転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん

文字の大きさ
表紙へ
上 下
21 / 35
2巻

2-3

しおりを挟む
 すると森を抜けたとたん、ガルが顔をしかめた。

「……これは一体、どういうことだ」

 黒煙と、何かがげるようなにおいがただよっている。
 爆発音がしていたのは、多分ここ。
 ……そこに広がっていたのは、私たちが全く予想していなかった光景だった。
 森を切り開いたような広い空間に、突然現れた大きな屋敷。
 もちろん初めて見たけど、ここが目指していたアシュターレ伯爵の屋敷で間違いない。

「なに、これ……」

 目の前で起こっていることが理解できない私の口から、小さな声が漏れた。
 屋敷の門の前には、たくさんの人が集まっていた。
 近くの村に人がいなかったのは、みんなここに集まっていたかららしい。
 空気を震わせるほどの罵声ばせい怒号どごうい、中には持っていたものを屋敷に向かって投げる人もいる。
 嫌な感情が波のように押し寄せてきて、私に向けられているわけじゃないのに体が震える。

(一体、何が……)

 さっきから聞こえていた爆発音は、誰かがった火属性の魔法が、どこかに着弾した音だったらしい。くさいにおいと黒煙は、周囲の木が燃えて発生したもの。
 とんでもない状況に私が呆然としていると、意識を引き戻すように、ガルに強めに頭を撫でられた。

「襲撃……いや、あの群衆は、何かを訴えておるのか?」
「え?」

 そして、ガルは私を抱えたまま、ゆっくりと人が集まっているところに向かう。
 村人たちは前世でいうデモ活動みたいにアシュターレ家に不満をぶつけているらしい。

(う……耳が痛い。うるさい)

 いろんな大声や爆音が響き渡って、耳がキーンとする。
 誰が何を言っているかはわからないけど……誰も、私とガルがまぎれ込んだことなんて、気にしていないみたいだった。
 まるで、屋敷以外は見えていないとでもいうように。

いかり、にくしみ、不安、不満……嫌な感情があふれてる。気分が悪くなる……)

 私の……《祝福の虹眼》には、ここでマイナスの感情がドロドロと渦巻うずまいているのが映っている。
 ……混ざり合った負の感情は、深く暗い、やみのような色に視える。
 暗い色があふれて、私を押しつぶそうとしているように感じてしまう。
 チカチカと、視界がかすんでいく。感覚がなくなっていって、呼吸が浅くなる。
 気を抜いた瞬間に意識が飛びそうになるのをなんとかこらえて、声をしぼり出す。

「ガル……わたし、だめっ……」
「むっ⁉」

 かすれた声でどうにか伝えると、ガルは一瞬あせったような表情になった。

「それはいかん。急ぎ、ここを離れるとしよう」

 ガルは冷静に言うと、体を滑らせるように人混みを抜け出して、その場を離れた。
 どうやらガルは、私が感情を読み取れることを忘れていたらしい。

(力が……入らない)

 一気に大量の負の感情にさらされたからなのか、アシュターレ伯爵邸から離れて安心したからなのか、体から力が抜ける。手足が震えて、思うように動かせない。

「ひとまず、ここまで来れば大丈夫か……?」

 屋敷がギリギリ見えるところまで離れて、ガルが私を地面に下ろす。

「なんとか……」

 私はガルに答えたあと、木を背もたれにして体を休ませた。
 まるで、金属のかたまりを抱えているみたいに体が重い。

(強すぎる感情は、私にとっては毒や攻撃と同じ……)

 手をかざして自分の魔力を確かめると、輝きがいつもよりもかなり薄くなっていた。
 多分、私には耐えきれないほどの負荷だったから、魔力を使って体を守ってたんだと思う。
 体が重く感じるのは、魔力切れ寸前だからかな。
 いくら強い能力でも、限界はあるみたいだね……覚えておこう。

「すまぬな、フィリス。おぬしの《ギフト》を失念しておった」
「ううん、だいじょうぶ」

 ガルが申し訳なさそうに頭を下げたけど、ガルは悪くない。私の《祝福の虹眼》は、ガルもその効果を知らない《ギフト》なんだし、何が起こるのかわからなくても仕方がない。
 むしろ、完全に魔力が切れる前に、限界を知れてよかったと思う。

(あのまま感情を浴び続けたら、多分私は……死ぬ)

