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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 勇者と聖女
私は如月美咲。元々は日本の大学生だったんだけど、少し前にこの国、サーナリア王国へやってきた。
魔人っていう強大な敵に対抗するために、勇者の素質がある人を異世界から召喚するという儀式に巻き込まれて、気づいたら見知らぬ城にいた。
……そう、私は異世界に来てしまったのだった。
ケン・カトウ――私はケン君って呼んでる――っていう勇者たちと一緒に召喚されたにもかかわらず、なぜか私の職業は職業とも呼べない「村人」。
そんな人は呼んでませんってことで、わけのわからないまま、城から追い出されてしまった。
困った私は、ファンタジー小説ではよくある展開……ということで、お約束通り、異世界の街に出て冒険者を目指すことに。
今じゃ、この世界で初めてできた友達の美少女ミュウ・アルメリア、ちょっと変わった双子の姉妹ウルル・コートンとクルル・コートンと四人でパーティーを組み、冒険者ミサキ・キサラギとしてそれなりに活動できるようになってきた。
そうしているうちに判明したんだけど、どうやら私は村人なのに、チートな魔法が使えるらしい。
というわけで、異世界に来て早々に魔獣が大量発生する現象、《魔獣暴走》をおさめる手伝いをすることになった。しかも勇者が戦うはずの魔人と戦ったり……と、割と穏やかじゃない生活をしてたんだけど。
そんな激闘を繰り広げたのも、もう二週間も前。
大量発生した魔獣はほとんどが討伐されて、冒険者ギルドに貼り出される依頼も、採集や雑用の依頼が多くなってきた。依頼を受けて森に行っても、大型の魔獣とはほとんど遭遇しない。
激しい戦闘で壊れた武具の買い替えや注文も無事に済んでるし、やっと平穏な生活ができるかな。
……とか思った矢先、さらなる面倒事が舞い込んできた。
「失礼、ミサキ様ですね?」
「わ!?」
お昼ごろ私が宿から出ると、タイミングを見計らったように、どこからか現れたカイゼル髭のおじさんに声をかけられた。あまりにも突然だったせいで、大声を上げてしまった。
そのおじさんに見覚えはなかったので、おそるおそる尋ねる。
「なにか、ご用ですか?」
「ええ。こちらをあなたに渡すよう仰せつかっております。至急、ご覧ください」
「え?」
そのおじさんが差し出したのは、銀色の封蝋のなされた立派な手紙。差出人の名前は書いてないけど、封蝋はこの国の国旗と同じ紋章のものだった。うわぁ……面倒なもの、もらっちゃったなぁ。
「では、確かにお渡ししましたぞ」
「はぁ……」
誰からの手紙なのかを察して、私が思いっきり渋い顔をしているのも気にせず、おじさんは近くに停めていたらしい馬車に乗り込んで、さっさと去った。あんなに豪華な馬車に気がつかなかったのか、私。
……手紙一つ渡すためにあんな立派な馬車に乗る人をよこすなんて、送り主はこの国の王様しかいないよね。
というか、《魔獣暴走》のあと、『やっぱり城に戻ってこないか』と言う王様に、直接、もう戻らないって伝えたはずなんだけど。かといって、この封筒を無視するわけにもいかないんだよね。まがりなりにも国のトップ直々の手紙だし。いまからギルドに行くつもりだったけど……さすがにこんな明らかに「高級品です」って雰囲気の封筒を、人が多いところで開けるのはマズいと思う。
ということで、泊まっている宿の部屋に戻った。
そういえば、私はこっちの世界に来てから、ずっと同じ部屋に泊まり続けてるんだけど……そろそろ、ちゃんとした拠点を設けないといけないかな。
お金には余裕があるから、どこかで家を借りるか、いっそ建てるか。一か月以上宿暮らしなのは、長い目で見るとすごくお金がもったいない気がするし。
おっと、そんなことよりも手紙手紙。拠点の話は皆がいるときにすればいいよね。
さてさて、手紙にはなんて書いてあるんだろう。早速読んでみると……
「……えーっと?」
なんだか複雑で長ったらしく、遠回しな文章が書かれている。
偉い人たちって、なんでこんなにわかりにくい、まるで暗号みたいな書き方するんだろう。
長い手紙をすごく苦労しながら読んだところ、書いてあったのは、『勇者ケンの今後について話したいから、同席してほしい。明日来てくれ』ってことだった。
……もっと簡単に書けばいいんじゃないかな、こういうのって。
