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2巻
2-3
しおりを挟む「私の勝ち。【ライトチェイン】!」
「ぬわぁー……」
ふらふらしてるウルルを、【ライトチェイン】で捕まえる。力が抜けた状態では、さすがのウルルも抜け出せないっぽい。あっさりと両手を上げて降参した。
これで私の勝ち……ってことで魔法を全部解除する。
それにしても、ウルルに勝てるなんて……チート魔法、恐るべし。私一歩も動いてないんだけど。
「【ヒール】!」
ぐったりしたウルルにかけたのは、これも普通じゃない回復魔法、【ヒール】。怪我の治療はもちろん、疲労感……魔力まで回復しちゃうデタラメ仕様。
「あー……生き返るー……」
ウルルが気持ちよさそうな声を上げる。
一気に魔力が回復すると体があたたまるそうで、お風呂に浸かってるような感覚になる、と前にウルルが言っていた。
まぁ、私はこの世界にもお風呂があることに驚いたけどね。泊まっている宿にはシャワーしかないから、お風呂は存在しないんだと思ってた。
回復が終わると、大の字で寝転がっていたウルルが、にへらっと笑いながら起き上がる。
「ぜーんぜん攻撃できなかったなー。ミサキ強いねー」
「……魔法が規格外なだけだと思うよ?」
「それが強いってことだよー。あー、私もまだまだだなー」
ウルルも相当だと思うけど。私の戦闘力なんて皆無に等しいから。
チート級の魔法を大量に持つ私と違って、ウルルは身一つで戦う。私の魔法とは相性が悪かっただけで、ウルル自身も超強いのは間違いない。
すると、観戦していたミュウとクルルが歩いてきた。
「すごいねぇ、二人とも。お疲れさま」
「ん、いい戦闘、だった」
そうかな? でも、最初の一撃以外、ウルルの攻撃を阻めたのは嬉しかったな。
そのまま少し談笑してたら、ミュウが「あ」と声を漏らした。
「ミサキ、戦いが始まってから、別人みたいになってたよねぇ」
「え? そう?」
「うん。んー……なんていうか、冷たい感じに」
「「なってた(ー)」」
……それはいいことなのかな?
うーん、別人のように冷たくなった、ねぇ……そんな自覚はないんだけど。
あぁでも、かなり集中してたから、もしかしたら目つきがキツくなってたのかも。私は決して冷たくなんてない……と思う。
と、今度はクルルが私の袖を引っ張った。
「そういえば、ミサキ」
「うん? なに?」
「魔法、連発、した? 【シールド】が、二枚、あった」
「すごいねクルル……連発したの、わかったんだ」
クルル、アレが見えてたんだ。離れたところに壁っぽい感じで出した魔法が【シールド】だっていうのも、一度に二枚出したのもバレてる。クルルが観戦してた位置からだと、私の声は聞こえなかったはずなのに。
「発動が、速すぎる。詠唱は、一回分?」
「そうだよ。ちょっと工夫するけど」
魔法は、私がイメージしたものをほぼそのまま具現化する。私は普通に詠唱しただけだと、複数分のイメージにならないみたいで、単発の魔法になっちゃう。だから、詠唱に何回連発するかを加えてる。そうするとイメージしやすくて、展開も速くなるんだよね。
「んー……そういえば、【オーブ】もいっぱいあったような……」
ミュウが思い出すように言うと、ウルルが眉を顰めた。
「あれきらーい……」
ミュウは、《魔獣暴走》のときに一度、私が使った【オーブ】を見たことがある。だけど、三連発した【オーブ】は今回初めて見せた。
しかもあのときは、すぐに魔獣を倒しちゃったし、そもそも私が効果を知らなかった。ウルルにはすっかり嫌われた【オーブ】だけど、便利だから今後も使うよ。うっかり味方に当てないように気をつけなきゃね。
「よし! そろそろ帰ろっか。ウルル、体は大丈夫?」
「問題なーし! むしろ元気ー!」
「そっか、よかった」
……よかったけど、一日分の疲れまで回復させちゃった気がする。夜眠れなくなったりしたらごめんね、ウルル。
で、街へ帰ろうと歩き出した途端、ミュウに止められた。
「ミサキ、ローブがちょっと破れてるよ」
「え? うそ……どこかに引っかけたかな……」
確かにスカートが少し破れてた。森の中を歩き回ってたからなぁ……どこかに引っかけていても不思議じゃない。蜘蛛糸ローブは丈夫だったから、ちょっと油断してたかも。