 聖獣のガルに匹敵する魔力量の私が、短時間でほぼ魔力をなくすほどのダメージ。
 そんなものを、なんの保護もされていない体で受けたら、間違いなく私は命を失う。
 ……これからは、負の感情が集まる場所には、なるべく近寄らないようにしよう。

「もう、へいき」

 少し休んだらだるさが消えた。魔力が回復するのは早いらしい。

「……もう少し休め。魔力が回復するには、今しばらくかかろう」
「だいじょうぶだよ」

 ガルは心配そうだけど、本当にもうなんともない。確かに、まだ完全に魔力が回復したわけじゃないけど、歩くことはできる。
 私が立ち上がって歩いて見せると、ガルは安心したように息を吐いた。

「無理だけは、するでないぞ」
「うん」

 ガルに、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。心配と安心がじって、力加減を間違えたみたい。

(さて、これからどうしようかな)

 私が落ち着いたとはいえ、屋敷の様子を確かめるために、また近づくわけにはいかない。
 でも、私だけここで待っているわけにもいかない。何かが起きたとき自分の身を守るには、私の力は不十分だから。
 私には、魔力を聖獣に近い性質のものに変えて、魔物に狙われにくくなる《ギフト》……《神気しんき》というものがある。だけど、それも絶対じゃない。一人のときに敵に襲われてしまったら、対処できるかどうかわからない。

(ん? 魔力反応?)

 どうしたものかと私たちが悩んでいると、屋敷のほうから、誰かがゆっくりと近づいてくるのがわかった。
 魔力が視える私の感知範囲は、かなり広い。私たちを捜しているような反応は、少しずつ……でも確実に近づいてくる。

「だれかくるよ」
「敵か?」

 私が小声で伝えると、ガルは素早く刀に手をかけて、私が指したほうをにらんだ。
 私は視えた魔力反応から、自分に害をなそうとしている相手なのかどうかは判別できる。今近づいてきている人からは、怪しさや害意は感じない。
 まぁ、判別できるといっても、完璧かんぺきじゃないから……一応、警戒は解かないでおくけどね。

「……ちがうとおもう」
「そうか、では会ってみるか」

 ちょっと気を張りつつも、私が首を横に振ると、ガルはあっさりと刀から手を離した。
 もっと警戒してもいいんじゃないかなぁ……ガルがいいならいいけど。
 そして少しすると、私たちの前にあるやぶがガサガサと揺れた。

「……!」

 やぶをかき分けて現れたのは、一人の高齢の女性だった。いきなり私たちと遭遇そうぐうしたからなのか、くすんだ銀の髪に葉っぱをつけたまま、動きを止めてしまってる。

(なんだろ……この顔、見覚えがあるような?)

 目の前で固まる女性とは、間違いなく初対面。なのに、なぜかその顔には見覚えがある。
 それどころか、なんだか懐かしいとさえ思ってしまう……なんでだろう。


 私がもやもやしていると、ガルが女性の顔をじっと見て声をかける。

「おぬし……もしや、フィリスの縁者か?」
「え? ……あっ」

 ガルの言葉で、私のもやもやは一瞬で吹き飛んだ。

(そっか、この人……フィリスに似てるんだ!)

 見覚えないわけがない。だって、毎日鏡で見てる顔とそっくりなんだもん。
 ……でも、フィリスに縁のある高齢の女性なんていたっけ。
 なんて思っていると、ようやく復活した女性が、やぶから飛び出して深く頭を下げた。

「ごめんなさいね……あとをつけるような真似をして。私は、ライラというの」

 女性は謝罪と同時に名乗ってくれたけど……ライラという名前に聞き覚えはない。
 若干警戒していると、ライラさんは私をじっと見て息を吐いた。

「やっぱり、似ているわね」
「え?」
「あなたは、アリアという女の子を知っているかしら?」
「! ……はい」

 いきなりアリアさんの名前が出てきて、私は驚いて目を見張った。
 知っているも何も、アリアというのはフィリスの母親の名前。
 私が生まれた直後に亡くなってしまっていて、実際に会ったことはないけど、ナディお姉さんから名前は聞いていた。
 私が頷くと、ライラさんは嬉しそうに微笑む。

「……アリアは、私の娘なのよ」
「ふぇ、えぇぇ⁉」

 ピシャーン! と、体に電流が走った……ような気がした。
 衝撃のあまり、私の口から変な音が出る。感情以外に、相手のうそも感知できる《祝福の虹眼》でも、ライラさんが本当のことを言っているのがわかった。