「うーん……行かなきゃダメかなぁ。でも招待状あるし……」
私も召喚者だけど、勇者のケン君とは違ってただの村人で、今は冒険者。
身分でいうと平民で、普通なら王城には入れない……はずなんだけど、しっかりと私あての招待状が同封されていた。これは、絶対に来いって言われてる感じがする。
それと、追伸で城に入るにはドレスコードがなんとかって書いてあるんだけど……私はきちんとしたドレスなんて持ってないし、完全にオーダーメイドで作るドレスを、今からどこかに注文しても間に合わない。誰かに相談しようにも、一緒に暮らしているパーティーメンバーのミュウたちは今日は皆出かけている。
帰ってきてからじゃ用意できないだろうし……こういうことは前もって言ってほしいよ。
「仕方ない……ローブでいっか」
ローブは冒険者の、というか魔法使いの正装ってことにしよう。断られたらそのまま帰ればいいんだし。……むしろ、そうだと楽でいいんだけど。
私は思わず、深くため息をついた。
そして翌朝。
私はもう二度と来ないだろうと思っていた、王城の門の前にいた。
そこには、王城に入る手続きを待つ人の行列ができている。
きらびやかな服を着た商人や貴族と思しき人たちが列を作ってる中で、いつものローブを着て杖を持った私だけ、どう見ても浮いてる。明らかに場違いな私に向けられる視線が痛い。
前回来たときは一緒にいたケン君の顔パスで入ったから、ここに並ぶのは初めてだったりする。
「はぁ……」
こんなことなら、ミュウたちも連れてくればよかった。……だけど、招待されたのは私一人だけ。平民のミュウやコートン姉妹は、紹介状なしで王城に入ることはできない。
というか、平民に招待状が届くことが既におかしいらしい。
なんでも王城に入れるのは特別な人だけだから、平民の憧れなんだって。昨日、呼び出しを受けたことを話したら、ミュウがそう教えてくれた。
ミュウは、私が異世界から来た召喚者だってことを知ってる。ウルルとクルルにも、《魔獣暴走》のあとに話してるし。だから王城に呼ばれたこと自体には驚かなかったけど、三人とも城に入ったことがないから、羨ましいらしい。
……まぁそもそも、私も追放された身なんだけどね。
王様の都合で追い出しておいて、どうしてこう、何度も呼ぶのか。
なんてことを考えているうちに、あっという間に私の番になった。
「次! ……む? 冒険者か?」
門番の兵士さんは、私を見て眉を顰めた。まぁ、貴族や商人に交じって冒険者が来たら、そんな顔もするよね。
「冒険者を許可なく王城に入れるわけにはいかん。招待状は持っているのか?」
「一応。これでいいですか?」
私が招待状を取り出すと、兵士さんは受け取ったあと目を擦って、何度もそれを見返した。ついでに私と招待状を何度も何度も見比べてる。
気持ちはわかるけど、一応それ、本物ですよ。
あのカイゼル髭のおじさんが、偽物を渡してないのなら。
穴があくほど招待状を眺めていた兵士さんは、後ろに控えていた別の兵士さんになにかを指示した。そして走っていく兵士さんを見て頷き、私に招待状を返してくれる。
「大変失礼した。うむ、通ってよし!」
「……ありがとうございます」
追い返されても文句は言わなかったんだけど、問題なく通過できてしまった。
「まぁいいや。さて、これからどうしよう?」
私は一人で呟いた。
何事もなく王城に入れたのはいい。けど、招待状には王城に来いとしか書いてなくって、どこに向かえばいいのか、全くわからない。
ここに来るのは三度目とはいえ、誰かの案内なしで歩き回れるほど、私の方向感覚と記憶力は優れていない……簡単に迷う自信がある。
「……うん?」
私が途方に暮れていると、王城の中から誰かが走ってくるのが見えた。というかアレは……
「ミサキさーん!」
「ケン君!?」
大声で私を呼びながら走ってきたのは、私と同じ召喚者のケン君だった。
ケン君は私と同じ日本人で、この国が一番欲していた、勇者。
手紙に書いてあったように、今回私が呼び出された件にはケン君も関わってるらしい。だからいずれ会うだろうとは思っていたけど、まさかケン君のほうからやってくるなんて。しかも走って。さっきの兵士さんが呼びにいってくれたっぽい。
ケン君は《魔獣暴走》のとき、なんとか魔人を倒したあと、冒険者になるって言って王城を飛び出した。
そんなのアリ? って思ったけど、結局勇者と冒険者を両方やるって言ってたはず。
あれからなにをしていたか全く知らなかったけど、相変わらず王城で暮らしてたのかな?