「明日、防具店行こうかな……」
「んー、ならいっそ、新しいの買えばいいんじゃないかな? そのローブ、夏用だよねぇ」
ミュウがそう提案してくれる。
なるほどね。そういえば、皆はもう冬用の装備を新しく買ったんだっけ。まだそれは着けてないけど、もう少し寒くなったら替えるって言ってたなぁ。
……うん、私はこのローブしか持ってないし、冬用の装備を買うのもいいかもしれない。
「確かに……そうしようかな」
そうと決まれば、明日早速行ってみよう。
蜘蛛糸ローブも、修繕とかできるならお願いしないとね。せっかくのいいモノなんだし。
私は少しわくわくしながら、皆と帰路についたのだった。
ということで、翌日。
やってきました、路地裏にあるいつもの防具店。
……まぁ、一人じゃ相変わらずたどり着けないから、ミュウに道案内を頼んだけど。
ミュウはお向かいの武器屋を見に行くっていうから、あとで合流することにした。
「ごめんくださーい」
「あいよー! おや、あのときの」
呼びかけると、威勢のいい声とともに、恰幅のいいおばちゃんが現れた。
おばちゃんは私が誰なのかすぐにわかったようで、笑みを浮かべる。
「今日はなんだい? 服かい? それとも防具?」
「防具……ですね。冬用の、できればローブを」
服は、魔人を倒した報酬で買った。普段あまり着ないようなのも、その場のノリで買っちゃったんだよね……って、今はどうでもいいか。
「冬用ねぇ……丁度いいのがあるよ?」
私の注文を聞いたおばちゃんは、少し考えたあとニヤリと笑って、奥の棚からなにかを引っ張り出した。
「よいしょ……っと。ほら! これさ!」
「こ、これは……もしかして」
おばちゃんがカウンターの上に置いたのは、一着の白いローブ。
細かい刺繍で縁取りがしてあって、丈は長めで、ふわっとした裾には控えめだけどレースがついてる。それにこの手触り……ちょっともこもこしてるけど、間違いない。
おばちゃんは、得意げな顔で言う。
「蜘蛛糸のローブ、冬仕様さ! アンタにピッタリのやつだろう?」
やっぱり! このローブは、今私が使っているものと同じ、蜘蛛の糸でできてるやつだ。
「はい! でも、驚きました……」
ちょっともこもこしてたのは、内側に綿みたいなのが入ってるかららしい。フードやケープの部分も、少し厚手であたたかそう……
ただ気になったのが、なんでこんな私のローブとそっくりのものがあったのか、ってこと。厚さとか模様は微妙に違うけど、二つ並べるとそっくりなのがよくわかる。
だけどその謎は、意外とあっさり解けた。
おばちゃんは、私が持っていた夏用のローブを見て、微笑みながら言う。
「なんだい、そっちも持ってきたのかい。このローブはねぇ……元々二つセットだったのさ」
「そうなんですか?」
「そうさ。ま、すっかり忘れてたんだけどねぇ! あっはっは!」
笑いごとじゃないような……つまり、私が買ったローブは、元々オールシーズンに対応できるように二着あったと。そのうちの片方だけを私が買って、冬仕様のローブだけが、残っていた……ってことね。だったら話は早いんじゃない?
「このローブ、おいくらですか?」
「やっぱり買うんだね? 小金貨二十枚でどうだい」
「買います!」
即決……っていうか、迷う必要ないでしょ。
だって、着慣れたローブとほぼ同じものが手に入るんだもん。もうちょっと高くても絶対買ったと思う。
「毎度! これもつけとくよ」
「これは……手袋?」
「余った布で作ったミトンだね。あたたかさは保証するよ」
ミトンって、元日本人としては鍋掴みのイメージが強いけど……まぁでも、確かにあったかそうだし、くれるっていうならありがたくいただきます。
「ありがとうございます。……あ、こっちのローブ、破けちゃって……直せますか?」
私が夏用のローブを差し出すと、おばちゃんは破れたところをじっと見つめる。
「任せな! これくらいならすぐ直せるよ。明日にはできてるから、いつでも取りに来な」
「はい。お願いします」
さて……外で待ってるはずだけど、ミュウはどこにいるかな。
「あ、ミサキ! こっちこっち」
「おまたせ、ミュウ」
ミュウが手を振って私を呼んだ。なにやら買い物をしてきたらしく、麻袋を抱えている。
ミュウが入ったの、武器屋だよね? ……あの袋の中身、武器なのかな?