(うそは言ってない……つまり、ライラさんは、フィリスのおばあちゃん⁉)

 ……まさに青天の霹靂へきれき
 にこにこと笑みを浮かべるライラさんは、なんと私の祖母に当たる人だった。

「フィリスに縁があるとは思っておったが……血縁であったか」

 ガルも相当驚いたように呟いた。
 ……私とライラさんの顔がそっくりだったのは、偶然じゃなかったんだね。
 すると、ライラさんが何かを思いついたらしく、「あ」と声を出した。

「私の家にいらっしゃらない? あなたのことを、もっと知りたいわ」

 私とガルは、顔を見合わせる。

(いいのかな?)

 ちょっと迷ったけど、どうせここにいてもアシュターレ家のことはわからないし……私も、ライラさんのことは知りたい。

「ガル、いいかな?」

 私が聞くと、ガルは笑って頷いた。

「では、招かれよう」

 ガルもいいと言うので、初めて会ったおばあちゃんの家に行くことに。
 ライラさんの家は、屋敷に向かう途中に寄った、人がいない村の外れにあった。

「どうぞ。狭いところだけど……」
「お、おじゃまします……」

 こぢんまりとした家には誰もおらず、シンと静まり返っていて、なんだか寂しく感じる。
 リビングの家具は一人分しかなかったようで、ライラさんが奥から私たちのぶんの椅子を持ってきてくれた。私たちがその椅子に腰かけると、ライラさんがほぅ……とため息をつく。

「……まるで、昔のアリアを見ているみたいだわ」

 嬉しそうに、でもどこか寂しそうに、ライラさんがポツリポツリと話し始めた。
 私が使わせてもらっている椅子は、アリアさんが子どものときに使っていたものらしい。
 当時のアリアさんは、私とほぼ同じ体格だったと、ライラさんは懐かしそうに教えてくれた。

「こうしてあなたと巡り合えたのは、運命なのかしらね」

 ライラさんが、私を見て微笑む。
 ……私が家から出なければ、多分ライラさんと会うことはなかった。
 そしてガルやナディお姉さんがいなければ、私はここにはいない。
 そう考えれば、運命というのも納得できる。

(不思議なことってあるんだなぁ)

 それから私たちは、夕食をごちそうになりながら、いろいろなことを話した。
 私が知らない、アリアさんの話。ライラさんが知らない、フィリスの話。
 楽しい思い出も、つらい思い出も……時間を忘れてしまうほど話し込んだ。
 その途中で、ライラさんに一緒に暮らさないかって提案をされた。
 ……当然、私はものすごく悩んだよ。でも、ライラさんには申し訳ないけど、私はガルと……ナディお姉さんたちと一緒にいることを選んだ。
 ライラさんも、わかっていたって微笑んでくれた。
 話が一区切りついたところで、ライラさんがアリアさんの遺品が入った箱を持ってきた。
 そしてそれを、私に見せてくれる。

「あの子の遺品を持ってきてくださったのは、ナディ様だったのよ」
「え」

 なんと、ライラさんはナディお姉さんとは面識があるんだそう。
 ……全然知らなかった。

「これは、五年前から一度も開けていないから……私も中を見るのは初めてね」

 ライラさんがそう言って、しっかりと封がされていた箱を開けた。
 中に入っていたのは、アリアさんが着ていた服や、よく読んでいたという古い本。
 ひとつひとつ遺品を見ていくうちに、どんな人なのかわからずあやふやだった母親の姿が、だんだん形になっていくのを感じた。
 私がアリアさんに思いをせていると、ライラさんがため息をついた。

「アリアは、『自分が死んだら、遺品は母に届けてほしい』と、ナディ様に頼んでいたそうなの。ナディ様は、しっかりと約束を守ってくださったのね」
(そうだったんだ……)

 しばらく沈黙が続いたあと、ガルが口を開く。

「フィリスの存在は、そのときから知っておったのか?」
「えぇ。ナディ様から、『アリアがフィリスという女児を産んだ』とは聞いていたの」

 ガルの問いかけに、ライラさんは頷いた。
 ナディお姉さんとライラさんの交流は、ゲランテに隠れてこっそりとおこなわれていた。だから、ゲランテがおおやけにしていない私を屋敷から連れ出すこともできず、ライラさんに会わせることはできなかったらしい。
 でも、名前と成長記録みたいなものだけは、ナディお姉さんから欠かさず手紙で届いていたんだって。