ケン君は、ニコニコ笑いながら話す。
「お久しぶりです! ミサキさん!」
「あーうん、久しぶり……」
「いやぁ、ミサキさんが来たって聞いて、思わず飛び出してきちゃいましたよ」
「そ、そう……」
ケン君、なんでこんなにテンション高いの? こう、なんていうか……尻尾を振る子犬っぽい雰囲気がある。以前のケン君はこんな無邪気じゃなかったような……どうも私の記憶にあるケン君と微妙に一致しない。
「? どうしました?」
私が首を捻っているのに気がついて、ケン君はきょとんとした顔で聞いてきた。
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか」
言えない……実は偽物なんじゃ? とか思ってたなんて。
幸いケン君は、深く聞いてくることはなかった。
二週間くらい会ってないだけで、人のイメージって変わるんだなぁ……なんて思いつつ、案内してくれるというケン君についていく。王城で過ごしている時期が長いだけあって、ケン君の足取りに迷いはない。
「それにしてもミサキさん、普通の格好で来たんですね」
前を歩くケン君が振り向いて、突然そんなことを言った。
「仕方ないでしょ。きちんとしたドレスなんて、そんなにすぐ作れないし」
「あぁ……確かに。あっ! なら、城にあるやつ借りますか?」
ケン君が、閃いた! みたいな感じで、王城には使っていないドレスがたくさんあることを教えてくれた。うーん、ケン君の気遣いはありがたいけど、私は別に、ドレスを着たいわけじゃないんだ。
「いいよ、このままで」
「そうですか……」
ケン君は、シュンと眉尻を下げる。
なんでケン君のほうが残念そうにしてるの。私がドレスを着たって面白くもなんともないんだから、このままでいいでしょ。
……ぶっちゃけて言うと、ドレスは動きにくそうだから、私は好きじゃないんだよね。あと、コルセットみたいなので締めつけられるのも嫌。
そんなことを話しているうちに、どうやら目的の部屋に着いたらしい。ケン君が扉を開けてくれた。
「さ、どうぞミサキさん」
「ありがとう」
この部屋には見覚えがある。召喚された直後と魔人を倒した後の二回、来たところ。この部屋って、ものすごく豪華な応接室なのかな?
あ、部屋の中央にあるソファーに、男性が一人座っている。
私は初めて会うけど、この人も王様に呼び出された人?
その男性は、私の視線に気がついたのか、ゆっくりと立ち上がってケン君の隣に並んだ。
「ミサキさんは初対面ですよね……紹介します。コイツはマルコ、俺の冒険者仲間です」
ケン君の紹介を聞いてにこりと笑った男性の名前は、マルコっていうらしい。
金髪に深い青の目をしたイケメンで、年上かと思ったけど……ケン君の話し方だと、同年代っぽい感じもする。
そのマルコが、スッとお辞儀をする。ずいぶん様になってるというか、ただのお辞儀なのに、どこか洗練された雰囲気がある。
「初めまして、マルコといいます。以後、お見知りおきを」
「初めまして。ミサキ・キサラギです」
軽い自己紹介のあと、マルコは手を差し出した。よくわからないけど、その上に私の手を重ねる。
すると、マルコがにこやかに爆弾を放った。
「お会いできて光栄です、聖女様」
「へ?」
マルコの言葉が衝撃的すぎて、金縛りにあったみたいに体が動かなくなる。
「おま、あれほどミサキさんには言うなって言ったのに……!」
ケン君が青ざめながら、マルコの口を塞いだ……けど、もう遅いよ。
……私が、聖女様? ちょっと待って、どういうこと?
マルコはケン君の手を口からはがして、固まる私から離れた。そしてケン君と向き合う。
「なにをするのです、ケン。僕、なにかおかしなこと言いましたか?」
「言ったんだよ!」
ようやく復活しつつある私の前で、ケン君がマルコの肩を両手で揺さぶった。マルコはよくわかってないみたいだけど、ケン君はなんだか必死の形相になってる。
「ミサキさんは聖女じゃねぇ、ってあれほど言ったろ!?」
「ですが、城内で噂になっていたではないですか」
……え? 私が聖女だって噂が城内で流れてる? どういうこと?
ケン君は、その噂を否定してくれたけど……そもそも、何がどうなったらそんな噂が流れるの?
