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couple1 女吸血鬼と騎士
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しおりを挟むあの日からエリーゼはライセインの家で暮らすようになった。彼の家は今までエリーゼが見た中で一番大きく、お手伝いのような人もいた。契約を結んだ後に知ったのだが、ライセインは騎士だったのだ。日中は全く帰ってこない恋人の家でエリーゼはお手伝いの婦人と共にお茶をするか読書をするか、刺繍をするか。その選択肢しかない。
ライセインと共にこの家に来てから一週間が経つが、どうしてライセインがエリーゼに恋人のフリを頼んだのかは未だ謎のままである。毎日彼は仕事から帰ってきてはエリーゼを抱きしめ、血をくれる。飢える心配もなければ凍えて死ぬ心配もない。だがエリーゼ自身はライセインに何を返せているのだろうか。ライセインはどうして。
「帰ったよ、エリーゼ」
「あ、おかえりなさい」
今日も今日とて彼は帰ってから一番最初に私を抱きしめる。
「んー、癒される」
「っ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられてそんなことを言われていればエリーゼも意識してしまうのは仕方がない。はたからみれば、もうれっきとした恋人同士だ。
ふと彼がエリーゼから体を離して彼女を見つめた。
「ねえ、エリーゼ。明日一緒に出かけよう」
「え?」
「用意しといて」
「え、」
真剣な瞳でそう言ってライセインは颯爽と去ってしまった。
翌日、婦人に手伝ってもらってようやく選び終えた服を着てエリーゼはライセインの隣を歩いていた。
ライセインはエリーゼをいろいろな店に連れまわし、その中の一軒で少し待っているように言われた。
「あなた、ライセイン様のなに?」
そんな時、ふとそんな風に声をかけられた。見ると、そこには愛らしい顔立ちの女の子が立っていた。
「? あなたは?」
エリーゼに彼女と会った記憶はない。彼女もライセインの名前を口にしていたのだし、ライセインの知り合いだろう。そう思い彼女に尋ねたが。
「わたくしはライセイン様の婚約者よ」
告げられた内容があまり頭に入ってこなかった。
婚約者?婚約者ってなんだっけ?
婚約者。そう、そんな存在が彼にはいるのかもしれない。
ただ、この少女は違うのだと思った。何故かはわからない。勘という言葉が一番当てはまる。エリーゼにはなんとなくだが嘘が分かるのだ。
彼は、本当の婚約者のために、エリーゼという偽の恋人を使って邪魔な人間を追い払いたかったのかもしれないと唐突に理解した。
「そう」
「そうってなによ!」
理解しながらも淡白に返すと少女は苛立ったのか尚声を大きくしてきた。そろそろライセインも戻ってくるだろうと思い、彼女の言っていることの真偽を確かめるためにも、怒らせて足止めを狙う。
「それでは、ライセインに直接聞いてみるわ」
「なっ」
少女はあからさまに顔色を変えた。どうやらエリーゼがライセインに直接聞くとは思っていなかったらしい。心に傷を受けて聞けないだろうと思っていたのだろう。だが、そんな予想に反してエリーゼは強かだった。
「ライセインに直接聞けばわかるでしょう?」
「そんなのっ」
「あら、ライセイン」
その時ちょうどライセインが戻ってきた。彼を呼び寄せようと手招きすれば少女は嘘がバレるのを恐れてか素早く逃げ去ってしまった。
「どうした?」
「……いいえ、なんでもないわ」
「そう? そろそろ帰ろうか。日も暮れてきたし」
「ええ」
ライセインはエリーゼの腰に手を添えて彼女をエスコートする。まるで、大切なものを扱うかのようなその仕草にエリーゼはいつも何かを期待してしまうのだ。
(でも、この人は私のものじゃない)
当然のこと。でも今まで気付かなかったこと。
エリーゼはライセインの恋人の“フリ”をしているに過ぎない。
“本当”の恋人ではないのだ。その事実がエリーゼの心になぜか重くのしかかった。
ライセインの屋敷に帰ると彼はいつも通りにエリーゼに血をくれようとする。
彼は吸血鬼にとって血は毎日必要なものだと思っているのだろうか。エリーゼにとって、吸血鬼にとって本当は毎日必要というわけではないのに。
エリーゼはそれをライセインに伝えたことはない。血を毎日もらえることは自身にとって悪いことではなく、むしろ良いことだ。そして、エリーゼは彼から血をもらうという行為を無意識に気に入っていたのだ。
ライセインはいつも通り抱きしめてエリーゼの口元に自ら首を近づけてくれている。
しかし、今日のエリーゼはそんな気分にはなれなかった。
原因ははっきりしている。
『婚約者』
その言葉が彼女の頭の中を反芻していた。
(彼に本当の婚約者がいた場合、こういった行為はいけないのではないの? たとえいなかったとしてもいつかできるかもしれない……。その時にきっと私とは契約を解消するのだから、あまり彼のことを……)
その先を考える前に勝手にエリーゼの体は動いていた。
ライセインの厚い胸板に手を置いて互いの体を離すように力を入れた。
今までエリーゼに抵抗といったものをされたことがなかったライセインはひどく驚いた顔をしてエリーゼを見つめる。
「エリーゼ?」
「……ごめんなさい、今日はそんな気分じゃないの」
「そう……?」
「ええ、だから、今日はいいわ」
「そう…」
ライセインから素早く体を離し、自室へ戻る。
この部屋だってライセインが用意したものだ。ライセイン。ここにいればどこからだってライセインをどうしても感じてしまう。ライセイン。どうして、私は。
ずるずると扉に背を預けしゃがんでいく。顔を覆い隠した手で彼女の表情は見えなくなってしまった。
その日から何週間もエリーゼはライセインを避け続けた。何度も心配したライセインが訪ねてきたが部屋の前で追い返した。絶対に部屋の中には入れなかった。
エリーゼとて世話になっている身でこの様では申し訳がないと思っている。だが、理性と感情は別なのだ。とてつもなく会いたいと思うと同時に会いたくないと思ってしまうのだ。
ここしばらく血を飲んでいなかったからかひどく喉が渇く。ヒリヒリとした痛みを伴って血を求めている。
自身の血を飲んで渇きを凌いでいたがそろそろ限界が近い。
……一度だけなら、いいだろうか。これで最後にするから。
そんな言葉がエリーゼの頭の中で囁く。
一度だけ。
そう決意してエリーゼは自室を出た。
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