだが、なんと彼女はハンカチで口元を覆い、その場にへたり込んでしまった。
「申し訳ございません……気分が優れず……」
「いや、しかし……これは、神聖なる成人の儀。あの水晶の杖に触れるだけで良いのです。我々が支えますから……」
「待て! 気分が悪いと言っている女性に無理強いをするのは見過ごせん。せめて、最後まで待ってやれないのか」
「し、しかし……」
「慈悲深き創造神様も、寛大な気持ちで許してくださるはずだ。それとも何か? 神はか弱い女性を虐げるばかりか、王太子である私の願いに耳を傾けない……そういうことか?」
床に力なくへたり込むシャノネアに寄り添ったのは、ランドールであった。
しかも、例外を認めて最後にしろと言い出したのだ。
これには、大司祭も抵抗したのだが、聞く耳を持たずに次を呼ぶよう指示を出すランドールに睨まれた新米神官は、涙目で次の伯爵令嬢を呼ぶ。
一時場は騒然としたが、責任は王太子である自分が取ると高らかに宣言したことで、一旦収まった。
次々に名前を呼ばれ、数多にある『加護』の中から、その人に相応しいと思えるような『加護』が与えられていく。
(凄いわ……今回は、攻撃魔法系が多いのかしら。時々、生産系の『加護』もあるけれども……皆嬉しそう……)
ユスティティアは、それが何よりも嬉しかった。
神秘的な光景もそうなのだが、『加護』を受け取った際の希望に満ちた表情が一番だと、彼女は柔らかく微笑む。
「ユスティティア・ルヴィエ侯爵令嬢……前へお願いします」
「はい」
周囲がざわめく。
将来、王妃になる予定のユスティティアの番が回ってきたからだ。
どういう経緯で王太子と婚約したのか知っている貴族達は、彼女がなんの『加護』を得るのかと興味津々である。
一番可能性が高いのは【治癒の加護】――人々の間で一番望まれる『加護』はソレであることに間違い無い。
そのことを誰よりも理解しているのは、彼女であった。
(大丈夫……大丈夫よ。先生も言っていたでしょう? 力は力でしかない。どんな力が授けられようとも、私は……頑張るわ)
ゆっくりと祭壇を上がり、水晶の杖に触れた瞬間、七色の光があふれ出す。
今までは、赤、黄、緑などの一色だったというのに、彼女が触れた水晶の杖は七色の輝きを放ったのである。
大きな歓声が上がり、誰もが彼女に与えられる『加護』が、凄まじい力を秘めている物であると信じて疑わなかった。
当のユスティティアは、杖から流れ込む力が心地良く、思わず口元に笑みを浮かべていたのだが、次の瞬間、何かに妨害される感覚に悲鳴を上げた。
パチンっ! という大きな音と共に、いきなり七色の光が黒く染まったのである。
何が起こったのか判らず、歓声が悲鳴に変わった。
そして、その黒く染まった中にある一筋の光が、ユスティティアの体に不可思議な力を流し込んだのだ。
目映い光に目を開けていられず閉じていた彼女の目の前に、何かの気配があった。
恐る恐る目を開くと、そこには黒髪の女性が佇んでいたのである。
『こんにちは、来世の私。私が使う以外は大して効果を出せない『加護』なのに、欲しいと言うならあげちゃいなさい。そしたら、もっと私たちにしか扱えない素敵な『加護』が手に入るから絶望しないで待っていて! じゃあ、また後日……ね!』
いきなり現れた女性は、「そんな『加護』はあげちゃえ」発言をしたかと思いきや、再会を誓ってから唐突に消えてしまった。
消えた場所に残っていたのは、どこかで感じた優しい香りのみ。
それは、ユスティティアが忘れてしまった遠い過去の記憶や思い出を、優しく囁くように伝えてくれたのだ。
本来なら混乱しただろう。
頭で処理が追いつかずに混乱を極めてパニックを起こしていてもおかしくは無かった。
しかし、彼女が困惑したのは一瞬だ。
取り戻した記憶が一部であったこともあるが、それだけではない。
誰にも見えていないけれども、彼女の両脇に立つ金色の髪に青い瞳の男性と、銀色の髪に紫色の瞳を持つ女性のおかげだろう。
七色の輝きが薄れて消えていく様を、ただ眺めることしかできなかったユスティティアは、そうか――と呟く。
(私の力は、誰かに奪われたのね――)
肩に置かれた男性と女性の手に、自らの手を交差させて重ね。
ユスティティアは、心の中で笑う。
全ては、ここから始まるのだ――と、彼女は強い瞳で、ただ前を見つめた。
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