ダメだ。考えれば考えるほど、なんでそんなことになるのかわからなくなる。
なら、真相を知ってそうなケン君に、事の次第を聞くしかないね。
「……ねぇ、ケン君。どういうこと? 私が聖女って、なに?」
「ひぃ!? す、すみません今説明します!」
私が声をかけると、ケン君はなぜか小さな悲鳴を上げて、早口で説明を始めた。私は別に、怒ってるわけじゃないのに。
その、ケン君曰く。
《魔獣暴走》や魔人戦のあと、そのときのことを王様に詳しく説明したらしい。私が強力な結界を張ったり、とんでもない回復魔法を使ったりしたことなんかを、ケン君は全部報告したんだって。
その後、私は王様に呼び出され、城に戻るつもりはないとはっきり告げたわけだけど……
しばらくして王様が、『ミサキはもしかすると、伝承にあった聖女なのではないか!?』とかなんとか言っちゃったのを、その場にいた偉い人たち全員が聞いてしまったらしい。
それからあっという間に、私イコール聖女っていう噂が城内に広まった……と。
「俺が王様にミサキさんのことを報告したせいで、大事になっちゃったみたいで……すみません」
ケン君が申し訳なさそうに、どんどん小さくなっていく。でも話を聞いている限り、ケン君はなにも悪いことをしてないよ。王様に報告しろって言われて、そうしただけなんだから。
つまり……悪いのは、意味のわからないことをうっかり口走った王様。私は冒険者だし、城には戻らないってちゃんと伝えたはずなのに、なんでこんなことになってるのかな。
すると、マルコが不思議そうに首を傾げた。
「ええと、ということは、ミサキ様は聖女様ではないのですか?」
「その、様っていうのやめてくれない? 私はただの冒険者なの」
「そ、そうですか……」
様づけされるとなんか落ち着かない。
喜んでいたマルコには悪いけど、私は聖女なんかじゃないし、普通に呼んでほしいな。
マルコが残念そうに肩を落とした。……っていうか、さらっと聞いてたけど。
「聖女ってなに?」
前に日本で読んだファンタジー小説に出てきた、チートな治癒魔法が使える女の子みたいな人? この国にもいるの?
「王様が言うには、勇者召喚で呼ばれるのは、通常〝勇者〟〝賢者〟〝武術師範〟の三人。けれど稀に四人目の、〝聖女〟という職業の女性が召喚されるという伝承があるらしいんです。ミサキさんの職業は召喚されたとき〝村人〟だったので王様は追い出してしまったらしいんですが……冷静に考えたら、やはりミサキさんが聖女なのではないかと思ったそうで……」
ケン君の説明を聞いて、私は頷いた。結局、聖女かどうかはステータスに表示された職業でしかわからないってことだよね。それなら私は聖女じゃない。
「ならやっぱり、私は違うよ。だって職業村人だよ? 本当に私が聖女なら、ケン君たちみたいに最初からそう表示されるはずでしょ」
それだったら城から追い出されることもなかっただろうし。
まぁ、ミュウたちと出会えたから、結果としてよかったんだけどね。
ところがケン君は、納得していない顔で言う。
「でも実際、あんな魔法が使えるんだから、さすがに村人っていうのはおかしいですよ」
「あ、今は冒険者だよ? 登録し直したからね」
《魔獣暴走》のときに、私の職業の表示はなぜか消えてしまった。
で、試しに冒険者ギルドで再登録してみたら、村人から冒険者に変化した。だから、今はステータスの表記も、ちゃんと冒険者になってるよ。
すると、ケン君がハッとしたように口を開く。
「つまり王城で登録し直せば、ミサキさんが聖女になる可能性も……」
「嫌だからね?」
「……ですよねー」
ぼそりと聞こえたケン君の呟きに、被せるようにして否定した。なんで明らかに面倒そうな職業にならなきゃいけないの。
それに、今回職業が変化したのは、なんでか消えていたからだろうし……最初に冒険者登録したときは村人のままだったから、ケン君が言うみたいにそううまくはいかない……はず。
そもそも、使えないからって、王様が王城から追い出したクセに。いまさら聖女なんて言われても、私は絶対になりたくない。この世界で自由気ままに生きるって決めたんだから。
ケン君は残念そうにため息をついたあと、マルコに向き直る。
「わかったかマルコ。ミサキさんは冒険者、聖女じゃない」
「はい。ミサキさんは冒険者、ですね」
「おう」
ケン君とマルコが、わざわざ声に出して確認した。そこまでしなくても、わかってくれるならそれでいいんだけど……まぁ、いっか。
なんだかすごく脱線したような気がするし、そろそろ本題に移りたい。
「ねぇ、そもそもなんで私、今日呼ばれたの?」
「? ……あっそうでした。ちょっと待っててください」
ケン君も忘れていたのか、私の質問に一瞬不思議そうな顔をしたあと、慌てて廊下にいるメイドさんに声をかけた。
「今から、王様が来ます」
ケン君がそう言った瞬間、なぜかマルコが跪こうとする。
「あ、公式の場じゃないから、普通にしてて大丈夫らしいぞ」
「……わかりました」
ケン君の言葉を聞き、マルコは立ち上がった。急になんだったんだろう?
