すいれん

右川史也

文字の大きさ
上 下
22 / 29
第三節 段々と冷えこむきせつ

第22話 冬のはじめ

しおりを挟む
 透き通るような寒空の下に、明日香の姿は違和感無く溶け込む。
 バスを待っている彼女を映す視界に、はらはらと白い粒が入り込むと、その儚さはどこまでも増していくようだった。
 箱根に雪が舞い降りはじめる。

「とうとう降ってきちゃったね」

 残念そうな台詞も笑顔で言われては待ち望んでいたと分かる。

「マフラーしたら?」

 そう勧めると、彼女はリュックからマフラーを取り出し首に巻いた。マフラーから髪を解放する際に一瞬だけうなじの絆創膏が覗く。続いてニット帽を被りこめかみが隠れてしまえば、何処にでもいそうな普通の女の子にしか見えないのかもしれない。

 ふと、明日香が手を握ってきた。慎太郎は一度手を放すと手袋を取り、彼女の手を再び握り、上着のポケットへしまった。

 彼女の姉に頼まれてからずっと、慎太郎は常に頭の何処かで考えていた。

 手術――とは、明日香の傷を治す手術だった。

 根本的な治療は未だ無いらしいのだが、医療の進歩もあってか、ごく最近になり、皮膚移植と形成外科の手術で傷をきれいにする事ができるようになったらしい。

 彼女の姉は「妹は傷ができた時からずっと治したいと思っていたはずなの」と伝えてきた。慎太郎と交際してからはその想いは一層強くなり、手術ができると知った時は喜んでいたとも聞いた。
 しかし、明日香は最近になり手術を拒む様になったらしい。

「ずっと待ち望んでいたはずなのに……明日香から何か聞いてない?」

 そう尋ねられ、慎太郎ははっきりとした言葉を返す事ができなかった。

 明日香はきっと――。

        〇

「どうしたの?」

 明日香が尋ねた。すると、意識が帰ってきたかのように彼は応える。

「何でもないよ」

 上手な笑顔だ――そう意識できる程度のほんの些細な違和感。
 慎太郎が最近よくこうなる事に、明日香は慣れ始めていた。

 彼の様子が少しおかしくなり始めたのは、おそらく旅行計画の為に自宅に招いた日辺りから。姉と二人でいた時からと仮定してみると、何を考えているのか大体の予想は着いていた。

 うっかりすると彼はまた考え込んでしまう。
 雪空に吹く冷たい風も、彼の意識を引き留める事はできないみたいだ。
 明日香は彼のポケットの中で手を繋いだまま広げたり、握ったりと、指を遊ばせる。

 大丈夫、何も考えなくていいんだよ――。

 細やかに戯れる事で、彼の意識を引き留めようとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...