(ナディお姉さん……そんなことまでしてたんだね)

 それならそうと、言ってくれたらよかったのに……って、私はまだ幼児だし、それは無茶か。

「あら、これは……」

 そのとき、ライラさんが、箱の中に何かを見つけたらしい。
 ライラさんが大切そうに手に取ったのは、古びた腕輪アミュレット

(魔道具……? なんだろう、この感じ……)

 それを見て、私は何とも言えない違和感を覚えた。
 うっすらと魔力をまとっているから、多分魔道具なんだろうけど……魔力が不安定というか、ノイズがあるというか。今まで視てきた魔道具に、こんな視え方をするものはなかったはず。
 すると、その腕輪アミュレットを見たガルの魔力が、驚いたように大きく揺れた。

「む、それは、まさか……」

 珍しく、ガルがちょっと動揺してる。

(あの腕輪アミュレットに、何かあるのかな?)
「ガル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」

 理由を聞こうとしたけど、適当にはぐらかされた。今は言いたくないらしい。

(……まぁ、私に関わるようなことだったら、そのうち教えてくれるかな)

 なんて考えていると、ライラさんが持っていた腕輪アミュレットを、私に差し出してきた。

「これは、我が家の女児に、代々受けがれてきたものなのよ」
「へぇ……」

 すごいものなんだなぁ……と思いつつ、なんとなく受け取ると、なぜかライラさんが満足そうに頷いた。

「というわけで、フィリス。それはあなたにあげるわ」
「ぅえっ⁉」

 にっこりと笑ったライラさんが、急にとんでもないことを言うから、私はあせって腕輪アミュレットを取り落としそうになる。

(あ、危な……)

 なんとかキャッチして、私は安堵あんどの息をついた。
 代々受けがれてきたっていう大切なものを、なんの躊躇ためらいもなく私にくれるなんて驚き。そんな気軽に渡していいものじゃないでしょ。
 あわてて返そうとした私の手を、ライラさんが制する。

「私はアリアにそれを渡したの。そのアリアが産んだ女の子なら、ちゃんと受けぐべきでしょう?」
「それは……でも」
「いいの。それはあなたが持っているべきよ、フィリス」

 ……ライラさんは本気らしい。私が何を言っても、この腕輪アミュレットを私に渡すという意志は変わらなそう。
 それに、ライラさんは、私を孫として扱ってくれている。これで断るのは、ライラさんに失礼かな。

「……だいじに、します」
「ふふふ、よろしくね」

 結局、私は根負けして受け取ることにした。ライラさんは、嬉しそうに微笑んでいる。

(こ、壊さないようにしよう……)

 家宝ともいえるような、不思議な腕輪アミュレット……うっかり壊しちゃいました、なんてことは絶対にしちゃいけない。私が腕輪アミュレットのプレッシャーと戦っていると、ライラさんが眉尻を下げてこっちを見た。

「それで、ひとつだけお願いがあるのだけど……」
「はい?」

 ……これは、腕輪アミュレットの対価?
 どんなことを言われるんだろうと、私は思わず身構える。

「今晩は、ここに泊まっていってくれないかしら? 一度でいいから、孫と一緒に寝てみたくて……」

 ライラさんが言ったのは、私の意表いひょうをつくなんとも可愛らしいお願い。
 すると、それを聞いていたガルが、ポツリと呟く。

「ふむ……もう日も落ちてしまった。今からイタサに戻るのは不可能だな」

 ガルは、遠回しだけど、私がライラさんの家に泊まることを了承した。
 変に気を遣わせないように、わざとこういう言い方をしてるんだなって、私にはわかるけど……ライラさんはまだ不安そうな顔をしている。ガルの意図が、いまいち伝わってないみたい。
 そこで私とガルは、顔を見合わせて頷いた。遠回しに……じゃなくて、直接言っちゃおう。

「ガル、とまっていいよね」
「うむ。せっかくの誘いだ。今晩はここに厄介やっかいになるとよかろう」

 ガルの言葉に、ライラさんの魔力が嬉しそうに揺れた。
 私も、まだまだライラさんとは話し足りないし、お泊まりはわくわくする。

(ところで……)