しばらくして、廊下が騒がしくなる。すると部屋の扉が開いて、王様が入ってきた。その後ろには、侍従らしい人がなにかを持ってついてきている。こんなにすぐに来るなんて、王様って意外と暇……ってわけじゃないよね。
王様が来た瞬間、マルコが深いお辞儀をした。
「待たせたな。……よい、楽にせよ」
「は……」
王様に言われて、マルコはすぐに顔を上げた。私とケン君はそのまま立ってたけど……なにも言われないから、いっか。
そして王様は私たちの正面に座り……私に向かって一瞬微妙な顔をした。まだ、私を王城に戻すことを諦めていないのか、ドレスを着てこなかったからか……まぁ、どっちもお断りだけど。
「よく来てくれたな、ミサキよ」
「……」
挨拶されたけど、今声を出すと聖女って噂されたことのせいでキツイ口調になっちゃいそうだから、お辞儀だけしておく。私が無言なのを気にした様子もなく、王様はマルコを見た。
「久しいな。トルート伯は壮健か?」
「はい。父は、近々ご挨拶に伺う、と申しておりました」
「そうか、楽しみだ」
……ちょっと待って、マルコってもしかして貴族だった? それも、結構王様と親しい感じがする。
どうしよう。私、敬語とか使ってないけど。ケン君が普通に話してたから、てっきり平民の冒険者かとばかり……っていうか、貴族でも冒険者になる人っているんだね。
と、隣に座っていたケン君が、そっと私に耳打ちする。
「マルコは普段、貴族なのを隠して生活してるんで、普通に接して大丈夫ですよ」
……私がマルコへの態度で迷ってたのがバレたらしい。でもまぁ、そういうことなら、私も普通に話して大丈夫かな。
挨拶が一通り済んだ途端、王様が表情を変えた。同時に、侍従さんが持っていた紙を広げる。
「さて、今日そなたたちを呼んだのは、他でもない。勇者について話があるからだ」
その辺は、手紙に書いてあったから知ってる。その内容は全くわからないんだけども。
「ケンはもう知っているが、勇者には聖なる武具を扱う力がある。最近は魔獣の出現が減っているようだが、いつ先日のものよりも強い魔人が現れるかわからない。そこで、それに備えて、ケンにはこの国を守るため、聖なる武具を手に入れてもらわねばならない」
突然、王様がそう言った。
「聖なる武具?」
いきなりなんのこと? って思ってたら、ケン君が広げられた紙を指して続ける。
「これを見てください。ミサキさんなら多分、読めると思います」
「うん?」
私なら読める? どういうこと?
その紙に書いてあったのは、ところどころ掠れて読みにくくなった文章と、なにかを模したらしい絵だった。ピラミッドの壁画っぽい感じの絵柄ではっきりとはわからないけど……これは巨大なカメかな? すぐ傍には、武器を持った人のような姿が小さく描いてある。文章のほうは確かに読めるけど……これがどうかしたの?
私が首を傾げていると、ケン君が答えてくれる。
「これ、古い文字で書いてあるらしくて、王様もマルコも読めないらしいですよ」
「え? って、そっか……〈言語共通化〉」
「そうです。だから俺やミサキさんなら読めます」
なるほどね。日本人だけど私たちにはこの世界の言語がわかる。〈言語共通化〉っていうスキルのお陰らしく、話すのはもちろん、読み書きも完璧にできる。でも……まさか古い文字も読めるなんて。
「ちょっと読んでみてください」
「あ、うん」
ケン君に促されて、文章をじっと見つめる。
……掠れてる部分は読めないけど、なんとかいけるかな?
『聖剣の在り処をここに記す。
白き霊峰の……に……はある。……に力を示したとき、聖剣への道は……れる。
心せよ。……な力では進めない。力ある勇者のみ、通ること……ろう。
封印を解く……は、……だ』
読める部分はこんな感じ。
王様が言っていた聖なる武具っていうのは、多分この『聖剣』のこと。
それが『白き霊峰』とやらのどこかにあって、『……に力を示したとき』に、手に入れられるってことかな?
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