ミュウはニコニコしながら話す。
「ミサキはなにか見つけた?」
「うん、蜘蛛糸ローブの冬仕様。見た目はあんまり変わらないと思うよ」
「そっかぁ……うん! ローブ、似合ってたもんね」
そう言ってもらえると嬉しいなぁ。まぁでも、このローブ以外を着てるところって、私自身が想像できないんだよね……多分、他のは似合わないから。で、ミュウはなにを買ったんだろう。
「ミュウは? それなに?」
「ん? コレ? これはねぇ……矢じりだよ」
ミュウが袋の口を開けて、中を見せてくれた。
そこには、矢印みたいな形をした金属がいっぱい入ってる。矢じりってことは……このまま使うんじゃなくって、矢の先端にくっつけて使うのかな。……って、あれ?
「ミュウ、弓なんて使うっけ?」
「新しく買ったの。ウルルが武器を戦斧にしたから、わたしは前衛じゃなくてもいいかなぁって」
「あー……なるほどね」
ミュウは元々剣使いだったけど、弓矢を使うことにしたらしい。
確かに、昨日の戦いを思い出す限り、ウルルがいれば前衛の戦闘力は申し分ない。そこにミュウが入ってしまうと、ウルルの攻撃に巻き込まれちゃうかもしれない。
それを考えての弓矢ね……ミュウは器用だなぁ。なんでも使えるみたいだし。
でも、矢じりだけ買っても、肝心の矢がないんじゃ……って思ったら、そっちはクルルに頼んであるらしい。
〈錬金魔法〉っていうスキルで、特別な矢を作ってくれるんだとか。
ただし金属の加工はできないそうなので、こうして矢じりだけ買ったんだって。
「クルルが矢を……ね。変なのできないといいけど」
「あはは……確認はするよ……」
というか、クルルも魔法が使えるのを知らなかった。衝撃……爆弾を喜々として作るあのクルルが、普通の矢を作るとはどうしても思えない。なにか、とんでもないモノが出来上がるんじゃないか、って気がするよね。
なにせ、クルルには、宿の中で目に染みる赤い粉を振りまいたという前科がある。
あのときは大変だった……目は痛いし、なんだか喉もイガイガしたし、部屋中真っ赤で大惨事だったし。クルルには、部屋で変なモノをつくらないように徹底させてる。
まぁ、そんなことより、武器を新調したんだったら使って慣れたほうがいいはず。
「今度、弓使って狩りしてみる?」
「んー……そうだね」
なら、クルルの矢が出来上がったら、その確認も含めて行ってみよう。旅に出る前に、武器や装備を慣らしておくのも大切だよね。
そんな会話をしながら、帰路につく。
だけど、武具を買いに行ったあとはギルドに向かうことが多かったからか、気がついたらギルドの前に立っていた。宿と方向が一緒だとはいえ……びっくり。習慣って怖いね。
「……どうする? 一応寄ってく?」
私が尋ねると、ミュウが苦笑して答える。
「んー……せっかく来ちゃったしねぇ……」
なにかいい依頼とか、偶然の発見があるかもしれないということで、私たちはギルドに寄っていくことにした。さて、なにかあるかな?
って思った瞬間、ギルドの扉が勢いよく開いて、中から人が飛び出してきた。
「うぉわ!?」
「おっト、ごめんヨー。大丈夫かナ?」
「は、はい……大丈夫です」
避けきれずにぶつかってしまったのは、少し不思議な発音で喋る女性だった。
健康的な褐色の肌で、顔に赤い模様が描かれてる。真っ白な髪の毛には魔獣の牙を使ったらしい飾りがついていて、なんとなく異国情緒あふれる人。いや、私も異世界人なんだけど。
「ごめんネ、ちょっト急いでるかラ……じゃあネー!」
その人はなにか用事があったのか、慌てて走り去っていった。嵐のような出来事だったなぁ……
すると、ミュウが不思議そうな顔をして私を見た。
「んー……ミサキ、今の人が喋ってたこと、わかったの?」
「うん? どういうこと?」
「えっとね、多分南のほうの訛りがあって、わたしにはよくわからなかったの」
あー……そういうことかぁ。
それは多分、いや間違いなく〈言語共通化〉スキルのおかげ。初めて聞くはずの方言でも関係なく、勝手に訳してくれてるみたいだからね。それでも聞き取りにくい発音だったんだから、ミュウがわからなくても仕方ないと思う。南の訛りってわかるだけですごいよ。
そして、私たちはギルドに入る。……うん? なんか今日人多いね。
「今日、なにかあったっけ?」
「んー……特になにもなかったような……」
私が聞くと、ミュウも首を傾げていた。
冒険者たちが帰ってくるにはまだ早いし、《魔獣暴走》みたいな魔獣の異常発生の情報もない。
しかも、ここにいる人の大半が、冒険者には見えないんだよね。着ている服というか、立ち居振る舞いというか……とにかくなにかが違う。
「あ、ミサキ。あれ……」
「うん? あ、ケン君」
そのとき、ミュウが人混みの先にケン君を見つけた。この集団がなんなのか知ってるかもしれないし、ちょっと聞いてみよっか。
ガヤガヤと騒がしいロビーを抜けて、ラウンジのほうに行く。こっちは人が少ない……なんでだろう?