 ガルはどうするんだろうと思って見上げると、それだけで言いたいことがわかったらしく、こっそりと耳打ちで教えてくれた。

「我はアシュターレ家の様子を探っておく。ここで変身を解くわけにはいくまい?」
「……たしかに」

 ガルは眠らなくても平気だから、夜通しアシュターレ伯爵邸を見張っていられる。
 そして何より、ガルが完全な人型に変身できる時間は限られてるんだよね。
 ライラさんには正体を明かしていないから、おおかみの姿に戻っちゃうと大変なことになる。

(だから、いったん離れたほうが都合がいい……と)
「じゃあ、よろしく」
「任されよう」

 ガルはそうささやいて、私の荷物だけを置いたあと、ライラさんの肩に手を添えた。

「明日の朝、迎えに来るとしよう。それまでは、おぬしにフィリスを任せるぞ」
「気を遣わせてしまったわね。でも、ありがとう」
「よいよい」

 ひらひらと手を振りながら、ガルはライラさんの家を出ていった。
 ライラさんになら、私を預けても大丈夫だと思ったらしい。
 まぁ、私が心を開いている相手を、ガルは疑ったりしないだろうけどね。

「えぇっと……じゃあ、よろしくね」
「はい!」

 緊張しているのか、若干声が硬くなっていて、動きがぎこちないライラさん。
 そんなライラさんを安心させようと、私は明るい声で返事をする。
 それから寝室に案内されて、ライラさんと一緒にベッドに横になったはいいものの、話が尽きることはなかった。
 ……結局、あたりが明るくなるまで、ずっと話し込んでしまっていた。


 そして翌朝。
 私を迎えに来たガルは、目の下にくまを作る私たちを見て、大きなため息をついた。

「なんだ、おぬしら。寝ておらぬのか」
「ふぁ……たのしく、なっちゃって」
「ごめんなさいね。すっかり話し込んでしまったわ」

 いつもなら日が落ちる頃には眠くなるんだけど、昨日は興奮していたからか、全く眠くならなかったんだよね。でも、ライラさんとたっぷり話せたから、結果オーライ。
 あくびをしながら笑う私を見て、ガルが肩をすくめた。

「まぁよい。ところで、アシュターレの様子だが……」
「あ、うん」

 ……ここに来た本来の目的を忘れていた。
 ガルはどんな情報を持ってきたのかと、私は気を引き締める。

「……屋敷の中に人はおるようだが、一向に出てくる気配はないな。籠城ろうじょうでもしておるのやもしれん」
(ありゃ……)

 ガルがあきれたように首を振った。
 せっかくガルが張り込んでくれたのに、アシュターレ家の現状については、ほぼわからなかったみたい。流石さすがに、夜は村人たちのデモ活動もなかったらしいけど、それでもゲランテたちが出てくることはなかったんだそう。

(ゲランテは新聞にもってたし、橋も落ちたままだし……)

 橋の事件に関係しているということで、ゲランテは大々的に新聞に取り上げられていた。
 もちろん絵姿もっていたし、高位貴族だから注目度も高いはず。
 そんな状態で、屋敷から出て、どこかの宿に泊まっているとは思えない。
 橋がまだ直ってないから、王都側に行くのは無理。
 他国に逃げるのも……難しいよね。検問で止められそうだし。

(ここにいるのは、間違いないんだろうけど……)

 ゲランテたちに出てくるつもりがないなら、多分いつまで待っても無駄に終わりそう。

「一度、イタサに戻るか」
「……うん。それがいいかも」

 ガルの提案に、私は頷く。私は気長に張り込んでも構わないけど、イタサで待っているナディお姉さんが我慢できなくなりそう。れたナディお姉さんが私たちのあとを追ってこないうちに、現状報告のために戻ったほうがいいよね。

「そう……もう行ってしまうのね」
「……ごめんなさい。でも、いかなきゃ」

 私たちの会話を聞いていたライラさんが、寂しそうに呟いた。
 すごく名残惜なごりおしいけど、私はずっとここにいるわけにはいかない。

「えぇ、わかっているわ。私も、あなたを縛るつもりはないの」

 ライラさんはそう言いながら、私をぎゅっと抱きしめた。その声は、少し震えている。

「私のことを、忘れないでいてくれたら、それで十分よ」
「ぜったい……ぜったい、わすれません」
「ありがとう、フィリス」

 私を強く抱きしめたまま、ライラさんが涙を流す。
 我慢するつもりだったけど、私も泣いてしまった。


しおりを挟む
表紙へ
感想 275

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。