「!? ミサキさん!」
「こんにちは、ケン君」
いきなり現れた私に驚いたのか、ケン君がガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
さっき見えたのはケン君だけだったけど、ここにはマルコと、他に男性と女性が一人ずついた。
マルコが、私たちの分の椅子を持ってきてくれる。ホント、気が利く。マルコと初対面のミュウは恐縮しきりだけど。
「丁度いいところに。呼びに行こうかと思っていたんですよ」
ケン君は、私たちになにか用があるみたい。
「ウルルとクルルも呼ぶ?」
私が聞くと、マルコは首を横に振った。
「わざわざ来てもらうのは大変でしょう。ミサキさんたちから、あとで伝えてもらえませんか?」
「そっか……うん、いいよ」
私たちに用があるってことは、旅関連だろうけど……私とミュウだけでいいのかな。まぁ、ここでなにかが決まったらミュウが大体覚えててくれるだろうし、いっか。
ごめんねミュウ、私こういうの苦手なんだ。
ケン君は私たちが席に着いたのを見て、隣に座っていた男女を紹介してくれた。
「ミサキさん、ミュウさん、この人はナザリ・エストーラさんです」
「よろしく」
「そしてこの人が、セシル・エストーラさんです」
「よろしく頼むよ」
ナザリさんは、長い茶色の髪を後ろで縛って、右目にモノクルをかけた男性。長身で少し痩せてて、ニコニコと優しそうな笑みを浮かべてる。
セシルさんは、短めの銀髪に青い目をした綺麗な女性。きりっとした切れ長の目は、この人の強さを表してるみたいでカッコいい。
ファミリーネームが同じってことはこの二人は夫婦かな。兄妹……には見えないし。
「この人たちは、ミサキさんとミュウさんです」
「「よろしくお願いします」」
ケン君はそのまま、ナザリさんたちに私たちを紹介してくれた。それから、マルコを見る。
「マルコは、ミュウさんと初めて会ったよな?」
「ええ。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
ついでにマルコとミュウは自己紹介をする。どうやらマルコは、自分が貴族だってことを言わないつもりらしい。本当に隠してるんだね……私は知ってしまったから、なんだか申し訳ないような気分になる。
まぁでも、ただでさえ緊張してるミュウに、マルコが貴族だ……なんて伝えたら大変なことになるよね。
うーん、どうせならウルルとクルルも会わせたいところだけど、仕方ないか。マルコには機会を見て紹介することにしよう。
すると、ナザリさんがスッと手を挙げた。なんか、私たちのほうをじっと見てる。
「君たち二人は、冒険者かい?」
ナザリさんがそう聞く意図がわからなくて、私は首を傾げながら答えた。
「はい」
「すごいなぁ……そうか、冒険者かぁ……」
うん? どういうこと? ナザリさんって冒険者じゃないの?
ナザリさんは「ほー」とか「へー」とかって言いながら、じっと私たちを観察してる。
その視線に耐えかねたのか、ミュウが私の背中に隠れようとする。隠れきれてないよ……ミュウ。
「その辺でやめな、バカ旦那」
すると、はぁ……とため息を吐いたセシルさんが、ナザリさんの頭をひっぱたいた。
「あいたっ!?」
スパンッ! っていい音がしたね……それに、やっぱり二人は夫婦だったみたい。
「悪いねアンタたち」
「いえ……」
ナザリさんを容赦なく沈めたセシルさんは、何事もなかったかのように席に着いた。いや……気にしちゃいけない。それよりも、さっき気になったことを聞こう……そうしよう。
「あの、ナザリさんって冒険者じゃないんですか?」
「ああ、冒険者なのはアタシさ」
「僕は商人だよ……マーキン商会にお世話になってるんだ。妻は護衛をしてくれている」
ナザリさんは商人なのか……確かに、冒険者っぽくはないけど。私も冒険者っぽい見た目をしてるわけじゃないから、人のこと言えないけどね。
そして強そうなセシルさんは、私たちと同じ冒険者だった。
マルコはナザリさんとセシルさんのやりとりを見て苦笑いしたあと、私たちに言う。
「マーキン商会は、今回僕たちが同行するキャラバンです」
「同行?」
「ええ、護衛をする代わりに、目的地への途中までキャラバンに連れていってもらいます」
なるほど……私たちだけで旅をするんじゃなくって、ナザリさんがいるキャラバンに参加するらしい。
でも護衛っていっても、私たち四人はやったことないし、ケン君とマルコもやったことなさそうだし、少し不安……って思ったら、マルコの説明にケン君が補足してくれた。
「セシルさんのパーティーメンバーが二人いるそうで、その人たちも一緒に依頼を受けます。セシルさんたちは普段からマーキン商会を護衛しているそうです。俺たちの仕事は主にそのサポートですね」
なるほど、それなら私たちでもなんとかなりそうかな。けれど、セシルさんは肩をすくめる。
「ま、パーティーって言っても実質アタシとルーカの二人だけどね」
「アイリがいるじゃないか……」
ナザリさんはそう言うけれど、セシルさんは首を横に振った。
「無茶言うんじゃないよ。まだ無理さ」
ナザリさんとセシルさんの話に、名前が色々出てきた。
えっと、ルーカとアイリっていうのがセシルさんのパーティーの人たちの名前かな? なんだか複雑みたいだけど。
話題が脱線し始めたところで、ケン君が軽く頭を下げながら言う。
「あー、えーっと……まぁそういうことなんで、ミサキさんたちもよろしくお願いします」
「や、どういうこと?」
待って、これじゃよくわからないままだよケン君……情報が足りないんだけど。
いつ出発なのかとか、どこに集合なのかとか……肝心のところが全然わからない。
マルコも同じことを思ったのか、ため息をついて言う。
「ケン、それでは説明不足です。一週間後の明け方、東門に集合してください。開門と同時に出発します。多数の馬車がありますが、僕かセシルさんのいるところに来てください」
「なるほど……ミュウ、覚えた?」
「うん、大丈夫」
よし……ミュウが覚えてくれてれば大丈夫。東門には行ったことがないし、道のわかるミュウに頼ることにする。負担はかけるけど……よろしくね、ミュウ。
ところですっかり忘れてたけど、このギルドの賑わいはなんだろう。
「ねぇ、ケン君。なんでこんなに人がいるの?」
「あぁ……あれ、商人たちですよ」
ケン君が即答した。けど、商人? なんで冒険者ギルドなんかに?
「この時期は、どの街も冬支度を始めます。そのため商機を逃さないよう、商人はキャラバンや行商で各街に向かうのですが……道中で魔獣や盗賊に襲われることが珍しくないのです。そこで、護衛の冒険者は必須になります。なので、いい冒険者を取り合って、商人やその使いがギルドに押し寄せるんです」
「なるほど……」
マルコの説明を聞いて、私は頷いた。キャラバンってことは、商人が隊を組んで街から街へ移動するってことだよね。
そのための護衛目的かぁ……納得。自分の命を預けるんだもん、そりゃ、必死になるわけだね。そして、マルコは人さし指を口に当て、こそっと付け加えた。
「僕たちはもう、同行するキャラバンが決まっていますが、色々と条件をつけたスカウトがあるかもしれません。女性の場合、スカウトを装った連中に狙われる可能性もあります。注意してください」
「「うん」」
私とミュウは、声をそろえて首を縦に振る。
スカウトっていうのは、「いい報酬を払うから」とか、「信用できるから」みたいなことを言って、強引に冒険者を雇おうとする商人のことらしい。
そして女性の冒険者は、そういう商人の他にもよからぬことを考える人にも注意しなきゃならない。うっかり騙されないようにしなきゃね。
それから細かい打ち合わせも済ませて、今日は解散になった。後は出発までに、しっかり準備を終わらせること、だって。一回旅に出たら、簡単には戻ってこられないから。
「じゃ、よろしく頼むよ」
「はい」
にこやかに差し出されたセシルさんの手を、私はしっかりと握った。
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